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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第2章 捜査班
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幕間 御意

バンコク。


 汚職政治家たちの間で、ある情報が共有されていた。


 日本の週刊誌の記事。


 「衝撃スクープ! タイ『英雄部隊』指揮官の闘の正体」


---


 記事は、憶測と推測で書かれていた。


 「柏木勇気は、グローバルキャリアの元社員である」


 「グローバルキャリアは、特殊詐欺に関与した疑いで代表が逮捕されている」


 「柏木は、この犯罪組織の一員だった可能性がある」


 「彼は日本で犯罪に関与し、逃げるようにタイへ渡った」


 「元自衛官の技術を使い、タイで武装集団を組織した」


 「これは、新たな犯罪組織の誕生ではないか」


---


 事実とは異なっていた。


 柏木がグローバルキャリアを辞めたのは、犯罪に関与したからではない。


 むしろ逆だった。


 搾取される外国人労働者を守ろうとして、会社と対立した。


 だが、週刊誌は、そこまで調べなかった。


 「元社員」「代表が逮捕」「特殊詐欺」


 これらの単語を並べるだけで、十分にセンセーショナルな記事になった。


---


 バンコク。


 プラソン・チャルーンポンの執務室。


 国家安全保障会議の副議長。


 彼の前に、三人の男がいた。


 ピチット中将。ソムチャイ大佐。タナコーン議員。


 「これを使える」


 プラソンが記事を見せた。


 「日本の報道か」


 「そうだ。柏木が犯罪者だという記事だ」


 「事実なのか」


 「事実かどうかは関係ない。報道されたという事実が重要だ」


---


 タナコーン議員が頷いた。


 「これを根拠に、柏木の解任を要求できる」


 「解任?」


 「そうだ。『犯罪組織に関与した疑いのある人物が、特別捜査班を率いている。これは不適切だ』と」


 ピチット中将が言った。


 「王宮警察は、反論するだろう」


 「反論させればいい。だが、世論は我々の味方だ。日本での報道は、タイでも広まる」


 「タイ国民は、柏木を支持している」


 「今はな。だが、『犯罪者だった』という情報が広まれば、変わる」


---


 ソムチャイ大佐が言った。


 「柏木を解任すれば、部隊は崩壊する」


 「そうだ。それが目的だ」


 「部隊が崩壊すれば、我々への捜査も止まる」


 「そういうことだ」


 四人は、互いに頷き合った。


---


 プラソンが言った。


 「明日の閣議で、提案する。『柏木の解任と、特別捜査班の再編成』を」


 「再編成?」


 「指揮官をタイ人にする。外国人部隊ではなく、タイ人の部隊にする」


 「そうすれば、我々がコントロールできる」


 「そういうことだ」


 タナコーン議員が笑った。


 「素晴らしい。これで、あの厄介な部隊を潰せる」


---


 彼らは知っていた。


 柏木がいなければ、部隊は維持できない。


 あの男が、すべてを繋いでいる。


 戦術。判断。信頼。統率。


 柏木を排除すれば、部隊は自壊する。


 「明日が楽しみだ」


 プラソンが言った。


---


 翌日。


 緊急閣議。


 プラソンが提案を行った。


 「日本での報道を受け、特別捜査班の指揮官、柏木勇気の解任を提案します」


 資料が配られた。週刊誌の記事のコピー。


 「彼は、特殊詐欺で逮捕された企業の元社員です。犯罪組織との関連が疑われています」


 「このような人物が、タイの治安機関を率いることは、不適切です」


---


 外務大臣が頷いた。


 「私も同意します。外交的にも問題があります」


 内務大臣も同調した。


 「国内の治安機関に、外国人が多すぎます。タイ人が指揮すべきです」


 支持の声が広がった。


---


 王宮警察の代表、ウィチャイ大佐が発言を求めた。


 「反論があります」


 「どうぞ」


 「日本の記事は、事実に基づいていません。憶測と推測で書かれています」


 「証拠は」


 「柏木は、グローバルキャリアの不正を告発した側です。犯罪に加担したのではなく、犯罪と戦っていました」


 「それを証明できるのか」


 「できます。日本の警察に確認すれば」


 「日本の警察が、タイの閣議に回答するのか」


 「......」


 「時間がかかりすぎる。今すぐ決定する必要がある」


---


 プラソンが言った。


 「採決を取りましょう。柏木の解任に賛成の方は、挙手を」


 手が上がり始めた。


 一人。二人。三人。


 過半数に達しようとしていた。


---


 その時。


 閣議室のドアが開いた。


 一人の男が入ってきた。


 宮内庁の高官だった。


 「失礼します」


 全員が動きを止めた。


 「陛下から、お言葉があります」


---


 閣議室が凍りついた。


 陛下。


 タイ国王。


 その言葉の前には、誰も逆らえない。


---


 高官が、封書を開いた。


 「陛下のお言葉を、お伝えします」


 全員が姿勢を正した。


 高官が読み上げた。


---


 「特別捜査班は、余の意思により設立された」


 「柏木勇気は、余が信任した者である」


 「彼の解任を議論することは、余の意思に反する」


 「この件について、これ以上の議論は不要である」


---


 沈黙が落ちた。


 誰も、何も言えなかった。


 陛下の言葉は、絶対だった。


