第4話 盾
ウドンターニー派遣から二週間。
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その日は、普通の日だった。
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午後二時。
瀧本は、バイクで市内をパトロールしていた。
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白いBMW R1250 GS Adventure。
Arai製のヘルメット。
いつもの装備。
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「瀧本、異常はないか」
ジョンソンの声が無線に入った。
「ない。平和だ」
「平和でいいじゃないか」
「平和すぎて退屈だ」
「贅沢を言うな」
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瀧本は、市場の近くを走っていた。
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人が多い。
観光客もいる。
子供たちが走り回っている。
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「平和だな」
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その時。
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銃声が聞こえた。
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瀧本は、バイクを止めた。
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「今の音......」
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また銃声。
連続。
自動小銃の音だ。
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悲鳴が聞こえた。
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「銃撃だ!」
瀧本は無線を入れた。
「ウドンターニー中央市場付近! 銃乱射事件!」
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『了解! 全員出動!』
ジョンソンの声。
『瀧本、待機しろ! 一人で行くな!』
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「無理だ。現場に急行する」
『瀧本!』
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瀧本はバイクを走らせた。
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銃声が近づいてくる。
悲鳴が増えている。
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市場の入り口に到着した。
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人々が逃げ惑っていた。
パニック状態だった。
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瀧本はバイクを降りた。
M93Rを抜いた。
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中に入った。
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市場の中は、地獄だった。
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倒れている人。
血。
叫び声。
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そして、犯人がいた。
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男が一人。
AK-47を持っている。
無差別に撃ちまくっていた。
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瀧本は、犯人を見た。
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犯人との距離は、約三十メートル。
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射程内だ。
狙える。
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だが、その時。
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犯人の足元に、子供がいた。
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五歳くらいの女の子。
泣いている。
動けないでいる。
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犯人が、女の子に気づいた。
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銃口が、女の子に向けられた。
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瀧本の体が、動いた。
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考える前に。
判断する前に。
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体が、動いていた。
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走った。
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全速力で。
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犯人が引き金を引いた。
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瀧本は、女の子の前に飛び込んだ。
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銃声。
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一発目。
胸に衝撃。
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二発目。
腹に衝撃。
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三発目。
四発目。
五発目。
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瀧本は、女の子を抱きしめた。
背中で、弾丸を受け止めた。
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六発目。
七発目。
八発目。
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痛みは、もう感じなかった。
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九発目。
十発目。
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「大丈夫だ......」
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瀧本は、女の子に囁いた。
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「大丈夫だから......」
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十一発目。
十二発目。
十三発目。
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視界が、暗くなっていく。
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十四発目。
十五発目。
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「俺が......守る......」
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十六発目。
十七発目。
十八発目。
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銃声が、止まった。
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弾切れだ。
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瀧本は、女の子を抱きしめたまま、倒れた。
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犯人がマガジンを交換しようとした。
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その時、轟音が響いた。
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GAU-19。
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ジョンソンのハンヴィーが、市場に突入していた。
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ガトリングが火を噴いた。
犯人が、蜂の巣になった。
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「瀧本!」
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ジョンソンが叫んだ。
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マルティネスが駆け寄った。
ヨナタンが駆け寄った。
アブドゥルが駆け寄った。
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瀧本は、女の子を抱きしめたまま、地面に倒れていた。
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背中から、大量の血が流れていた。
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「瀧本! 瀧本!」
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マルティネスが瀧本を揺さぶった。
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返事がなかった。
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ピーターが駆け寄った。
医療担当。
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瀧本の首に手を当てた。
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「脈が......ない」
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全員が、凍りついた。
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「心肺停止! CPR開始!」
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ピーターが叫んだ。
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瀧本を仰向けにした。
胸骨圧迫を始めた。
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「一、二、三、四、五......」
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ヨナタンが女の子を抱き上げた。
女の子は無傷だった。
瀧本が、全ての弾丸を受け止めていた。
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「ヘリを呼べ! 今すぐ!」
ジョンソンが叫んだ。
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「呼んでる! 五分で来る!」
アブドゥルが答えた。
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「頼む......死ぬな......」
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マルティネスが呟いた。
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その時。
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スヨンが到着した。
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彼女は、瀧本を見た。
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血まみれの瀧本。
動かない瀧本。
ピーターが必死にCPRをしている。
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「......」
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スヨンの足が、止まった。
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「たき......もと......」
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声が、出なかった。
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「瀧本......!」
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スヨンは駆け寄った。
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瀧本の横に膝をついた。
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「瀧本! 起きて! 起きてよ!」
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返事はなかった。
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「嘘でしょ......嘘よ......」
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スヨンの目から、涙が溢れた。
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「死なないでよ......」
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「死なないって......言ったじゃない......」
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「生きる気満々だって......言ったじゃない......!」
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ヘリの音が聞こえた。
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「ヘリが来た! 急げ!」
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瀧本が担架に乗せられた。
ヘリに運ばれた。
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スヨンも乗り込もうとした。
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「スヨン、お前は......」
「行く! 私も行く!」
「......分かった」
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ヘリが飛び立った。
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地上では、ジョンソンたちが残されていた。
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「......」
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マルティネスが、地面を殴った。
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「くそ......!」
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ヨナタンは、無表情のまま立っていた。
だが、拳が、震えていた。
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アブドゥルが祈りを捧げていた。
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ピーターの手は、瀧本の血で真っ赤だった。
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女の子が、ヨナタンの腕の中で泣いていた。
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「おにいちゃん......おにいちゃん......」
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瀧本は、この子を守ったのだ。
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自分の体を、盾にして。
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ジョンソンは、空を見上げた。
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ヘリが、遠くなっていく。
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「頼むぞ、瀧本......」
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「死ぬな......」




