幕間 請求
組織改編から二週間。
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アルファチームは、局長の指揮下で動いていた。
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チェンライ県。
麻薬組織のアジト制圧。
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ジョンソンのGAU-19が火を噴いた。
建物の壁が粉砕された。
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「派手だな」
局長が無線で言った。
「派手でいいんです」
ジョンソンが答えた。
「敵に考える暇を与えない」
「......まあ、いい」
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ソンクラー県。
人身売買組織の拠点。
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瀧本がバイクで突入した。
窓を突き破った。
廊下を走った。
ドアを三枚、破壊した。
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「瀧本、ドアを壊すな」
「すみません、癖です」
「癖で壊すな」
「癖なので」
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ナコンラーチャシーマー県。
武器密輸組織のアジト。
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ヨナタンがRPGを撃った。
トラックが爆発した。
倉庫が燃えた。
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マルティネスがM240を乱射した。
逃走しようとした車両が蜂の巣になった。
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「......派手だな」
局長は呟いた。
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二週間で、五つの作戦を完了。
全て成功。
犯人、合計八十七人を確保。
麻薬、武器、現金、莫大な量を押収。
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だが、問題があった。
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局長室。
机の上に、書類が積み重なっていた。
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損害賠償請求書。
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局長は、一枚目を手に取った。
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『チェンライ県 ○○村
建物損壊に関する請求
金額:三百万バーツ』
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二枚目。
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『ソンクラー県 △△地区
ドア破損・窓ガラス破損に関する請求
金額:五十万バーツ』
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三枚目。
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『ナコンラーチャシーマー県 □□倉庫
倉庫全焼に関する請求
金額:二千万バーツ』
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四枚目。
五枚目。
六枚目。
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請求書は、どんどん増えていった。
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局長は計算した。
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二週間で、合計四千五百万バーツ。
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「......」
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局長は、ふと思った。
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『今まで、どうしてたんだ』
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アルファチームは、二週間前も同じように動いていた。
いや、もっと前から。
チームが結成されてから、ずっと。
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ガトリングで建物を粉砕。
バイクでドアを破壊。
RPGで車両を爆破。
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損害は、毎回出ていたはずだ。
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『請求書は、どこに行っていた』
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局長の顔が、青ざめた。
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「まさか......」
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局長は立ち上がった。
執務室を出た。
廊下を早足で歩いた。
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向かった先は、柏木の執務室だった。
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ドアを開けた。
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柏木はいなかった。
訓練場にいるらしい。
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局長は、部屋を見回した。
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机の上は、比較的整理されていた。
書類は少ない。
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だが、机の横に、何かがあった。
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段ボール箱。
三つ。
山積みになっている。
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局長は、最初の箱を開けた。
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中には、書類がぎっしり詰まっていた。
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『損害賠償請求書』
『損害賠償請求書』
『損害賠償請求書』
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全て、未開封だった。
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二つ目の箱を開けた。
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同じだった。
未開封の請求書。
山のように。
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三つ目の箱を開けた。
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同じだった。
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局長は、一枚を取り出した。
日付を見た。
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『八ヶ月前』
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別の一枚を見た。
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『六ヶ月前』
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また別の一枚。
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『一年前』
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局長は、箱の中身を全て床に広げた。
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請求書。
請求書。
請求書。
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督促状。
督促状。
督促状。
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『最終通告』
『法的措置を検討中』
『至急ご連絡ください』
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局長は、計算を始めた。
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一枚、また一枚。
電卓を叩いた。
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数字が、どんどん増えていった。
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最終的な金額。
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『十二億三千万バーツ』
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局長は、その場に崩れ落ちた。
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「十二億......」
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膝が床についた。
手が震えていた。
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「十二億三千万......」
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しばらく、動けなかった。
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三十分後。
訓練場。
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柏木は、CQCの訓練をしていた。
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「柏木」
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声が聞こえた。
振り向いた。
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局長が立っていた。
顔が、死人のように青かった。
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「局長、どうしました」
「......来い」
「は?」
「俺の部屋に来い。今すぐ」
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柏木は、局長の様子に気づいた。
何かがおかしい。
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「何かあったんですか」
「あった」
「何が」
「お前の執務室で、三つの段ボール箱を見つけた」
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柏木の顔が、固まった。
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「あれは......」
「十二億三千万バーツだ」
「......」
「十二億三千万バーツの請求書が、未処理で放置されていた」
