表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

びっくり楽しい大学生活

秘められし物

作者: 這い這いにゃるにゃる
掲載日:2026/06/26

 夏のような暑さが続いていたが珍しく今日は肌寒い。近所にある大学の広大な敷地に沿うように植えられた紫陽花が小雨に濡れている。それを眺めながら青年はのんびり足を進めた。


 大学生活は順調だ。といってもここの大学ではない。近所にあるから通学にはいいが、いかんせん古くボロい建物が多い。洗練されてスタイリッシュな建物ばかりの自分の大学に比べれば見劣りすると彼は思う。第一志望の大学にも難なく入り、授業も問題ない。友人関係だって悪くない。


 欲しいものは全て手に入れてきた、自分の力で。


 厳しい評価で有名な教授の課題が出された時も、


「ねえ、ちょっとレポート俺の分も書いてよ。写したってバレないように内容は少し変えてさ。いい感じに仕上げといてよ」


 そう友人(・・)に頼めば、


「わかったよ。いつまで?」

「提出が来週月曜だから、金曜までに頼むよ」


 相手は怒ることも、呆れた様子を見せることもなく受け入れる。


 少し気になる可愛い子がいれば、


「週末映画見に行こうよ。なんかオススメある?」

「いいよ。SFのが気になってるんだよね」

「日曜とかどう?」

「日曜はバイト入ってるけど代わって貰うね」


 周りからはお前達そんな仲だっけ? と怪訝そうに見られるが誘われた女性は断る選択肢などないように行くのが当たり前と受け入れる。


 相手の意思を自分の望むままに操られる力が彼にはあった。そして天は二物を与えないというのが嘘のようにもう一つの力を持っていた。


「なあ、バスケしてこうぜ」

「おまえもやるよな!な!」


 先程の彼女とのやり取りが面白くなかった同級生が青年を誘う。相手は見るからにスポーツ万能そうなタイプだ。対して彼は運動が得意そうには見えない。


 しかし彼は軽く笑って頷いた。相手は恥をかかせようと目論んでいるのだろう。確かに彼は見た目通りスポーツは得意ではなかった。


 試合前に軽くシュートを決める同級生を彼は見て、そして心の中で念じる。すると彼の目には相手の体をまとう力が見えた。そして軽く息を吸うと、その力が彼の方に流れてきて体の中に入っていく。

 途端同級生は何度もゴールを外すようになった。


「あれ、おっかしいな」

「さ、試合するんだろ?」


 対して彼はぎこちないものの誰にもボールを奪われないドリブルをし、シュートを決める。


「今日は調子悪いみたいだ」


 バツが悪そうな顔をした同級生を尻目に彼はもう一度シュートを決める。


 相手の力を奪い取る力、相手を思うがままに操る力。

 この便利な力を使い、今までもそしてこれからも人生イージーモードで生きていこう、と彼は思っていた。


 (あのボロい校舎さすがに建て替えるんだ)


 敷地の奥まったところにある明治、大正一体いつ建てられたんだという建物に工事用のカバーが掛けられている。手入れされることもなくただ古い建物は歴史的価値もなさそうで、そしていつ倒壊してもおかしくない見た目にここの学生には絶対なりたくないと思っていたのだ。


 きっと新しく近代的な建物に変わるのだろう、まあ自分には関係ない、と思った時。彼の体に何かが絡みつく感覚がした。


 目には見えない。しかし体にねっとりとした何かを感じる。


 彼は怪訝そうに建物を見て、それから念じた。すると建物を絡めるように莫大な力が渦巻いているのが見てとれた。

 その力が彼に惹かれるように体にまとわりついているのだ。


「マジかよ」


 普通の人生を楽に生きていくのは今の力で多分問題ないだろう。だがこの莫大な力があったらどうだ?一生安泰じゃなかろうかと彼は思ったのだ。


「ラッキー」


 小さく呟いて彼は裏門を目指す。この後急がなければならないことはない。そして大学生が大学に潜り込むのは簡単だ。彼は難なく大学に入り、建物を目指す。工事のために囲われたフェンスの関係者入り口を開け難なく侵入する。

