クロスロード・バード
僕はずっと路地裏で生活をしている。
捨てられてた日から五年が過ぎたから、八歳だと思う。
左手の指は、真ん中の二本が腐ってなくなってしまった。
お金があれば、魔法使いや僧侶が治してくれるらしい。
でも僕は、一枚の硬貨も持ったことがない。
僕は自分が幸せか不幸かを知らない。
あの日、彼を見るまで、僕は輝きを知らなかった。
あの日、彼の詩を聞くまで、感動を知らなかった。
楽しいも、悲しいも、世界に色があることも、僕は知らなかった。
街の中心地にある十字路には、大道芸人が集い、屋台が軒を並べる。
そこで初めて僕は、彼の詩を聞いた。
今までは、耳の中を通り抜ける音だったものが、初めて頭の中で踊った。
青いつば広帽子をかぶり、同色のきらびやかな衣装で彼は歌う。
幾種類もの楽器を操り、踊るようにリズムを刻み、僕の五感をとりこにした。
「この話の続きは、特別なお客様にだけ」
彼はいつも物語の途中で、帽子をひっくり返して皆の前に置く。
そこに硬貨を投げ込んだ者だけが、最後まで堪能できるのだ。
すぐに僕は、輪から追い出されてしまう。
権利を買った者たちが、権利を買えない者たちをはじき出す。
大人に蹴られたこともあるし、綺麗に着飾った女性に唾を吐かれたこともある。
遠くから彼をながめる。
美しい踊りと、楽器の音。
声は小さくて聞こえないけど、僕はうっとりしてしまう。
最後に「明日が最後です」と、彼が告げるのが聞こえた。
彼がこの街に来て、あの十字路で歌い始めて五日目になった。
そして今日が最終日だ。
僕の夢が始まって、僕の夢が終わる日。
最後まで物語を聞きたいけど、それは絶対に無理なこと。
努力はむくわれないと僕は知っている。
だから、努力に意味はない。
意味がないことは、しない。
最後の物語は、青い鳥。
一日目と三日目にも聞いた、僕の一番好きなお話。
少しだけ一緒に歌った。
リズムに合わせて、ジャンプもした。
でもすぐに、時間は終わる。
僕の時間が、もう二度と始まらない時間が、終わる。
「この話の続きは、特別なお客様にだけ」
いつもは地面に置くのに、今日は帽子をもって、彼が歩く。
硬貨が投げ込まれた帽子をもって、彼は僕の前に来た。
「青い鳥が終わるまで、この帽子をもっていてもらえるかな?」
僕は驚き口をポカンと開けたまま、少し重い帽子を受け取った。
そして、僕は、物語のすべてを、僕のすべてで受け止めた。
「帽子を見ていてくれて、ありがとう」
そういうと彼は、一枚の硬貨を差し出した。
僕は首を振って、受け取らなかった。
彼はすごく驚いた顔をした。
「うー、うー、あー」
僕は、最後まで聞けたことで心がいっぱいでお金なんかいらないと言いたかったけど、僕の口と舌は、ちゃんと動かない。
彼は、一瞬すごく悲しそうな顔をしたけど、小さな笛を僕に見せた。
「じゃあ、これをあげるよ」
僕は、左手を見せたけど、彼は笑顔で「大丈夫だよ」と答えた。
唇に笛を当て、息を吹きかけると、かぼそい音が出た。
「これで君も、十字路の吟遊詩人だね」
彼は、そういうと笑った。
彼は、口笛を吹きながら、街を出て行った。
僕はその音を、宝物の笛で吹く。
彼の音はすべて覚えている。
あとは、音を出すだけ。
僕は、努力してみようと思う。




