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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第3章 聖域
82/129

幕間 同類

バンコク。


 突撃隊の拠点。正門。


---


 一人の男が立っていた。


 日本人。三十代後半。短髪。鋭い目。


 隣に、タイ人の女性がいた。二十代後半。長い黒髪。どこか、怯えたような目。


---


 「柏木勇気に会いたい」


 男が言った。


 守衛が困惑した顔をした。


 「アポイントは」


 「ない」


 「では、お会いすることは......」


 「伝えてくれ。瀧本勝幸。元警察官。日本から来た、と」


 守衛が躊躇していると、男は肩をすくめた。


 「あと、『ヤクザみたいな見た目の日本人に会いに来た』って言えば通じるかもな」


 「は......?」


 「冗談だ。半分くらい」


---


---


 十分後。


 柏木が正門に来た。


---


 足が止まった。


---


 女性を見た。


 長い黒髪。小柄な体。タイ北部の顔立ち。


 見覚えがあった。


---


 「......ナリン?」


 柏木の声が、少し震えた。


---


 女性が顔を上げた。


 目が合った。


 「柏木......さん......」


 その目が、潤んだ。


---


 瀧本が驚いた顔をした。


 「知り合いなのか」


 「ああ」


 柏木は静かに言った。


 「俺が二年間、担当していた」


---


---


 会議室。


 三人が座っていた。


---


 「ナリン・チャットウィット」


 柏木は名前を呼んだ。


 「二十八歳。ウドンターニー出身。特定技能一号。食品製造業」


 「覚えて......いてくれたんですね」


 「忘れるわけがない」


---


 柏木はナリンを見た。


 「最後に会ったのは、三年前だ。俺が日本を出る直前」


 「はい」


 「ボドイを追い払った夜だ」


 「はい......」


 「あの夜、お前が俺を『バーミーブン』と呼んだ」


 「......覚えて、いてくれたんですね」


 「忘れるわけがない」


---


 柏木は続けた。


 「お前が、故郷の知人に俺のことを話した」


 「はい」


 「スッティン・パイブーン。ウドンターニーの」


 「はい。私の......遠い親戚みたいな人です」


 「そいつが、俺にメッセージを送ってきた。『タイに来い。お前の戦いが報われる場所がある』と」


 「......」


 「俺がタイに来たのは、お前のおかげだ」


---


 ナリンの目が、大きく見開かれた。


 「私の......?」


 「お前がスッティンに話さなければ、俺はここにいない。突撃隊もない。聖域も潰せなかった」


 「......」


 「お前が、全ての始まりだ」


---


 ナリンは何も言えなかった。


 涙が、頬を伝っていた。


---


 「だから」


 柏木は言った。


 「お前がここに来たのは、偶然じゃない。必然だ」


 「必然......」


 「お前は、俺たちの仲間になるべき人間だ。最初から」


---


 瀧本が、静かに言った。


 「......知らなかった」


 「何を」


 「ナリンが、お前をタイに導いたことを」


 「ナリンは言わなかったのか」


 「言わなかった」


---


 ナリンは首を振った。


 「言えませんでした。柏木さんがどうなったか、知らなかったから」


 「......」


 「日本を出てから、連絡が取れなくなって。心配していました。ずっと」


 「......」


 「SNSで突撃隊のことを見た時、柏木さんだと分かりました。生きていてくれて、嬉しかった」


---


 柏木は、少しだけ笑った。


 初めての笑顔だった。


 「......心配かけたな」


 「はい。心配しました」


 「すまなかった」


 「いいえ。会えて、嬉しいです」


---


---


 瀧本が口を開いた。


 「俺から説明する。ナリンに何があったか」


 「ああ。聞かせろ」


 「あの後、どうなった」


 ナリンは目を伏せた。


 答えなかった。


---


 柏木は黙っていた。


---


 「SNSで見た」


 瀧本は言った。


 「突撃隊。タイで犯罪と戦う部隊。元自衛隊の日本人が率いている」


 「ああ」


 「報道も見た。聖域を潰した。麻薬王を逮捕した。汚職政治家を引きずり出した」


 「ああ」


 「最初は、信じなかった」


 「信じなかった?」


