幕間 新居
バンコク郊外。
広大な土地が、突撃隊に与えられた。
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局長——元ウィチャイ大佐——が、全員を集めた。
「新しい基地を建設する」
「新しい基地?」
「そうだ。今までの仮設宿舎では手狭だ。戦績に見合った施設を用意する」
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局長は地図を広げた。
「敷地は十万平方メートル。訓練場、車両庫、ヘリポート、事務棟、そして......」
局長は少し笑った。
「各自の住居だ」
「住居?」
「そうだ。全員に、一軒ずつ家を建てる」
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全員が顔を見合わせた。
「一軒ずつ?」
「そうだ。お前たちは、タイのために命を懸けている。それに見合った待遇を用意する」
「ありがとうございます」
「礼は要らない。当然のことだ」
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局長は咳払いをした。
「それと、一つ、お願いがある」
「何ですか」
「家は......二人以上で住めるように設計してくれ」
「二人以上?」
「そうだ。将来、家族ができた時のために」
「......」
「家族だ。分かるな。伴侶。子供。そういうものだ」
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全員が気づいた。
また始まった。
局長の「家族を持て」圧力。
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「局長、また......」
「何だ」
「いえ、何でもありません」
「何でもないなら、設計を始めろ。予算は一軒あたり五百万バーツだ」
「五百万バーツ!?」
「足りないか」
「いえ、多すぎます」
「多いことはない。好きなように使え」
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翌週。
各自が設計案を提出した。
局長は、期待に胸を膨らませていた。
「さて、どんな家族向けの家ができるか......」
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最初の提出者。ニコライ。
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「これが俺の設計だ」
図面を見た。
局長の顔が固まった。
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一階:リビング、キッチン、ダイニング。
これは普通だ。
二階:寝室、バスルーム。
これも普通だ。
地下一階:ウォッカセラー。
「......ウォッカセラー?」
「そうだ。五百本収納できる」
「五百本」
「少ないか?」
「多い」
地下二階:武器庫。
「武器庫?」
「私物の武器を保管する。PKM、AK-103、グレネード......」
「私物の武器がそんなにあるのか」
「ある」
「......家族用のスペースは」
「ない」
「ない?」
「必要ない」
「なぜ」
「俺は一人で住む」
局長は頭を抱えた。
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次の提出者。ジョンソン。
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「これが俺の設計だ」
図面を見た。
局長の眉が上がった。
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一階:リビング、キッチン、ダイニング。シアタールーム。
「シアタールームか」
「そうだ。150インチのスクリーンを置く」
「映画を見るのか」
「見る。俺の映画を」
「お前の映画?」
「デンゼル・ワシントンが俺を演じた映画だ。毎日見る」
「......」
二階:寝室、バスルーム、ゴルフシミュレーター室。
「ゴルフシミュレーター?」
「そうだ。退役したらゴルフをやりたい」
「退役の予定は」
「ない」
「ないのにゴルフシミュレーターを」
「備えあれば憂いなしだ」
「......家族用のスペースは」
「ゲストルームがある」
「ゲストルームは家族用ではない」
「客が来たら家族みたいなものだろう」
「違う」
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次の提出者。マルティネス。
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「これが俺の設計だ」
図面を見た。
局長の目が点になった。
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一階:リビング、キッチン、礼拝堂。
「礼拝堂?」
「そうだ。毎朝、祈りを捧げる」
「家の中に礼拝堂を作るのか」
「作る。十字架を三十個飾る」
「三十個」
「足りないか?」
「多い」
二階:寝室、バスルーム、テキーラバー。
「テキーラバー?」
「そうだ。百種類のテキーラを揃える」
「礼拝堂の上にバー?」
「祈った後に飲む。最高だ」
「......家族は」
「神が俺の家族だ」
「そういう意味じゃない」
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次の提出者。ヨナタン。
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「これだ」
図面を見た。
局長は首を傾げた。
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一階:リビング兼寝室兼キッチン。ワンルーム。
「ワンルーム?」
「そうだ」
「予算が余るぞ」
「余った分は、セキュリティに使う」
「セキュリティ?」
「監視カメラ三十台。赤外線センサー。圧力センサー。指紋認証ドア。網膜認証金庫」
「家か要塞か分からないな」
「要塞だ」
「......家族は」
「興味がない」
「知ってた」
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次の提出者。川島。
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「これが僕の設計です」
図面を見た。
局長は少し安心した。
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一階:リビング、キッチン、ダイニング、和室。
「和室?」
「はい。畳を敷きます。障子も」
「日本風か」
「日本風です」
二階:寝室二つ、バスルーム。
「寝室が二つ。いいな」
「はい。一つは僕用、一つは......」
「家族用か?」
「いえ、サーバールームです」
「サーバールーム?」
「通信機器を置きます。ラック十台分」
「なぜ自宅にサーバールームが必要なんだ」
「趣味です」
「趣味」
「はい」
局長は溜息をついた。
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次の提出者。アレクセイ。
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「これが私の設計だ」
図面を見た。
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一階:リビング、キッチン、診療室、手術室。
「手術室?」
「そうだ。緊急時に対応できるように」
「自宅に手術室を作るのか」
「作る。無影灯、手術台、麻酔機、心電図モニター......」
「病院だな」
「病院だ」
「......家族は」
「患者が家族みたいなものだ」
「違う」
