第10話 改革
ハーパーとルノーが着任して、三日目。
二人は、拠点内を視察していた。
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「ひどいな」
ハーパーが言った。
「ひどい」
ルノーが同意した。
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通信指令室。
機材が乱雑に置かれている。
配線がむき出し。
マニュアルがない。
シフト表がない。
引継ぎ手順がない。
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「これで、どうやって回していたんだ」
「根性だ」
川島が答えた。
「根性?」
「はい。気合と根性で、何とかしていました」
「......」
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ハーパーは頭を抱えた。
「米軍なら、即座に懲戒処分だ」
「懲戒処分......」
「冗談じゃない。本気だ」
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ルノーが言った。
「まず、ここから立て直す」
「そうだな」
「一週間で、形にする」
「一週間か。厳しいが、やるしかない」
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改革が始まった。
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初日。
ハーパーが通信指令室を改造した。
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「配線を整理しろ」
「はい」
「機材の配置を変える。動線を確保しろ」
「動線?」
「人が動く経路だ。今の配置だと、通報を受けながら地図を確認できない」
「確かに......」
「机を並べ替える。通信担当と分析担当を隣に配置。情報共有を即座にできるようにする」
「了解です」
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二日目。
ルノーがシフト表を作成した。
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「今まで、シフトはどうしていた」
「適当に決めていました」
「適当?」
「はい。誰かが疲れたら、交代する感じで」
「......」
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ルノーは紙を広げた。
「これが新しいシフト表だ」
「これは......」
「八時間三交代制。通信担当二人、分析担当一人を常時配置」
「二人と一人?」
「そうだ。一人だと、トイレにも行けない。最低二人は必要だ」
「確かに......」
「休憩時間も明確にする。二時間ごとに十五分。これを厳守しろ」
「了解です」
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三日目。
ハーパーがマニュアルを作成した。
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「通報受付マニュアル」
分厚い冊子だった。
「これは......」
「通報を受けた時の手順だ。最初に何を聞くか、どう記録するか、誰に報告するか。全て書いてある」
「今まで、こういうのはなかったです」
「なかったから、混乱した」
「......」
「これを読め。暗記しろ。そして、実行しろ」
「了解です」
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四日目。
ルノーが優先順位判断基準を策定した。
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「出動要請の判断基準」
壁に大きな表が貼られた。
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「Aランク。即時出動。人質事件、テロ、重武装犯」
「Bランク。状況により出動。武装強盗、立てこもり、銃撃戦」
「Cランク。地元警察対応。その他の犯罪」
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「これは、柏木隊長が作ったものと同じでは」
川島が言った。
「骨格は同じだ。だが、詳細が違う」
「詳細?」
「各ランクの判断基準を、数値化した」
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ルノーは表を指差した。
「人質の人数、犯人の武装レベル、現場までの距離、地元警察の対応能力。これらを点数化する」
「点数化」
「そうだ。合計点が一定以上なら、出動。以下なら、地元に任せる」
「感覚ではなく、数字で判断するんですね」
「そうだ。感覚は、疲労で鈍る。数字は、鈍らない」
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五日目。
ハーパーが隊員たちを集めた。
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「作戦報告書のフォーマットを統一する」
「フォーマット?」
「今まで、報告書はどう書いていた」
「各自、適当に......」
「適当に?」
「はい」
「......」
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ハーパーはテンプレートを配った。
「これが新しいフォーマットだ。日時、場所、犯人数、人質数、使用武器、作戦経過、結果、反省点。全て、この順番で書け」
「これを毎回?」
「毎回だ。作戦が終わったら、二十四時間以内に提出」
「二十四時間......」
「遅れたら、俺が書かせる。手書きで。三回」
「三回」
「そうだ。嫌なら、期限を守れ」
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六日目。
ルノーが補給システムを整備した。
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「弾薬の在庫管理は」
「ダニエルがやっています」
「在庫表は」
「......ありません」
「ない?」
「頭の中にあります」
「頭の中?」
「はい。ダニエルが全部覚えています」
「......」
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ルノーは溜息をついた。
「ダニエルが倒れたら、どうする」
「......」
「ダニエルが死んだら、どうする」
「......」
「在庫表を作れ。紙でもデジタルでもいい。とにかく、記録を残せ」
「了解です」
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七日目。
二人は、柏木を呼んだ。
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「報告する」
ハーパーが言った。
「聞こう」
「通信指令室の改革が完了した。シフト表、マニュアル、判断基準、全て整備した」
「早いな」
「これでも遅い方だ。米軍なら、三日で終わる」
「......」
