幕間 本性
休暇だった。
三日間の休養。アレクセイが強制的に取らせた。
「お前たちは働きすぎだ。遊んでこい」
そう言われて、追い出された。
---
チェンマイの繁華街。
マルティネス、カルロス、ニコライ、そして柏木。
四人で飲みに出た。
「たまには、息抜きも必要だ」
マルティネスが言った。
「同感だ」
ニコライが答えた。
「隊長も、たまには羽を伸ばしてください」
カルロスが言った。
柏木は黙って頷いた。
---
最初は普通のバーに入った。
ビールを飲んだ。
マルティネスとカルロスが、ラテン系同士で盛り上がっていた。
ニコライは、ウォッカを注文した。
「タイでも、ウォッカは手に入る」
「当然だ。文明国だからな」
柏木は、黙ってビールを飲んでいた。
---
二軒目。
少し騒がしい店に入った。
音楽が流れている。踊っている人もいる。
マルティネスが、テキーラを注文した。
「隊長も、一杯どうですか」
「俺は、ビールでいい」
「まあまあ、そう言わずに」
マルティネスが、柏木の前にショットグラスを置いた。
柏木は、少し考えて、飲んだ。
「......強いな」
「でしょう。もう一杯」
「いや、俺は」
「遠慮しないでください」
二杯目が注がれた。
---
ニコライが、ウォッカのボトルを持ってきた。
「これも飲め」
「ウォッカか」
「そうだ。テキーラだけでは物足りないだろう」
「物足りなくはない」
「飲め」
ニコライが、グラスにウォッカを注いだ。
柏木は、テキーラの後にウォッカを飲んだ。
「......」
「どうだ」
「......効く」
「当然だ」
---
三軒目。
気づいたら、ゴーゴーバーの前にいた。
「ここにしよう」
マルティネスが言った。
「ゴーゴーバーか」
カルロスが少し躊躇した。
「問題ないだろう。休暇だ」
「まあ、そうですけど」
「隊長、いいですよね」
柏木は、既にかなり酔っていた。
「......ああ」
四人は、店に入った。
---
店内は、薄暗かった。
ステージがあり、女性たちが踊っている。
席に着くと、すぐに女性たちが寄ってきた。
「こんばんは」
「飲み物、いかがですか」
マルティネスは、すぐに馴染んだ。
「君、可愛いね。名前は?」
「ヌイよ」
「ヌイか。いい名前だ」
カルロスも、女性と話し始めた。
ニコライは、黙々とウォッカを飲んでいた。
---
柏木は、隅の席で飲んでいた。
テキーラとウォッカを交互に。
女性が話しかけてきた。
「お兄さん、一人?」
「......ああ」
「寂しいね。一緒に飲もうよ」
「......」
柏木は、黙って飲み続けていた。
---
一時間後。
柏木は、完全に出来上がっていた。
テキーラのボトルが一本空いていた。
ウォッカも半分なくなっていた。
「隊長、大丈夫ですか」
カルロスが心配そうに聞いた。
柏木は、ゆっくりと顔を上げた。
目が据わっていた。
そして。
---
「おい、君」
柏木が、隣の女性に話しかけた。
「え?」
「君、可愛いな」
「......え?」
女性が驚いた。
さっきまで無愛想だった男が、急に話しかけてきた。
「名前、何ていうの」
「あ、あの、プロイです」
「プロイか。いい名前だ。俺は柏木。よろしくな」
柏木は、にっこりと笑った。
---
マルティネスとカルロスとニコライが、固まった。
「......隊長?」
「何だ、カルロス」
「いや、あの、大丈夫ですか」
「大丈夫だ。最高に大丈夫だ」
柏木は、グラスを掲げた。
「今夜は、楽しもうじゃないか!」
「......」
「何だ、その顔は。楽しめよ。休暇だろう」
「は、はい......」
---
柏木は、完全に別人になっていた。
陽気だった。
饒舌だった。
そして、女好きだった。
---
「プロイちゃん、もっとこっちに来なよ」
「え、あ、はい」
「俺さ、実は寂しかったんだよ」
「寂しかった?」
「ああ。毎日、戦ってばかりでさ。女の子と話す機会がなくて」
「お仕事、何してるの」
「犯罪者を捕まえてる」
「警察?」
「まあ、そんなようなもんだ」
「かっこいい」
「そうか? ありがとう」
柏木は、上機嫌で笑っていた。
---
