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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第3章 聖域
79/129

幕間 休暇

バンコク。王室犯罪対策局本部。


 局長室。


---


 局長の怒声が、廊下まで響いていた。


---


 「お前ら、いい加減にしろ!」


 局長——元ウィチャイ大佐——は、机を叩いた。


 書類の山が崩れた。


---


 柏木が立っていた。


 困惑した顔で。


---


 「何か、問題がありましたか」


 「問題? 問題だと?」


 局長は書類の山を指差した。


 「これを見ろ! この山を!」


 「書類ですね」


 「書類だ! お前たちが作った書類だ!」


---


 局長は立ち上がった。


 「聖域を制圧した。良い。首謀者を逮捕した。良い。プラソンを確保した。良い」


 「はい」


 「だが!」


 局長の声が大きくなった。


 「捜査がとんでもなく拡大している!」


---


 局長は別の書類の山を指差した。


 「ウィワットの帳簿から、三百人以上の名前が出てきた」


 「はい」


 「プラソンの通信記録から、さらに二百人」


 「はい」


 「詐欺コンパウンドの資料から、百五十人」


 「はい」


 「合計、六百五十人以上の捜査対象者だ!」


---


 「それは......成果では」


 「成果だ! 成果だが、後始末が追いつかない!」


---


 局長は頭を抱えた。


 「事務員は何人いると思っている」


 「......分かりません」


 「十二人だ。十二人で、六百五十人分の書類を処理している」


 「......」


 「一人あたり五十人以上だぞ。死ぬ」


---


 「ナターシャとラッタナーを貸しましょうか」


 「貸してもらっている! それでも足りない!」


 「......」


---


 局長は深呼吸した。


 「いいか、柏木。聞け」


 「はい」


 「お前たちは優秀だ。戦闘では、世界最高峰だ」


 「ありがとうございます」


 「だが、お前たちが動くたびに、後ろで何が起きているか分かるか」


 「......書類が増える?」


 「書類が増える! 山のように! 富士山のように!」


---


 局長は書類の山を見た。


 「逮捕調書。証拠品目録。押収物リスト。取調べ記録。裁判資料。外交文書。報告書。稟議書。経費精算......」


 「......」


 「一件の作戦で、書類が千枚以上だ」


 「千枚」


 「聖域だけで、三千枚を超えた」


 「三千枚」


 「プラソンの件で、さらに千枚」


 「四千枚」


 「詐欺コンパウンドで、さらに二千枚」


 「六千枚」


 「合計、六千枚以上の書類が、この一ヶ月で発生した」


---


 「事務員は、もう限界だ」


 局長の声が、少し静かになった。


 「三人が体調を崩した。二人が泣きながら仕事をしている。残りの七人も、目が死んでいる」


 「......申し訳ありません」


 「謝るな。お前たちは悪くない。だが、このままでは......」


---


 局長は椅子に座った。


 「このままでは、対策局が崩壊する」


 「崩壊」


 「そうだ。書類が処理できなければ、裁判ができない。裁判ができなければ、逮捕した意味がない。全てが無駄になる」


 「......」


---


 「だから」


 局長は柏木を見た。


 「休暇だ」


 「休暇?」


 「一ヶ月間の強制休暇だ」


---


 「一ヶ月?」


 「一ヶ月だ。全員だ。例外は認めない」


 「しかし、訓練が」


 「訓練もするな」


 「事務作業なら」


 「事務もするな」


 「偵察くらいは」


 「するな」


---


 局長は立ち上がった。


 「いいか、よく聞け」


 「はい」


 「書類を一枚でも増やしたら」


 局長の目が光った。


 「俺が突撃してやる」


 「......」


 「お前たちの家に、俺が単身で突入する。武装して。そして、お前たちを逮捕する」


 「逮捕?」


 「休暇命令違反だ。反逆罪だ」


 「反逆罪は重すぎませんか」


 「重くない。俺が決める」


---


 「一ヶ月間」


 局長は言った。


 「何もするな。どこかに行け。遊べ。寝ろ。飯を食え。酒を飲め。女と遊べ。何でもいい」


 「......」


 「ただし、仕事はするな。絶対に」


---


 柏木は黙っていた。


 「......分かりました」


 「分かったな」


 「はい」


 「全員に伝えろ」


 「伝えます」


 「一ヶ月後に、また会おう。それまで、顔を見せるな」


 「はい」


---


---


 拠点に戻った。


 全員を集めた。


---


 「局長から命令が出た」


 柏木が言った。


 「何ですか」


 「一ヶ月間の強制休暇だ」


 沈黙。


 「......休暇?」


 「休暇だ」


---


 「なぜですか」


 川島が聞いた。


 「後方が限界だ。俺たちが動きすぎて、書類が処理しきれなくなっている」


 「書類......」


 「六千枚以上、溜まっているらしい」


 「六千枚」


 「事務員が死にかけている」


 「......」


---


 「だから、一ヶ月間、何もするなと」


 柏木は続けた。


