幕間 評価
バンコク。王宮警察本部。
地下の会議室。
長いテーブルに、八人の男たちが座っていた。
ウィチャイ大佐が議長席にいる。その隣にチャイロン少佐。
他の六人は王宮警察の幹部たちだった。大佐が二人、中佐が三人、少佐が一人。全員が制服を着ている。
テーブルの上に書類が積まれていた。報告書。写真。地図。統計資料。
ウィチャイが口を開いた。
「報告を始める」
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「柏木班の活動実績」
ナロンがスクリーンにデータを映した。
「バンコクでの活動期間、二週間。制圧した組織、六つ。逮捕者、百十二名。押収した麻薬、末端価格で十二億バーツ相当。押収した現金、三億バーツ。押収した武器、自動小銃四十七丁、拳銃八十三丁」
幹部の一人が眉を上げた。
「二週間で、これだけか」
「そうです」
「死者は」
「ゼロです。柏木班による殺害はありません。重傷者は出ていますが、全員が生存しています」
別の幹部が言った。
「信じられんな。これだけの規模の作戦で、死者がゼロとは」
ナロンが続けた。
「チェンマイでの活動。昨日、麻薬製造拠点を制圧しました。逮捕者三十一名。押収した麻薬、末端価格で四十五億バーツ相当。製造設備も押収。この拠点からの供給は完全に停止しました」
会議室がざわついた。
「四十五億バーツ」
「一つの拠点でか」
「ゴールデン・トライアングルの規模は、我々の想定を超えている」
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ウィチャイが手を上げた。静かになった。
「柏木班の実績は、予想を大きく上回っている。これは事実だ」
チャイロン少佐が付け加えた。
「柏木は期待以上の働きをしています。彼のチームは、わずか七人で、これだけの成果を上げました」
幹部の一人、プラユット大佐が口を開いた。
「問題は、これからだ」
「問題とは」
「ゴールデン・トライアングルは、一つや二つの拠点を潰しても終わらない。数十、いや数百の拠点がある。ミャンマー、ラオス、タイの国境地帯に散らばっている」
「承知しています」
「七人で対処できる規模ではない」
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別の幹部、ソムポン中佐が発言した。
「人員を増やすべきだ」
「増やすと言っても、どこから連れてくる。柏木班の採用基準は厳しい。外国人で、戦闘経験があり、金で動かない人間。そんな人間は滅多にいない」
「基準を下げればいい」
「下げれば質が落ちる。質が落ちれば、死者が出る」
プラユット大佐が言った。
「では、どうする。七人のまま続けるのか」
チャイロンが答えた。
「柏木に任せるべきです。彼は自分で人材を探してきた。今のメンバーも、彼が集めた。時間をかければ、さらに増やせる可能性がある」
「時間がない。ゴールデン・トライアングルは待ってくれない。我々が一つ潰している間に、向こうは二つ作る」
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議論が熱を帯び始めた。
「軍に協力を要請すべきだ」
「軍は使えない。汚職がひどい。情報が漏れる」
「では国境警備隊は」
「同じだ。ゴールデン・トライアングルの組織は、国境警備隊に金を払っている」
「結局、信用できるのは柏木班だけか」
「そういうことになる」
プラユットが机を叩いた。
「七人で国家規模の問題に対処しろと言うのか!」
「そうは言っていない」
「では何だ」
「役割分担だ」
ウィチャイが静かに言った。
全員が議長を見た。
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「柏木班は、先鋒だ」
ウィチャイは立ち上がった。
「彼らの役割は、敵を叩くこと。大きな拠点を潰し、ボスを捕らえ、恐怖を与えること。これは彼らにしかできない」
「しかし——」
「待て。話は終わっていない」
ウィチャイは続けた。
「柏木班が叩いた後の処理は、我々がやる。逮捕者の取り調べ、証拠の整理、裁判への引き渡し。これは王宮警察の通常部隊が担当する」
ソムポンが言った。
「それは今もやっている」
