幕間 対極
局長は、頭を抱えていた。
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柏木の件で、空気が悪くなっていた。
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サラとマリーは、柏木と目を合わせなくなった。
ナリンは、柏木を避けるようになった。
ブラボーチームとチャーリーチームの間に、微妙な溝ができていた。
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「このままじゃ、まずいな」
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局長室。
ハーパーとルノーが呼ばれていた。
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「アルファチームを、ウドンターニーに派遣する」
「ウドンターニー?」
「ああ。東北部の拠点だ」
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ハーパーは地図を広げた。
「ラオス国境に近いですね」
「そうだ。あの辺りは、まだ手つかずの組織が多い」
「なるほど」
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ルノーが聞いた。
「派遣期間は」
「当面、三ヶ月」
「三ヶ月......長いですね」
「長くていい。距離を置く必要がある」
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局長は窓の外を見た。
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「柏木と瀧本は、同じ場所にいない方がいい」
「......ナリンのことですか」
「それもある。だが、それだけじゃない」
「?」
「あの二人は、対極だ」
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局長は続けた。
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「柏木は、『資格がない』と言って逃げた」
「......」
「だが、瀧本は違う」
「違う?」
「瀧本なら、『資格がないなら作る』と言うだろう」
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ハーパーは頷いた。
「確かに、瀧本ならそう言いますね」
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「全てが対極だ」
局長は言った。
「柏木は、考えすぎて動けない。瀧本は、考える前に動く」
「......」
「柏木は、傷つくのを恐れる。瀧本は、傷だらけでも前に進む」
「......」
「柏木は、一発も食らわない。瀧本は、毎回ボロボロになる」
「......」
「柏木は、エレガント。瀧本は、泥臭い」
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ルノーが言った。
「どちらが正しい、という話ではないですね」
「そうだ。どちらも正しい。どちらも間違っている」
「......」
「だが、同じ場所にいると、比較される。それが、分裂の原因になる」
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局長は椅子に座った。
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「アルファチームをウドンターニーに送る。距離を置いて、それぞれのやり方で戦わせる」
「了解」
「柏木には、ここで頭を冷やしてもらう」
「了解」
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翌日。
アルファチームに、派遣命令が出た。
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「ウドンターニー?」
瀧本が聞き返した。
「三ヶ月?」
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「そうだ」
ジョンソンが答えた。
「東北部の拠点だ。ラオス国境に近い」
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マルティネスが言った。
「まあ、いいんじゃないか。バンコクは飽きた」
「飽きたのか」
「飽きた。新しい場所で暴れたい」
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ヨナタンが言った。
「ウドンターニーには、まだ手つかずの組織が多い」
「つまり、仕事がたくさんあるってことか」
「そういうことだ」
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瀧本はメンソールに火をつけた。
「まあ、いいか。どこでも同じだ」
「同じか?」
「同じだ。バイクがあれば、どこでも戦える」
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アブドゥルが聞いた。
「全員で行くのか」
「全員だ」
「スヨンも?」
「スヨンも」
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瀧本の手が、一瞬止まった。
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「スヨンも、か」
「通信担当だからな。当然だ」
「......そうか」
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マルティネスがニヤリと笑った。
「良かったな、瀧本」
「何がだ」
「スヨンと三ヶ月、一緒だぞ」
「だから何だ」
「何でもない」
「何でもないなら言うな」
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出発の日。
拠点の正門。
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アルファチームが、車両に乗り込もうとしていた。
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「瀧本」
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声が聞こえた。
振り向いた。
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柏木が立っていた。
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「柏木さん」
「見送りに来た」
「......」
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柏木は、瀧本の前に立った。
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「三ヶ月、頑張れ」
「......ああ」
「怪我するなよ」
「無理だ。俺は毎回怪我する」
「......そうだな」
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沈黙。
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「柏木さん」
「何だ」
「ナリンのこと、気にしなくていいですよ」
「......」
「俺は、恨んでない。本当に」
「......」
「柏木さんは、悪くない」
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柏木は何も言えなかった。
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「でも、一つだけ」
「何だ」
「俺と柏木さんは、違う」
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瀧本はメンソールの煙を吐いた。
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「柏木さんは、『資格がない』と言った」
「......」
「俺なら、そうは言わない」
「......」
「資格がないなら、作る。それだけだ」
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柏木は目を見開いた。
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「作る......?」
「そうだ。ないものは、作ればいい」
「......」
「女を幸せにする自信がない? なら、自信がつくまでやればいい」
「......」
「できないと思うなら、できるようになればいい」
「......」
「逃げるのは、一番簡単だ。でも、一番つまらない」
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瀧本は、柏木の肩を叩いた。
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「柏木さん、強いんでしょう?」
「......」
「戦闘じゃ、誰にも負けないんでしょう?」
「......」
「なら、これも戦えばいい。逃げないで」
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瀧本は車両に向かって歩き出した。
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「じゃあ、行ってきます」
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柏木は、瀧本の背中を見ていた。
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「資格がないなら、作る......」
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その言葉が、頭から離れなかった。
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ウドンターニー。
アルファチームの新しい拠点。
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古い警察署を改装した建物だった。
バンコクほど設備は整っていないが、必要なものは揃っている。
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「悪くないな」
ジョンソンが言った。
「悪くない」
マルティネスが同意した。
「テキーラさえあれば、どこでも同じだ」
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瀧本は、自分の部屋に荷物を運んでいた。
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隣の部屋から、声が聞こえた。
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「......これでいいかしら」
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スヨンの声だった。
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瀧本は気にせず、荷物を片付けた。
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夕方。
食堂。
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アルファチームが集まっていた。
