第9話 追跡
アメリカ。テキサス州。
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柏木とジョンソンは、レンタカーで移動していた。
広大な平原が、どこまでも続いている。
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「ハーパーの最後の居場所は」
柏木が聞いた。
「ヒューストン。民間軍事会社の本社があった」
「辞めた後は」
「分からない。実家に帰ったかもしれない」
「実家は」
「テキサス州オースティン。今、そこに向かっている」
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三時間後。
オースティン郊外。
古い農場があった。
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「ここか」
「ここだ。ハーパー家の農場」
車を降りた。
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玄関をノックした。
しばらくして、老婆が出てきた。
「何の用だい」
「ウィリアム・ハーパーさんを探しています」
「ウィリアム? 息子かい」
「はい」
「いないよ」
「どこに」
「知らないね。半年前に出ていった。どこに行ったか、教えてくれなかった」
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柏木とジョンソンは顔を見合わせた。
「連絡は取れますか」
「取れないよ。電話も出ない。手紙も返ってこない」
「......」
「あの子は、戦争から帰ってきてから、ずっとおかしかった」
「おかしい?」
「夜中に叫ぶ。酒を飲む。誰とも話さない。PTSDってやつだろう」
「......」
「民間軍事会社に入ったけど、すぐ辞めた。『金のために人を殺すのは嫌だ』って」
「それで、どこに」
「分からないって言ってるだろう。あんたたち、何者だい」
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ジョンソンが答えた。
「元同僚です。ウィリアムに、仕事を紹介したいんです」
「仕事?」
「はい。正義のために働く仕事です」
「正義......」
老婆は少し黙った。
「あの子は、正義って言葉が嫌いだよ」
「なぜ」
「アフガンで、正義のために戦ったつもりだった。でも、何も変わらなかった。それで、正義って言葉を信じなくなった」
「......」
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老婆は溜息をついた。
「一つだけ、心当たりがある」
「何ですか」
「モンタナ。あの子の友人が、モンタナに牧場を持っている。そこにいるかもしれない」
「友人の名前は」
「トム・ブレイディ。軍で一緒だったらしい」
「ありがとうございます」
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同じ頃。
アフリカ。コートジボワール。
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マリーとニコライは、アビジャンの空港に降り立った。
熱気が、体にまとわりつく。
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「ルノーの最後の居場所は」
ニコライが聞いた。
「コンゴ民主共和国。傭兵として活動していた」
「今は」
「分からない。辞めた後、消息が途絶えた」
「手がかりは」
「一つだけ。ルノーが所属していた傭兵会社の事務所が、ここアビジャンにある」
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タクシーで移動した。
アビジャンの市街地。混沌とした街並み。
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傭兵会社の事務所は、雑居ビルの三階にあった。
ドアをノックした。
返事がない。
もう一度ノックした。
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ドアが開いた。
白人の男が出てきた。五十代。禿頭。葉巻を咥えている。
「何の用だ」
「ジャン=ピエール・ルノーを探しています」
「ルノー?」
「ここで働いていたはずです」
「......中に入れ」
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事務所は狭かった。
机が二つ。ファイルキャビネット。壁に地図。
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「お前ら、何者だ」
男が聞いた。
「元同僚です」
マリーが答えた。
「外人部隊か」
「はい」
「ルノーに何の用だ」
「仕事を紹介したい」
「仕事? ルノーは、もう傭兵をやらないと言っていたぞ」
「傭兵ではありません。別の仕事です」
「別の仕事?」
「正義のために戦う仕事です」
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男は笑った。
「正義? 傭兵に正義はない。金だけだ」
「だから、傭兵ではないと言っています」
「......」
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男は葉巻をふかした。
「ルノーは、一ヶ月前に辞めた」
「なぜ」
「コンゴでの任務中に、民間人を殺した」
「......」
「敵と間違えた。子供だった」
「......」
「それ以来、ルノーは変わった。『もう人を殺すのは嫌だ』と言って、辞めた」
「今、どこに」
「知らない。ただ......」
「ただ?」
「『南アフリカに行く』と言っていた。ケープタウンに、知り合いがいるらしい」
「知り合いの名前は」
「知らない」
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マリーとニコライは顔を見合わせた。
「ケープタウンか」
「南アフリカだ。遠いな」
「行くしかない」
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アメリカ。モンタナ州。
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柏木とジョンソンは、さらに北へ移動していた。
モンタナの大地。山々。牧草地。
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トム・ブレイディの牧場は、山の麓にあった。
牛が草を食んでいる。
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車を降りた。
納屋から、男が出てきた。
四十代。がっしりした体格。カウボーイハットを被っている。
「何の用だ」
「トム・ブレイディさんですか」
「そうだ」
「ウィリアム・ハーパーさんを探しています」
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トムの表情が変わった。