「そうだ。だが、規模を拡大する。柏木班の後方支援に、専任の部隊を編成する」
「専任の部隊」
「五十人規模だ。柏木班が叩いた拠点を即座に確保し、証拠を押収し、残党を追う。柏木班は次の標的に向かう。これで効率が上がる」
チャイロンが頷いた。
「柏木班は攻撃に専念できる」
「そうだ」
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プラユットがまだ不満そうだった。
「それでも七人だ。限界がある」
「限界はある。だが、今はこれが最善だ」
「最善か」
「そうだ。柏木のような人間は、簡単には見つからない。見つかるまでは、今のメンバーで戦うしかない」
ウィチャイは全員を見渡した。
「異論はあるか」
沈黙があった。
プラユットが口を開いた。
「......一つだけ」
「何だ」
「柏木班の予算を増やすべきだ」
「予算」
「装備、車両、通信機器。すべてが足りない。今の予算では、ゴールデン・トライアングル全域をカバーできない」
ウィチャイは少し考えた。
「いくら必要だ」
「現在の三倍」
「三倍か」
「最低でもだ。本気でやるなら、五倍は欲しい」
会議室がざわついた。
「五倍だと」
「予算委員会が承認するか」
「承認させる」
ウィチャイが言った。
「必要な予算は、私が確保する。上に話を通す」
「上とは」
ウィチャイは答えなかった。答える必要がなかった。
全員が理解した。御方だ。
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「もう一つ議論がある」
チャイロンが発言した。
「柏木班の活動範囲だ」
「範囲」
「現在はタイ国内に限定されている。だが、ゴールデン・トライアングルはミャンマーとラオスにまたがっている」
「国境を越えろと言うのか」
「可能性として検討すべきだ」
プラユットが首を振った。
「主権侵害だ。国際問題になる」
「正規の手続きを踏めば、可能かもしれない」
「ミャンマー政府が協力するか。ラオス政府が協力するか。どちらも汚職がひどい」
「政府を通さない方法もある」
会議室が静まり返った。
「何を言っている」
「非公式の作戦だ。政府間の合意なしに、国境を越える」
「それこそ国際問題だ」
「バレなければ問題にならない」
プラユットが立ち上がった。
「正気か」
「私は可能性を提示しているだけだ。決定権は大佐にある」
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ウィチャイが手を上げた。
「落ち着け」
全員が座った。
「国境を越える作戦は、現時点では検討しない。リスクが大きすぎる」
チャイロンが頷いた。
「了解しました」
「だが、将来的には選択肢に入る可能性がある。そのための準備は進めておけ」
「準備とは」
「情報収集だ。ミャンマー側の拠点、ラオス側の拠点、すべてをリストアップしろ。いつでも動けるように」
「了解しました」
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ウィチャイが立ち上がった。
「今日の議論をまとめる」
全員が注目した。
「一、柏木班の活動は継続する。チェンマイを拠点に、ゴールデン・トライアングルの掃討を進める」
「二、後方支援部隊を編成する。五十人規模。柏木班が叩いた拠点の確保と証拠収集を担当」
「三、予算を増額する。現在の五倍を目標に、上に申請する」
「四、国境を越える作戦は、現時点では保留。ただし、情報収集は継続する」
「以上だ。異論は」
沈黙。
「では、決定とする。解散」
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幹部たちが部屋を出ていった。
ウィチャイとチャイロンだけが残った。
「少佐」
「はい」
「柏木を呼べ。直接話がしたい」
「チェンマイからですか」
「そうだ。明日、バンコクに来させろ」
「了解しました」
チャイロンは敬礼して、部屋を出た。
ウィチャイは一人で窓の外を見た。
バンコクの夜景が広がっている。
「七人か」
呟いた。
たった七人の外国人が、タイの闇を切り裂いている。
誰も信じないだろう。だが、事実だ。
柏木勇気。
あの男は、本物だった。
御方の判断は正しかった。




