第2話 炎上
アルファチームは、派手だった。
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チェンマイ県。
麻薬密造施設の制圧作戦。
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ハンヴィーが突入した。
屋根にはGAU-19。
ジョンソンが引き金を引いた。
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轟音。
毎分千発の7.62mm弾が、建物を粉砕した。
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壁が崩れた。
窓が吹き飛んだ。
木造の倉庫が、木っ端微塵になった。
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「派手すぎないか」
陳志明が無線で言った。
「派手でいいんだ」
ジョンソンが答えた。
「敵に考える暇を与えるな」
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上空。
UH-1ヘリ。
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ヨナタンがドアから身を乗り出していた。
肩にはRPG-7。
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「車両、発見」
逃走しようとするトラックが三台。
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ヨナタンは引き金を引いた。
ロケット弾が飛んだ。
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一台目のトラックが爆発した。
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「一台目、破壊」
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リロード。
二発目。
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二台目が爆発した。
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「二台目、破壊」
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三台目は、道を逸れて逃走を図った。
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「三台目、追跡する」
瀧本の声が無線に入った。
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白いBMW R1250 GS Adventureが、トラックを追っていた。
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サイレンが鳴り響く。
時速百二十キロ。
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トラックの窓から、男が身を乗り出した。
AKを構えている。
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「また撃ってきやがる」
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瀧本はジグザグに走った。
弾丸を避けた。
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距離を詰めた。
トラックの横に並んだ。
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M93Rを抜いた。
運転席に向けて撃った。
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三点バースト。
運転手の肩に命中。
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トラックがコントロールを失った。
道路脇の田んぼに突っ込んだ。
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「三台目、確保」
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同時刻。
施設の裏口。
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マルティネスがM240を構えていた。
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逃走しようとする武装集団。
十人以上。
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「止まれ!」
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集団は止まらなかった。
銃を向けてきた。
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マルティネスは引き金を引いた。
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7.62mm弾が、毎分五百発の速度で吐き出された。
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武装集団が倒れていった。
一人、また一人。
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三十秒後。
全員が地面に転がっていた。
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「裏口、制圧完了」
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作戦終了。
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戦果。
麻薬密造施設、完全破壊。
麻薬、五十億バーツ相当を押収。
犯人、二十三人確保。十二人排除。
味方負傷者、なし。
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「完璧だ」
ジョンソンが言った。
「いつも通りだな」
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だが、問題があった。
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作戦中、近くの村人が動画を撮っていた。
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ガトリングで建物が吹き飛ぶ様子。
ヘリからRPGが発射される様子。
白いバイクがトラックを追跡する様子。
マシンガンが乱射される様子。
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その動画が、SNSに投稿された。
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二十四時間で、一億回再生。
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『タイの特殊部隊、ヤバすぎる』
『ガトリングで建物粉砕www』
『ヘリからRPGって、映画かよ』
『白バイがバイクでトラック追跡してる』
『あの白バイの人、誰?』
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コメント欄が、瀧本に注目し始めた。
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『白バイって、日本の警察のやつじゃね?』
『なんで日本人がタイにいるの?』
『調べたら、元神奈川県警らしい』
『なんで辞めたの?』
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誰かが、過去の記事を掘り起こした。
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『連続強姦殺人事件、容疑者射殺』
『神奈川県警の白バイ隊員が発砲』
『被害者は十二人、死者五人』
『容疑者は元会社員、山本健二(38)』
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日本のSNSが、炎上し始めた。
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『え、この白バイの人、人殺しじゃん』
『容疑者を射殺した警官がタイで傭兵やってるの?』
『やばくない?』
『殺人犯がタイの特殊部隊にいるってこと?』
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『いや、正当防衛だろ』
『連続殺人犯を止めたんだから、英雄じゃね?』
『でも、裁判もせずに射殺はまずいでしょ』
『人権侵害だ!』
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『山本は十二人を強姦して五人を殺した』
『そいつを撃ったのが悪いのか?』
『法治国家なら裁判を受けさせるべき』
『現行犯だぞ? 撃たなきゃ被害者が増えてた』
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議論が過熱した。
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テレビのワイドショーが取り上げた。
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『タイの特殊部隊に元日本人警官 過去に容疑者射殺』
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コメンテーターたちが語り始めた。
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「これは問題ですね。日本の警察官が、海外で傭兵のような活動をしている」
「いや、彼はすでに警察を辞めています。現在はタイ国籍です」
「でも、元警察官ですよね。日本の警察のイメージに関わります」
「そもそも、容疑者を射殺したこと自体が問題では」
「現行犯だったんですよ。被害者を守るためには、やむを得なかったのでは」
「それでも、人を殺したことに変わりはない」
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日本のネットは、二つに分かれた。
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瀧本を擁護する派。
