第13話 新結社
決闘明けて今、談話室と呼ばれる部屋に刻季と華音と音弥はいた。
ここだけは洋室で、襖を開けてみたらモダンな部屋があってびっくりしてしまった。
ちなみに萌葱は現在音弥・華音の父親である音彦のもとへいる。
刻季は師団の家同士なにかあるのだろうと大して気にしていなかった。
黒い革のソファーに音弥を正面に、華音を横に控えながら少々堅苦しい面持ちですわっている。
あまりくつろげていない刻季を見て、華音は安心させるように横に座ったのだが、それは逆効果としか言えないようだった。
なぜならソファーが小さいのだ。
1人用とまでは言わないが1.5人用というような大きさで、もし体の大きな仁吾が座ろうものなら仁吾1人で埋まってしまうような大きさなのだが。
幸か不幸か、華音は言わずもがなだが、男としては細身の刻季と2人では座れてしまうのだ。
誰が見ても(特に竜也など)幸せにしか思えない状況だが、この場で甘受できるほど刻季も心が強くなく、ただ表情を堅くするばかりだった。
刻季の両サイドにも同じソファーがあるのに、華音はそこから動こうとせず、むしろ刻季へ積極的に寄り添っている。
妹の見たこともない積極的な行動に音弥は苦笑しながら話を切り出した。
元々話があると誘ったのは音弥なのだ。
「華音ったらそんなに羽間君のことが気に入ったの?」
まさかこんな話をするために呼んだはずではないだろうが、場を和ませるためにこの話を選択したんだと刻季は予想した。
ただ刻季としてはその話題で和むことはないだろうと確信しているが……
「はい、一生お仕えしたい方だと思っています」
ほら……
顔を赤らめて言う華音の魅力は、それはそれは素晴らしいものだったが、刻季にとっては心臓に悪いものだった。
藪をつついてもいないのに、勝手につつかれて蛇が出てきた状態だ。
先程の決闘が終わってから、華音の様子が少し変わっていた。
知り合って2日程度で何もわかっていないのかもしれないが、どことなくよそよそしさを感じていた。
なんだか掴める距離にいるのだが、掴もうとすると虚空を握るようなもどかしさがそこにはあった。
今も隣に居るのに少し恥ずかしがっているような様子だ。
いつもなら平然と無表情を浮かべているだけの状況なのだが、今は顔を赤らめて刻季のことをチラチラ見ては目が合うと避けるといった行動を繰り返している。
恥ずかしいならこんな近くにいなければいいのにと思うが、華音はそこから動く気配すら見せようとしない。
また一度華音のほうを見ると華音もやはり刻季を見ていたようで目が合うが、すぐさま視線をそらしてしまう。
黒髪がはだけて見える横顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
鈍い刻季にも察する事が出来た。
照れているのだ、ただ単純に。
華音のあまり見ることの出来なそうな表情を見て刻季は思った。
(可愛いじゃないかーっ!!)