 間違いない、力の持ち主はここにいる。体を包むねっとりとした感触が一層強くなった。

 彼は立ち入り禁止と書かれた柵を避け、建物の中に入り力の源がどこにあるか探る。しかしあまりにも強すぎる力でそれがどこにあるかわからない。

 彼は立ち止まり、それから力を吸おうと口を開けた。


「ぐほっ」


 途端流れ込んできた力に圧倒され、慌てて口を閉じた。これはとても一度では取り切れない。でもこの力があれば何でもできる。

 人一人操るのではなく、同級生全員、いや大学全体を、いや街を、都を、国を、そして世界を自分の思うがままにできる。ものすごく大きな大きな途方もない力だった。


「力の持ち主さーん、どこにいますか?」


 尋ねてみるが返事はない。照明も消えた薄暗い建物はしーんとして不気味だった。まるでホラー映画の舞台のようだ。

 彼はスマホのライトを頼りに建物の階段を上がっていく。しかし力の持ち主は現れない。仕方なく階段を下がろうとすると階下から足音と人の声が聞こえた。


「そんな今さらやめるって」

「何でも歴史的価値あるものが埋まってるとかで動かせないんだと」


 彼が耳を澄ますと苛立ったような口調が聞こえた。どうやら複数人いるようだ。工事関係者らしい。


「解体してから掘り出しゃいんじゃないか」

「よくわからねえがダメらしい。撤退だと」

「じゃ運び出した棚とかまた入れ直すのか?」


 足音が響き、話し声が大きくなる。階段を上がっているようだ。


「げえ、ここエレベーターないからな」

「勘弁してくれよ」


 このままでは鉢合わせになってしまうと彼は思った。一人を操るのはいつもやっているから問題ない。しかし複数人を操るのはやったことがない。どうしようか、空いている部屋に隠れてしまおうかと彼は思案する。しかし。


 彼の体にはいつも以上に力が満ち溢れていた。この力なら複数人でも問題ないのではなかろうか、試してみる価値はありそうだと彼は思う。


 階段をゆっくり降りていくと反対に昇って来た作業員達と鉢合わせした。


「なんだおまえは!ここは立ち入り禁止だぞ」

「危ないぞ」

「最近のガキは全く困ったもんだ」


 口々に怒鳴り始める。


「問題ないですよね、俺がここにいるのは」


 作業員達それぞれに視線を送り彼はそう告げる。


「問題ないよ」

「うん、大丈夫」


「俺がここにいること、あなたたちは忘れちゃいますね」

「忘れる、忘れる」

「ああ、忘れる」


 全員の目つきが虚ろになる。


(バイバーイ)


 心の中でそう呟き、彼は階段を駆け下りた。残念ながら力の主には会えなかったがまだ機会はある筈だ。


 それからも彼はちょくちょく大学に侵入したが持ち主に出会えることはなかった。

 さらに残念なことに古い建物の立て壊しは取りやめになり、また教員や学生達が出入りするようになってしまった。こうなると部外者の自分が頻繁に姿を見せるのは怪しまれてしまうかもしれない。


 しかしあの莫大な力は欲しい。絶対に手に入れて自分の力にしたい。


 そんなわけで彼は大学を入り直すことにした。彼の力を使えば何も問題はなかった。そんなわけで迎えたキャンパスライフ再び。周りは年下の学生ばかりだが気にならない。

 力さえ手に入れば休学している元の大学に戻ったっていいのだ。彼の言うことは何でも聞いてくれる親が学費を負担してくれるし、何でも言うことを聞いてくれる親身な学生課の職員が特別扱いで在籍料も無料で休学扱いにしてくれた。


 あとはここで力の主にあってその力を貰うだけだ。


 あの建物は研究棟といってあまり力のない学部の研究室がいくつか入ったり、あとは倉庫として使われてるようだった。ホコリ臭く、さっさと解体した方がいいと彼は思う。しかし彼が何度も訪れても力を感じることはあってもその主に会うことはできなかった。