 「日本人が、外国で正義のために戦う? 嘘だと思った。何か裏があると思った」


 「......」


 「だが、調べるほど、本当らしく見えてきた」


 「本当だ」


 「だから、確かめに来た。自分の目で」


---


 柏木は瀧本を見た。


 「お前は、なぜ日本を出た」


 瀧本の目が、一瞬、暗くなった。


 「人を殺したからだ」


---


---


 沈黙が落ちた。


---


 「殺した?」


 「ああ。連続殺人犯を。射殺した」


 「......詳しく聞かせろ」


---


 瀧本は話し始めた。


---


 「俺は、白バイ隊員だった。交通取り締まりが仕事だ」


 「ああ」


 「二年前、ある事件が起きた。連続強姦殺人」


 「......」


 「被害者は、外国人女性。ベトナム人、フィリピン人、タイ人。全員、特定技能の労働者だった」


 柏木の目が鋭くなった。


 「特定技能」


 「ああ。お前も知っているだろう。登録支援機関に管理されている、外国人労働者」


 「知っている。俺は、そこで働いていた」


 「......そうか。なら、話が早い」


---


 「犯人は、山本という男だった」


 瀧本が言った瞬間、柏木の体が固まった。


---


 「......山本」


 柏木の声が低くなった。


 「名前は。フルネームは」


 「山本健二。元グローバルキャリアの営業課長だ」


---


 柏木の拳が、震えた。


---


 「......知っているのか」


 瀧本が聞いた。


 「知っている」


 柏木の声は、氷のようだった。


 「同僚だった。俺がグローバルキャリアで働いていた時の、営業課長だ」


---


 瀧本の顔が変わった。


 「同僚だと......」


 「ああ。退職願を出した時、部長の隣に座っていた」


 「......」


 「あいつは、営業担当だった。中小企業のクライアントを回っていた。外国人労働者と接点があった」


 「そうだ。山本は、支援機関の社員として、外国人女性に接触していた」


---


 柏木は立ち上がった。


 窓に向かって歩いた。


 背中を見せたまま、言った。


---


 「グローバルキャリアは、俺が辞めた後、どうなった」


 「知らないのか」


 「タイに来てから、日本のことは追っていない」


 「崩壊した」


 「崩壊?」


 「ああ。代表の矢崎が逮捕された。外国人技能実習生に対する人権侵害の幇助罪で」


 「......」


 「会社は解散した。社員は散り散りになった」


 「山本は」


 「山本は、逮捕を免れた。証拠がなかったらしい。だが、会社を辞めて、その後......」


 「その後」


 「狂った」


---


 瀧本は続けた。


 「山本は、外国人女性を狙い始めた。特定技能の女性を」


 「......」


 「仕事を紹介する、在留資格を助ける、そう言って近づいた。そして、襲った。脅した。『警察に言ったら、強制送還だ』と」


 「......」


 「外国人女性は、逆らえなかった。在留資格を握られている。借金もある。逃げ場がない」


---


 柏木はナリンを見た。


 ナリンは、目を伏せていた。


 肩が震えていた。


---


 「ナリンも、やられたのか」


 柏木の声は静かだった。だが、怒りが滲んでいた。


 「やられた」


 瀧本が答えた。


 「俺がナリンと出会ったのは、交通事故の処理だった。彼女が被害者だった」


 「......」


 「話を聞いた。山本のことを。他の被害者のことを」


 「......」


 「俺は、許せなかった」


---


 柏木は拳を握りしめた。


 「俺がボドイから守った。三年前に。だが、山本からは守れなかった」


 「お前のせいじゃない」


 「俺のせいだ。俺が日本を出なければ、ナリンを守れた」


 「違う」


 ナリンが初めて声を上げた。


---


 「違います、柏木さん」


 ナリンの目には涙があった。


 「柏木さんがいなくなった後も、私は、柏木さんの言葉を覚えていました」


 「言葉?」


 「『逃げろ。何かあったら、すぐに逃げろ。お前の命より大事なものは、何もない』」


 「......」


 「だから、逃げました。山本に襲われた時、逃げました。殺されずに済みました」


 「......」


 「柏木さんのおかげです」


---


 柏木は黙っていた。


---


 瀧本が続けた。


 「被害者は、分かっているだけで十二人。殺されたのは、五人」


 「五人」


 「告発しようとした女性たちだ。山本は、口封じのために殺した」


---


