幕間 映画
プラソン確保から一週間後。
突撃隊の拠点。
食堂に、全員が集まっていた。
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大型モニターに、Netflixのロゴが映っていた。
「今日、公開だぞ」
マルティネスが興奮気味に言った。
「俺たちの映画だ」
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タイトルが表示された。
『WHITE STRIKE』
白い突撃。
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「やべえ、かっこいい」
川島が言った。
「タイトルだけで興奮する」
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映画が始まった。
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オープニング。
バンコクの夜景。
ナレーションが流れる。
「タイには、闇がある。麻薬、人身売買、汚職。その闘に立ち向かう者たちがいた」
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画面が切り替わった。
黒人の男が映った。
スーツを着ている。厳格な表情。
デンゼル・ワシントン。
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「マーカス・ジャクソン。元米陸軍CID。タイで犯罪と戦う男」
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ジョンソンが声を上げた。
「俺だ! 俺をデンゼル・ワシントンが演じてる!」
「名前が違うぞ。ジャクソンになってる」
「細かいことはいいんだ! デンゼルだぞ! デンゼル!」
ジョンソンは子供のように興奮していた。
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画面が切り替わった。
別の男が映った。
黒いスーツ。オールバック。サングラス。
片目に眼帯。
キアヌ・リーブス。
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「ユーキ。元日本軍特殊部隊。問題児にして、最強の戦士」
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柏木は固まっていた。
「......キアヌ」
「キアヌ・リーブスだ」
「俺を......キアヌが......」
「演じてるな」
「......」
柏木の目が潤んでいた。
「泣いてるのか」
「泣いていない」
「泣いてるだろ」
「......少しだけ」
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映画は続いた。
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アクションシーン。
キアヌ演じるユーキが、敵のアジトに単身突入する。
CARシステム。
銃を体の中心に引き付け、走りながら撃つ。
一人、また一人と倒していく。
敵の銃を奪い、それで次の敵を撃つ。
流れるような動き。
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「すげえ......」
川島が呟いた。
「ジョン・ウィックじゃん」
「ジョン・ウィックだな」
「でも、隊長の動きに似てる」
「似てるな。ちゃんと研究したんだろう」
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柏木は無言で見ていた。
感動していた。
自分の戦い方が、映画になっている。
キアヌ・リーブスが、自分を演じている。
「......夢みたいだ」
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次のシーン。
巨大なロシア人が映った。
金髪。無精髭。190センチ超え。
ドルフ・ラングレン。
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「ニコライ。元ロシア軍。火力の権化」
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ニコライが目を見開いた。
「ドルフ・ラングレン......」
「お前を演じてるな」
「ロッキーのドラゴだぞ」
「知ってる」
「エクスペンダブルズの」
「知ってる」
「......最高だ」
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画面の中で、ドルフ演じるニコライが戦っていた。
両手に軽機関銃。
PKMを二丁。
同時に撃っている。
弾幕が敵を薙ぎ払う。
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「二丁撃ち!?」
本物のニコライが叫んだ。
「俺、そんなことしてないぞ!」
「映画だからな」
「いや、でも、物理的に無理だろう! PKMは10キロ以上あるんだぞ!」
「ドルフだからできるんだ」
「......まあ、かっこいいからいいか」
「いいだろう」
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映画は、派手なアクションの連続だった。
爆発。銃撃戦。カーチェイス。
白いハンヴィーが敵を蹴散らす。
ヘリからの強襲。
建物の崩壊。
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「ハリウッドだな」
マルティネスが言った。
「派手すぎる」
「でも、楽しいだろう」
「楽しい」
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男性陣は、完全に映画に夢中だった。
ジョンソンは、デンゼルが映るたびに歓声を上げた。
ニコライは、ドルフの二丁撃ちに興奮した。
柏木は、キアヌのアクションに見入っていた。
川島は、自分が映画に出ていないことを少し残念がっていた。
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そして、問題のシーンが来た。
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ユーキが、一人の女性と出会う。
タイ人。美しい。長い黒髪。知的な目。
タイの人気女優が演じていた。
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「私はサイ。ジャーナリストよ。あなたたちのことを取材したいの」
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ユーキは最初、冷たく断る。
だが、サイは諦めない。
何度も接触してくる。
次第に、二人の距離が縮まっていく。
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「ユーキ、あなたはなぜ戦うの」
「......正しいことをしたいからだ」
「正しいこと?」
「ああ。俺は日本で報われなかった。だが、ここでは違う」
「タイで、あなたは報われている?」
「......ああ」
二人の目が合う。
音楽が流れる。
キスシーン。
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「えっ」
食堂の空気が、凍った。
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サラの顔が、無表情になっていた。
完全に、無表情。
だが、拳が震えていた。
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「......何、これ」
サラの声は、静かだった。
静かすぎた。
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「映画だから......」
ジョンソンが言いかけた。
「黙って」
「はい」
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マリーも、無表情だった。
だが、目が据わっていた。
狙撃手の目だ。
獲物を狙う時の目だ。
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「......ジャーナリスト」
マリーが呟いた。
「なぜ、ジャーナリストなんだ」
「映画だから......」
「私たちは、一緒に戦っている。命を懸けて。なのに、ヒロインはジャーナリスト?」
「ま、まあ、創作だし......」
「創作?」
マリーの声が低くなった。
「創作なら、何をしてもいいのか」
「いや、そういうわけでは......」
「私たちは、映画に出ていない。女性隊員は、一人も出ていない」
「......」
「なのに、架空のジャーナリストがヒロインになっている」
「......」
「これは、侮辱だ」
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ニコライが、そっとジョンソンに耳打ちした。