マルティネスが、ニコライに耳打ちした。
「おい、あれ、本当に隊長か」
「同じ顔だから、隊長だろう」
「でも、全然違う」
「酔っているんだ」
「酔っているだけで、あんなに変わるか」
「変わるんだろう」
「......」
---
柏木は、さらに加速していた。
「ねえ、君たちも来なよ」
別の女性たちを呼んでいた。
「みんなで飲もう。俺がおごるから」
「本当に?」
「本当だ。今夜は無礼講だ」
「やったー」
女性たちが、柏木の周りに集まってきた。
---
「隊長、楽しそうですね」
カルロスが言った。
「楽しいぞ。お前も楽しめ、カルロス」
「は、はい」
「お前、彼女いないんだろ」
「いませんけど」
「じゃあ、今夜は探せ。いい女がたくさんいるぞ」
「いや、俺は......」
「遠慮するな。若いんだから、もっと積極的にいけ」
「......はい」
---
ニコライが、ウォッカを飲みながら呟いた。
「......本性が出たな」
「本性?」
マルティネスが聞いた。
「ああ。あれが、柏木の本当の姿だ」
「本当の姿?」
「普段は、感情を押し殺している。だが、本当は、ああいう男なんだ」
「陽気で、饒舌で、女好き」
「そうだ」
「......意外すぎる」
「意外か」
「意外だ」
「俺は、少し分かっていた」
「分かっていた?」
「ウクライナの話を聞いた時だ。あの事件の前は、もっと明るかったと言っていた」
「川島が」
「ああ。あの事件で、柏木は変わった。感情を殺すようになった」
「......」
「だが、本当の柏木は、あれだ」
ニコライは、柏木を見た。
女性たちに囲まれて、笑っている。
「あれが、本来の柏木勇気だ」
---
柏木は、止まらなかった。
「ねえ、俺の話、聞いてくれる?」
「うん、聞く聞く」
「俺さ、昔は自衛隊にいたんだ」
「自衛隊? 軍人?」
「そう。特殊部隊」
「すごい」
「すごくないよ。でも、楽しかったな。仲間がいて、毎日訓練して、たまに飲みに行って」
「今は違うの」
「今は......戦ってばかりだ。楽しいけど、疲れる」
「大変だね」
「大変だ。でも、こうして君たちと話していると、元気が出る」
「嬉しい」
「俺も嬉しい」
---
マルティネスが、テキーラをもう一杯注いだ。
「隊長、もう一杯どうですか」
「おう、ありがとう」
柏木は、一気に飲み干した。
「うまい! テキーラは最高だな!」
「でしょう。ラテンの酒ですから」
「ラテンか。俺、ラテン系の女の子も好きだな」
「そうなんですか」
「ああ。情熱的でいい」
「......隊長、本当に酔ってますね」
「酔ってない。最高に冴えてる」
「それが酔っている証拠です」
---
深夜二時。
柏木は、完全に出来上がっていた。
女性の一人と、肩を組んで歌っていた。
タイの歌だった。歌詞は分からないが、ノリで歌っていた。
「ラララ〜♪」
「お兄さん、歌上手いね」
「そうか? ありがとう」
「もっと歌って」
「よし、もう一曲いくぞ」
---
カルロスが、頭を抱えていた。
「明日、作戦あるんですよね」
「休暇だ。明後日からだ」
ニコライが答えた。
「でも、隊長、明日起きられますか」
「知らん」
「知らんって」
「大人なんだから、自分で何とかするだろう」
「......」
---
午前三時。
さすがに、帰ることになった。
柏木は、女性たちに別れを告げていた。
「今夜は、楽しかった。ありがとう」
「また来てね」
「ああ、また来る。絶対に」
「約束だよ」
「約束だ」
柏木は、女性の手を握った。
「君、いい子だな。幸せになれよ」
「......ありがとう」
女性が、少し泣きそうな顔をした。
---
店を出た。
チェンマイの夜風が、気持ちよかった。
「さて、帰るか」
マルティネスが言った。
「帰る......」
柏木が、ふらふらと歩いていた。
「隊長、大丈夫ですか」
「大丈夫だ。俺は、大丈夫だ」
「足、ふらついてますよ」
「ふらついていない」
「ふらついてます」
「......少しだけ」
---
ニコライが、柏木の肩を支えた。
「俺が支える」
「悪いな」
「いい。お前は軽い」
「軽くない。七十三キロある」
「俺には軽い」
「......そうか」