(なんのために入学しのだか)


 とはいえそれ以外のキャンパスライフは順調だ。もうすぐレポートの提出があるからまた誰かに頼もうと同じ講義を取る同級生を見回した。


(あの子に決めた)


 ほわんとした雰囲気の女子はいつも教室の一番前を陣取り食い入るように講義を受けていた。彼女なら最高のレポートを仕上げてくれる筈だ。


 講義が終わり講師も去ったのに未だ座ったまま何やらノートに書いている女子に彼は話しかける。


「ねえ君って真面目だよね。俺のレポートも書いてよ」

「え?自分のレポートは自分で書かなきゃダメだよ」


 肯定以外の返事が来るとは思わなくて彼は絶句した。そんな彼を気にするでもなく彼女は言葉を続ける。


「私まだ書きかけだけど、参考になる本なら教えるよ。どこまで書いた?」


「いや本じゃなくて。君が書いてよ」

「自分で書かなきゃ自分の力にならないよ」


 再度試してみるも彼女は否定した。彼の力が効かないのだ。固まった彼を気にするでもなく彼女は荷物をカバンに詰め込み始める。


「これから図書館で続きを書くけど君もどうかな?」

「いや、いい」


 ふーん、と呟いた後彼女はカバンを抱え行ってしまった。


「なんだよ、あいつ」


 今で自分の力が効かなかったことは一度もなかった。親も友だちも幼稚園の頃から先生だって周りの大人だって誰も彼もが彼の言うことを聞いた。満員電車で疲れた時だって声をかければ座れたし、テストに出そうなところも教えてもらえたし、レポートだって自分で書かなくてよかった。


 それから彼は彼女のことが気になった。彼の脅威になってはいけないと思ったからだ。しかし彼女の方は彼のことを気にもとめず、授業を受けたかと思えば図書館にこもり、かと思えば走って大学を出ていった。


「あー、あの子? 親いないから稼がなきゃってバイト三昧らしいよ」

「大変だよね」

「サークルとか入ってないらしいよ」


 同級生の話では奨学生ではないものの将来に備えてアルバイトで稼ぎ生計の足しにしているらしい。


「立派なこったね。あ、この課題やっておいて」

「オッケー」

「あとカラオケ行こう」

「おー、行こう行こう」


 自分とは真逆な立場の彼女が少し気になるものの、彼はいつも通りの生活を送っていた。彼女の姿を目で追いながら。


ある日のこと。


「君悪いけど、この書類を堂島先生の研究室まで届けてくれるかな。頼んだよ」

「え、あ、はい。いや研究室はどこに……」


 頭にハテナが浮かんでいる彼女に答えるまでもなく、講師は書類を押し付けると出ていってしまった。鈍臭い女だなと彼は思う。


「堂島先生って何の研究されてる方だろ」


 聞き覚えがない名なので他学部の教授だろう。そんな面識のない相手への書類を一学生、新入生に託すのはいかがなものだろう。彼はそう思いながらも特に手助けもせず彼女を見ていた。


 重そうなカバンを抱えて彼女は教室を出る。彼もまた少し時間を置いて追いかける。


 彼女はあっちの校舎にうろうろ、こっちの建物にうろうろと彷徨い、それから思い立ったように学生課へ向かった。安心したような表情で出てきた彼女は敷地の外れにある古い建物、研究棟へ向かっていった。彼も勿論ついて行く。


 エスカレーターがない建物の急な階段をものともせず彼女は研究棟の最上部へスタスタ上がっていく。いつも感じるあの強い力が一層強まったように彼の体を包んだ。彼も少し間隔を空けて彼女について行く。

 そして彼女は立ち止まった。部屋の扉と扉の丁度真ん中の何もない壁を前にして。


(何やってんだ?)