「ウィルか」
「はい。ここにいますか」
「......」
トムは黙っていた。
「いるんですね」
「いる。だが、誰にも会いたくないと言っている」
「会わせてください。大事な話があります」
「大事な話?」
「仕事の話です」
「ウィルは、もう仕事をする気がない」
「それでも、会わせてください」
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トムは溜息をついた。
「......あいつは、壊れている」
「壊れている?」
「戦争で壊れた。アフガンで部下を失って、それ以来ずっと」
「......」
「民間軍事会社で働いていたが、余計に悪化した。金のために人を殺すのが、耐えられなかったらしい」
「だから、ここに」
「ああ。ここで、何もせずに過ごしている。毎日、酒を飲んで、山を眺めている」
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ジョンソンが言った。
「俺も、同じだった」
「何?」
「俺も、戦争で壊れた。部下を失った。酒に溺れた。何度も死のうと思った」
「......」
「だが、今は違う。タイで、本当の仕事を見つけた。正義のために戦う仕事を」
「正義?」
「ああ。金のためじゃない。人を守るための仕事だ」
「......」
「ウィルにも、その仕事を紹介したい。彼なら、できると思う」
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トムは黙っていた。
長い沈黙の後、口を開いた。
「......分かった。会わせてやる」
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牧場の奥。
小さな小屋があった。
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ドアをノックした。
返事がない。
「ウィル、客だ」
トムが叫んだ。
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しばらくして、ドアが開いた。
男が出てきた。
四十代前半。痩せている。目の下に隈。無精髭。
ウィリアム・ハーパー。
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「誰だ」
声がかすれていた。
「俺はジョンソン。元CIDだ」
「CID?」
「こっちは柏木。元日本軍特殊部隊」
「日本軍?」
「自衛隊だ」
「......何の用だ」
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「仕事の話だ」
ジョンソンが言った。
「仕事? 俺はもう、仕事をする気はない」
「聞いてくれ」
「聞く必要はない」
「五分だけ」
「......」
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ハーパーは、渋々、中に入れた。
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小屋の中は、荒れていた。
空き瓶が転がっている。ベッドはぐちゃぐちゃ。窓は閉め切られている。
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「話せ」
ハーパーが言った。
「座っていいか」
「好きにしろ」
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ジョンソンが話し始めた。
「俺たちは、タイで特殊部隊をやっている」
「タイ?」
「ああ。王室犯罪対策局。麻薬組織、人身売買、テロ、そういうものと戦っている」
「......」
「金のためじゃない。人を守るためだ」
「......」
「だが、問題がある」
「問題?」
「俺たちは、戦闘はできる。だが、組織運営ができない」
「......」
「将校経験者が必要だ。部隊を動かせる人間が」
「俺に、その役をやれと?」
「ああ」
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ハーパーは笑った。
乾いた笑いだった。
「無理だ」
「なぜ」
「俺は壊れている。部下を殺した。自分の判断ミスで」
「......」
「それ以来、何も信じられなくなった。正義も、国も、自分自身も」
「......」
「俺に、部隊を任せる気か? また、部下を殺すぞ」
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柏木が口を開いた。
「俺も、部下を殺した」
ハーパーが柏木を見た。
「ウクライナで。非公式の作戦中に、三人の部下を失った。俺の判断ミスで」
「......」
「それ以来、俺も壊れた。感情を殺して、無愛想になった。誰も信じられなくなった」
「......」
「だが、タイで変わった」
「変わった?」
「ああ。正義のために戦える場所を見つけた。信じられる仲間を見つけた。王に認められた」
「......」
「お前も、変われる。タイに来れば」
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ハーパーは黙っていた。
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「考えてくれ」
柏木は名刺を置いた。
「連絡先だ。決心がついたら、連絡してくれ」
「......」
「俺たちは、一週間後にタイに戻る。それまでに、決めてくれ」
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柏木とジョンソンは、小屋を出た。
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同じ頃。
南アフリカ。ケープタウン。
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マリーとニコライは、ケープタウンの港にいた。
テーブルマウンテンが、背後にそびえている。
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「ルノーの知り合いは」
ニコライが聞いた。
「分からない。名前すら分からない」
「どうやって探す」
「外人部隊の関係者を当たるしかない。ケープタウンには、元部隊員が何人かいるはずだ」
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三日間、二人は聞き込みを続けた。
バー。退役軍人のクラブ。傭兵のたまり場。
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四日目。
ようやく、手がかりを掴んだ。
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「ルノー? 知ってるよ」
バーの常連客が言った。白人の男。六十代。元傭兵。
「どこにいる」
「ここから二十キロ北。ワイナリーで働いている」
「ワイナリー?」
「ああ。ブドウを摘んでいるらしい。『静かに暮らしたい』と言っていた」
