幕間 二人の女
祝勝会が終わった。
深夜。
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サラは、自分の家に戻った。
柏木の家の隣。
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シャワーを浴びた。
ベッドに横になった。
眠れなかった。
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ドアがノックされた。
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「誰」
「マリー」
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サラは少し迷った。
それから、ドアを開けた。
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マリーが立っていた。
ワインのボトルを持っていた。
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「話をしましょう」
「......入って」
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リビング。
二人は向かい合って座った。
ワインを注いだ。
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「乾杯」
「何に」
「......分からないわ」
「じゃあ、とりあえず乾杯」
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グラスが触れ合った。
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沈黙。
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「サラ」
マリーが口を開いた。
「あなた、柏木のこと、好きでしょう」
「......」
サラは黙っていた。
「私も、好きよ」
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サラはワインを飲んだ。
「知ってる」
「知ってたの」
「見れば分かる」
「そう」
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「いつから」
サラが聞いた。
「いつから、柏木のことを」
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マリーは窓の外を見た。
「最初から、かもしれない」
「最初から?」
「私がここに来た時。柏木が私を受け入れてくれた時」
「......」
「私は、外人部隊を辞めた。行く場所がなかった」
「......」
「柏木は、私を仲間にしてくれた。何も聞かずに」
「......」
「その時から、かもしれない」
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サラはグラスを見つめた。
「私は、もっと前から」
「前から?」
「十二年前。CIDで初めて会った時」
「十二年......」
「柏木は、最初から変わっていた」
「変わっていた?」
「冷たくて、無愛想で、怖かった」
「......」
「でも、正しかった。いつも、正しいことをしていた」
「......」
「私は、そういう人に惹かれる」
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マリーは少し笑った。
「私たち、同じ人を好きになったのね」
「そうね」
「厄介ね」
「厄介よ」
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沈黙。
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「どうする?」
マリーが聞いた。
「どうするって?」
「このまま、二人とも何も言わないでいる?」
「......」
「それとも、どちらかが諦める?」
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サラは首を振った。
「諦めない」
「私も」
「じゃあ、どうするの」
「......」
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マリーはワインを飲んだ。
「柏木に決めさせる」
「柏木に?」
「そう。私たちが争っても、意味がない」
「......」
「柏木が選ぶ。それが、一番公平」
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サラは考えた。
「......そうかもしれない」
「でしょう」
「でも、柏木は選ばないわよ」
「選ばない?」
「あの人、恋愛には鈍感だから。逃げるわ」
「今日みたいに?」
「今日みたいに」
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マリーは笑った。
「じゃあ、私たちが追い詰める」
「追い詰める?」
「そう。逃げられないようにする」
「......」
「いつか、柏木に選ばせる」
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サラはマリーを見た。
「あなた、意外と強引ね」
「狙撃手だから。狙った獲物は、逃さない」
「私も逃さないわよ」
「知ってる。だから、ライバルなのよ」
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二人は、互いを見た。
敵意はなかった。
むしろ、奇妙な連帯感があった。
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「ねえ、マリー」
「何」
「私たち、友達になれると思う?」
「友達?」
「そう。同じ人を好きでも」
「......」
マリーは考えた。
「なれると思う」
「本当?」
「本当よ。私たちは、仲間だから」
「仲間」
「そう。戦場では、背中を預け合う仲間」
「......」
「恋愛で争っても、それは変わらない」
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サラは少し笑った。
「変な関係ね」
「変な関係よ。でも、悪くない」
「悪くないわね」
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二人はワインを飲んだ。
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「ねえ、サラ」
「何」
「柏木って、どんな人だったの。昔は」
「昔?」
「CIDにいた頃」
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サラは天井を見た。
「......明るかった」
「明るかった?」
「信じられないでしょう。でも、昔の柏木は、笑う人だった」
「柏木が?」
「そう。冗談も言った。女好きでもあった」
「女好き?」
「そう。口説くのが上手かった」
「......想像できないわ」
「でしょうね」
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「何があったの」
マリーが聞いた。
「何が、柏木を変えたの」
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サラは目を閉じた。
「ウクライナ」
「ウクライナ?」
「柏木は、ウクライナで部下を三人、死なせた」
「......」
「柏木の判断ミスだった。少なくとも、柏木はそう思っている」
「......」
「あの日から、柏木は変わった。笑わなくなった。感情を殺した」
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マリーは黙っていた。
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「私も、似たようなものよ」
マリーが言った。
「あなたも?」
「外人部隊で、民間人を誤射した」
「......」
「子供が、いた」
「......」
「あの日から、私も変わった」
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二人は黙っていた。
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「私たち、みんな傷ついてるのね」
サラが言った。
「傷ついてる」
「だから、ここにいる」
「そうね」
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「柏木は、傷ついた人を集める」
マリーが言った。
「集める?」
「そう。柏木自身が傷ついてるから、傷ついた人の気持ちが分かる」
「......」
「だから、みんな柏木についていく」
「......」
「私も、あなたも」
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サラは頷いた。
「そうね。柏木は、私たちの光よ」
「光?」
「暗闇の中の、光。柏木がいるから、私たちは戦える」
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マリーはグラスを掲げた。
「柏木に」
「柏木に」
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二人は、ワインを飲み干した。
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深夜三時。
マリーは帰っていった。
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サラは窓から外を見た。
柏木の家が見えた。
明かりは消えていた。
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「柏木」
サラは呟いた。
「いつか、私を見てね」
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同じ頃。
マリーは、自分の家に戻っていた。
一階は、狙撃練習場。
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ライフルを手に取った。
窓から、柏木の家を見た。
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「柏木」
マリーは呟いた。
「いつか、私を選んでね」
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そして、柏木は。
自分の部屋で、眠れずにいた。
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煙草を吸いながら、天井を見ていた。
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「サラ......マリー......」
呟いた。
「俺は、どうすればいいんだ」
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答えは、出なかった。