 彼女は引き戸を開けるような仕草をしてそれから壁の中に吸い込まれるように消えていった。


「え?おい、ちょっと!」


 その何もない壁から膨大な力が溢れ出てくることに気がつき彼は慌てて壁に飛び込んだ。


「君は?」

「わあ、可愛いお姉さん」


 腰に少年を抱えた男と彼女が何か話している。内装を見れば研究室の一つに見えなくもない。だが壁の中に研究室があるとは彼には思えない。


 そして少年から膨大な力が放たれていることに彼は気がついた。この部屋中があの力に満ちているのだ。


 少年はするりと男の手から抜け出て彼女の手を捕まえた。力を彼女に与える気か、それは自分のものだと彼は焦る。


「ぼく、このお姉さんがいいな」


 愛らしい姿で彼女に語りかけるがその力が彼女を縛り上げるように紐状になって幾重にも巻き付こうとしていた。


「ね、いいでしょ。いい子にするから」


 男に振り返りながら少年は同意を求めた。何の話をしているかわからず彼はひとまず様子を見ることにした。


「あの、何の話でしょうか」

「お姉さんに僕のお世話係をしてほしいんだ」

「こら、面倒かけるな」


 たかが子どもの世話だろう、自分が請け負うと彼は声をかけるタイミングを伺った。


「いいですよー」 

「いやしかし、君も学業があるだろう」


 快く応じる彼女に男が返す。どうやら男は彼女の申し出を断りたいようだ。


「でも平日だけですよね?」


 何と断ろうか思案するような男に向かい、今がその時だと彼は声を張り上げた。


「ちょっと待ったーーー!」


 大きな声に驚いたのか彼女が振り返る。


「僕も!僕も!手伝います!」


 少年の世話ついでにその力を奪えばいい。力を取り尽くしたらおさらばすればいいと彼は思う。

 男は慌てた様子で彼を眺め、それからさらに後ろを見た。


「いや君何で入ってこれ……あ、扉」

「あー、開けっ放しですみません」


 彼女が引き戸を閉めた。壁だった筈なのに内側からは引き戸に見える。だがそんなことよりも。



「少年の世話なら僕が引き受けますよ!任せてください」

「いや世話しなくていいから」

「何を言ってるんですかお父さん、こんな小さい子どもを世話しないなんて虐待ですよ」

「父親じゃない!」


 男は何とかして断ろうとしてくるが彼も絶対に譲れない。対して少年もにこやかな表情を変えて、


「僕、お姉さんがいい。このおじちゃんやだー」


 誰がおじちゃんだ、大学生だぞと思いながらも彼はにこやかな表情を崩さないよう気をつける。いずれ力を奪ったらクソガキはポイだポイ、と思いながら。


「こら、お兄さんだろ。そこの人より僕年下だぞ。お姉さんとほぼほぼ同い年だぞ」

「いやしかし、君に迷惑をかけるわけには」

「彼女に迷惑をかけてもいいとでも?」


 この後彼女も含めて話し合った結果、月火水を彼が、木金を彼女が少年の面倒を見ることとなった。毎日面倒を見たら力をより奪えたかもしれないのにと彼は内心歯噛みした。


「じゃ、自己紹介します。私の名前は」


 彼女が名前を名乗ろうとした時、少年の力が大きく揺らいだ。彼は直感的に名乗ることがいけないことだと思った。


「いやー、それより君なんか頼まれてなかったっけ?教授の書類」

「あ!大変。あの、堂島先生の研究室ってここではないですか?」


 男と少年が首を横に振る。


「あの、また来ますので今日は失礼します!」


 ペコリと頭を下げ、彼女は引き戸を開き出て行った。


「世話係、俺、やりますよ。俺だけでいいでしょ。何すりゃいいんすか?」

「おまえな、目上に向かってなんだその口の聞き方は」


「は?」


 彼女に続き男までもが彼の力を物ともしないことに彼は驚いた。


「おじちゃんさ、なんか変な力持ってるよね」


 少年もニヤニヤと笑いながらこちらを伺う。そして彼の力がニュルニュルと触手のように彼を弄るのを感じた。


