第3話 偵察
翌日。午前五時。
まだ暗い。
川島とカルロスが、小型ドローンを準備していた。
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「高度は三百メートルを維持する」
川島が言った。
「それで見つからないか」
「見つからない。この機体は小型で、音も小さい。夜明け前なら、視認もされない」
「了解」
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ドローンが離陸した。
静かに上昇していく。
モニターに映像が映った。
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サムットプラカーン県。
バンコクの南東、約三十キロ。
工業地帯の外れに、巨大な施設がある。
サイアム・ロジスティクス。
聖域。
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「見えてきた」
カルロスが言った。
モニターに、施設の全景が映った。
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敷地は広大だった。
周囲を高いフェンスが囲んでいる。有刺鉄線付き。
正門は一つ。大きな鉄の門。
裏門も一つ。小さいが、頑丈そうだ。
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「倉庫が......一、二、三......十二棟だな」
「情報通りだ」
「事務所が三棟。宿舎が二棟」
「車両は」
「数えている。トラックが......二十台以上。ピックアップが十台。それと......」
カルロスが息を呑んだ。
「装甲車が四台」
「四台か」
「ああ。BTR-60に見える」
「ソ連製か」
「古いが、まだ使える」
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柏木がモニターを覗き込んだ。
「対空ミサイルは」
「探している......あった」
画面の端に、カバーをかけられた物体があった。
「あの形は......SA-7だな」
「携帯式か」
「そうだ。肩撃ち式。二基見える」
「他にもあるかもしれない」
「あるだろうな」
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「人員は」
「今は少ない。夜明け前だから。見える範囲で......三十人くらい」
「見張りだな」
「見張りの配置は......正門に四人。裏門に二人。フェンス沿いに巡回が......八人」
「監視塔は」
「四つ。各塔に二人」
「重武装か」
「AKと......双眼鏡。暗視装置も持っているかもしれない」
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川島がドローンを操作した。
高度を少し下げる。
倉庫群に近づいていく。
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「一番大きい倉庫は......あれだな」
中央に、巨大な倉庫があった。
他の倉庫より、明らかに大きい。
「あそこが本丸だろう」
「麻薬の集積場所か」
「おそらく。警備も厳重だ」
倉庫の周りに、見張りが六人いた。
入口には、重機関銃が据えられていた。
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「DShKだな」
ニコライが言った。
「12.7ミリ。ソ連製の重機関銃だ」
「威力は」
「M2と同等。装甲車以外は貫通する」
「厄介だな」
「厄介だ」
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「他の倉庫は」
「武器庫らしいものが一つ。車両整備場が一つ。残りは......用途不明」
「麻薬の加工場かもしれない」
「かもしれない」
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カルロスがドローンを移動させた。
事務所棟に向かう。
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「三階建ての事務所。あれが本部だろう」
窓から、明かりが漏れていた。
「誰かいるな」
「早起きだな」
「麻薬王は眠らないんだろう」
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「宿舎は」
「二棟。各棟に......百人は入れるな」
「二百人が寝泊まりしている計算か」
「プラス、交代制の見張りが百人」
「合計三百人」
「情報通りだ」
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川島がドローンを上昇させた。
「バッテリーが残り三十パーセントだ。一度戻す」
「了解」
ドローンが帰還していく。
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柏木が腕を組んだ。
「初日としては、十分な情報だ」
「まだ足りないところは」
「内部構造だ。倉庫の中、事務所の中。図面がない」
「潜入するか」
「危険すぎる。別の方法を考える」
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「熱感知は使えるか」
サラが聞いた。
「使える。次のフライトで試す」
「夜間の方がいいな。人の位置が分かりやすい」
「今夜やる」
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同じ頃。
聖域。サイアム・ロジスティクス本社。
三階。社長室。
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ウィワット・チャロエンスックが、窓の外を見ていた。
六十代。痩せた体。鋭い目。
表向きは、物流会社のCEO。
実態は、東南アジア最大の麻薬王。
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「報告があります」
部下が入ってきた。
「何だ」
「王室犯罪対策局が、動いています」
ウィワットは振り返らなかった。
「知っている」
「ハンヴィーを四台、調達したそうです」
「それも知っている」
「重火器も。グレネードランチャー、対戦車ロケット......」
「全て知っている」
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ウィワットは椅子に座った。
「問題は、彼らがいつ来るか、だ」
「情報では、一週間以内と」
「一週間か」
「準備は」
「できている。三百人の兵士。装甲車四台。対空ミサイル。重機関銃。ここは要塞だ」
「突撃隊は十五人です」
「十五人」
ウィワットは笑った。
「十五人で、三百人に挑む。狂っているな」