---


 高官が続けた。


 「さらに、陛下からお言葉があります」


 全員が息を呑んだ。


 「『柏木勇気と、その部隊員たちは、タイのために戦っている。彼らを守ることは、タイを守ることである。余は、彼らを信頼している。諸君も、信頼せよ』」


---


 プラソンの顔から、血の気が引いた。


 ピチット中将は、目を伏せていた。


 ソムチャイ大佐は、汗をかいていた。


 タナコーン議員は、震えていた。


---


 高官が一礼した。


 「以上です」


 そして、閣議室を出ていった。


---


 長い沈黙の後、首相が口を開いた。


 「......本日の議題は、取り下げとします」


 「賛成の方は」


 誰も手を挙げなかった。


 「全会一致で、取り下げとします」


 閣議は、そこで終わった。


---


 廊下。


 プラソンは、壁にもたれていた。


 「まさか......陛下が動くとは」


 タナコーン議員が青い顔で言った。


 「終わりだ。我々は、陛下に逆らおうとした」


 「逆らったわけではない。知らなかっただけだ」


 「同じことだ。陛下の意思に反した。これは......」


 「黙れ」


 プラソンが言った。


 「まだ終わっていない。方法を変えるだけだ」


 「方法を変える?」


 「陛下に逆らえないなら、別の方法で潰す」


 「別の方法......」


 「考える。時間はある」


 プラソンは歩き去った。


 だが、その足取りは重かった。


---


 王宮警察本部。


 ウィチャイ大佐は、執務室で一人だった。


 窓の外を見ていた。


 「陛下......」


 呟いた。


 陛下は、見ていた。


 すべてを、見ていた。


 そして、必要な時に、動いた。


 「ありがたいことだ」


 ウィチャイは、深く頭を下げた。


---


 チェンマイ。


 柏木は、大佐からの電話を受けていた。


 「閣議で、お前の解任が提案された」


 「......」


 「だが、陛下が動いた。解任は取り下げられた」


 「陛下が」


 「そうだ。お前を信任すると、明言された」


 「......」


 「お前は、守られている。陛下に」


 柏木は、何も言えなかった。


---


 「お前に、伝言がある」


 「伝言?」


 「陛下からだ」


 「陛下から......俺に」


 「そうだ。非公式だが」


 大佐は、少し間を置いた。


 「『期待している。タイのために、戦い続けよ』」


 「......」


 「それだけだ」


 電話が切れた。


---


 柏木は、電話を握ったまま、動けなかった。


 陛下。


 タイ国王。


 この国の頂点にいる方が、俺を信頼していると言った。


 期待していると言った。


 「......」


 柏木は、窓の外を見た。


 タイの空。


 青い空。


 日本では、叩かれている。


 犯罪者扱いされている。


 だが、ここでは。


 この国では。


 王に、信頼されている。


 「......ありがたいことだ」


 柏木は、小さく呟いた。


---


 サラが入ってきた。


 「何かあったの。顔色が変わっている」


 「......陛下から、言葉をいただいた」


 「陛下? タイ国王から?」


 「ああ」


 「何と」


 「『期待している。タイのために、戦い続けよ』と」


 サラは、目を見開いた。


 「それは......すごいことよ」


 「ああ」


 「あなた、王に認められたの」


 「そうらしい」


 「......」


 サラは、柏木の顔を見た。


 柏木の目が、少しだけ潤んでいた。


 「泣いているの」


 「泣いていない」


 「泣いている」


 「......少しだけ」


 柏木は、顔を背けた。


 「俺は、日本で報われなかった。正しいことをしても、叩かれた。誰にも認められなかった」


 「......」


 「でも、ここでは。この国では。王が、俺を認めてくれた」


 「......」


 「嬉しいんだ。ただ、嬉しい」


 サラは、何も言わなかった。


 ただ、柏木の隣に立っていた。


---


 夜。


 全員が集まった。


 柏木が、陛下の言葉を伝えた。


 「『期待している。タイのために、戦い続けよ』」


 沈黙が落ちた。


 そして、ニコライが口を開いた。


 「俺たちは、王に認められた」


 「ああ」


 「なら、応えるしかないな」


 「ああ」


 ジョンソンが言った。


 「アメリカでは、大統領に認められることが最高の名誉だ。タイでは、王だろう」


 「そうだな」


 「俺たちは、最高の名誉を得た」


 マルティネスが胸のクロスを握った。


 「神に感謝だ」


 ヨナタンは無表情だったが、目に光があった。


 「やるべきことは、変わらない」


 川島が言った。


 「隊長。俺たちは、隊長についていきます」


 「ああ」


 ファリダーが言った。


 「タイ人として、誇りに思います。柏木さんと一緒に戦えることを」


 「......ありがとう」


---


 柏木は、全員を見渡した。


 十五人。


 様々な国から来た、様々な過去を持つ人間たち。


 だが、今は一つのチームだ。


 王に認められた、一つのチームだ。


 「明日から、また戦う」


 「了解」


 「陛下の期待に、応える」


 「了解」


 「タイのために」


 「タイのために」


 十五人の声が、重なった。

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