第15話 実戦
訓練が終わった。
三ヶ月。
四十四人全員が、同じレベルで戦えるようになった。
---
そして、実戦の日が来た。
---
---
バンコク。
通信指令室。
---
川島が叫んだ。
「緊急通報! チョンブリー県! 工場占拠!」
「詳細を」
ハーパーが駆け寄った。
「武装集団が化学工場を占拠。人質は従業員四十人以上。犯人の数は不明。武装している」
「化学工場?」
「アンモニア製造工場です。爆発したら、半径五キロが危険区域になる」
---
柏木が立ち上がった。
「出動だ」
---
---
三十分後。
チョンブリー県。
アンモニア製造工場。
---
突撃隊が到着した。
ハンヴィー四台。UH-1一機。
そして、白いBMW R1250 GS Adventureが一台。
---
瀧本は、バイクの上でヘルメットのバイザーを上げた。
日本から取り寄せたArai製の白バイ用ヘルメット。
白バイ隊用のロングブーツ。
プレートキャリア。
腰にはM93R。
---
「状況は」
柏木が聞いた。
「犯人は推定十五人から二十人」
ルノーが双眼鏡を下ろした。
「武装は自動小銃。一部にRPGを確認」
「RPG?」
「爆発物を持っている。工場を吹き飛ばす気だ」
---
「要求は」
「金だ。五億バーツ。払わなければ、工場を爆破すると」
「五億バーツか」
「そして、人質を殺すと」
---
柏木は工場を見た。
巨大な施設。複数の建屋。パイプが複雑に絡み合っている。
「正面突入は難しいな」
「難しい。RPGを撃たれたら、タンクに引火する」
「静かに近づく必要がある」
---
瀧本が口を開いた。
「俺に任せろ」
全員が瀧本を見た。
「任せる?」
「ああ。俺が先に突入する。注意を引きつける」
「注意を引きつける? お前一人で?」
「一人でいい。バイクがある」
---
柏木は瀧本を見た。
「......できるか」
「できる。俺を信じろ」
「死ぬなよ」
「死なない。生きる気満々だ」
---
---
作戦が決まった。
---
第一段階。瀧本が単独で突入。注意を引きつける。
第二段階。マリーが狙撃支援。RPG持ちを優先的に排除。
第三段階。柏木チームが正面から突入。
第四段階。ニコライチームが裏口から突入。
第五段階。人質確保。
---
「全員、準備はいいか」
「了解」
「では、始める」
---
---
瀧本はバイクのエンジンをかけた。
BMW R1250 GS Adventure。
1254cc。136馬力。
白い車体が、陽光を反射した。
---
「瀧本、聞こえるか」
無線から柏木の声が聞こえた。
「聞こえる」
「無茶はするな」
「無茶じゃない。計算だ」
「計算?」
「俺の計算では、俺は死なない。だから無茶じゃない」
「......そういうことにしておく」
---
瀧本はバイザーを下ろした。
アクセルを開けた。
---
白いバイクが、疾走を始めた。
---
---
工場の正門に向かって、まっすぐ。
時速百キロ。
門を突き破った。
---
「何だ!?」
犯人たちが叫んだ。
「バイクだ! バイクが来た!」
---
瀧本は減速しなかった。
建屋と建屋の間を駆け抜けた。
パイプの下をくぐった。
階段を駆け上がった。
---
「撃て! 撃て!」
銃声が響いた。
弾丸が飛んできた。
---
瀧本は身を低くした。
バイクを左に傾けた。
弾丸をかわした。
---
「当たらねえな」
独り言を言った。
「止まってる的を撃つのは簡単だ。だが、動いてる的は難しい」
---
犯人が三人、前方に現れた。
AKを構えている。
---
瀧本はアクセルを全開にした。
バイクが加速した。
---
最初の犯人の横を通り過ぎざま、M93Rを抜いた。
三点バースト。
命中。
---
二人目。
バイクを急旋回させた。
後輪が犯人の足を払った。
転倒。
---
三人目。
バイクから飛び降りた。
空中でM93Rを構えた。
撃った。
命中。
---
着地。
バイクは慣性で前に進んでいた。
走って追いついた。
飛び乗った。
---
「三人、制圧」
無線で報告した。
---
---
「瀧本が注意を引きつけている。今だ」
柏木の声が響いた。
---
正面から、柏木チームが突入した。
柏木、サラ、ファリダー、デイヴィッド。
---
裏口から、ニコライチームが突入した。
ニコライ、ジョンソン、マルティネス、ヨナタン。
---
屋上から、マリーが狙撃を開始した。
AI AXMC。.338ラプア・マグナム。
---
「RPG持ち、確認」
マリーの冷静な声。
「排除する」
---
銃声。
一人の犯人が倒れた。
RPGが地面に落ちた。
---
