第7話 崩壊
突撃隊は、調子に乗っていた。
---
「十秒で制圧」
「三十秒で解決」
「楽勝だな」
そんな言葉が、隊員たちの口から漏れていた。
---
大規模作戦に慣れてしまった。
三百人を相手にした。装甲車を破壊した。麻薬王を逮捕した。
それに比べれば、銀行強盗や立てこもりなど、子供の遊びのようなものだ。
そう思っていた。
---
だが、現実は違った。
---
---
ある日。
局長から通達が来た。
---
「突撃隊への出動要請は、各警察署から直接連絡させる」
「直接ですか」
「そうだ。俺を経由すると、時間がかかる。緊急事態には対応できない」
「了解しました」
「通信指令室を設置しろ。二十四時間体制で、全国からの要請を受け付けろ」
「......全国から」
「そうだ。お前たちは、タイ全土の重大犯罪に対処する。それが任務だ」
---
柏木は、少し嫌な予感がした。
だが、その時は、まだ甘く見ていた。
---
---
通信指令室が設置された。
川島とカルロスが担当。
プラウィットが通訳として補助。
---
最初の日。
---
午前六時。
最初の通報が入った。
「バンコク南部。コンビニ強盗。犯人一人、ナイフで武装」
「了解。出動する」
---
午前七時。
「バンコク東部。人質立てこもり。犯人一人、拳銃で武装」
「了解」
---
午前八時。
「チェンマイ。銀行強盗未遂。犯人二人、逃走中」
「了解」
---
午前九時。
「プーケット。ホテルで爆破予告。避難誘導中」
「了解」
---
午前十時。
「パタヤ。暴力団の抗争。銃撃戦発生」
「了解」
---
午前十一時。
「アユタヤ。誘拐事件。被害者は子供」
「了解」
---
午前十二時。
「ノンタブリー。武装した男が役所に立てこもり」
「了解」
---
午後一時。
「ハジャイ。麻薬取引の現行犯。武装グループ」
「了解」
---
午後二時。
「ウドンタニー。外国人観光客の誘拐」
「了解」
---
午後三時。
「コラート。工場で人質事件」
「了解」
---
川島の顔が、青くなっていった。
---
「隊長......」
「何だ」
「通報が、止まりません」
「何件だ」
「現時点で、十五件です」
「十五件」
「まだ午後三時です」
「......」
---
午後四時。
「スラタニー。フェリー内で刃物男」
「了解」
---
午後五時。
「チェンライ。麻薬密輸グループと警察が銃撃戦」
「了解」
---
午後六時。
「バンコク中心部。ショッピングモールで爆破予告」
「了解」
---
午後七時。
「ランプーン。武装強盗団がガソリンスタンドを占拠」
「了解」
---
午後八時。
「サムイ島。リゾートホテルで人質事件」
「了解」
---
午後九時。
「バンコク北部。ギャング同士の抗争」
「了解」
---
午後十時。
「ピサヌローク。逃走中の殺人犯が民家に立てこもり」
「了解」
---
午後十一時。
「ナコンラチャシマー。武装した男が病院を占拠」
「了解」
---
深夜十二時。
川島が、机に突っ伏した。
---
「......二十三件」
「二十三件?」
「今日一日で、二十三件の出動要請がありました」
「二十三件」
「対応できたのは、八件です」
「八件」
「残り十五件は、地元警察に任せるしかありませんでした」
「......」
---
柏木は、天井を見上げた。
「......舐めてた」
「はい?」
「舐めてたんだ、俺たちは」
---
---
翌日。
緊急会議。
---
「昨日の出動要請は、二十三件」
柏木が言った。
「対応できたのは、八件。三分の一だ」
全員が黙っていた。
---
「俺たちは、十六人だ」
「はい」
「タイの面積は、五十一万平方キロメートル」
「はい」
「人口は、七千万人」
「はい」
「これを、十六人でカバーする」
「......」
「物理的に、不可能だ」
---
ニコライが言った。
「だが、やるしかないんだろう」
「やるしかない」
「どうする」
「考える」
---
---
通信指令室。
川島とカルロスは、限界だった。
---
「隊長、もう無理です」
川島が言った。
「何が無理だ」
「全部です。通報がひっきりなしに入ってきます。処理が追いつきません」
「何件だ」
「今日だけで、既に十二件。まだ午前中です」
「......」
---
カルロスが言った。
「通信機器も足りません。回線がパンクしています」
「パンク?」
「同時に五件以上の通報があると、処理できません。待たせることになります」
「待たせている間に、事件が悪化する」
「はい」
---
プラウィットが言った。
「言語の問題もあります」
「言語?」
「地方からの通報は、方言が混じっています。聞き取れないことがあります」
「......」
---
「それと」
川島が続けた。
「僕とカルロスとプラウィットの三人で、二十四時間体制を回しています」
「三人で」
「はい。八時間交代です。でも、通報が多すぎて、休憩が取れません」
「......」
「昨日、僕は十八時間連続で働きました」
「十八時間」
「カルロスは十六時間。プラウィットは十四時間」
「......」
「このままでは、僕たちが倒れます」
---
柏木は黙っていた。
---
「すまなかった」
「え?」
