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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第2章 捜査班
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幕間 抗議

バンコク。外務省。


 タイ外務大臣、ソムキット・チャイヤシットが記者会見を開いた。


 普段は穏やかな表情の男が、今日は違っていた。


 目に怒りがあった。


---


 「日本のメディアに対し、厳重に抗議する」


 ソムキットの声は、静かだが鋭かった。


 「日本の一部メディアは、我が国の治安機関の職員を、根拠のない憶測で誹謗中傷した」


 「これは、タイ国民への侮辱である」


 記者たちがざわついた。


---


 「柏木勇気は、タイ国籍を持つタイ国民である」


 ソムキットは、一語一語を区切るように言った。


 「彼は、タイの王宮警察に所属する正式な職員である」


 「彼を『犯罪者』と呼ぶことは、タイ政府の職員を犯罪者と呼ぶことである」


 「これは、タイ王国に対する侮辱である」


---


 「我々は、日本政府に対し、説明を求める」


 ソムキットは続けた。


 「日本のメディアは、なぜ、根拠のない報道を行ったのか」


 「日本政府は、自国のメディアをコントロールできないのか」


 「タイ国民が侮辱されているのに、日本政府は沈黙するのか」


---


 質問が飛んだ。


 「大臣、これは外交問題になるのでしょうか」


 「既に外交問題だ」


 ソムキットは即答した。


 「我が国の国民が、他国のメディアに誹謗中傷されている。これは、国家の尊厳に関わる問題だ」


---


 「日本との関係悪化を懸念する声もありますが」


 「関係悪化を望んでいるわけではない。だが、我が国の国民を守ることは、政府の義務だ」


 「具体的に、どのような対応を取るのですか」


 「既に、在日タイ大使館を通じて、日本の各報道機関に厳重抗議を行った」


 「また、日本外務省に対しても、公式に説明を求めている」


---


 記者会見は、三十分続いた。


 ソムキットの言葉は、終始厳しかった。


 タイ政府が、本気で怒っていることが伝わってきた。


---


 東京。在日タイ大使館。


 大使自らが、日本の主要メディアに抗議文を送付した。


---


 「貴社の報道は、事実に基づいていません」


 「柏木勇気氏は、タイ国籍を持つタイ国民であり、タイ王宮警察の正式な職員です」


 「彼を『犯罪者』と断定する報道は、根拠がなく、名誉毀損に該当する可能性があります」


 「タイ王国政府として、厳重に抗議します」


 「今後、同様の報道が続く場合、法的措置を含む対応を検討します」


---


 抗議文は、テレビ局、新聞社、週刊誌に送られた。


 各社の法務部門が、緊急会議を開いた。


---


 「これは、まずいぞ」


 ある新聞社の編集局長が言った。


 「タイ政府が公式に抗議してきている」


 「柏木が日本人だと思っていた。タイ国籍を持っていたのか」


 「持っていたらしい。つまり、我々は外国の公務員を犯罪者呼ばわりした」


 「外交問題だ」


 「訴えられる可能性もある」


 「......記事を取り下げるか」


 「取り下げるだけでは済まないかもしれない。訂正と謝罪が必要だ」


---


 週刊誌の編集部でも、同様の議論が行われていた。


 「うちの記事が、一番ひどかった」


 「『犯罪組織の一員だった可能性がある』と書いた」


 「可能性と書けば、逃げられると思ったんだが」


 「タイ政府相手には、通用しない」


 「......謝罪記事を出すか」


 「出すしかないだろう」


---


 テレビ局のワイドショーでも、トーンが変わった。


 「先日の報道について、訂正があります」


 司会者が、硬い表情で言った。


 「柏木勇気氏について、『犯罪組織との関連が疑われる』と報道しましたが、これは事実に基づいていませんでした」


 「柏木氏は、タイ国籍を持つタイ国民であり、タイ王宮警察の正式な職員です」


 「事実確認が不十分なまま報道したことを、お詫びします」


---


 コメンテーターたちの態度も、手のひらを返したように変わった。


 「私も、先日の発言を訂正します」


 「柏木氏を『犯罪者』と決めつけるような発言をしましたが、これは不適切でした」


 「タイ政府から抗議を受け、改めて事実を確認したところ、柏木氏は犯罪に関与していないことが分かりました」


 「軽率な発言をしたことを、反省しています」


---


 SNSでも、流れが変わった。


 「タイ政府が本気で怒ってる」


 「やばい、外交問題になってる」


 「柏木さん、タイ国籍持ってたのか」


 「つまり、日本のメディアが外国の公務員を誹謗中傷したってこと?」


 「それは、まずいでしょ」


 「手のひら返しすごいな」


 「でも、最初から調べればよかったのに」


 「日本のメディアって、ほんと調べないで書くよな」


---


 擁護派が、勢いを増した。


 「だから言っただろ、柏木さんは犯罪者じゃないって」


 「タイでは英雄扱いされてる人を、日本だけが叩いてた」


 「恥ずかしいわ、日本のメディア」


 「同調圧力で叩いてた奴ら、今どんな気持ち?」


---


 批判派は、沈黙するか、論点をすり替えた。


 「外交問題になるとは思わなかった」


 「タイ政府が抗議するなんて、大げさじゃない?」


