幕間 誤算
バンコク。王室犯罪対策局本部。
局長室。
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ウィチャイ局長は、報告書を見ていた。
通信指令室の稼働状況。
出動要請件数。対応件数。未対応件数。
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「......想定外だ」
呟いた。
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聖域が崩壊した時、ウィチャイは予測していた。
組織化されていた犯罪が分散する。
末端の犯罪者が、個別に動き出す。
重犯罪が増える。
通報が増える。
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だから、突撃隊に直接対応させることにした。
各警察署から、直接連絡させる。
俺を経由すると、時間がかかる。
現場判断で、迅速に対応させる。
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計算はしていた。
一日の出動要請は、最大で二十五件程度。
突撃隊は十六人。戦闘では世界最高峰。
優先順位を適切につければ、十件程度は対応できるはず。
残りは地元警察に任せる。
それで、回るはずだった。
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「回らなかった」
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報告書を見た。
初日の出動要請:二十三件。
対応件数:八件。
通信指令室の稼働時間:川島十八時間、カルロス十六時間、プラウィット十四時間。
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「崩壊寸前か」
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ウィチャイは、窓の外を見た。
バンコクの夜景。
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「俺は、奴らを過大評価していた」
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三百人を制圧した。
装甲車を破壊した。
麻薬王を逮捕した。
元将校を追跡して、国境を越えて確保した。
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戦闘では、文句なしだ。
世界中のどの特殊部隊と比べても、引けを取らない。
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だから、俺は思った。
「これだけできる奴らが、通報の振り分けくらいできないはずがない」
「優先順位の判断くらい、できるだろう」
「組織運営くらい、できるだろう」
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できなかった。
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「......戦闘バカだ」
ウィチャイは、溜息をついた。
「戦闘しかできない」
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柏木は、優秀だ。
戦術眼がある。判断が速い。部下を率いる力がある。
だが、組織運営となると、話が違う。
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ニコライ、ジョンソン、マルティネス。
全員、戦闘では超一流。
だが、デスクワークはできない。
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川島、カルロス、プラウィット。
通信は専門だ。だが、三人で二十四時間体制は無理がある。
そもそも、通信と運営は違う。
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ナターシャ、ラッタナー。
事務はできる。だが、彼女たちは経理と会計が専門だ。
作戦運用とは、畑が違う。
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「人材が足りない」
ウィチャイは呟いた。
「戦闘要員は揃っている。だが、運営要員がいない」
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翌日。
柏木が報告に来た。
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「局長、対策を立てました」
「聞こう」
「通信人員の増加、出動基準の明確化、ヘリによる機動力向上、二チーム制、地元警察との連携強化」
「......」
「これで、回ると思います」
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ウィチャイは、柏木を見た。
「回らない」
「え」
「焼け石に水だ」
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柏木の顔が曇った。
「......なぜですか」
「お前の対策は、全て『現有戦力でなんとかする』という発想だ」
「はい」
「だが、現有戦力が足りないんだ。根本的に」
「......」
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ウィチャイは立ち上がった。
「お前たちは、戦闘では世界最高峰だ」
「ありがとうございます」
「だが、組織運営となると、素人だ」
「......」
「俺は、お前たちを過大評価していた。戦闘ができるから、運営もできると思っていた」
「......」
「できなかった。俺の誤算だ」
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柏木は黙っていた。
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「お前たちが悪いわけじゃない」
ウィチャイは続けた。
「お前たちは、戦闘のプロだ。運営のプロじゃない」
「......」
「餅は餅屋だ。運営のプロを、探すしかない」
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「運営のプロ」
柏木が言った。
「どういう人材ですか」
「部隊運営の専門家だ。将校経験者」
「将校」
「そうだ。小隊や中隊を指揮した経験がある人間。作戦計画、人員配置、補給、通信、全てを統括できる人間」
「......」
「お前は突入班の指揮官だった。戦闘指揮はできる。だが、部隊運営は別物だ」
「......はい」
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「探せ」
ウィチャイは言った。
「部隊運営ができる将校経験者を」
「条件は」
「外国籍。タイ国籍を取得する意思がある。正義のために動ける人間」
「......簡単には見つかりませんね」
「見つからない。だから、探せ」
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柏木は、拠点に戻った。
全員を集めた。
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「新しい任務だ」
「大規模作戦ですか」
「違う。人探しだ」
「人探し?」
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柏木は説明した。
「俺たちには、組織運営の専門家が必要だ」
「組織運営?」
「ああ。俺たちは戦闘はできる。だが、運営ができない」
「......」
「局長に言われた。『戦闘バカだ』と」
「戦闘バカ」
「そうだ」
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ニコライが言った。
「否定できないな」
「できない」
「俺たちは、撃つことしか考えていなかった」
「そうだ」
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「探す人材の条件は」
サラが聞いた。
「将校経験者。部隊運営の経験がある人間」
「将校か」
「それも、外国籍で、タイ国籍を取得する意思があり、正義のために動ける人間」
「......」
「簡単には見つからない」
「見つからないですね」
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マルティネスが言った。
「また、世界中を探し回るのか」
「探し回る」
「前は戦闘要員だった。今度は運営要員か」
「そうだ」
「......神よ」
「神に祈っても、人は降ってこない」
「分かっている。だが、祈りたい」
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川島が言った。
「どこから探しますか」
「まずは、俺たちの伝手だ」
「伝手」
「元軍人のネットワーク。知り合いの知り合い。どこかに、条件に合う人間がいるはずだ」
「......」
「全員で探せ。一ヶ月以内に見つける」
「一ヶ月」
「それ以上かかると、通信指令室が本当に崩壊する」
「了解」
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こうして、また全員が奔走することになった。
今度は、戦闘員ではない。
組織を動かせる、将校経験者。
正義のために戦える、運営のプロ。
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簡単には見つからない。
だが、探すしかない。
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突撃隊の、新しい戦いが始まった。