「狂っています」
「だが、彼らは今まで負けたことがない」
「......」
「油断はするな」
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ウィワットは電話を取った。
「プラソンに繋げ」
数秒後、電話が繋がった。
「私だ」
「ウィワットか。何かあったか」
「突撃隊が動いている」
「知っている。止められなかった」
「止める必要はない。返り討ちにする」
「できるのか」
「できる。ここには三百人がいる。十五人など、蹴散らせる」
「......」
「だが、念のため、保険をかけておきたい」
「保険?」
「軍だ。ピチット中将に連絡を取れ。いざという時、援軍を出せるようにしておけ」
「軍を動かすのは難しい」
「難しくても、やれ。お前も共犯だ。ここが落ちれば、お前も終わる」
「......分かった」
電話が切れた。
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ウィワットは窓の外を見た。
夜が明け始めていた。
「来い、突撃隊」
呟いた。
「返り討ちにしてやる」
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その夜。
再びドローンが飛んだ。
今度は熱感知カメラを搭載していた。
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「人の位置が分かるな」
カルロスが言った。
モニターに、熱源が映っていた。
白い点が、施設内に散らばっている。
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「中央倉庫に......三十人以上いる」
「夜間も作業しているのか」
「麻薬の梱包か何かだろう」
「二十四時間稼働か」
「そうだな」
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「宿舎は......百五十人くらいか」
「残りは見張りと作業員」
「交代制だな」
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「事務所は」
「三階に五人。二階に十人。一階に八人」
「三階が幹部か」
「だろうな」
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川島がドローンを移動させた。
「フェンス沿いの巡回パターンを記録する」
時間をかけて、見張りの動きを追った。
「十五分周期だな」
「十五分」
「一周するのに十五分。その間に、死角ができる」
「どこだ」
「裏門の東側。三分間、見張りがいなくなる」
「三分か」
「短いが、使える」
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「対空ミサイルの位置は」
「確認した。二基は見えた。だが、予備があるかもしれない」
「どこに配置されている」
「正門の近くと、中央倉庫の屋根」
「屋根にもあるのか」
「ああ。ヘリで接近したら、撃ち落とされる」
「ヘリは使えないな」
「使えない。地上からの攻撃しかない」
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三日間、偵察を続けた。
昼と夜、交互にドローンを飛ばした。
情報が蓄積されていく。
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四日目。
作戦会議。
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「偵察結果を報告する」
川島が立ち上がった。
壁に地図と写真が貼られている。
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「敷地面積、約五万平方メートル。フェンスは高さ三メートル、有刺鉄線付き」
「出入口は正門と裏門の二つ。正門は大型車両が通れる。裏門は小型車両のみ」
「倉庫十二棟。中央倉庫が最大で、ここが麻薬の集積場所と推定」
「事務所三棟。最も大きいものが本部。三階に幹部がいる」
「宿舎二棟。約二百人が寝泊まり」
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「敵の戦力」
「構成員約三百人。AK系統の自動小銃で武装」
「重火器として、DShK重機関銃が四丁。中央倉庫と正門に配置」
「装甲車BTR-60が四台。車両整備場に駐車」
「対空ミサイルSA-7が少なくとも二基。正門付近と中央倉庫の屋根に配置」
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「見張りの配置」
「監視塔四つ。各二人」
「正門に四人。裏門に二人」
「フェンス沿いの巡回が八人。十五分周期」
「中央倉庫の周囲に常時六人」
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「弱点は」
柏木が聞いた。
川島は地図を指した。
「裏門の東側。巡回の死角が三分間できる」
「三分」
「短いですが、侵入には使えます」
「他には」
「装甲車は車両整備場にまとまっている。ここを先に叩けば、機動力を奪える」
「対空ミサイルは」
「最初に排除する必要があります。でないと、ヘリによる支援ができません」
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柏木は地図を見つめた。
「作戦を立案する。明日、全員に伝える」
「了解」
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全員が退出していった。
柏木は一人、地図の前に立っていた。
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三百人対十五人。
装甲車四台。重機関銃四丁。対空ミサイル二基以上。
要塞だ。
だが、攻略できないわけではない。
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「考えがあるの?」
サラが残っていた。
「ある」
「聞かせて」
「明日、全員に伝える」
「私には、今、教えてくれないの?」
「......特別扱いはしない」
「冷たいわね」
「冷たくない。公平なだけだ」
「同じことよ」
サラは少し笑った。
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「一つだけ聞いていい?」
「何だ」
「勝てる?」
柏木は振り返った。
「勝つ」
「根拠は」
「俺たちがいるからだ」
「それだけ?」
「それだけで十分だ」
サラは頷いた。
「そうね。十分ね」
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夜が更けていく。
決戦の時が、近づいていた。