 瀧本の拳が、震えていた。


---


 「警察は、何をしていた」


 柏木が聞いた。


 「......何もしなかった」


 「何も?」


 「証拠がない、と言われた。被害者が外国人だから、証言の信憑性が低い、と」


 「......」


 「それに、グローバルキャリアには、政治家との繋がりがあった。上からの圧力があった」


 「圧力」


 「捜査を打ち切れ、と。俺は、それに従えなかった」


---


 瀧本の声が、低くなった。


---


 「捜査は打ち切られた。山本は、野放しになった」


 「......」


 「俺は、個人的に追跡を始めた。勤務時間外に。警察の情報を使って」


 「違法だな」


 「違法だ。だが、それしか方法がなかった」


---


 「三ヶ月かかった」


 「三ヶ月」


 「山本の行動パターンを把握するのに。次のターゲットを予測するのに」


 「そして」


 「ある夜、山本を見つけた。新しいターゲットを物色していた」


 「......」


 「俺は、声をかけた。『警察だ』と」


 「......」


 「山本は、逃げようとした。俺は、追いかけた」


 「......」


 「路地裏で、山本が振り向いた。ナイフを持っていた」


 「......」


 「俺は、撃った」


---


 沈黙。


---


 「正当防衛には、ならなかったのか」


 「ならなかった」


 瀧本は肩をすくめた。


 「日本の法律はクソだからな。俺は白バイ隊員だ。捜査権がない。山本を追跡する権限がない」


 「......」


 「しかも、山本は、その時点では容疑者ですらなかった。捜査は打ち切られていた」


 「......」


 「俺がやったのは、私刑だ。法的には、殺人だ。まあ、法律がクソなら、俺がクソになるしかなかったってことだ」


---


 「逮捕されたのか」


 「されかけた。だが、逃げた」


 「逃げた?」


 「ああ。ナリンと一緒に、日本を出た。タイに来た」


 瀧本はナリンの手を握った。


 「俺は死ぬ気はないからな。生きて、ナリンと幸せになる。それが俺の計画だ」


 「......」


 「ナリンの故郷だ。ここなら、日本の警察は追ってこない。来たとしても、俺は逃げ切る。死ぬ気はないんでな」


---


---


 瀧本は、柏木を見た。


---


 「俺は、正義のために殺した。少なくとも、そう思っている」


 「......」


 「だが、法的には、俺は殺人犯だ。日本に戻れば、逮捕される」


 「......」


 「だから、タイに来た。ここで、新しい人生を始めようと思った」


 「......」


 「だが、普通の生活は、できなかった」


---


 「できなかった?」


 「ああ。俺は、警察官だった。十五年。それしか、知らない」


 「......」


 「普通の仕事をしても、虚しい。俺は、悪を追いかけることしか、できない」


 「......」


 「だから、お前を探した。お前なら、俺を使えると思った」


---


 瀧本は、真っ直ぐに柏木を見た。


---


 「俺を、雇ってくれ」


 「......」


 「俺は、戦える。悪と戦える。お前の下で」


 「......」


 「お前が本物なら、俺は、お前についていく」


---


---


 柏木は、しばらく黙っていた。


---


 「一つ、聞いていいか」


 「何だ」


 「殺した時、どう思った」


 「......」


 瀧本は、少し考えた。それから、皮肉っぽく笑った。


 「何も感じなかった」


 「何も?」


 「ああ。撃った瞬間、何も感じなかった。後悔も、満足も、何も」


 「......」


 「強いて言えば、『やっと終わった』と思った。あと、『弾代がもったいねえな』とも思った」


 「弾代」


 「ああ。警察官の給料じゃ、弾は高いんだよ。一発百円くらいする」


 「......」


 「まあ、山本一人に一発なら、安い買い物だったかもな」


---


 柏木は頷いた。


 「分かる」


 「分かる?」


 「ああ。俺も、同じだった」


 「お前も......」


 「ウクライナで、人を殺した。何も感じなかった。ただ、終わった、と思った」


---


 二人の男は、しばらく黙っていた。


 同じ闘を見てきた者同士の、沈黙だった。


---


---


 「お前を雇うことは、できない」


 柏木が言った。


 瀧本の顔が、少し曇った。


 「そうか......」


 「だが」


 柏木は続けた。


 「仲間になることは、できる」


 「仲間?」


 「そうだ。俺たちは、雇用関係ではない。仲間だ」