初日の夕食。
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「乾杯!」
「乾杯!」
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マルティネスがテキーラを注いだ。
ジョンソンがビールを開けた。
ヨナタンは無表情でウォッカを飲んでいた。
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「瀧本、スヨンは?」
アブドゥルが聞いた。
「知らん。部屋にいるんじゃないか」
「呼んでこいよ」
「なんで俺が」
「お前が一番仲いいだろ」
「仲良くない。喧嘩ばかりだ」
「喧嘩するほど仲がいい、って言うだろ」
「言わない」
「言う」
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その時。
食堂のドアが開いた。
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スヨンが入ってきた。
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全員が、固まった。
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スヨンは、変わっていた。
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髪型が違った。
今までのポニーテールではなく、ゆるいウェーブがかかったロングヘア。
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化粧が違った。
今までのナチュラルメイクではなく、しっかりとしたアイドルメイク。
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服装が違った。
今までの軍服やジャージではなく、可愛らしいワンピース。
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「......」
「......」
「......」
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マルティネスが、テキーラを吹き出した。
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「ぶふっ......!」
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ヨナタンが、無表情のまま肩を震わせていた。
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「......」
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そして、二人とも爆笑した。
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「ぎゃははははは!」
「ふ......ふふふ......はははは!」
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スヨンの顔が、真っ赤になった。
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「な、何よ!」
「いや、何でもない......ぶふっ」
「笑ってるじゃない!」
「笑ってない......ふふふ」
「笑ってる!」
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ジョンソンが咳払いした。
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「いや、スヨン......綺麗だぞ」
「本当ですか?」
「本当だ。ただ、ちょっと......驚いただけだ」
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アブドゥルが言った。
「似合ってる。うん、似合ってる」
「ありがとうございます......」
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ピーターが言った。
「何かあったのか? 急に」
「別に......何も......」
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スヨンの目が、ちらりと瀧本を見た。
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瀧本は、メンソールをくわえたまま固まっていた。
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「......」
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マルティネスが瀧本を肘で突いた。
「おい、何か言えよ」
「......」
「瀧本?」
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瀧本は、ゆっくりと口を開いた。
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「お前、誰だ」
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スヨンの顔が、さらに赤くなった。
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「誰って......私よ! スヨンよ!」
「嘘だ。スヨンはそんな格好しない」
「してるでしょ! 今!」
「今日から別人か」
「別人じゃない!」
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瀧本はスヨンをじろじろ見た。
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「髪、巻いてるな」
「巻いてるわよ」
「化粧、濃いな」
「濃くない! 普通よ!」
「ワンピースなんか着て、どうした。デートか」
「デートじゃない!」
「じゃあ何だ」
「......」
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スヨンは言葉に詰まった。
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「......気分転換よ」
「気分転換で、こんなに変わるのか」
「変わるわよ」
「変わりすぎだ」
「うるさい!」
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瀧本はメンソールに火をつけた。
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「まあ、悪くないんじゃないか」
「え?」
「悪くないって言った」
「......」
「似合ってるよ。アイドルみたいだ」
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スヨンの顔が、一瞬で明るくなった。
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「本当?」
「本当だ」
「似合ってる?」
「似合ってる」
「......」
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スヨンは、嬉しそうに笑った。
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瀧本は続けた。
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「でも、俺は前の方が好きだけどな」
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スヨンの笑顔が、固まった。
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「......は?」
「前の方が好きって言った」
「前って......ポニーテールの?」
「ああ。あっちの方が、お前らしい」
「お前らしいって何よ」
「お前らしいって意味だ」
「意味が分からない」
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瀧本は煙を吐いた。
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「気合い入れて変えてきたのに、悪いな」
「......」
「でも、俺は正直に言う。嘘はつかない」
「......」
「お前は、そのままでいい。無理に変わる必要はない」
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スヨンは黙った。
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嬉しいような、悔しいような、複雑な顔だった。
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「......馬鹿」
「馬鹿? 俺が?」
「そうよ。馬鹿」
「なんで」
「分からないなら、馬鹿よ」
「分からない」
「だから馬鹿なのよ」
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マルティネスとヨナタンは、まだ笑いを堪えていた。
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「ふふふ......」
「くくく......」
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ジョンソンが溜息をついた。
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「お前ら、いい加減にしろ」
「すみません......ふふふ」
「笑いが止まらない......」
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瀧本はスヨンの隣に座った。
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「まあ、座れよ。飯、食おう」
「......」
「せっかく綺麗にしてきたんだから、楽しめ」
「楽しめって......」
「俺が褒めてやるから」
「褒めるって......」
「アイドルみたいで可愛いぞ」
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スヨンの顔が、また赤くなった。
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「からかわないでよ」
「からかってない。本心だ」
「嘘」
「嘘じゃない」
「......」
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瀧本はビールを注いだ。
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「乾杯」
「......乾杯」
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ヨナタンがマルティネスに囁いた。
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「あいつ、分かってやってるのか」
「分かってないだろ」
「天然か」
「天然だ」
「スヨンも大変だな」
「大変だ」
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アルファチームの、ウドンターニーでの生活が始まった。