「RPG持ち、一人目排除」
「二人目、発見」
「排除する」
---
銃声。
また一人、倒れた。
---
---
瀧本は建屋の中に突入していた。
バイクで。
---
廊下を走った。
ドアを突き破った。
階段を駆け上がった。
---
「狂ってる......」
犯人の一人が呟いた。
「建物の中でバイクって......」
---
瀧本はその犯人の前でブレーキをかけた。
後輪がスライドした。
犯人の足を払った。
---
「狂ってないぞ」
瀧本は言った。
「合理的だ」
---
M93Rで犯人を撃った。
「四人目」
---
---
人質が監禁されている部屋を見つけた。
二階。大きな会議室。
ドアの前に、犯人が二人。
---
瀧本はバイクを加速させた。
廊下を全速力で。
---
犯人たちが振り向いた。
目が見開かれた。
---
「は?」
---
バイクが犯人に突っ込んだ。
一人目を跳ね飛ばした。
二人目は、瀧本が飛び降りざまに蹴り倒した。
---
バイクはドアに激突した。
ドアが吹き飛んだ。
---
会議室の中に、バイクが滑り込んだ。
人質たちが悲鳴を上げた。
---
瀧本は会議室に入った。
M93Rを構えた。
---
中には、犯人が三人いた。
人質を盾にしている。
---
「動くな! 撃つぞ!」
犯人のリーダーらしき男が叫んだ。
「人質を殺すぞ!」
---
瀧本は動かなかった。
「落ち着け」
「落ち着けるか! お前、建物の中でバイクで突っ込んできやがって!」
「それは謝る。ドアを壊したのは悪かった」
「そこじゃねえ!」
---
瀧本は少しずつ距離を詰めた。
「なあ、お前、名前は」
「名前?」
「そうだ。俺は瀧本だ。お前は」
「......ソムチャイだ」
「ソムチャイか。いい名前だ」
「褒めるな!」
---
瀧本はさらに一歩近づいた。
「なあ、ソムチャイ。俺は死ぬ気がないんだ」
「何?」
「死ぬ気がない。生きる気満々だ」
「何を言ってる」
「だから、お前を殺す気もない」
「......」
「銃を下ろせ。そうすれば、誰も死なない」
---
ソムチャイは迷っていた。
銃を持つ手が、少し震えていた。
---
その瞬間。
窓ガラスが割れた。
---
マリーの狙撃。
ソムチャイの右手を撃ち抜いた。
---
「ぐあああ!」
ソムチャイが銃を落とした。
---
瀧本が動いた。
残りの二人に向かって。
---
一人目の銃を払い落とした。
肘で顎を打った。
気絶。
---
二人目がナイフを抜いた。
瀧本はナイフを避けた。
腕を掴んだ。
捻った。
投げた。
---
三人全員、制圧。
---
「人質、確保」
瀧本は無線で報告した。
「全員無事だ」
---
---
三十分後。
工場は完全に制圧された。
---
犯人、十八人。
全員、確保または排除。
人質、四十三人。
全員、無事。
味方、負傷者なし。
---
「完璧だ」
ハーパーが言った。
「完璧な作戦だった」
---
柏木は瀧本を見た。
「お前、マジでバイクで建物の中を走ったな」
「走った」
「ドアを壊したな」
「壊した。弁償する」
「弁償の問題じゃない」
「じゃあ何だ」
「......お前、本当に狂ってるな」
「褒め言葉として受け取る」
---
ニコライが近づいてきた。
「瀧本、お前のバイクは」
「あれか」
瀧本は会議室を指差した。
バイクは、倒れたまま会議室の中にあった。
「まだ動くか」
「動く。BMWは頑丈だ」
「......」
---
サラが頭を抱えた。
「信じられない。建物の中でバイク。しかも、成功した」
「成功した。だから正しかった」
「論理がおかしいわ」
「おかしくない。結果が全てだ」
---
---
その夜。
拠点。
食堂。
---
祝勝会が開かれていた。
---
「乾杯!」
全員がグラスを掲げた。
「初の本格実戦、成功!」
---
瀧本は、ナリンの隣に座っていた。
「お疲れ様」
ナリンがビールを注いだ。
「ありがとう」
「怪我はなかった?」
「ない。かすり傷もない」
「よかった」
---
ナリンは少し笑った。
「テレビで見たわ。バイクで建物に突っ込んでた」
「見てたのか」
「見てた。心配した」
「心配しなくていい。俺は死なない」
「分かってる。でも、心配はする」
---
瀧本はナリンの手を握った。
「俺は、お前のために生きる。だから、死なない」
「......」
「お前と幸せになる。それが俺の計画だ」
「計画通りにいくといいね」
「いく。俺の計画は、いつも成功する」
「バイクで建物に突っ込む計画も?」
「あれも計画通りだ」
「本当に?」
「本当だ。半分くらいは」
「半分!?」
---
ナリンは笑った。
瀧本も笑った。
---