『連続殺人犯を止めた英雄』
『日本の警察が動かなかったから、彼がやるしかなかった』
『むしろ感謝すべき』
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瀧本を批判する派。
『人殺しは人殺し』
『法を無視した私刑だ』
『こんな人間がタイで銃を持って活動しているのは危険』
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神奈川県警に、問い合わせが殺到した。
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「瀧本勝幸という元隊員について説明しろ」
「なぜ射殺を許可したのか」
「なぜ彼を処分しなかったのか」
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県警は、コメントを控えた。
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タイ。
突撃隊の拠点。
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瀧本は、自分の部屋でスマホを見ていた。
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日本のSNSが、自分の名前で埋め尽くされていた。
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『瀧本勝幸』
『殺人犯』
『射殺』
『白バイ』
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メンソールの煙草に火をつけた。
手が、少し震えていた。
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「......まあ、いつかこうなると思ってたよ」
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ドアがノックされた。
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「瀧本」
ジョンソンの声だった。
「会議だ。来い」
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会議室。
アルファチームのメンバーが集まっていた。
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ジョンソン、マルティネス、ヨナタン、アブドゥル、ピーター、スヨン、陳志明。
そして、局長。
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「座れ」
局長が言った。
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瀧本は座った。
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「日本で騒ぎになっているのは知っているな」
「知ってます」
「お前の過去が掘り起こされた」
「......はい」
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局長は瀧本を見た。
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「山本健二を射殺した件だ」
「......はい」
「説明しろ。全員に」
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瀧本は、メンバーを見回した。
全員が、瀧本を見ていた。
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「......山本健二は、連続強姦殺人犯でした」
「......」
「被害者は十二人。うち五人が殺された」
「......」
「俺は、三ヶ月間、奴を追跡していた」
「......」
「そして、現行犯の場面に遭遇した」
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瀧本は目を閉じた。
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「奴は、女性を襲っていた。ナイフを持っていた」
「......」
「俺は、停止を命じた。奴は従わなかった」
「......」
「奴がナイフを振り上げた時、俺は撃った」
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沈黙。
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「弾は二発。胸に一発、頭に一発」
「......」
「山本は死んだ。被害者は助かった」
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瀧本は目を開けた。
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「それが、全てです」
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ジョンソンが口を開いた。
「被害者は、誰だった」
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瀧本は、少し黙った。
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「......ナリンです」
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全員が、息を呑んだ。
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「ナリン・チャットウィット。俺の......元恋人です」
「......」
「山本は、ナリンを狙っていた。柏木さんの元担当者だったから」
「......」
「俺がナリンを守った。そして、山本を殺した」
「......」
「それが、俺とナリンの始まりでした」
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スヨンが、小さな声で聞いた。
「後悔、してる?」
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瀧本は首を振った。
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「してない」
「......」
「山本を撃ったことは、一度も後悔してない」
「......」
「あの時、俺が撃たなかったら、ナリンは死んでいた」
「......」
「俺は、正しいことをした。そう思ってる」
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局長が立ち上がった。
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「瀧本」
「はい」
「お前は、我々の仲間だ」
「......」
「日本が何を言おうと、関係ない」
「......」
「お前は、タイ国民だ。タイの法の下にいる」
「......」
「そして、お前は、王の剣だ」
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局長は瀧本の肩に手を置いた。
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「胸を張れ。お前は、正しいことをした」
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ジョンソンが言った。
「俺も、同意見だ」
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マルティネスが言った。
「俺も」
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ヨナタンが言った。
「俺も」
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アブドゥルが言った。
「俺も」
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ピーターが言った。
「俺も」
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陳志明が言った。
「俺も」
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スヨンが言った。
「......私も」
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瀧本は、全員を見た。
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「......ありがとう」
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声が、少し震えていた。
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その夜。
屋上。
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瀧本は、一人でメンソールを吸っていた。
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「瀧本」
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振り向くと、柏木がいた。
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「聞いた」
「......何を」
「全部」
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柏木は瀧本の隣に立った。
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「山本は、俺の元同僚だった」
「知ってます」
「お前が殺してくれて、良かったと思ってる」
「......」
「俺がやるべきだったのかもしれない。でも、俺はここにいた」
「......」
「お前が、ナリンを守ってくれた」
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柏木は煙草を取り出した。
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「ありがとう」
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瀧本は、柏木を見た。
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「......それ、俺に言うんですか」
