26)それは情か義務か・・・
リザリーがリネウス国の軍の飛竜船に乗ってから三日目が経過しようとしていた、服や荷物はいつの間にかこちらの船に移動済みだったらしく、また綺麗なワンピースに着替えていた。
- 学校から逃げ出してから、6日目・・・お父様の葬儀はどうなったのかしら。
もうすでに日にちは過ぎているが、ここでは何の情報も入ってこなかった。
外の様子を見ても今は雲の上で白と青しか目に写らなかった。
暇つぶしにと渡された、神話の本や、魔術書、リネウス国の歴史書などを読み漁っていた。軍の船に乗ってある本だけあって、お堅い文章でなかなか眠気を誘われるものだった。
それでも、神話の本は面白くついつい読み進めていた。
飛竜船でみた劇の話も載っていた、『最高神の花嫁』というタイトルではなく、『最高神と魔獣』というタイトルとしてあった。リカルドが劇が女性向けだといっていたことが本を読んで解った、実際の話はただの神々の一人だったものが最高神になるまでの事が書かれていて、後半になってやっと花嫁の話しが出てくるのだ。
半身である花嫁を得てやっと完全なる神、最高神として君臨したと書かれていた。
その他に、自国の話も載っていた。それはあまり良い話ではなく、欲望に目がくらみ最高神の花嫁を攫い天上界にも手を出そうとした男の話だった。
そのために神々の怒りに触れ、スノップ国は二度と魔力の強い者が生まれぬ土地となったと。
最後の一行には、
『天上に触れる事なかれ、さすれば滅びはおとずれん。フロイア歴289年』
今がフロイア歴439年・・・150年前・・・。
「実話・・・?」
あまりにもリアルな数字にリザリーは声に出していた。
コンコン
ドアを叩く音でリザリーは呼んでいた神話の本を閉じた。
扉を開けると、そこにはリカルドが立っていた。
「あと5時間後には国境に着く、そこから王都まで1日かかる」
言いながら、リカルドは部屋に入り椅子に腰掛けた。
リザリーが先ほど読んでいた本がベットに置かれているのに気づいた。
「本はどうだった?」
「興味深かったです、神話の本が特に」
リザリーはリカルドの正体を知ってから距離を置くようになった。演技とはいえ砕けた口調をしていた時を知っている分、その態度の違いにリカルドは少し寂しさと悔しさがあった。
彼女は今自分を警戒している、それは当たり前なのかもしれない、それでもと持っている自分が居た。
「だろうね、この本は特に史実に忠実に書かれてるそうだから」
「史実?」
眉をひそめる。
「神と呼ばれる人達はは本当にいるんだよ、まだ会っていないだけで」
「そうですか。実際は人がやった偉業を神様がしたように書いてることはありますからね」
「まぁ~そんな感じかな」
- ・・・そうえいば、リネウス国の王室は神の一族の末裔とか、書いてあったわ
リカルドのあいまいな返事に首をかしげながらリザリーはベットに腰掛けた。
「リザリー嬢」
「?」
「君には知ってもらわなくちゃいけない事があるんだ。」
リカルドはそう言うと、俯き何か思案をしてから顔を上げた。
「半身って言葉は知ってるかい?」
「半身・・・劇でやっていたものですか?」
「そう、君には半身がいるんだ」
リザリーは眉をしかめて、リカルドを見た。御伽噺のようなものだと思っていた[半身]という存在に自分がそうだと言われても理解できなかった。
「物語の中の話ではなく?」
「実際に半身というのは存在する。でも魔力の強い人間にのみ存在するんだ。世界の均衡を保つために、魂や魔力が分かれて生まれてくるのが半身」
リカルドは真面目な顔で言った。
その表情は、嘘をついてるような様子は無かった、半信半疑のままリザリーはその言葉の意味を考えた。
「一卵性双生児みたいな感じですか?」
「そうだね、そういったほうが解りやすいかも。」
「でも、世界の均衡って・・・」
「世界は魔力に溢れいてると同時に均衡を取るために真逆の性質を持っているんだ、それを”陰と陽”という者もいれば”光りと闇””五行”とも言われていたりする。聞いた事くらいはあるだろ?」
その問いにリザリーは頷いた。
「本来なら全ての要素を人は持って生まれるけど必ず偏りがでる、ささいなものだけど力が強すぎる場合は、世界の均衡に影響をもたらしてしまう、そのために分かれて生まれてくるんだ。たぶん君の半身は・・」
言葉を詰まらせたリカルドにリザリーは一人の名が浮かんだ。それは
「クラウス」
呟いた瞬間手に力が入った。
- あれから、眠るたびに船で見たクラウスという男に追いかけられる夢をみる
「気づいてたのか」
リカルドの言葉に半身という馬鹿馬鹿しい話が真実味を伴うと同時に、どこかでやはりそうなのかと思う気持ちがあった。
えもしれぬ恐怖が這い上がってきた。
劇で見た半身は情熱的で、離れがたい愛しい人のように演じられていた、だがあのクラウスの瞳には冷徹な残忍さしか見れなかった。人を見下すような目。
「絶対に君は、クラウスの前で了承するような答えを発しないでくれ。むしろ口をつつで居たほうがいい、彼は何が何でも君を手に入れようとしてる。あいつは魔術の知識は最高レベルになる。一応半身は、同意の元契約が成されるようになっていると言っても、抜け道はいくらでもあるんだ。それを行われた場合、最悪君は魔力の源として・・」
リカルドの言葉にますます、リザリーは青ざめた。あの男には二度と会いたくなかった、だが先ほどの話からしてまた会うような口ぶりに思わず自身の両腕を握り締めた。
「・・・あいつは、また来るんでしょうか?」
「十中八九くるね、君を手に入れるために・・・」
リカルドは淡々と言葉を繋いだ、まるで自分の感情を消したかのように。
リザリーは俯き、足元の床を見つめるしか出来なかった、木目がやけに鮮明に見れる。
「半身ってそんなに必要なものなんですか?」
「あぁ、自分の片割みたいなものだからな、魅かれあう者が大半だが時として相手を征服したがるものもいる。手に入れれば、完全なる魂、魔力となる。それは、今まで以上の力を得ることにもなるんだ。」
俯くリザリーをただ、リカルドは見つめるだけ言葉を紡いだ。
「君は封印されているだけで、かなりの魔力が備わってる。そしてクラウスには魔力を操る技術があっても、魔力が足りないんだ。そんなやつに魔力を渡したら。」
「恐ろしいことになるっていうんですか?」
「あぁ」
「私に魔力があるなんて言葉を信じろと・・・?」
「あぁ」
リカルドは手を上げリザリーに向けた
『逃亡者に情なんてうつすなよ。』
スイの言葉が頭に響きピクリと手は止まった。
- 情?そんなの関係ない。
リカルドはそのままリザリーの背に手をのせ、抱きしめた。リザリーの肩はピクリと動いた。
頭を撫でると嗚咽が聞こえた。
「俺が、守るよ。」
- 仕事としてでしょ?
リザリーはそんなことは聞けなかった。
でも、その言葉に救われた気がした。