「おじちゃんじゃなくて、お兄さん。これからよろしくな」

「よろしく、おじちゃん」

「いいのか?本当にポチの世話を頼んで」


 男はまだ踏み切れないような表情で彼に尋ねた。しかし彼の頭の中には、


「ポチ?」


 少年の、いや人の名前に似つかわしくないその名を思わず繰り返す。


 その様子を見た少年が男を睨む。


「ねえ、ジルベール。僕に名前を知られたくないから互いに仮の名をつけようって決めたよね」

「あ…ああ」


 不穏な空気の中、彼はまた言葉を繰り返す。


「ジルベール?」


 呼ばれたのは男だから男のあだ名なのだろう。だが男はどこからどう見ても普通の和の顔立ちで鼻は高くなく、色も白人の白さではなく、絶対にジルベールではない。どちらかと言えば次郎とか三郎とかそんな名前がぴったりだと彼は思う。そんな彼に少年はわざとらしい笑顔を作り尋ねる。


「ねえお兄さん。ポチってどういう意味?」

「あー、なんかこう、小さくて可愛い感じかな?」


 犬やペットに付ける名前だよとは絶対に言ってはいけないと男の表情から彼は無難な回答を導き出す。

 膨大な力を利用する事ばかりを考えてきたがこの力で彼がポチッと消されてしまう可能性にどうして今まで思い至らなかったのだろう。


「なんか気に食わない。そうだお姉さんに付けてもらおう。おまえたちはいいよ、もう来なくて」

「何を言ってる。おまえを封印するのが私の仕事だ」

「そうはいかない!その力を俺に譲れ」


 互いの言葉に彼と男が顔を見合わせた。そして男が先に口を開く。


「おまえも魔物だったか?いつか封印してやる。ポチの次にな」

「いや俺人間だし。何? おっさん魔法使いなの?」

「まだ魔法使いじゃないし、退魔……は無理だが封魔を、じゃなくて、まだおっさんじゃないぞ。お兄さんだ」

「あんた俺より年上だろ?ここ研究室じゃないだろ。講師ってわけじゃないよな」


 室内に置かれた本棚を見るが学術書のようなものは一冊も見当たらない。見たことのない文字で書かれたハードカバーの本がずらりと、並べられている。そして一番下の段にはなぜか絵本が押し込まれていた。


 男はため息をつくと経緯を説明した。研究棟を建て替える前の地質調査で地中に埋められていた何か禍々しい者、通称魔物の封印が解けてしまったという。そしてその力を退治するにはリスクが大きいため徐々に力を弱らせる封魔という方法が取られたらしい。この場所に封じ込めたため建物を取り壊すこともできず、仕方なく異空間を作り出し、そこにこの部屋を置き、少年姿の魔物を弱らせているそうだ。


「それにしてもよく彼女が名乗るのを止められたな」

「なーんか嫌な予感がしたんだよ」

「おまえの名前は?」


 被せるように少年が声をかける。その力が彼の喉を撫でた。答えてはならない、絶対に。答えれば自分は彼の物になってしまうと彼は唇を噛み締めた。


「やめろ」

「うるさいよ、ジルベール」


 ジルベールという名に思わず緊張が削がれ、彼は答えた。


「田中、だ」

「ふーん。田中、出ていけ。さよなら」

「やーだーね!田中(仮)だから効かねえんだよ」


 彼は少年を見下ろしそう返すと目をパチクリさせた。


「はあ?本当の名を教えろよ」

「ポチに教える名前はないよ。それよりジルベールって?」

「もうやめてくれ、ジルでいい」


 さすがに人に呼ばれることを想定してなかったのか男は顔を真っ赤にした。


「でもジルとは呼ばれたいんだ?」

「ジルベールジルベール」

「なんか格好いいだろ。大人を誂うなガキ共!」


 顔を真っ赤にして返す男を眺めつつ、自分の力で思い通りにならないこともたまにはいいかと彼は思った。

 こうして田中(仮)の新たな大学生活は続いていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