 「......」


 「お前が本物なら、俺たちの仲間になれる」


 「俺が本物かどうか、どうやって分かる」


 「分かる。見れば分かる」


---


 柏木は立ち上がった。


 「お前は本物だ」


 「......」


 「山本を追いかけた。三ヶ月、一人で。証拠がなくても、諦めなかった」


 「......」


 「それは、正義だ。法律ではないかもしれない。だが、正義だ」


 「......」


 「俺は、お前を認める」


---


 瀧本の目が、少し潤んだ。


---


 「ありがとう」


 「礼は要らない。これから、一緒に戦う。それだけだ」


 「了解」


---


---


 「ナリンは」


 柏木は女性を見た。


 「彼女は、どうする」


 瀧本はナリンを見た。


 ナリンが、初めて口を開いた。


---


 「私も、戦いたい」


 小さな声だった。だが、震えていた。怒りで。


---


 「私みたいな女性を、助けたい」


 「......」


 「特定技能で日本に来て、騙されて、傷つけられた女性を」


 「......」


 「私は、戦えない。銃も撃てない。だが、何かできることがあるはず」


---


 柏木は頷いた。


 「ある。通訳。相談窓口。被害者支援。色々ある」


 「私に、できますか」


 「できる。お前の経験が、他の被害者を救う」


 「......」


 ナリンの目から、涙がこぼれた。


---


---


 「ようこそ、王室犯罪対策局へ」


 柏木が言った。


 「これから、お前たちは、俺たちの仲間だ」


---


 瀧本は敬礼した。


 ナリンは、深く頭を下げた。


---


 「よろしくお願いします」


 二人の声が重なった。


---


---


 その夜。


 食堂。


---


 瀧本とナリンが、他の隊員たちと食事をしていた。


---


 「白バイか」


 ニコライが言った。


 「ああ。十五年乗ってた。バイクと俺は一心同体だ。嫁より長い付き合いだな。まあ、嫁いないけど」


 「バイクは得意か」


 「得意どころじゃない。目を瞑っても乗れる。瞑らないけど。死ぬ気はないからな」


 「なら、偵察に使えるな」


 「使える。バイクでの追跡なら、日本で百回以上やった。逃げられたことは一度もない」


 「一度も?」


 「一度もだ。俺から逃げられると思うな。俺は生きる気満々だが、相手を生かす気はないからな」


 ニコライは少し笑った。


 「気に入った」


 「そりゃどうも。ロシア人に気に入られるとは思わなかったな」


---


 「ナリンさん」


 ファリダーが話しかけた。


 「はい」


 「タイ語と日本語、両方できるんですよね」


 「はい。あと、英語も少し」


 「すごい。私、日本語は全然できないから」


 「教えましょうか」


 「本当ですか?」


 ナリンは、少し笑った。


 初めての笑顔だった。


---


---


 柏木は、窓際で煙草を吸っていた。


 サラが隣に来た。


---


 「また、傷ついた人を拾ったわね」


 「拾った」


 「柏木は、そういう人を引き寄せるのね」


 「そうかもしれない」


 「......」


 「俺たちは、みんな傷ついている。だから、傷ついた人間が集まる」


 「そうね」


---


 「瀧本は、本物か」


 サラが聞いた。


 「本物だ」


 「どうして分かる」


 「目を見れば分かる。同じ目をしている」


 「同じ目?」


 「俺と同じ目だ。正義のために、全てを捨てた人間の目」


---


 サラは瀧本を見た。


 ナリンと話している。


 何か冗談を言ったらしく、ナリンが笑っていた。


---


 「彼、よく喋るわね」


 「喋る。皮肉屋だ」


 「でも、ナリンさんのこと、本当に大切にしているのね」


 「大切にしている。口は悪いが、根は真っ直ぐだ」


 「いいわね」


 「......」


 「柏木も、誰かを大切にしなさい」


 「......」


 「私とか」


 「......」


 柏木は、煙草を吸った。


 返事をしなかった。


---


 サラは少し笑った。


 「相変わらずね」


 「相変わらずだ」


---


---


 突撃隊は、四十人になった。


 あと四人。


 だが、それは、時間の問題だった。


---


 仲間は、増え続ける。


 傷ついた人間が、集まり続ける。


 そして、共に戦う。


 正義のために。

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