「やばいぞ」
「分かってる」
「マリーが怒ってる」
「見れば分かる」
「あいつ、『興味ない』って言ってたよな」
「言ってた」
「嘘だったな」
「嘘だった」
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映画は続いていた。
クライマックス。
ユーキとサイが、敵のボスと対峙する。
サイが人質に取られる。
ユーキが単身で乗り込む。
激しい戦闘。
そして、サイを救出。
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「ユーキ、愛してる」
「俺も......愛している」
二人が抱き合う。
エンドロール。
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映画が終わった。
沈黙。
長い沈黙。
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「面白かった......な」
川島が、恐る恐る言った。
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サラが立ち上がった。
「私、部屋に戻るわ」
「サラ......」
「何でもないの。ただ、少し疲れただけ」
サラは出ていった。
ドアが、静かに閉まった。
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マリーも立ち上がった。
「私も戻る」
「マリー......」
「製作会社にメールを送る」
「メール?」
「抗議のメールだ」
「抗議って......」
「事実に基づいていない。女性隊員を無視している。ヒロインの設定が不適切。以上」
マリーは出ていった。
足音が、廊下に響いた。
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残された男性陣は、顔を見合わせた。
「......やばいな」
ニコライが言った。
「やばい」
「サラは、まだ分かる。十二年前から柏木を想ってるからな」
「うん」
「だが、マリーは」
「興味ないって言ってたよな」
「言ってた」
「嘘だったな」
「完全に嘘だった」
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柏木は、困惑していた。
「......俺、何かしたか」
「お前は何もしていない」
「じゃあ、なぜ怒ってる」
「映画のせいだ」
「映画?」
「お前のヒロインが、架空のジャーナリストになってるからだ」
「俺は何も......」
「お前は何も悪くない。だが、女は怒っている」
「......意味が分からない」
「俺たちにも分からない」
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ジョンソンが言った。
「明日から、気をつけろ」
「何を」
「サラとマリーに」
「何を気をつけるんだ」
「分からない。だが、気をつけろ」
「......」
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その夜。
マリーは、パソコンの前に座っていた。
メールを書いていた。
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「製作会社殿。
貴社が制作した映画『WHITE STRIKE』について、以下の点を指摘する。
一、本作品は、実在の部隊をモデルにしているが、女性隊員が一人も登場しない。これは事実に反する。
二、主人公の恋人役として、架空のジャーナリストが設定されている。しかし、実際の部隊には、主人公と長年の信頼関係を持つ女性隊員が存在する。
三、アクションシーンにおいて、軽機関銃の二丁撃ちは物理的に不可能である。PKMの重量を考慮していない。
四、主人公の眼帯は左目であるべきだが、映画では右目になっている。
以上の点について、訂正を求める。
王室犯罪対策局特別強襲部隊 マリー・デュポン」
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マリーは、送信ボタンを押した。
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そして、もう一通。
別のメールを書き始めた。
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「追伸。
続編を制作する場合、女性隊員を登場させることを強く推奨する。
特に、フランス出身の狙撃手は、重要なキャラクターとなり得る。
参考までに、彼女の戦績を添付する。
狙撃成功率:百パーセント。
最長狙撃距離:千三百メートル。
確保に貢献した敵:四十七人。
以上。」
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マリーは、送信ボタンを押した。
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隣の部屋。
サラも、パソコンの前に座っていた。
メールを書いていた。
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「製作会社様。
映画『WHITE STRIKE』を拝見しました。
アクションシーンは素晴らしかったです。
しかし、一点、重大な問題があります。
主人公ユーキの恋人役についてです。
実際の部隊には、主人公と十二年来の関係を持つ女性隊員がいます。
彼女は、主人公と共に戦い、命を懸けてきました。
その存在を無視し、架空のジャーナリストをヒロインにしたことは、極めて不適切です。
続編では、この点を改善することを強く要望します。
敬具。
王室犯罪対策局特別強襲部隊 サラ・コールマン
追伸:私の役は、シャーリーズ・セロンでお願いします。」
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サラは、送信ボタンを押した。
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翌朝。
食堂。
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空気が重かった。
サラとマリーは、柏木を見ていなかった。
見ていないふりをしていた。
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柏木は困惑していた。
「......おはよう」
「おはよう」
サラの返事は、短かった。
マリーは、無言だった。
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ニコライがジョンソンに耳打ちした。
「まだ怒ってるな」
「怒ってる」
「いつまで続くんだ」
「分からない」
「柏木が可哀想だ」
「可哀想だが、俺たちにできることはない」
「ないな」
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ファリダーが、困惑した顔で言った。
「あの......私は映画、面白かったと思いますけど」
「ファリダー、黙れ」
サラが言った。
「は、はい」
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ナターシャが小声で言った。
「私も面白かったと思うけど......」
「ナターシャ」
マリーが振り向いた。
「は、はい」
「あなたは、アレクセイがいるでしょう」
「い、います」
「なら、黙って」
「はい」
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ラッタナーは、完全に黙っていた。
関わりたくなかった。
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一週間後。
Netflixから返信が来た。
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「マリー・デュポン様、サラ・コールマン様。
貴重なご意見をいただき、ありがとうございます。
続編の制作が決定しました。
女性隊員の登場について、前向きに検討いたします。
キャスティングについては、追ってご連絡いたします。
敬具。」
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マリーは、少しだけ笑った。
「......悪くない」
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サラも、少しだけ笑った。
「続編があるのね」
「あるらしい」
「シャーリーズ・セロン、本当に来るかしら」
「来るといいな」
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柏木は、まだ困惑していた。
「......結局、何が起きたんだ」
「お前は知らなくていい」
ニコライが言った。
「知らなくていい?」
「知らなくていい。そういうことだ」
「......」
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平和が、少しだけ戻った。