「......」
「一年以上、放置だ」
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柏木は黙った。
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「お前、あれをどうするつもりだった」
「......処理しようと思っていました」
「いつ」
「......そのうち」
「そのうち!?」
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局長の声が、裏返った。
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「十二億をそのうち!?」
「......」
「法的措置を検討中って書いてあるぞ! 訴えられるぞ!」
「......」
「王室犯罪対策局が訴えられたら、どうなると思ってる!」
「......」
「国の恥だ! 俺の首が飛ぶ!」
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周囲の隊員たちが、こっそり見ていた。
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「局長、また怒ってるな」
瀧本が囁いた。
「今度は何だ」
「知らん。だが、十二億って聞こえた」
「十二億?」
「ああ」
「......やばいな」
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マルティネスが言った。
「俺たちの破壊活動の請求書じゃないか」
「請求書?」
「ああ。建物壊したり、車両爆破したり、色々やってるだろ」
「やってるな」
「その請求書だ。多分」
「......」
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ヨナタンが言った。
「俺たちのせいか」
「俺たちのせいだな」
「......」
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瀧本はメンソールに火をつけた。
「まあ、処理してなかった柏木さんのせいだろ」
「それはそうだが」
「俺たちは悪くない」
「悪くないか?」
「悪くない。壊すのが仕事だ」
「......まあ、そうだな」
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局長と柏木は、局長室に向かっていった。
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柏木の背中は、また小さく見えた。
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局長室。
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床には、請求書が散乱していた。
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「見ろ」
局長が言った。
「これが、お前の仕事だ」
「......」
「お前が処理すべきだった書類だ」
「......」
「なぜ放置した」
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柏木は黙っていた。
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「答えろ」
「......分かりませんでした」
「分からなかった?」
「はい。どう処理すればいいか、分からなかった」
「分からなかったら、聞け!」
「......」
「ハーパーでも、ルノーでも、俺でもいい! 聞けばいいだろう!」
「......」
「なぜ、放置した!」
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柏木は目を伏せた。
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「......戦闘の方が、楽だったからです」
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局長は絶句した。
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「楽だった......?」
「はい。戦闘なら、迷わない。敵を倒せばいい」
「......」
「でも、書類は......分からなかった。だから、後回しにした」
「......」
「そしたら、どんどん溜まって......」
「......」
「開けるのが、怖くなりました」
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局長は、椅子に座った。
頭を抱えた。
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「お前......」
「......」
「お前は、戦闘の天才だ」
「......」
「だが、組織運営は......」
「......」
「絶望的だ」
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柏木は何も言えなかった。
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局長は深呼吸した。
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「いい。もういい」
「......」
「俺が処理する。全部」
「......すみません」
「謝るな。謝られても、十二億は減らん」
「......」
「ナターシャとラッタナーを呼べ。経理担当だ」
「はい」
「ハーパーとルノーも呼べ。緊急会議だ」
「はい」
「お前は......」
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局長は柏木を見た。
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「お前は、訓練場に戻れ」
「......」
「戦闘だけしてろ。それしかできないんだからな」
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柏木は、部屋を出た。
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廊下。
柏木は、壁にもたれかかった。
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「......」
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戦闘だけしてろ。
それしかできないんだからな。
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局長の言葉が、胸に突き刺さった。
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「俺は......」
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そこに、ニコライが通りかかった。
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「柏木、大丈夫か」
「......ああ」
「大丈夫じゃないだろう。顔が死んでる」
「......」
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ニコライは柏木の隣に立った。
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「十二億の話、聞いた」
「......もう広まってるのか」
「ああ。瀧本が広めた」
「......あいつ」
「悪気はない。ただ、うるさいだけだ」
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柏木は小さく笑った。
力のない笑いだった。
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「俺は、ダメだな」
「ダメじゃない」
「ダメだ。戦闘以外、何もできない」
「......」
「女も選べない。組織も運営できない。請求書も処理できない」
「......」
「何のために、総隊長になったんだ」
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ニコライは黙っていた。
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「俺には、戦闘しかない」
「......」
「それしか、できないんだ」
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ニコライは、柏木の肩を叩いた。
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「それでいい」
「......え?」
「お前は、戦闘の天才だ。それでいい」
「でも、組織は......」
「組織は、俺たちがやる」
「......」
「ハーパーがいる。ルノーがいる。ミュラーがいる」
「......」
「経理は、ナターシャとラッタナーがやる」
「......」
「お前は、戦えばいい。それが、お前の仕事だ」
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柏木はニコライを見た。
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「俺は......役立たずじゃないのか」
「役立たずじゃない」
「でも、十二億......」
「十二億は、みんなで何とかする」
「......」
「お前一人の責任じゃない」
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柏木は、少し救われた気がした。
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「......ありがとう」
「礼はいらん」
「でも......」
「いいから、訓練場に戻れ。お前がいないと、訓練にならん」
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柏木は頷いた。
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「ああ」
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二人は、訓練場に向かって歩き始めた。
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同じ頃。
局長室。
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ナターシャとラッタナーが、請求書の山を見て固まっていた。
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「これ......全部ですか」
「全部だ」
「十二億......」
「十二億だ」
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ナターシャは計算機を取り出した。
ラッタナーはノートを開いた。
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「とりあえず、分類から始めましょう」
「ああ。頼む」
「督促状が来ているものを優先して......」
「ああ」
「法的措置を検討中のものは、最優先で......」
「ああ」
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ハーパーとルノーが入ってきた。
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「局長、呼ばれましたが......」
「ああ。これだ」
「これは......」
「十二億の請求書だ」
「......」
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ハーパーは床に散らばった書類を見た。
ルノーも見た。
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二人とも、何も言えなかった。
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「柏木が、一年以上放置していた」
「......」
「俺たちで、何とかする」
「......了解」
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ハーパーは溜息をついた。
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「また徹夜ですね」
「また徹夜だ」
「何回目ですか」
「数えるな」
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長い夜が、また始まった。