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翌日。
ワイナリー。
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広大なブドウ畑が広がっていた。
遠くに、山々が見える。
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マリーとニコライは、畑の中を歩いた。
働いている人々の中に、ルノーを探した。
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「あそこだ」
マリーが指差した。
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男がいた。
五十代。短い白髪。日焼けした肌。
ブドウを摘んでいる。
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近づいた。
「ジャン=ピエール・ルノー」
マリーが呼んだ。
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男が振り向いた。
目が鋭い。だが、どこか疲れている。
「誰だ」
「マリー・デュポン。元外人部隊」
「外人部隊か」
「話がある」
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ルノーは、ブドウを籠に入れた。
「俺は、もう傭兵はやらない」
「傭兵の話じゃない」
「なら、何だ」
「正義の話だ」
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ルノーは笑った。
苦い笑いだった。
「正義? 俺に、正義を語る資格はない」
「なぜ」
「子供を殺した。民間人を殺した。俺の手は、血で汚れている」
「......」
「だから、ここにいる。静かに暮らすために」
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マリーは言った。
「私も、人を殺してきた」
「......」
「狙撃手として、数え切れないほど」
「......」
「だが、今は違う。タイで、人を守るために戦っている」
「タイ?」
「王室犯罪対策局。麻薬組織、人身売買、テロと戦う部隊だ」
「......」
「あなたの経験が必要だ。部隊運営ができる将校が」
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ルノーは黙っていた。
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ニコライが言った。
「俺もロシア軍で、多くの人間を殺した。汚い仕事もした」
「......」
「だが、タイで変わった。初めて、正しいことのために戦えるようになった」
「......」
「お前も、変われる。タイに来れば」
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ルノーはブドウ畑を見渡した。
「......ここは静かだ」
「静かだろう」
「戦いから離れて、初めて眠れるようになった」
「......」
「また戦えと言うのか」
「戦うのではない。人を守るんだ」
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長い沈黙。
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「......考えさせてくれ」
ルノーが言った。
「考えてくれ」
「連絡先は」
マリーが名刺を渡した。
「一週間後に、タイに戻る。それまでに、決めてくれ」
「......分かった」
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一週間後。
タイ。バンコク。
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柏木とジョンソンが戻ってきた。
マリーとニコライも戻ってきた。
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「結果は」
局長が聞いた。
「二人とも、見つけました」
柏木が答えた。
「だが、まだ返事が来ていません」
「返事が来なかったら」
「......分かりません」
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三日後。
柏木の携帯電話が鳴った。
アメリカからだった。
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「柏木か」
ハーパーの声だった。
「ああ」
「考えた」
「......」
「行く。タイに行く」
「本当か」
「ああ。もう一度、正しいことのために戦いたい。できるかどうか分からないが、試してみたい」
「......ありがとう」
「礼は、仕事をしてから言え」
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同じ日。
マリーの携帯電話が鳴った。
南アフリカからだった。
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「マリーか」
ルノーの声だった。
「はい」
「決めた」
「......」
「行く。タイに行く」
「本当ですか」
「ああ。ブドウを摘んでいても、何も変わらない。それなら、もう一度、人の役に立ちたい」
「......ありがとうございます」
「礼は早い。まだ何もしていない」
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二週間後。
バンコク。王室犯罪対策局本部。
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二人の男が立っていた。
ウィリアム・ハーパー。元米陸軍大尉。
ジャン=ピエール・ルノー。元フランス外人部隊大尉。
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局長が二人を見た。
「ようこそ、王室犯罪対策局へ」
「よろしくお願いします」
「お前たちには、突撃隊の運営を任せる。作戦計画、人員配置、通信管理、補給。全てだ」
「了解しました」
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「一つ、言っておく」
局長は続けた。
「お前たちは、傷ついている。それは分かっている」
「......」
「だが、ここでは、傷ついた人間が再び立ち上がれる。俺は、それを信じている」
「......」
「期待している」
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ハーパーとルノーは、顔を見合わせた。
そして、敬礼した。
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新しい仲間が、加わった。
組織は、強くなる。