この厄介事ばかりを選んでもってくるような女性は外見的なスペックは完璧なので、それでこの仕草を持つことは反則的な可愛さだった。
(なに? これ? 本当に華音だよね!? やばいやばい! なにこの可愛い生物? これで甘えられたら何でも受け入れそうだよ! なんか華音じゃないみたいだ)
所々に『華音別人説』を取り入れていて、聞かれたら怖い笑みを浮かべて『わかってますね?』と目だけは笑わずに言ってきそうな刻季の内心だったが、これほど動揺するほど華音が魅力的なのだ。
危なく刻季は認めていないが主従の関係を超えたイケナイ関係へと発展しそうな状況だったが、刻季は未成年だったし、そうでなくても華音に手を出したらどうなるかぐらい刻季にもわかっていた。
ギリギリのところで理性が踏ん張り耐えた刻季は、可愛すぎて美しすぎる生物からようやっと目を離すと音弥に訊いた。
「……そういえば、なにかお話があったのではないですか?」
「羽間君も華音に対してみたいに敬語使わなくていいよ~」
「いや、それは……」
自分より2歳上の相手ですら渋りに渋ってようやく敬語でなくなったのに5歳近く上だろうと見える華音の兄に対してまで出来るほど刻季は礼儀を軽んじる人ではないので固辞した。
「ま、いいか。それは今度で。それで話というのはね、羽間君」
「はい、なんでしょう」
少し嫌な予感がしたが、ここ数日で何回も感じている為どこかその感覚に対して鈍くなっていたためそこまで気にしていなかった。
気にしていたところで、嫌な予感というものは外れるモノではないことを、この巻き込まれ体質君は気付いてないのだろう。
「僕の作る魔術結社の頭首をやってほしいんだ」
「魔術結社?」
魔術結社で有名なところは’’師団’’や’’旅団’’といったところだろう。
「そう、結社を結成しようと思っているんだ。そこのトップを羽間君に頼みたいんだ」
「いやいやいやいや! そんな重大な役職なんて、一高校生にやらせるもんじゃないですって!」
軽く言う音弥に刻季が憤慨した様子で言う。
「大丈夫だよ。結社も若い人達だけで結成する腹積もりだから」
「だからといってトップが高校生じゃ頼りないにも程がありますよっ。普通にお兄さんがやればいいじゃないですか」
「うーん、まぁ僕がやってもいいんだけどね。それじゃ師団と何も変わらなくなってしまうんだよ」
「……どういうことですか?」
音弥の言う意味がよくわからない刻季は訊いた。
すると横から答えが返ってきた。
「兄上の作る魔術結社は師団と旅団の家の若い人達で作ろうとおもっているそうなのです」
「――っ!?」
華音の答えに驚愕が顔に浮かぶ。
師団と旅団に所属する家は表面上では友好的に接している家がほとんどだが、過去の結成当時はいざしらず、現在は家ごとに牽制し合い、結社ごとが牽制し合っているというのが、日本魔術界の上部――師団・旅団の現状だ。
そんな家の若者を集めて結成するということは、そのバランスが瓦解することを意味している。
いずれ日本魔術界のトップに属する人たちが集まる結社ということになるのだ。
そんな結社は師団と旅団からまず認められないし、国からも認められないだろう。
ましてや、それの頭首が刻季などあり得ない。
刻季は『羽間』であって、『羽間』は現在『20旅団』ではない。
『羽間』とは即ち裏切り者也。
……これが羽間の家の過去である以上、刻季が頭首を務めることなど許された行為ではない。
羽間にとっても師団にとっても、もちろん新しい結社にとっても……。
「やっぱりできません……。とてもありがたいお誘いですが……」
刻季自身やりたくないという気持ちは思いのほか薄かった。しかしやれない、出来ないという意思が強すぎた。
『羽間』には縛りがあり過ぎた。
「羽間家のこと気にしているの?」
音弥が刻季の一番深いところを突いてくる。
その質問に一気に燃え上がった。
「気にしないわけありません。もちろん気にしています。今は『羽間』がどうだ、なんて言う人はいませんし、第一表向きでは『羽間』なんてただの没落した家の一つでしかありません。それに萌葱も南雲家も僕や羽間に良くしてくれてます」
一呼吸を入れる。
「それでもやはり僕は産まれた時から『羽間』なんです。曾祖父と同じ家だというだけで産まれた瞬間から裏切り者のレッテルを貼られているんです。そんな『羽間』なんかが結社のトップなんて認められるわけありませんし、まともに務められると思いません」
途中途中苦しそうになりながら言い切った。
言いきったところで久しぶりに感情を発露してすっきりした気持ちもあったが、無関係な人にここまで話してしまったという後悔が大きくなっていき次第に刻季は肩を落としていった。
後悔に崩れているとふいに横から抱きしめられる感触があった。
そちらを見るといつも無表情な華音がにこやかに、まるで聖母のように刻季に微笑みかけている。
優しい笑顔だ。なんだかその笑顔だけで暖かい気持ちになり、いつもこの笑顔を見せてくれればいいのにと華音に失礼と思うが刻季は少し釈然としなかったが、それでも暖かくなっていく気持ちは止まらずに華音の体温がどんどんと刻季の方へと流れていった。
……体温?
