46)マリッジ
自殺・・・あの母が。
でも、実験体として軍にいた母にとっては二度と捕まりたくなかったのだろう。
そう思うのに、自殺した母に酷いとなじってしまう自分がいた。
リカルドが支えていなければ、リザリーはとっくに床にへたり込んでいる状態だった。
「会いたい?」
「・・・ぇ」
「軍事施設に二人の遺体は回収されていたんだ、もちろん奪い返した。今は教会にある」
「・・・会う」
ぽろぽろと涙がとめどなく流れた。
あの戦火の中、父にはもう二度と会えないとすら思った。
軍施設にあったという言葉だけで、両親はすでに実験体として解剖されそうだったのが伺えた。
危険を冒してまで、たとえ遺体であろう両親の遺体を見つけて、丁寧に扱ってくれていた。
それだけでも十分だった。
ー 本当は生きて会いたかった。
リカルドはぎゅっと抱きしめて口を開いた。
「ずっと黙っていようかと思った。でも、そしたら君には辛くても最後のお別れをする権利がある。だから」
リザリーは無言でリカルドの胸の中で首を振った。
「・・・あ・・ありがとう。・・・いってくれて」
リカルドは腕に力をこめてごめんと呟いた。
きっとそれは可能だったはずだ。リザリーの母が逃げ回っていて消息が取れないと一言言ってくれれば、リザリーは信じたはずだった。それでも、リカルドは真実を言ってくれた。
遺体がそんな長く保管なんてできない、言われなければきっとリザリーの知らぬ間に埋葬されていたのだろう。
馬車でついた大きな教会にリザリーは圧倒された。
中に入ると、中の壁画も凄く豪華絢爛な王宮のようにも思えた。
椅子が並ぶホールを抜け、右手に曲がりステンドグラスから差し込む光に目を細めながら、リカルドに連れて行かれるがまま奥へと進んだ。
半地下にあるその部屋はひんやりとしていた。
「ここは」
「遺体保管室」
何も無い白い石の部屋の真ん中には一つ、は大きな白い箱があった。
白地に、金の刺繍、蓋の上には文様が描かれていた。
二等の竜に剣のようなものが真ん中に描かれていた。
きっとこの箱が棺なのだろう、それにしても遺体保管室というのだからもっと遺体があってもいいのに棺が一つしかなかった、周りを見渡してもそれらしきものがなかった。
「こちら側の人間はそうめったに死なないから、あまり使われないんだ」
リカルドの言葉になっとくした。
リカルドはリザリーと繋いでいた手を離し、棺の蓋を開けた。
両親は同じ棺の中に入れられていた。
母の首にはチョーカーのように布が巻かれ白い花のコサージュが付けられていた。首をかっきって自殺したらしいということは来る途中に聞いていたが痛々しかった。
服は、純白のドレスだった。
父は、少しやつれた顔をしていた。
父の服も純白のタキシードだった。
二人の手は重ねられ、もう片方の手は胸元に置かれていた。その手には白い薔薇が一本もたれていた。
まるで結婚式のような出で立ちに微笑みながら涙がこぼれた。
「夫婦の遺体は同じ棺に入れるんだ。」
「結婚式みたいね。」
「そうだよ。こちら側の人間は結婚して夫婦でいる人が少ないせいか、死んだときに結婚した夫婦の場合、死後の結婚式を行うんだ」
「死後の結婚式?」
「そう、こちら側の人間にとっての結婚は契約と同じ意味合いが強いんだ。習慣が違うから話すと長くなるけど。子作り目的以外での結婚は死してもなお、生まれ変わっても夫婦でいたいという契約なんだ。だから、そんな夫婦には死後の結婚式を挙げてあげるんだ。」
「結婚の概念が違うって事?」
「そう、貴族とかは一応子作りのために結婚をするけど、出来てしまえばすぐに離婚する。下界ではあまり信じられない話かもしれないけど、こちら側ではそれが普通なんだ。」
「そっか。じゃーお母様とお父様はちゃんと天上でも夫婦で居られるのね」
「あぁ」
「なんだか素敵ね」
そう言ってリザリーは棺の横に座り込んだ。
母の頬に触れるとひんやりとして、もう生きていた温もりも無く無機質な感触で涙が止まらなかった。
リザリーは父の頬にも触れた同じだった。
手に触れても、もう握り返してはくれない両親の手。
ほんの少しの、些細な動きもない手は置物用にしか感じられなかった。
魂の宿っていない肉体は空っぽだと何処かで聞いたことがあったが、本当にそうだと思った。
本当に両親なのだろうか。
精巧にできた蝋人形で、実は両親は生きていて。そんな馬鹿なことを思いリザリーは首を振って考えを消した。
どのくらいそうしていただろうか、リカルドじっとリザリーを見守っていた。だが、時刻を見るともう5分くらいそうしていたことに気づき、このままではリザリーはまた体調を崩しかねななかった。
リザリーは両親の手から離さず、うずくまってしまった状態で嗚咽を漏らしていた。リカルドは優しく肩を抱きながらリザリーの手を両親の手から外した。
言葉をかけずとも、リザリーはリカルドのされるがままだった。リカルドが棺の蓋を閉めると、リザリーはリカルドの胸に縋った。
何も言わずリカルドは背中を摩りながら、遺体保管室から出て行った。
太陽の光がさんさんと降りそそぐ教会の中庭にでると、近くにあったベンチにリザリーを座らせた。
肩に抱きしめられたまま、体がじわじわと温まる感覚にリザリーは相当冷えていたことを今更気づいた。
「葬儀は2日後に行うことになってる。」
「うん。」
「火葬になるそうだ」
「うん。」
「服装は、淡い色のドレス系なんだけど、きっとカイゼリンが見てくれるよ。」
「・・・淡い色のドレス?」
「いったろ?死後の結婚式だって。だから参列者は、淡い色の服を着ないといけない。女性は特に黒や灰色を着ちゃいけないんだ。」
「・・・うん。」
へんなのっと口に出てしまいそうになった。葬儀なのに喪服ではなくドレスアップしていくなんて、だが死後の結婚式というのだから葬儀も華やかなのかもしれないとリザリーは思った。
「あとね、死後の結婚式で愛を誓うと一生結ばれると信じられているんだ。」
リカルドの言葉を聞きながらリザリーは中庭の中を舞う花びらを追っていた。
優しいぬくもりにいつの間にか意識を絡めとられていた。