 「訓練もするな。事務もするな。偵察もするな。書類を一枚でも増やしたら、局長が突撃してくるそうだ」


 「局長が突撃?」


 「武装して、俺たちの家に突入するらしい」


 「......本気ですか」


 「本気だろう。目が据わっていた」


---


 全員が顔を見合わせた。


 「一ヶ月間、何もしない......」


 「そういうことだ」


 「何をすればいいんですか」


 「知らない。各自、好きにしろ」


---


---


 翌日から、休暇が始まった。


---


 だが、問題があった。


 誰も、休暇の過ごし方を知らなかった。


---


---


 一日目。


---


 ニコライは、自宅のウォッカセラーにいた。


 「暇だな」


 ウォッカを飲んだ。


 「......暇だ」


 もう一杯飲んだ。


 「やることがない」


---


---


 ジョンソンは、シアタールームにいた。


 自分の映画を再生した。


 「三回目だな」


 見終わった。


 「四回目を見るか」


 再生した。


 「......飽きてきた」


---


---


 マルティネスは、礼拝堂にいた。


 祈りを捧げた。


 「神よ」


 祈り終わった。


 「......暇だ」


 テキーラバーに移動した。


 飲んだ。


 「やることがない」


---


---


 ヨナタンは、自宅の監視モニターを見ていた。


 三十台のカメラ映像。


 「誰も来ない」


 当然だ。休暇中だ。


 「暇だ」


---


---


 川島は、サーバールームにいた。


 サーバーのログを見ていた。


 「これは仕事じゃないよな......」


 見るのをやめた。


 和室に移動した。


 畳の上で横になった。


 「......暇だ」


---


---


 アレクセイは、診療室にいた。


 医療器具を磨いていた。


 「これは仕事ではない。整備だ」


 磨き終わった。


 「......患者がいない」


 当然だ。誰も怪我していない。


 「暇だ」


---


---


 マリーは、狙撃練習場にいた。


 ライフルを構えた。


 「......これは訓練になるか」


 構えるのをやめた。


 「なる」


 銃を置いた。


 「局長が来る」


 撃つのをやめた。


 「......暇だ」


---


---


 イーゴリは、フライトシミュレーターの前にいた。


 電源を入れようとした。


 「......これは訓練か」


 手を止めた。


 「訓練だな」


 電源を入れるのをやめた。


 「暇だ」


---


---


 ダニエルとエイブラハムは、ガレージにいた。


 車を眺めていた。


 「整備するか」


 「整備は仕事じゃないだろう」


 「趣味だ」


 「じゃあいいか」


 整備を始めた。


 三時間後、整備が終わった。


 「......終わった」


 「終わったな」


 「次は」


 「ない」


 「暇だな」


 「暇だ」


---


---


 ナターシャは、アレクセイの家を訪ねた。


 「暇なので来ました」


 「俺も暇だ」


 二人でワインを飲んだ。


 「......いいですね、これ」


 「いいな」


 「休暇も悪くないかもしれません」


 「かもしれない」


 これは、休暇の正しい使い方だった。


---


---


 ファリダーは、川島の家を訪ねた。


 「あの......暇だったので」


 「俺も暇だ」


 二人で和室に座った。


 お茶を飲んだ。


 「落ち着きますね」


 「落ち着くな」


 「......」


 「......」


 沈黙が続いた。


 だが、悪い沈黙ではなかった。


 これも、休暇の正しい使い方だった。


---


---


 プラウィットとラッタナーは、一緒に買い物に出かけた。


 「家具を買いましょう」


 「買おう」


 二人で家具屋を回った。


 「これ、いいですね」


 「いいな」


 楽しそうだった。


 これは、休暇の最も正しい使い方だった。


---


---


 サラは、柏木の家を訪ねた。


 「暇?」


 「暇だ」


 「じゃあ、一緒に過ごしましょう」


 「......何をするんだ」


 「何もしない。一緒にいるだけ」


 「......」


 「駄目?」


 「......いや、いい」


 二人でリビングにいた。


 柏木は煙草を吸った。


 サラは本を読んだ。


 何も話さなかった。


 だが、悪くなかった。


---


 しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。


 「誰だ」


 ドアを開けた。


 マリーが立っていた。


---


 「......何の用だ」


 「暇だ」


 「暇だから来たのか」


 「そうだ」


 「......」


 マリーは中に入ってきた。


 サラがいることに気づいた。


 「......」


 サラもマリーに気づいた。


 「......」


---


 空気が凍った。


---


 「私、先に来ていたの」


 サラが言った。


 「知っている」


 マリーが答えた。


 「なら、後から来るのは遠慮すべきじゃない?」


 「遠慮する理由がない」


 「あるわよ」


 「ない」


---


 柏木は困惑していた。


 「あの......」


 「黙って」


