第6話 抑止
瀧本が退院したのは、被弾から三週間後だった。
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18発の銃創。
5発は致命傷になりうる位置。
普通なら、三ヶ月は入院だった。
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瀧本は、三週間で歩いて出てきた。
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「退院許可、出てないんですけど」
医師が言った。
「出てなくても、出る」
「無茶です」
「無茶じゃない。俺は元気だ」
「元気じゃないです。18発撃たれたんですよ」
「撃たれたけど、治った」
「治ってません」
「治った」
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医師は諦めた。
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「......せめて、週に三回は通院してください」
「分かった」
「絶対ですよ」
「絶対だ」
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ウドンターニーの拠点。
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瀧本が帰ってきた。
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「おう、帰ったぞ」
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全員が出迎えた。
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「早すぎるだろ」
ジョンソンが言った。
「早くない。遅すぎるくらいだ」
「三週間だぞ。18発撃たれて三週間」
「三週間もベッドにいたら、体が鈍る」
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マルティネスが言った。
「お前、本当に人間か?」
「人間だ」
「人間は18発撃たれたら、もっと休む」
「俺は休まない」
「......」
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スヨンが駆け寄ってきた。
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「瀧本! 退院許可、出たの!?」
「出てない」
「出てないの!?」
「出てないけど、出てきた」
「何やってるのよ!」
「元気だから、いいだろ」
「良くない!」
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ヨナタンが言った。
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「まあ、本人が元気なら、いいんじゃないか」
「良くないわよ!」
「スヨン、落ち着け」
「落ち着けない!」
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瀧本は、その日から任務に復帰した。
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周囲の反対を押し切って。
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だが、ウドンターニーは変わっていた。
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市内パトロール。
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瀧本が白いバイクで走っていると、人々が手を振った。
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「瀧本さん!」
「英雄だ!」
「ありがとう!」
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子供たちが駆け寄ってきた。
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「おにいちゃん、かっこいい!」
「おにいちゃん、強い!」
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瀧本は苦笑いした。
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「俺、そんな大したことしてないんだけどな......」
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そして、もう一つの変化があった。
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犯罪者が、瀧本を見ると逃げるようになった。
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ある日。
瀧本がバイクで通りを走っていた。
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路地裏で、男たちが何かを取引していた。
明らかに麻薬だった。
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瀧本がバイクを止めた。
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男たちが振り向いた。
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白いバイク。
Arai製のヘルメット。
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「あ......」
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男たちの顔が、青ざめた。
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「18発の男だ......!」
「逃げろ!」
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男たちは、荷物を捨てて逃げ出した。
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瀧本はヘルメットを脱いだ。
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「......追いかけなくても、逃げるのか」
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別の日。
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違法賭博場の情報があった。
アルファチームで突入する予定だった。
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だが、瀧本が近くをパトロールしただけで、賭博場は閉鎖された。
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「白バイが来た!」
「18発の男だ!」
「撤収! 撤収!」
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ジョンソンが呆れた。
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「お前、パトロールしただけで、賭博場が潰れたぞ」
「俺のせいじゃない」
「お前のせいだ」
「......」
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また別の日。
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人身売買組織のアジトに突入した。
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ドアを蹴破った瞬間、中にいた男たちが叫んだ。
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「突撃隊だ!」
「18発の男がいる!」
「抵抗するな! 死ぬぞ!」
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全員が、両手を上げて降伏した。
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マルティネスが言った。
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「戦闘、なかったな」
「なかったな」
「お前が来ると、敵が戦意喪失する」
「俺のせいじゃない」
「お前のせいだ」
「......」
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ヨナタンが言った。
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「抑止力だな」
「抑止力?」
「お前がいるだけで、犯罪者が動けなくなる」
「......」
「18発撃たれても死なない男。誰が戦いたいと思う」
「......」
「お前は、存在自体が武器だ」
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瀧本は複雑な顔をした。
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「俺、戦いたいんだけど」
「戦わなくても勝てるなら、その方がいい」
「でも......」
「贅沢を言うな」
「......」
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ウドンターニーの犯罪率は、急激に低下した。
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アルファチームが来てから、二ヶ月。
犯罪発生件数は、半分以下になった。
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その大半は、瀧本のパトロールによるものだった。
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「18発の男が来る」
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その噂だけで、犯罪者たちは動けなくなった。
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同じ頃。
バンコク。
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局長は、王宮に呼び出されていた。
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王宮。
謁見の間。
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局長は跪いていた。
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目の前に、国王がいた。
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「ウィチャイ」