 「でも、暴力で解決するのは間違っている」


 「彼が英雄かどうかは、別の問題だ」


---


 だが、全体の流れは変わっていた。


 「柏木=犯罪者」という論調は、急速に萎んでいった。


---


 日本外務省。


 タイからの抗議を受け、緊急の対応協議が行われた。


 「タイ政府が、公式に説明を求めている」


 「どう対応する」


 「メディアの報道は、政府の責任ではないと伝えるしかない」


 「それで納得するか」


 「しないだろう。だが、他に方法がない」


 「タイとの関係は、重要だ。経済的にも、安全保障的にも」


 「これ以上、悪化させるわけにはいかない」


 「メディアに対し、非公式に自制を求めるか」


 「それは、報道の自由を侵害する可能性がある」


 「だが、外交問題を放置するわけにもいかない」


 「......難しいな」


---


 結局、日本政府は曖昧な対応を取った。


 「メディアの報道は、政府の責任ではありません」


 「しかし、事実に基づかない報道が、両国関係に影響を与えることを懸念しています」


 「メディア各社には、事実確認を徹底することを期待します」


 これが、公式な回答だった。


---


 タイ政府は、この回答に満足しなかった。


 だが、それ以上の追及は控えた。


 目的は、達成されていた。


 日本のメディアは、報道を訂正した。


 柏木への誹謗中傷は、下火になった。


 それで十分だった。


---


 チェンマイ。


 柏木は、日本のニュースを見ていた。


 訂正。謝罪。手のひら返し。


 「......」


 何も言わなかった。


---


 ニコライが隣に来た。


 「タイ政府が守ってくれたな」


 「ああ」


 「どう思う」


 「......ありがたい」


 「それだけか」


 「それだけだ」


 「日本のメディアに、何か言いたいことはないか」


 「ない」


 「本当か」


 「本当だ。どうでもいい」


---


 柏木は、テレビを消した。


 「俺は、日本に認められたかったわけじゃない」


 「じゃあ、何が欲しかったんだ」


 「正しいことをしたかった。それだけだ」


 「正しいことは、した」


 「ああ」


 「なら、いいじゃないか」


 「ああ。いいんだ」


---


 川島が入ってきた。


 「隊長」


 「どうした」


 「家族から、また連絡がありました」


 「......何と」


 「『報道が変わった。お前は犯罪者じゃなかったのか。よかった』と」


 「......」


 「謝罪は、ありませんでしたけど」


 川島は、少し苦笑していた。


 「でも、まあ、いいです。分かってくれれば」


 「そうか」


 「はい」


---


 サラが来た。


 「日本のSNS、見た?」


 「見ていない」


 「手のひら返しがすごいわよ。昨日まで叩いていた人たちが、急に擁護し始めている」


 「そういうものだ」


 「腹が立たない?」


 「立たない」


 「なぜ」


 「期待していなかったから」


 サラは、少し悲しそうな顔をした。


 「あなた、日本を完全に諦めているのね」


 「諦めている」


 「寂しくない?」


 「......少しだけ」


 「少しだけ」


 「ああ。でも、ここには仲間がいる。それで十分だ」


---


 ファリダーが入ってきた。


 「柏木さん。タイのSNSも見てください」


 「何がある」


 「お祝いのメッセージが、たくさん来ています」


 「お祝い?」


 「はい。『日本に勝った』『タイ政府が守ってくれた』『柏木さんはタイの英雄だ』」


 「......」


 「タイ人は、柏木さんの味方です。みんな」


 柏木は、画面を見た。


 タイ語のメッセージが、無数に並んでいた。


 「ขอบคุณครับ(ありがとうございます)」


 「คุณคือฮีโร่ของไทย(あなたはタイの英雄です)」


 「เราภูมิใจในตัวคุณ(私たちはあなたを誇りに思います)」


---


 柏木は、小さく笑った。


 「......ありがたいな」


 「はい」


 「俺は、タイ人になってよかった」


 「私も、柏木さんがタイ人になってくれて、嬉しいです」


 「......ありがとう」


---


 夜。


 全員が集まった。


 祝杯を挙げた。


 ノンアルコールだったが。明日も作戦があるから。


 「タイ政府に感謝だ」


 ジョンソンが言った。


 「陛下にも」


 マルティネスが言った。


 「そして、柏木にも」


 ニコライが言った。


 「俺に?」


 「お前がいなければ、この部隊はない。お前がいたから、俺たちはここにいる」


 「......」


 「感謝している。本当に」


 「俺も」


 「俺も」


 「私も」


 全員が、柏木を見ていた。


---


 柏木は、少し照れくさそうだった。


 「......ありがとう」


 「素直だな」


 「たまにはな」


 「たまにか」


 「ああ。たまにだ」


 全員が笑った。


---


 チェンマイの夜。


 十五人の仲間たち。


 様々な国から来た、様々な過去を持つ人間たち。


 だが、今は一つのチームだ。


 タイの王に認められ、タイ政府に守られ、タイ国民に愛される、一つのチームだ。


 「明日から、また戦う」


 柏木が言った。


 「了解」


 十五人の声が、重なった。

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