「俺たちは、調子に乗っていた。日常業務を舐めていた」
「隊長......」
「大規模作戦ばかりに目が行って、日常の重要性を見落としていた」
「......」
「反省している」
---
柏木は立ち上がった。
「対策を考える。お前たちは、少し休め」
「でも、通報が」
「俺が代わりに出る」
「隊長が?」
「ああ。俺だって、通信くらいできる」
「......ありがとうございます」
---
---
柏木が通信指令室に座った。
ヘッドセットを付けた。
すぐに通報が入った。
---
「こちらバンコク中央警察署。武装強盗が発生。犯人二人、拳銃で武装。人質三人」
「了解。出動部隊を編成する」
---
通報を切った。
すぐに次の通報。
---
「こちらチェンマイ警察。麻薬取引現場を発見。武装グループ、推定十人」
「了解。待機してくれ」
---
通報を切った。
また次の通報。
---
「こちらプーケット警察。ホテルで人質事件。犯人一人、ナイフで武装」
「了解」
---
柏木は、汗をかいていた。
---
「......これは、きつい」
---
三十分で、五件の通報。
全てに対応するのは、不可能だった。
---
優先順位をつけるしかない。
人質がいる案件を優先。
武装の程度が高い案件を優先。
地元警察で対応可能な案件は、任せる。
---
だが、判断に迷う案件もあった。
---
「こちらアユタヤ警察。行方不明の子供が見つかりました。犯人は逃走中。武装の有無は不明」
「......」
「出動要請しますか?」
「......地元で追跡を続けてくれ。犯人が武装していると判明したら、再度連絡を」
「了解」
---
正しい判断だったのか。
分からない。
---
「......川島たちは、毎日これをやっていたのか」
柏木は呟いた。
「舐めてた。本当に、舐めてた」
---
---
夕方。
緊急会議。再び。
---
「対策を発表する」
柏木が言った。
---
「第一。通信指令室の人員を増やす」
「増やす?」
「ナターシャとラッタナーを追加する。これで五人体制になる」
「五人でも足りないのでは」
「足りない。だが、三人よりはマシだ」
---
「第二。出動基準を明確化する」
「出動基準?」
「全ての通報に対応するのは、不可能だ。優先順位をつける」
「どうやって」
「Aランク:人質事件、テロ、重武装犯。俺たちが直接対応」
「Bランク:武装強盗、立てこもり。可能なら対応、無理なら地元警察に任せる」
「Cランク:その他。地元警察に任せる」
「......」
「厳しい判断だが、仕方ない。全部はできない」
---
「第三。機動力を上げる」
「機動力?」
「ヘリを使う。イーゴリ、毎日飛べるか」
「飛べる」
「地上移動では時間がかかりすぎる。ヘリで移動すれば、タイ全土をカバーできる」
「了解」
---
「第四。チームを分割する」
「分割?」
「二チーム制にする。アルファとブラボー。交互に出動する」
「休憩を確保するためか」
「そうだ。一チームが出動中、もう一チームは待機。休憩も取れる」
「了解」
---
「第五。地元警察との連携を強化する」
「連携?」
「俺たちだけでは、限界がある。地元警察のSWATを訓練する。彼らが対応できる案件を増やす」
「......時間がかかりますね」
「かかる。だが、長期的には必要だ」
---
「以上だ。質問は」
沈黙。
「では、明日から新体制で動く」
「了解」
---
---
その夜。
柏木は、通信指令室にいた。
川島たちを休ませて、一人で通報を受けていた。
---
「......」
通報が途切れた。
珍しく、静かな時間。
---
サラが入ってきた。
コーヒーを持っていた。
「お疲れ様」
「ああ」
「大変でしょう」
「大変だ」
---
サラはコーヒーを置いた。
「私も手伝うわ」
「いい。お前は休め」
「休んだわ。もう十分」
「......」
「一人で背負い込まないで」
「背負い込んでいない」
「背負い込んでいるわよ」
「......」
---
柏木はコーヒーを飲んだ。
「俺たちは、調子に乗っていた」
「そうね」
「大規模作戦に慣れて、日常を舐めていた」
「そうね」
「反省している」
「反省しているなら、いいじゃない。次に活かせば」
「......そうだな」
---
通報が入った。
「こちらバンコク東部警察。ナイフを持った男が暴れています」
「了解。詳細を」
「犯人一人。被害者は今のところなし。警察官が対峙中」
「武装は」
「ナイフ一本のみ」
「地元で対応可能か」
「......はい、おそらく」
「了解。対応を任せる。状況が悪化したら、再度連絡を」
「了解」
---
通報を切った。
「Cランクだな」
サラが言った。
「Cランクだ。地元で対応できる」
「判断が早くなったわね」
「慣れてきた」
「......」
---
また通報。
「こちらノンタブリー警察。銀行強盗発生。犯人三人、自動小銃で武装。人質多数」
「了解。Aランク。出動する」
柏木は立ち上がった。
「サラ、ここを頼む」
「任せて」
---
柏木は走っていった。
白い戦闘服に着替えるために。
---
日常は、続く。
大規模作戦だけが、戦いではない。
目の前の人を、一人ずつ助けていく。
それが、俺たちの仕事だ。
---
柏木は、そう思い始めていた。