「はい、陛下」
「瀧本勝幸の件だ」
「はい」
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国王は、穏やかな声で言った。
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「世界中で、彼の行動が称賛されている」
「はい」
「子供を守るために、18発の銃弾を受けた」
「はい」
「そして、生き延びた」
「はい」
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国王は立ち上がった。
窓に向かって歩いた。
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「日本は、彼を殺人犯と呼んでいる」
「......はい」
「だが、我がタイは違う」
「はい」
「彼は、我がタイの国民だ。我が王室犯罪対策局の隊員だ」
「はい」
「そして、我が剣だ」
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国王は振り向いた。
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「彼に、勲章を授与する」
「ありがとうございます、陛下」
「だが、それだけでは足りない」
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局長は顔を上げた。
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「足りない、とは」
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国王は微笑んだ。
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「彼を、騎士に叙する」
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局長は絶句した。
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「騎士......陛下、それは......」
「王室騎士団への叙任だ」
「......」
「タイ王国の歴史上、外国出身者が騎士に叙されるのは、極めて稀だ」
「......」
「だが、彼にはその資格がある」
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国王は続けた。
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「18発の銃弾を受けても、子供を守った」
「......」
「心肺停止から蘇生しても、任務に復帰した」
「......」
「これこそが、騎士の精神だ」
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局長は深く頭を下げた。
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「陛下のご厚意、瀧本に必ず伝えます」
「ああ。伝えてくれ」
「はい」
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国王は言った。
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「叙任式は、来月行う」
「来月......」
「彼が回復次第、王宮に来るように伝えろ」
「はい」
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国王は、窓の外を見た。
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「瀧本勝幸......良い男だな」
「はい。最高の男です」
「ゴキブリより強い、と聞いたが」
「......誰が言ったのですか」
「お前が言ったのだろう」
「......はい」
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国王は笑った。
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「良い例えだ。褒め言葉として受け取ろう」
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バンコク。
突撃隊本部。
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局長が帰ってきた。
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「王宮から、何かあったのですか」
ハーパーが聞いた。
「ああ。あった」
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局長は椅子に座った。
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「瀧本が、騎士に叙される」
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全員が固まった。
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「騎士......?」
「王室騎士団への叙任だ」
「......」
「タイ王国の歴史上、外国出身者としては、極めて稀なことだ」
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ニコライが言った。
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「あいつ、騎士になるのか」
「なる」
「......」
「信じられないだろうが、事実だ」
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サラが言った。
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「瀧本、すごいわね......」
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マリーが言った。
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「18発撃たれて、騎士になるなんて」
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柏木は、窓の外を見ていた。
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「瀧本らしいな」
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川島が言った。
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「本人に伝えましょうか」
「ああ。伝えろ」
「はい」
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ウドンターニー。
アルファチームの拠点。
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瀧本は、訓練場でバイクの整備をしていた。
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「瀧本」
ジョンソンが来た。
「バンコクから連絡だ」
「何だ」
「お前、騎士に叙されるらしい」
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瀧本の手が止まった。
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「......は?」
「騎士だ。王室騎士団への叙任」
「......」
「来月、王宮で叙任式がある」
「......」
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瀧本は、ゆっくりと立ち上がった。
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「俺が、騎士?」
「そうだ」
「嘘だろ」
「嘘じゃない。局長から直接の連絡だ」
「......」
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マルティネスが近づいてきた。
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「騎士か。かっこいいじゃないか」
「かっこよくない。意味が分からない」
「意味は分かるだろ。18発撃たれて子供を守った。それが評価されたんだ」
「......」
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ヨナタンが言った。
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「お前、タイの騎士になるのか」
「なるらしい」
「すごいな」
「すごくない。俺は普通のことをしただけだ」
「普通じゃないから、騎士になるんだ」
「......」
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スヨンが駆け寄ってきた。
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「瀧本! 騎士って本当!?」
「本当らしい」
「すごい! すごいじゃない!」
「すごいか?」
「すごいわよ! 王室騎士よ!?」
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スヨンは瀧本の手を取った。
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「騎士と結婚できるなんて、私、幸せ者ね」
「結婚はしてない」
「するの」
「してない」
「するの」
「......」
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瀧本は空を見上げた。
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「なんでこうなるんだ......」
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マルティネスが笑った。
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「お前、英雄で、騎士で、スヨンの婚約者か」
「婚約してない」
「してるようなもんだろ」
「してない」
「スヨン、どうなんだ」
「してる」
「してない!」
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アルファチームは、笑いに包まれた。
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死ぬ気ゼロ。
生きる気満々。
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それだけで、英雄になり、騎士になった男。
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瀧本勝幸。
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彼の伝説は、まだ始まったばかりだった。