---
タクシーを拾った。
柏木は、後部座席で目を閉じた。
「......楽しかったな」
「楽しかったですね」
カルロスが答えた。
「久しぶりだ。こんなに笑ったの」
「隊長、普段は笑わないですもんね」
「笑わない......か」
「はい」
「昔は、笑っていたんだ」
「昔は」
「ああ。毎日、笑っていた。仲間と一緒に」
「......」
「でも、ウクライナで......色々あって......笑えなくなった」
「......」
「部下を、三人失った。俺のせいで」
「隊長のせいじゃ」
「俺のせいだ。俺が、もっとうまくやれていれば」
「......」
「それから、笑えなくなった。感情を、殺すようになった」
柏木は、目を開けた。
「でも、今夜は、久しぶりに笑えた。ありがとう」
「......」
「お前たちと一緒で、よかった」
---
マルティネスが、小さく言った。
「俺たちも、隊長と一緒でよかったです」
「そうか」
「はい」
「......ありがとう」
柏木は、また目を閉じた。
すぐに、寝息が聞こえ始めた。
---
ニコライが呟いた。
「......いい男だな」
「はい」
「普段は、厳しい。無愛想だ。だが、本当は、こういう男なんだ」
「陽気で、饒舌で、女好き」
「そうだ。そして、部下思いだ」
「......」
「俺は、この男についていく。改めて、そう思った」
「俺もです」
カルロスが言った。
「俺も」
マルティネスが言った。
---
タクシーは、拠点に向かっていた。
チェンマイの夜景が、流れていく。
柏木は、深く眠っていた。
久しぶりに、穏やかな顔だった。
---
翌朝。
柏木は、二日酔いで動けなかった。
「......頭が」
「当然です。テキーラ一本とウォッカ半本飲んだんですから」
アレクセイが、呆れた顔で言った。
「そんなに飲んだか」
「飲みました。三人が証言しています」
「......」
「それと、隊長」
「何だ」
「ゴーゴーバーで、女の子に囲まれて歌っていたそうですね」
「......」
「カルロスが、動画を撮っていました」
「......消せ」
「もう、全員に共有されています」
「......」
柏木は、枕に顔を埋めた。
---
食堂。
全員が集まっていた。
動画が再生されていた。
柏木が、女性たちに囲まれて、タイの歌を歌っている。
満面の笑みだった。
「ラララ〜♪」
全員が、唖然としていた。
「......これ、本当に隊長ですか」
川島が聞いた。
「本当だ。俺が撮った」
カルロスが答えた。
「信じられない」
「俺も信じられなかった。でも、本当だ」
---
サラが、動画を見ていた。
「......あなた、こんな顔もできるのね」
「......」
「可愛いじゃない」
「可愛くない」
「可愛い。見て、この笑顔」
「見るな」
「見る」
---
ファリダーが言った。
「柏木さん、楽しそうですね」
「......」
「こういう顔、初めて見ました」
「見なかったことにしてくれ」
「無理です。もう見ました」
---
ニコライが言った。
「これが、本当の柏木だ」
「本当の?」
「ああ。普段は隠している。だが、酔うと出る」
「陽気で、饒舌で、女好き」
「そうだ」
「......意外すぎる」
「意外か」
「意外だ」
---
柏木は、テーブルに突っ伏していた。
「......もう、飲まない」
「本当ですか」
「本当だ」
「でも、楽しそうでしたよ」
「楽しかった。だが、代償が大きすぎる」
「代償?」
「二日酔いと、この動画だ」
「動画は永久保存ですね」
「消せ」
「消しません」
「......」
---
マルティネスが言った。
「隊長、また飲みに行きましょう」
「行かない」
「楽しかったでしょう」
「楽しかった。だが、行かない」
「なぜ」
「また動画を撮られるから」
「撮らないって約束します」
「信用できない」
「......」
---
その日、柏木は一日中、部屋から出なかった。
二日酔いと、羞恥心で。
---
だが、全員が知った。
柏木勇気という男の、本当の姿を。
陽気で、饒舌で、女好き。
そして、誰よりも人間らしい男だということを。




