第8話 叙任
叙任式の日。
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王宮。
大広間。
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荘厳な空気が満ちていた。
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瀧本勝幸は、正装していた。
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白い礼服。
金の飾緒。
胸には、既に授与された勲章。
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髪はきっちりと整えられていた。
メンソールは、今日は吸っていない。
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「緊張してる?」
スヨンが囁いた。
「してない」
「嘘」
「嘘じゃない」
「手、震えてるわよ」
「......少しだけだ」
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大広間には、多くの人々が集まっていた。
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突撃隊の面々。
政府高官。
外交官。
報道陣。
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ジョンソン、マルティネス、ヨナタンは、前列に座っていた。
ニコライ、サラ、アレクセイも来ていた。
局長は、最前列で満面の笑みを浮かべていた。
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ファンファーレが鳴った。
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国王陛下の入場。
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全員が立ち上がった。
頭を垂れた。
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国王は、玉座に着いた。
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「式を始める」
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司会が告げた。
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「瀧本勝幸、壇上へ」
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瀧本は、ゆっくりと歩き出した。
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赤い絨毯の上を歩く。
両側から、視線が注がれる。
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長い道のりに感じた。
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壇上に立った。
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国王の前に跪いた。
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「瀧本勝幸」
国王の声が響いた。
「お前は、タイ王国のために戦い、民を守り、18発の銃弾を受けてなお生き延びた」
「......」
「その勇気と献身を讃え、ここに王室騎士団への叙任を宣言する」
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国王が立ち上がった。
剣を手に取った。
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瀧本の肩に、剣が触れた。
右肩。
左肩。
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「立て、騎士よ」
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瀧本は立ち上がった。
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その瞬間。
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銃声が響いた。
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一発目。
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弾丸が、国王の横を掠めた。
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玉座の背もたれに、穴が開いた。
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悲鳴が上がった。
会場が騒然となった。
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「陛下!」
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瀧本は、考える前に動いていた。
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国王の前に飛び出した。
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両手を広げた。
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盾になった。
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二発目。
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瀧本の胸に、衝撃が走った。
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「ぐっ......!」
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だが、倒れなかった。
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立ったまま、国王を守り続けた。
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三発目。
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瀧本の腹に、衝撃。
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「がっ......!」
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それでも、倒れなかった。
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狙撃手は、大広間の天井近く、窓の影に潜んでいた。
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王宮警察が、即座に反応した。
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警備隊長が叫んだ。
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「狙撃手、発見! 射殺しろ!」
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複数の銃声が響いた。
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狙撃手が、窓から落下した。
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蜂の巣になっていた。
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瀧本は、まだ立っていた。
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国王の前に、立ち続けていた。
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「陛下......ご無事、ですか......」
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国王は、瀧本を見ていた。
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「瀧本......」
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瀧本の胸と腹から、血が流れていた。
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白い礼服が、赤く染まっていった。
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「俺は......死なない、って......言いましたよね......」
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瀧本の膝が、崩れた。
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「死ぬ気は......ない......」
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瀧本は、床に倒れた。
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「瀧本!」
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スヨンが叫んだ。
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駆け寄った。
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「瀧本! 瀧本!」
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ジョンソンが駆け寄った。
マルティネスが駆け寄った。
ヨナタンが駆け寄った。
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「脈は!?」
「ある! まだある!」
「救急車を呼べ! 今すぐ!」
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局長が叫んだ。
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「ヘリだ! ヘリを呼べ!」
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国王は、瀧本を見下ろしていた。
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その目は、悲しみに満ちていた。
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「瀧本......」
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侍従が国王を守ろうとした。
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「陛下、危険です。お下がりください」
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国王は、首を振った。