 二人が同時に言った。


 「はい」


---


 「私は、柏木と過ごす権利がある」


 サラが言った。


 「私にもある」


 マリーが言った。


 「私の方が先に知り合った」


 「関係ない。先も後もない」


 「あるわよ」


 「ない」


---


 結局、三人でリビングにいることになった。


 柏木は真ん中。


 左にサラ。右にマリー。


 「......」


 「......」


 「......」


 誰も話さなかった。


 柏木は煙草を吸った。


 サラは本を読んだ。


 マリーはライフルの手入れをしていた。


 なぜライフルを持ってきたのかは、誰も聞かなかった。


---


---


 一週間後。


---


 全員が限界だった。


 「暇すぎる」


 ニコライが言った。


 「やることがない」


 ジョンソンが言った。


 「訓練がしたい」


 マリーが言った。


 「何か撃ちたい」


 マルティネスが言った。


---


 「だが、局長が......」


 川島が言った。


 「局長が突撃してくる」


 「それは困る」


 「困る」


---


 柏木は考えた。


 「......旅行に行くか」


 「旅行?」


 「どこかに行けば、暇じゃなくなる」


 「どこに」


 「......知らない」


---


 「プーケットはどうですか」


 ファリダーが言った。


 「プーケット?」


 「ビーチリゾートです。綺麗な海があります」


 「海か......」


 「いいんじゃないか」


 ニコライが言った。


 「俺、海で泳いだことがない」


 「ロシアに海はないのか」


 「ある。だが、凍っている」


---


 「決まりだ。プーケットに行く」


 柏木が言った。


 「全員か」


 「全員だ。休暇なんだから、みんなで行こう」


 「了解」


---


---


 プーケット。


 タイ南部のリゾート地。


 エメラルドグリーンの海。白い砂浜。


---


 十六人が、ビーチにいた。


 白い突撃隊の戦士たちが、水着でビーチにいた。


---


 「......平和だな」


 柏木が呟いた。


 「平和だ」


 ニコライが答えた。


 「こういうのも、悪くない」


 「悪くない」


---


 ジョンソンは、ビーチバレーをしていた。


 マルティネスと組んで、川島・カルロス組と対戦していた。


 「俺のスパイクを見ろ!」


 「でかすぎて反則だろ!」


---


 ヨナタンは、日陰で本を読んでいた。


 タイトルは「暗殺術の歴史」。


 「......休暇中に読む本じゃないな」


 誰かが突っ込んだ。


 「休暇だから読める」


 ヨナタンは答えた。


---


 アレクセイとナターシャは、パラソルの下にいた。


 二人でカクテルを飲んでいた。


 「いいですね、これ」


 「いいな」


 幸せそうだった。


---


 川島とファリダーは、一緒に泳いでいた。


 「ファリダーさん、泳ぐの上手いですね」


 「小さい頃から泳いでいましたから」


 「僕、あまり泳げないんです」


 「教えましょうか?」


 「お願いします」


 ファリダーが川島の手を取った。


 川島の顔が赤くなった。


---


 プラウィットとラッタナーは、砂浜を散歩していた。


 手を繋いでいた。


 「結婚式、いつにしましょうか」


 「休暇が終わったら、考えましょう」


 「そうですね」


 幸せそうだった。


---


 ニコライは、海に入っていた。


 「冷たくない」


 「当然だ。タイだからな」


 「ロシアの海は凍っている」


 「知ってる。三回目だ」


 「三回言う価値がある」


---


 マリーは、ビーチで日光浴をしていた。


 サングラスをかけて、動かない。


 「......」


 だが、その視線は、柏木を追っていた。


---


 サラも、ビーチで日光浴をしていた。


 同じく、視線は柏木を追っていた。


---


 柏木は、海を眺めていた。


 煙草を吸おうとした。


 「ビーチで煙草は駄目よ」


 サラが言った。


 「......そうか」


 煙草を仕舞った。


 「海でも見てなさい」


 「見ている」


 「綺麗でしょう」


 「綺麗だな」


 「......」


 「......」


 「たまには、こういうのもいいわね」


 「ああ。悪くない」


---


 一ヶ月の休暇は、こうして過ぎていった。


---


---


 一ヶ月後。


 局長室。


---


 「戻ったか」


 局長が言った。


 「戻りました」


 柏木が答えた。


 「休めたか」


 「休めました」


 「書類は増えていないな」


 「増えていません」


 「よし」


---


 局長は少し笑った。


 「事務員も、何とか回復した。六千枚の書類も、処理が終わった」


 「お疲れ様でした」


 「お前らのせいだがな」


 「申し訳ありません」


 「まあいい。これからは、もう少しペースを考えろ」


 「はい」


---


 「それで」


 局長は立ち上がった。


 「次の任務だ」


 「はい」


 「準備はいいか」


 「いつでも」


---


 休暇は終わった。


 戦いが、また始まる。

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