そこでようやく自分の体たらくに気付いた。
(僕抱きつかれてるじゃん!)
危うくこのまま寄り添ってしまおうかとか思っていた刻季は急激に恥ずかしくなっていき、華音に呼びかけた。
「……あ、あのさ、華音」
「なんでしょうか? 刻季様」
「あの、もう大丈夫だから、そろそろ離してくれないかな?」
「嫌ですね」
無表情に戻して華音が拒否した。
「でもさ、ほらお兄さんもいることだし……」
「あんなの、刻季様に抱きつくことに比べたらいてもいなくても同じようなものです」
「いや、それはちょっと……」
実の兄に対してだいぶ失礼なことを言ってる華音に音弥は苦笑を浮かべていたが、それでもどことなく楽しそうだった。
「とりあえず、話をもどしていいかな?」
「あ、はいっ。ほら華音?」
「このまま続けてください」
「いや、それは……」
「まあいいか」
音弥が諦めて話をしようとするが、あまり良くないと切実に刻季は思う。
「それでね、新結社の暫定メンバーは一応羽間だなんだなんて言わないから別に羽間君でも大丈夫だから。その上頭首の決定権は僕にあるって承認されてるから別に僕が羽間君って言ったら皆反対も出来ないんだ」
今刻季が出来ないと否定していた問題をその言葉だけで覆してしまった。
「それでも、決定権があるっていってもやっぱりみんなから承認してもらわなきゃ話にならないから自分より強い人って決めていたんだよ。でもそんな若くて強い人なんてそうそういないし……。そんなことを思っていたら華音の主人が現れたって聞いて、それは華音に勝ったから主従を結んだって。……決定権を委ねられてすぐにそんな話をタイミングよく聞いたから、自分の中では決定づけていたんだ」
矢継ぎ早に音弥が言った。
そんな勝手な……とは刻季は何故か思わなかった。思えなかった。
刻季の知らないところで勝手に決定していたとしても……
「そんで戦ってみたら、完膚なきまでに負けちゃって、しかも魔術も使わずに……。そんなことになったらもうこの人しかない!としか思えないっしょ?」
「それは……どうでしょうか」
「僕はそう思ったんだ。だから君に頭首をやってほしい」
「…………」
刻季は首を縦に振れなかった。
やってもいいかな程度には思っているものの、それを決定づける事象がないのだ。
「私も刻季様ならふさわしいと思います」
横から華音が後押ししてくる。いまだに抱きつきながら
刻季至上主義であろう華音のいうことだからあまり信用出来ないというわけではないが、自分がそんな大役をやっていいのか?という想いが溢れてくる。
正直、華音が見初めるほどの人物ではないと自身では思っているのだ。
それなのに、それゆえに、自分が将来有望な師団と旅団の若者をまとめることが出来るわけないと思うのは当然のことだった。
頭首をやるだけなら誰でもできるだろう、ただ立派に務めるとなってくると話が異なる。
刻季の言いたいことはそういうことだった。
それでもその権力が惜しかった。
『羽間』の家格を戻すためになるのかも、と少しでも思ってしまった。
現在実家にいる姉のためにやるべきなのか、と思ってしまった。
決定は現在、自分自身に委ねられている。
もし了承すれば、その瞬間から『羽間』の家名はぐっと知られることになるだろう。
もし辞退すれば、手に入れられたはずの未来を失うことになるだろう。
――二つに一つだった。
『羽間』の話を少し掘り下げてみました。
詳しくは機会があれば