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次の提出者。マリー。
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「これだ」
図面を見た。
局長の顔が引きつった。
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一階:狙撃練習場。
「一階が全部、狙撃練習場?」
「そうだ。百メートルのレーンを作る」
「家の中に?」
「家の中に」
二階:寝室、バスルーム、銃器整備室。
「銃器整備室」
「狙撃銃の手入れをする」
「......リビングは」
「要らない」
「キッチンは」
「要らない」
「何を食べるんだ」
「レーションでいい」
「......家族は」
「興味がない」
「本当か?」
マリーは少し黙った。
「......敷地の配置図を見せてくれ」
「なぜだ」
「柏木の家の位置を確認したい」
「なぜ柏木の位置を」
「......何でもない」
局長は、何かを察した。
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次の提出者。サラ。
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「これが私の設計よ」
図面を見た。
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一階:リビング、キッチン、ダイニング。普通だ。
二階:寝室二つ、バスルーム、バルコニー。
「普通だな」
「普通よ」
「家族用のスペースもある」
「まあね」
局長は安心した。
「やっと、まともな設計が......」
「一つ、条件があるわ」
「何だ」
「柏木の家の隣に建てて」
「......」
「隣じゃないと意味がないの」
「......分かった」
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次の提出者。ファリダー。
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「これが私の設計です」
図面を見た。
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一階:リビング、キッチン、ダイニング。タイ式の仏間。
「仏間か」
「はい。毎朝、お祈りします」
二階:寝室二つ、バスルーム。
「普通だな」
「普通です」
「家族用のスペースもある」
「まあ......将来、もし......」
ファリダーの顔が赤くなった。
局長は微笑んだ。
「川島の家の隣でいいか」
「え、あ、いえ、そんな、別に......」
「隣にしておく」
「......ありがとうございます」
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次の提出者。プラウィットとラッタナー。
二人で来た。
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「これが......私たちの設計です」
図面を見た。
局長の目が輝いた。
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一軒の家。
一階:リビング、キッチン、ダイニング。
二階:寝室二つ、バスルーム、書斎。
「二人で一軒?」
「はい......」
「つまり、一緒に住むのか」
「はい......」
「結婚するのか」
二人の顔が真っ赤になった。
「ま、まだそこまでは......」
「するんだな」
「......はい」
局長は立ち上がった。
「よくやった」
「え」
「お前たちは、俺の期待に応えた。唯一だ」
「唯一......」
「他の奴らは、武器庫だの狙撃練習場だの、ふざけた設計ばかりだ」
「......」
「だが、お前たちは違う。ちゃんと家族のことを考えている」
「ありがとうございます......」
「結婚式には呼んでくれ」
「は、はい......」
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最後の提出者。柏木。
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「これが俺の設計だ」
図面を見た。
局長は、期待していなかった。
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一階:リビング、キッチン、ダイニング。喫煙室。
「喫煙室」
「煙草を吸う」
「知ってる」
二階:寝室一つ、バスルーム、トレーニングルーム。
「寝室は一つか」
「一つでいい」
「家族は」
「考えていない」
「考えろ」
「考えていない」
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局長は溜息をついた。
「お前は、いつになったら家族を持つんだ」
「分からない」
「サラがいるだろう」
「サラは仲間だ」
「仲間じゃなくて、女だろう」
「女?」
「お前を好きな女だ」
「......は?」
「気づいていないのか」
「何を」
「サラがお前を好きなことを」
「......」
柏木は固まった。
「マリーもだ」
「......は?」
「二人とも、お前を狙っている」
「狙っている?」
「ライフルでじゃない。恋愛的にだ」
「......」
柏木は、さらに固まった。
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「お前は鈍感すぎる」
局長は言った。
「十二年だぞ。サラは十二年、お前を想っている」
「十二年......」
「マリーは最近だが、かなり本気だ。映画のヒロインにキレるくらいには」
「あれは、そういう......」
「そういうことだ」
「......」
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柏木は、頭を抱えた。
「どうすればいいんだ」
「知らん。自分で考えろ」
「局長」
「俺に相談するな。俺は独身だ」
「独身なんですか」
「独身だ。だから、お前たちには家族を持ってほしい」
「......」
「俺にできなかったことを、お前たちにはしてほしい」
「......」
局長の目が、少しだけ寂しそうだった。
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三ヶ月後。
新基地が完成した。
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訓練場。車両庫。ヘリポート。事務棟。
そして、住居エリア。
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ニコライの家:地下にウォッカセラーと武器庫。
ジョンソンの家:150インチシアタールームとゴルフシミュレーター。
マルティネスの家:礼拝堂とテキーラバー。
ヨナタンの家:ワンルーム+要塞レベルのセキュリティ。
川島の家:和室とサーバールーム。
アレクセイの家:診療室と手術室。
マリーの家:百メートル狙撃練習場。
サラの家:普通。柏木の隣。
ファリダーの家:タイ式。川島の隣。
プラウィットとラッタナーの家:二人で一軒。
柏木の家:シンプル。喫煙室付き。
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局長は、完成した住居エリアを見渡した。
「......予想通りだな」
呟いた。
「趣味に走りやがって」
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だが、少しだけ笑っていた。
「まあ、いい。生きているうちは、好きに生きろ」
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新しい基地で、新しい生活が始まった。