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ルノーが続けた。
「報告書フォーマット、補給管理システムも整備した」
「ありがとう」
「礼は要らない。これが俺たちの仕事だ」
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柏木は二人を見た。
「正直に言う」
「何だ」
「俺たちは、運営を舐めていた。戦闘ができれば、それでいいと思っていた」
「知っている」
「だが、お前たちが来て、目が覚めた」
「......」
「感謝している」
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ハーパーは少し笑った。
「柏木、お前は戦闘の天才だ。だが、運営は俺たちに任せろ」
「ああ」
「餅は餅屋だ。お前は撃つことに集中しろ。俺たちが、後ろを支える」
「頼む」
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改革の効果は、すぐに現れた。
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通信指令室。
川島が通報を受けていた。
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「こちら王室犯罪対策局。通報内容をお聞きします」
手元にはマニュアル。
「場所は。犯人の人数は。武装の有無は。人質はいますか」
質問項目が明確になっていた。
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通報が終わった。
隣のカルロスに、すぐに情報を共有。
カルロスが判断基準表を確認。
「Bランク。合計点は......十八点。出動基準ギリギリだ」
「出動するか、地元に任せるか」
「ハーパー少佐に確認する」
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ハーパーが判断した。
「地元警察の対応能力は」
「バンコク中央警察。SWATあり」
「なら、任せろ。俺たちは、より緊急度の高い案件に備える」
「了解」
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判断が明確だった。
迷いがなかった。
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一週間後。
局長に報告。
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「状況は」
「改善しました」
柏木が答えた。
「具体的には」
「一日の出動要請、平均二十二件。対応件数、十二件。地元警察への振り分け、十件」
「対応率が上がったな」
「はい。以前は三分の一。今は半分以上です」
「通信担当の負荷は」
「大幅に軽減しました。シフト制が機能しています」
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局長は頷いた。
「ハーパーとルノーのおかげか」
「そうです」
「やはり、餅は餅屋だな」
「痛感しています」
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夜。
拠点の食堂。
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ハーパーとルノーが、ビールを飲んでいた。
他の隊員たちも集まっていた。
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「お疲れ様です」
川島がビールを持ってきた。
「ああ、ありがとう」
「本当に助かりました。今まで、どれだけ無茶をしていたか......」
「無茶というか、無知だったな」
「無知......」
「悪い意味じゃない。お前たちは、戦闘のプロだ。運営のプロじゃない。知らないことは、恥じゃない」
「......ありがとうございます」
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ニコライがルノーに聞いた。
「外人部隊では、こういう運営を学ぶのか」
「学ぶ。将校になるには、戦闘だけでなく、運営も学ばなければならない」
「ロシア軍では、将校は命令するだけだった」
「命令するだけ?」
「そうだ。計画は参謀が立てる。補給は後方部隊がやる。将校は、ただ『突撃しろ』と言うだけ」
「......それで、戦えるのか」
「戦える。だが、効率は悪い」
「だろうな」
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ジョンソンがハーパーに聞いた。
「お前、タイに来て後悔していないか」
「後悔?」
「ああ。モンタナの牧場は、静かだっただろう」
「静かだった」
「ここは、騒がしい」
「騒がしい」
「それでも、来てよかったか」
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ハーパーは少し考えた。
「......分からない」
「分からない?」
「正直に言う。まだ、分からない」
「......」
「だが、一つだけ言える」
「何だ」
「ここには、目的がある。牧場にはなかった」
「目的」
「そうだ。人を守るという目的が。俺には、それが必要だったのかもしれない」
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ルノーも言った。
「俺も同じだ」
「同じ?」
「ブドウを摘んでいても、何も変わらなかった。毎日、同じことの繰り返し」
「......」
「ここでは、毎日が違う。毎日、誰かを助けている」
「......」
「それが、俺には必要だった」
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柏木が二人を見た。
「......ありがとう」
「また礼か」
「何度でも言う。お前たちが来てくれて、本当に助かった」
「礼は仕事で返せ」
「返す」
「期待している」
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深夜。
通信指令室。
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通報が入った。
「こちらプーケット警察。武装グループがリゾートホテルを占拠。人質多数。至急、応援を」
「了解。詳細を」
「犯人、推定十人。自動小銃で武装。人質は五十人以上」
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川島が判断基準表を確認した。
「Aランク。合計点、四十二点。即時出動」
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ハーパーが立ち上がった。
「全員、起こせ。出動だ」
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サイレンが鳴った。
隊員たちが、装備を身につけ始めた。
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日常は続く。
だが、もう、崩壊寸前ではない。
組織が、機能し始めていた。




