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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第4章 鋼鉄
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第1話 追跡

バンコク。午後三時。


---


 通信が入った。


---


 『誘拐事件発生。スクンビット通り。被害者は日本人女性、二十代。犯人は黒いバン。現在、ラマ四世通りを東へ逃走中』


---


 瀧本勝幸は、バイクのエンジンをかけた。


 BMW R1250 GS Adventure。


 白い車体。Arai製のヘルメット。白バイ隊用のロングブーツ。


---


 「瀧本、出る」


 無線で報告した。


 『了解。応援を向かわせる』


 「応援は要らない。俺一人で十分だ」


 『瀧本......』


 「冗談だ。半分くらい」


---


 アクセルを開けた。


 白いバイクが、バンコクの街を疾走した。


---


---


 ラマ四世通り。


 渋滞を縫って走る。


---


 前方に、黒いバンが見えた。


 トヨタ・ハイエース。ナンバーは泥で隠されている。


---


 「見つけた」


 瀧本は加速した。


---


 バンとの距離が縮まる。


 五十メートル。


 四十メートル。


 三十メートル。


---


 バンの後部ドアが開いた。


---


 男が一人、AKを構えていた。


---


 「マジかよ」


---


 銃声。


 弾丸が飛んできた。


---


---


 普通なら、減速する。


 普通なら、距離を取る。


 普通なら、応援を待つ。


---


 瀧本は、普通じゃなかった。


---


---


 サイレンを鳴らした。


 赤色灯が回転した。


---


 そして、加速した。


---


 「死ぬ気はねえんだよ!」


---


 フロントを持ち上げた。


 ウィリー。


---


 バイクの前輪が宙に浮いた。


 車体が斜めになった。


 エンジン部分が、盾になった。


---


 弾丸がエンジンカバーに当たった。


 火花が散った。


 だが、貫通しなかった。


---


 「BMWは頑丈だ!」


---


 ウィリーしたまま、加速を続けた。


 バンとの距離が一気に縮まる。


---


 二十メートル。


 十メートル。


 五メートル。


---


 男がAKを乱射した。


 弾丸が周囲を飛び交った。


---


 瀧本は減速しなかった。


---


---


 三メートル。


 二メートル。


 一メートル。


---


 「突っ込むぞ!」


---


 バイクが、バンの後部に激突した。


---


---


 瀧本は、衝突の瞬間に飛び降りた。


 バイクはそのままバンの中に突っ込んだ。


---


 AKを持っていた男が、バイクに轢かれた。


 「ぐああああ!」


---


 瀧本は地面を転がった。


 アスファルトで肩を擦った。


 膝を打った。


 肘から血が出た。


---


 だが、立ち上がった。


---


 「痛え......」


---


 M93Rを抜いた。


 バンに向かって走った。


---


---


 バンは、バイクが突っ込んだ衝撃で制御を失っていた。


 蛇行して、歩道に乗り上げた。


 電柱にぶつかって、止まった。


---


 瀧本がバンに追いついた。


---


 運転席のドアを開けた。


 運転手が拳銃を向けてきた。


---


 瀧本は運転手の腕を掴んだ。


 捻った。


 拳銃を落とさせた。


 そのまま、運転席から引きずり出した。


---


 「大人しくしろ」


---


 運転手を地面に押さえつけた。


 手錠をかけた。


---


---


 後部座席を確認した。


 バイクに轢かれた男は、気絶していた。


 もう一人、男がいた。ナイフを持っている。


---


 そして、縛られた女性がいた。


 口にテープを貼られている。


 目に涙を浮かべている。


---


 「大丈夫だ。助けに来た」


---


 ナイフの男が、女性を盾にしようとした。


---


 瀧本はM93Rを構えた。


 三点バースト。


 男の右肩に命中。


---


 「ぐあっ!」


 男がナイフを落とした。


---


 瀧本はバンに乗り込んだ。


 男を殴り倒した。


 女性の拘束を解いた。


---


 「もう大丈夫だ。終わったよ」


---


 女性は泣き崩れた。


---


---


 『瀧本、状況を報告しろ』


 無線が入った。


 「犯人三人、確保。被害者、無事。俺は......まあ、生きてる」


 『生きてる?』


 「ちょっと擦りむいた。あと、バイクが壊れた」


 『また壊したのか』


 「壊れたんだ。壊したんじゃない」


 『同じだ』


 「違う」


---


---


 三十分後。


 現場に応援が到着した。


---


 ジョンソンが瀧本を見た。


 「お前、血だらけじゃないか」


 「かすり傷だ」


 「かすり傷で、そんなに血は出ない」


 「出るんだよ。俺の体質だ」


---


 マルティネスが壊れたバイクを見た。


 「これ、修理できるのか?」


 「陳志明に任せる」


 「陳志明でも無理だろ、これは」


 「無理じゃない。BMWは頑丈だ」


 「頑丈でも、バンに突っ込んだら壊れる」


 「壊れたけど、俺は生きてる。バイクより俺の方が大事だろ」


 「......まあ、そうだな」


---


---


 拠点。


 医療室。


---


 瀧本は、ベッドに座っていた。


 アレクセイが傷の手当てをしていた。


---


 「肩の擦過傷。膝の打撲。肘の切り傷。肋骨に軽いひび」


 「ひび?」


 「ひびだ。骨折ではない」


 「なら大丈夫だ」


 「大丈夫ではない。二週間は安静にしろ」


 「二週間? 無理だ」


 「無理ではない。命令だ」


---


 瀧本は舌打ちした。


 「医者は厳しいな」