---
別のテーブル。
柏木は一人で煙草を吸っていた。
---
サラが隣に来た。
「一人?」
「一人だ」
「隣、いい?」
「いい」
---
サラは座った。
ビールを飲んだ。
---
「今日の作戦、うまくいったわね」
「うまくいった」
「瀧本のおかげね」
「瀧本のおかげだ」
「あなた、瀧本のこと気に入ってるでしょ」
「......気に入っている」
「珍しいわね。柏木が誰かを気に入るなんて」
---
柏木は煙草を吸った。
「瀧本は、俺に似ている」
「似てる?」
「正義のために、全てを捨てた。でも、生きることを諦めていない」
「......」
「俺も、そうありたいと思っている」
---
サラは柏木を見た。
「あなた、変わったわね」
「変わった?」
「昔は、もっと......暗かった」
「暗かったか」
「暗かった。感情がなかった。笑わなかった」
「......」
「今は、少し笑うようになった」
---
柏木は窓の外を見た。
「ここに来て、変わったのかもしれない」
「タイに来て?」
「ああ。日本にいた頃は、俺は一人だった」
「......」
「ここには、仲間がいる。一緒に戦う人間がいる」
「......」
「それが、俺を変えたのかもしれない」
---
サラは少し笑った。
「私も、変わったわ」
「お前も?」
「私も。CIDを辞めた時、私は終わったと思ってた」
「......」
「でも、ここに来て、また戦えるようになった」
「......」
「あなたのおかげよ」
---
柏木はサラを見た。
「俺のおかげか」
「そうよ。あなたが私を拾ってくれた」
「拾ったのは、ジョンソンだ」
「でも、受け入れてくれたのは、あなた」
---
二人は黙って、酒を飲んだ。
---
「ねえ、柏木」
「何だ」
「私、あなたのこと......」
---
その時。
マリーが近づいてきた。
---
「柏木、隣、いい?」
「......いい」
---
マリーはサラの反対側に座った。
空気が、少し冷たくなった。
---
「今日の狙撃、良かった」
柏木が言った。
「ありがとう。RPG持ちを二人、排除できた」
「お前のおかげで、爆発を防げた」
「チームワークよ」
---
サラは黙っていた。
マリーも黙っていた。
柏木は、二人の間に挟まれていた。
---
「......」
「......」
「......」
---
柏木は煙草を深く吸った。
「俺、ちょっと外に出る」
「え?」
「煙草を吸いに」
「ここで吸ってたじゃない」
「外で吸いたくなった」
---
柏木は立ち上がった。
逃げるように、食堂を出た。
---
サラとマリーが残された。
二人は、互いを見た。
---
「......」
「......」
---
マリーが口を開いた。
「サラ」
「何」
「私たち、話し合うべきじゃない?」
「話し合う? 何を」
「柏木のこと」
---
サラは黙った。
マリーも黙った。
---
「......後でね」
サラが言った。
「今は、祝勝会だから」
「そうね。後で」
---
二人は、ぎこちなく笑った。
---
---
外。
拠点の屋上。
---
柏木は煙草を吸っていた。
夜風が吹いていた。
---
「逃げたな」
声が聞こえた。
瀧本だった。
---
「逃げた」
「女二人に挟まれて、逃げるとは」
「仕方ない」
「仕方ないか」
---
瀧本は柏木の隣に立った。
「サラとマリーか」
「そうだ」
「どっちが好きなんだ」
「......分からない」
「分からない?」
「分からない。考えたことがない」
---
瀧本は笑った。
「お前、戦闘では天才だけど、恋愛では馬鹿だな」
「うるさい」
「事実だ」
---
柏木は煙草を吸った。
「お前は、ナリンとどうやって付き合い始めたんだ」
「俺か?」
「ああ」
「俺は、ナリンを守った。山本から」
「それで?」
「それで、ナリンが俺を好きになった。俺もナリンを好きになった」
「シンプルだな」
「シンプルだ。恋愛は、シンプルなんだよ」
---
「シンプルか」
柏木は呟いた。
「俺には、難しい」
---
「難しく考えるな」
瀧本は言った。
「どっちと一緒にいたいか。それだけだ」
「それだけ?」
「それだけだ」
---
柏木は黙っていた。
---
「まあ、急ぐ必要はない」
瀧本は続けた。
「戦闘中じゃないんだ。ゆっくり考えろ」
「......そうだな」
---
二人は、夜空を見上げた。
星が瞬いていた。
---
「瀧本」
「何だ」
「お前、いい奴だな」
「知ってる」
「自分で言うな」
「事実だから言う」
---
柏木は少し笑った。
瀧本も笑った。
---
夜風が、二人の間を吹き抜けていった。