「言う。事実だからな」
「......」
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瀧本は、メンソールの煙を吐いた。
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「柏木さん」
「何だ」
「俺、ナリンと別れました」
「......知ってる」
「知ってるんですか」
「ニコライから聞いた」
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沈黙。
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「ナリンは、柏木さんのことが好きです」
「......」
「最初から、そうだった」
「......」
「俺は、柏木さんの代わりだった」
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柏木は黙っていた。
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「でも、恨んでないですよ」
「......」
「柏木さんは、何も悪くない」
「......」
「ナリンも、悪くない」
「......」
「誰も悪くない。そういうことも、あるんです」
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瀧本は、メンソールを踏み消した。
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「俺は、生きます。死ぬ気はない」
「......」
「これからも、戦います。それが、俺の仕事だから」
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柏木は頷いた。
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「お前は、強いな」
「強くないですよ。泥臭いだけです」
「泥臭くても、生きてる。それが、強さだ」
「......」
「俺は、そう思う」
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二人は、しばらく夜空を見ていた。
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星が、瞬いていた。
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深夜三時。
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瀧本は、荷物をまとめていた。
最小限の装備。着替え。パスポート。現金。
M93Rは、机の上に置いた。
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「......これは、局長に返さないとな」
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メモを書いた。
『迷惑をかけた。すまない。瀧本』
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部屋を出た。
廊下は暗かった。
足音を殺して歩いた。
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正門に向かった。
夜間は警備が手薄だ。
今なら、抜け出せる。
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門に手をかけた。
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「どこに行くんだ」
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声が聞こえた。
振り向いた。
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ヨナタンが立っていた。
無表情。腕を組んでいる。
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「......散歩だ」
「散歩に荷物は要らない」
「要る散歩もある」
「ない」
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横から、別の声が聞こえた。
「瀧本、お前、逃げるつもりか」
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マルティネスだった。
テキーラのボトルを持っている。
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「逃げるんじゃない。去るんだ」
「同じだ」
「違う」
「どう違う」
「......」
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瀧本は黙った。
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「俺がいると、迷惑がかかる」
「迷惑?」
「日本が騒いでる。俺のせいで」
「......」
「俺は、司法から逃げた人間だ。拳銃を不正に持ち出して、人を殺して、裁判も受けずに国外に逃げた」
「......」
「それは、事実だ。日本の批判は、正しい」
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足音が聞こえた。
振り向くと、スヨンがいた。
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「瀧本」
「......お前もか」
「私だけじゃない」
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スヨンの後ろに、ジョンソンがいた。
アブドゥルがいた。
ピーターがいた。
陳志明がいた。
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アルファチーム、全員。
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「......なんで」
「カルロスから聞いた」
マルティネスが言った。
「お前が荷物をまとめてるって」
「カルロス......」
「通信傍受のプロだ。お前の部屋の物音くらい、聞こえる」
「盗聴かよ」
「盗聴じゃない。心配だ」
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スヨンが瀧本の前に立った。
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「あなた、馬鹿じゃないの」
「......また文句か」
「文句じゃない」
「文句だろ」
「違う!」
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スヨンの声が震えていた。
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「あなたがいなくなったら、誰が医療室の常連になるの」
「......」
「誰がバイクで建物に突っ込むの」
「......」
「誰が私と喧嘩するの」
「......」
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スヨンの目に、涙が浮かんでいた。
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「逃げないで」
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ヨナタンが近づいてきた。
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「瀧本」
「何だ」
「お前は、俺を笑わせた」
「......」
「モサドにいた十五年間、俺は笑わなかった」
「......」
「お前といると、笑える。それが、どれだけ貴重か分かるか」
「......」
「お前がいなくなったら、俺はまた笑わなくなる」
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マルティネスがテキーラを差し出した。
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「飲め」
「......」
「飲んで、部屋に戻れ」
「......」
「お前は、俺たちの仲間だ。日本が何を言おうと、関係ない」
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ジョンソンが言った。
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「瀧本、お前は法から逃げたかもしれない」
「......」
「だが、お前は正しいことをした」
「......」
「連続殺人犯を止めた。被害者を守った。それは、正義だ」
「......」
「法と正義は、いつも一致するとは限らない」
「......」
「俺たちは、正義の側にいる。お前も、だ」
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瀧本は、全員を見た。
アルファチーム。
自分の仲間。
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荷物を、地面に落とした。
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「......お前ら、ずるいな」
「ずるくない」
「ずるい。こんなこと言われたら、逃げられないだろ」
「逃げなくていい」
「......」
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瀧本は、メンソールを取り出した。
火をつけた。
手が、震えていた。
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「......ありがとう」
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声が、かすれていた。
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スヨンが瀧本の腕を掴んだ。
「部屋に戻るわよ」
「......ああ」
「明日から、また訓練。怪我しないでよ」
「無理だ。俺は毎回怪我する」
「だから言ってるの」
「......高飛車女」
「......無謀男」
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二人は歩き出した。
後ろから、アルファチームがついてきた。
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夜空には、星が瞬いていた。




