19)夢心地に 第三幕
拍手が鳴り響く会場の中、黒い人影が端をうろちょろしているのに、リザリーとリカルドは気づいた。
リザリーは一気に夢心地な気分がくずされ、一気に冷たい現実が突きつけられたようだった。
無言でリカルドはリザリーの手を引き、ボックス席から出ると廊下の右端の角に黒い制服に身を包んだ男を捕らえた。
リザリーは息を詰めて、リカルドと繋いでいる手を強く握った。
まだ、男たちはこちら側を背にしていて気づいていない、リカルドはすぐ側にあるスタッフ用の扉に入り込んだ。
リザリーを見ると、顔を白くしてリカルドを見つめていた。
リカルドは安心させるために無言で微笑んで、部屋の奥へと進む。
遠くのほうでざわざわとする会場の音が聞こえた。
スタッフルームの部屋は薄暗く、物置部屋のようで棚が並んでおかれダンボールなどが積み重なれていた。
奥に進むとまた扉が存在し、開けると下に続く階段につづいていた。
リザリーは手を引かれるまま、リカルドの後に付いて行った。
会場のざわつきの声が止み、歌声が響いてきた。
何階か降りると、何も書かれていない扉をリカルドが開け中に入った。
そこは薄暗い部屋だった、目を凝らすと所せましと、衣装がかけられた衣裳部屋なのがわかった。
そして、目の前にリザリーと同じ髪型、衣装を着た女性とリカルドと同じ衣装と髪型をした男性が立っていた。
「準備は整ってるみたいだな。」
「あぁ」「えぇ」
二人はうなづき、部屋を出て行った。
何がなんだかわからないリザリーは、リカルドを見つめた。
「彼らが、今度はスアンとリカルドだ。俺たちは今度はここの下働き。」
そう言って、リカルドは着ていた衣装を脱ぎ、棚の上に置いてあった質素な制服に着替え始めた。
「どういうこと?彼らは?」
「彼らは役者だよ。俺たちのフリをしてくれる。俺の後ろで着替えて。早く」
リザリーは、リカルドの指示に従って着替え始めた。
女性ようの制服は、白いブラウスに細めの黒いネクタイ、黒のタキシードに黒いキュロットスカートになっていた。
振り返るとリカルドも着替え終わっており、下が黒いズボンなだけで他は同じ衣装だった。
「・・・そのブーツは目だつな」
リカルドはリザリーのはいているブーツをみて。衣装の中から黒いシンプルなブーツを持ってきた。
「ねぇ・・」
「今軍がきてる。」
「・・・」
リザリーはその言葉に青ざめた。
やはり先ほど見えた黒い制服の人たちは軍人だったのだ。
「大丈夫。ここにいれば安全だ。ここはもう軍人たちが見回った後。ここにはこない。」
「本当?」
「あぁ、俺たちのところには、彼らが対応してくれる」
リザリーは渡された黒いブーツを履いた。
その頃、リザリーとリカルドの身代わりとなっている二人はうまくボックス席に戻り、軍人たちの対応をしていた。
「まったくもって軍人は無粋ね」
「申し訳ありません。仕事ですから」
事務的に軍人が答えた。
「スアン。」
リカルド役の男はスアン役の女性をなだめたが、余計おこらせたようだった。
「こんな素敵な舞台の終わりを汚すなんて、信じられないわ!」
軍人の人たちは、怪しくないと判断したのかボックス席から逃げるように離れていった。
「まったくもって酷いわ、そう思わない?リカルドお兄様」
「そうだね・・・こんな上級階級の飛竜船に乗り込んでくるなんて、そうとう外国に逃れられるとまずいみたいだね・・・リザリー嬢という子は」
「わからないわ、早く『神の庇護の元』に着きたいわ」
「まったくだね、たくリネウス国行きの直行便が無いなんて、とんだ災難だな」
「まったくだわ。」
その頃、リザリーとリカルドは衣裳部屋で自分たちが脱ぎ捨てた服を布袋に詰め、リザリーを部屋の角の視覚になる衣装箱の陰に座らされていた。
「・・・リカルド、彼らはあなたの仲間なの?」
「秘密」
「どうして軍が来るってわかったの?」
「秘密」
先ほどから、このやり取りばかりだった。
リザリーはため息をついてうずくまった、衣裳部屋は相変わらず薄暗く慣れてきた目では周りが良く見えていた。
リカルドはリザリーを背に扉の方に向いていた。
「秘密ばかりね」
「君も同じだろ?」
「私は何も知らないもの。」
「はぁ・・・、そうだね。とりあえず、あと8時間の辛抱だよ。」
「8時間・・・・」
「そう、そうすれば、隣国のアルデルドにつく。そこで降りるよ」
それまで寝てなさい、と言われ、リザリーは瞳を閉じた。
閉じると、先ほど見ていた舞台を思い出した。
情熱的な愛の言葉を歌う神と歌われる乙女。
ふと、最高神のように自分を守ってくれる半身のような男性がいれば良いのにとリザリーは思った。
半身・・・魂と魔力の半分を持ち合わせたもう一人の自分ようなかげがえのない存在だと聞いたことがあった。
それはリカルドのような・・・、だがそんなのは御伽噺でリカルドは仕事のために自分を守っていると思いなおした。
目が覚めたら夢だったら良いのに。
そう思いながら眠りについた。