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「この男は、余を守った」
「......」
「余は、この男が運ばれるのを見届ける」
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スヨンは、瀧本の手を握っていた。
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涙が止まらなかった。
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「また......また撃たれて......」
「......」
「なんで......なんであなたはいつも......」
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瀧本の目が、薄く開いた。
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「スヨン......」
「瀧本......!」
「俺......死なない、から......」
「喋らないで......!」
「結婚......するんだろ......」
「するわよ......! だから死なないで......!」
「死なない......」
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瀧本の目が、また閉じた。
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担架が来た。
瀧本が乗せられた。
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スヨンも一緒に走った。
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「私も行く!」
「スヨン......!」
「離さないで......! お願い......!」
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ヘリの音が聞こえた。
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王宮の中庭に、医療ヘリが着陸した。
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瀧本が運び込まれた。
スヨンも乗り込んだ。
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ヘリが飛び立った。
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大広間には、血の跡が残されていた。
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国王は、その場に立ち尽くしていた。
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「瀧本勝幸......」
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局長が跪いた。
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「陛下、瀧本は必ず生き延びます」
「......」
「あいつは、ゴキブリより強いのです」
「......」
「二度、三度と撃たれても、死にません」
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国王は、小さく笑った。
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「そうだな......あの男は、死なない」
「......」
「死ぬはずがない」
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ジョンソンは、拳を握りしめていた。
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「また......また瀧本が......」
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マルティネスが言った。
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「あいつは死なない」
「......」
「18発撃たれても死ななかった。今回も死なない」
「......」
「信じろ、ジョンソン」
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ヨナタンは、無表情だった。
だが、拳が震えていた。
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「ああいう奴は、死なない......」
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自分に言い聞かせるように、呟いた。
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病院。
緊急手術室。
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瀧本は、再び手術台の上にいた。
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「また、この男か......!」
医師が叫んだ。
「前回は18発。今回は2発だ。まだマシだ!」
「マシって......!」
「生かすぞ! 絶対に生かす!」
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手術室の外。
スヨンは、壁にもたれかかっていた。
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泣いていた。
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祈っていた。
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「お願い......」
「お願いだから......」
「死なないで......」
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数時間後。
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手術室のランプが消えた。
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医師が出てきた。
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スヨンが駆け寄った。
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「瀧本は......!?」
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医師は、疲れた顔で言った。
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「生きてます」
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スヨンの膝が崩れた。
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「良かった......」
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医師は続けた。
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「弾丸は2発とも摘出しました。臓器への損傷は、奇跡的に軽度です」
「軽度......」
「前回の傷跡が、逆に守った可能性があります」
「前回の......?」
「18発の時の傷跡です。瘢痕組織が、弾丸の軌道を変えたようです」
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スヨンは、意味が分からなかった。
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だが、一つだけ分かった。
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瀧本は、生きている。
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その夜。
集中治療室。
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瀧本は、目を覚ました。
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「......ここ、どこだ」
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スヨンが横にいた。
手を握っていた。
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「病院よ」
「病院......また、か」
「また、よ」
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瀧本は、天井を見た。
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「俺、生きてるな」
「生きてるわ」
「陛下は」
「無事よ。あなたが守ったから」
「......そうか」
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瀧本は、少し笑った。
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「俺、また撃たれたのか」
「撃たれたわよ。2発」
「2発か。前より少ないな」
「少なくない」
「18発に比べれば、少ない」
「比べないで」
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スヨンの目から、また涙が流れた。
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「あなた、馬鹿よ」
「馬鹿だな」
「本当に馬鹿」
「本当に馬鹿だ」
「なんでいつも、盾になるのよ......」
「......」
「なんで、自分の体で守ろうとするのよ......」
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瀧本は、スヨンの手を握り返した。
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「考える前に、体が動くんだ」
「......」
「陛下が撃たれそうだった。だから、守った」
「......」
「それだけだ」
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スヨンは、瀧本の胸に顔を埋めた。
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「死なないでよ......」
「死なない」
「約束して......」
「約束する」
「結婚するんだから......」
「するよ」
「子供も作るんだから......」
「作るよ」
「......」
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瀧本は、スヨンの頭を撫でた。
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「俺は、死なない」
「......」
「死ぬ気がない」
「......」
「生きる気満々だ」
「......」
「お前と、結婚する気満々だ」
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スヨンは、泣きながら笑った。
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「馬鹿......」