 「厳しくないと、お前が死ぬからだ」


---


---


 医療室のドアが開いた。


 キム・スヨンが入ってきた。


---


 「瀧本!」


 「何だ」


 「また怪我したの!?」


 「したよ。見れば分かるだろ」


 「見れば分かるから言ってるの!」


---


 スヨンは瀧本の前に立った。


 腕を組んで、睨みつけた。


---


 「あなた、今月何回目?」


 「数えてない」


 「私は数えてる。五回目よ」


 「五回か。まあ、そんなもんだろ」


 「そんなもんじゃない!」


---


 瀧本は眉をひそめた。


 「何でお前がキレてるんだ」


 「キレてるんじゃない! 心配してるの!」


 「心配? 文句言ってるようにしか聞こえないけど」


 「文句じゃない!」


 「文句だろ。『また怪我した』『今月何回目』。完全に文句だ」


 「それは......!」


---


 スヨンの顔が赤くなった。


 怒りか、恥ずかしさか、分からなかった。


---


 「あなたが無茶ばかりするから!」


 「無茶じゃない。計算だ」


 「計算で肋骨にひびが入るの!?」


 「入ることもある」


 「入っちゃダメでしょ!」


---


 アレクセイが溜息をついた。


 「二人とも、静かにしろ。ここは医療室だ」


---


 瀧本とスヨンは、同時に黙った。


 そして、同時に睨み合った。


---


 「......高飛車女」


 瀧本が呟いた。


 「......無謀男」


 スヨンが呟いた。


---


 アレクセイは頭を抱えた。


 「毎回これだ......」


---


---


 夜。


 食堂。


---


 瀧本は、包帯だらけの体で酒を飲んでいた。


 メンソールの煙草をくわえている。


---


 「また怪我したのか」


 ヨナタンが隣に座った。


 「した。見れば分かるだろ」


 「見れば分かるから聞いている」


 「それ、スヨンと同じこと言ってるぞ」


 「同じか」


 「同じだ」


---


 ヨナタンは少し笑った。


 珍しいことだった。


---


 「お前、面白いな」


 「面白いか?」


 「面白い。お前といると、退屈しない」


 「そりゃどうも」


---


 瀧本はメンソールの煙を吐いた。


 「お前、笑うこともあるんだな」


 「笑わないと思っていたのか」


 「思ってた。無表情だから」


 「無表情は、仕事だ。モサドでは、感情を見せるなと教わった」


 「大変だな」


 「大変だった。だが、ここでは少し楽だ」


 「楽?」


 「ああ。お前みたいな馬鹿がいると、肩の力が抜ける」


 「褒めてるのか貶してるのか分からないな」


 「褒めている」


---


 瀧本は笑った。


 「ありがとよ」


---


---


 マルティネスとカルロスが合流した。


 テキーラのボトルを持っている。


---


 「瀧本、今日の追跡、見たぞ」


 「見てたのか」


 「ドローンで見てた。バイクでバンに突っ込むなんて、正気じゃない」


 「正気だよ。計算通りだ」


 「計算で突っ込むのか」


 「計算で突っ込む」


---


 カルロスが言った。


 「お前、柏木と真逆だな」


 「真逆?」


 「柏木は、一発も食らわない。お前は、毎回ボロボロになる」


 「スタイルの違いだ」


 「スタイルか」


 「柏木はエレガント。俺は泥臭い」


 「泥臭いどころじゃない。血だらけだ」


 「血だらけでも、生きてりゃいいんだよ」


---


 ヨナタンが頷いた。


 「それは、正しい」


 「だろ?」


 「生きていれば、勝ちだ」


 「その通り」


---


 四人はグラスを合わせた。


 「生存者に乾杯」


 「乾杯」


---


---


 しばらくして、スヨンが食堂に入ってきた。


 瀧本を見つけた。


 近づいてきた。


---


 「瀧本」


 「何だ、高飛車女」


 「その呼び方やめて」


 「やめない」


 「......」


---


 スヨンは、瀧本の前に何かを置いた。


 小さな袋だった。


---


 「何だ、これ」


 「痛み止め。アレクセイからもらってきた」


 「......」


 「肋骨、痛いでしょ」


 「......まあ、少し」


 「少しじゃないでしょ。顔に出てる」


 「出てないだろ」


 「出てる。私には分かる」


---


 瀧本は、スヨンを見た。


 スヨンは、目を逸らした。


---


 「......ありがとう」


 「別に。仕事だから」


 「仕事で痛み止めを届けるのか」


 「届けるわよ。通信担当だもの」


 「通信担当は痛み止めを届けない」


 「うるさい」


---


 スヨンは、足早に食堂を出ていった。


---


 瀧本は、痛み止めの袋を見つめた。


 「......変な女」


---


 ヨナタンが、また笑った。


 「お前、鈍いな」


 「鈍い? 何が」


 「分からないなら、鈍いということだ」


 「意味が分からない」


 「分からなくていい」


---


 マルティネスとカルロスも笑っていた。


---


 「何だよ、お前ら」


 「何でもない」


 「何でもないなら笑うな」


 「笑いたいから笑う」


 「意味が分からない」


---


 瀧本は、メンソールの煙草に火をつけた。


 「お前ら、俺をからかってるだろ」


 「からかっていない」


 「嘘だ」


 「嘘ではない」


---


 四人は、また笑った。


---


---


 窓の外。


 夜のバンコクが広がっていた。


---


 瀧本は、煙を吐いた。


 「まあ、いいか」


 「何が」


 「何でも。生きてるから、何でもいい」


---


 ヨナタンは頷いた。


 「それでいい」


---


---


 医療室の常連。


 泥臭いスタイル。


 毎回、ボロボロになる。


---


 だが、瀧本勝幸は、生きている。


 死ぬ気はない。


 生きる気満々だ。


---


 それが、彼のやり方だった。

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