幕間 御意
バンコク。
汚職政治家たちの間で、ある情報が共有されていた。
日本の週刊誌の記事。
「衝撃スクープ! タイ『英雄部隊』指揮官の闘の正体」
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記事は、憶測と推測で書かれていた。
「柏木勇気は、グローバルキャリアの元社員である」
「グローバルキャリアは、特殊詐欺に関与した疑いで代表が逮捕されている」
「柏木は、この犯罪組織の一員だった可能性がある」
「彼は日本で犯罪に関与し、逃げるようにタイへ渡った」
「元自衛官の技術を使い、タイで武装集団を組織した」
「これは、新たな犯罪組織の誕生ではないか」
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事実とは異なっていた。
柏木がグローバルキャリアを辞めたのは、犯罪に関与したからではない。
むしろ逆だった。
搾取される外国人労働者を守ろうとして、会社と対立した。
だが、週刊誌は、そこまで調べなかった。
「元社員」「代表が逮捕」「特殊詐欺」
これらの単語を並べるだけで、十分にセンセーショナルな記事になった。
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バンコク。
プラソン・チャルーンポンの執務室。
国家安全保障会議の副議長。
彼の前に、三人の男がいた。
ピチット中将。ソムチャイ大佐。タナコーン議員。
「これを使える」
プラソンが記事を見せた。
「日本の報道か」
「そうだ。柏木が犯罪者だという記事だ」
「事実なのか」
「事実かどうかは関係ない。報道されたという事実が重要だ」
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タナコーン議員が頷いた。
「これを根拠に、柏木の解任を要求できる」
「解任?」
「そうだ。『犯罪組織に関与した疑いのある人物が、特別捜査班を率いている。これは不適切だ』と」
ピチット中将が言った。
「王宮警察は、反論するだろう」
「反論させればいい。だが、世論は我々の味方だ。日本での報道は、タイでも広まる」
「タイ国民は、柏木を支持している」
「今はな。だが、『犯罪者だった』という情報が広まれば、変わる」
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ソムチャイ大佐が言った。
「柏木を解任すれば、部隊は崩壊する」
「そうだ。それが目的だ」
「部隊が崩壊すれば、我々への捜査も止まる」
「そういうことだ」
四人は、互いに頷き合った。
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プラソンが言った。
「明日の閣議で、提案する。『柏木の解任と、特別捜査班の再編成』を」
「再編成?」
「指揮官をタイ人にする。外国人部隊ではなく、タイ人の部隊にする」
「そうすれば、我々がコントロールできる」
「そういうことだ」
タナコーン議員が笑った。
「素晴らしい。これで、あの厄介な部隊を潰せる」
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彼らは知っていた。
柏木がいなければ、部隊は維持できない。
あの男が、すべてを繋いでいる。
戦術。判断。信頼。統率。
柏木を排除すれば、部隊は自壊する。
「明日が楽しみだ」
プラソンが言った。
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翌日。
緊急閣議。
プラソンが提案を行った。
「日本での報道を受け、特別捜査班の指揮官、柏木勇気の解任を提案します」
資料が配られた。週刊誌の記事のコピー。
「彼は、特殊詐欺で逮捕された企業の元社員です。犯罪組織との関連が疑われています」
「このような人物が、タイの治安機関を率いることは、不適切です」
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外務大臣が頷いた。
「私も同意します。外交的にも問題があります」
内務大臣も同調した。
「国内の治安機関に、外国人が多すぎます。タイ人が指揮すべきです」
支持の声が広がった。
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王宮警察の代表、ウィチャイ大佐が発言を求めた。
「反論があります」
「どうぞ」
「日本の記事は、事実に基づいていません。憶測と推測で書かれています」
「証拠は」
「柏木は、グローバルキャリアの不正を告発した側です。犯罪に加担したのではなく、犯罪と戦っていました」
「それを証明できるのか」
「できます。日本の警察に確認すれば」
「日本の警察が、タイの閣議に回答するのか」
「......」
「時間がかかりすぎる。今すぐ決定する必要がある」
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プラソンが言った。
「採決を取りましょう。柏木の解任に賛成の方は、挙手を」
手が上がり始めた。
一人。二人。三人。
過半数に達しようとしていた。
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その時。
閣議室のドアが開いた。
一人の男が入ってきた。
宮内庁の高官だった。
「失礼します」
全員が動きを止めた。
「陛下から、お言葉があります」
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閣議室が凍りついた。
陛下。
タイ国王。
その言葉の前には、誰も逆らえない。
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高官が、封書を開いた。
「陛下のお言葉を、お伝えします」
全員が姿勢を正した。
高官が読み上げた。
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「特別捜査班は、余の意思により設立された」
「柏木勇気は、余が信任した者である」
「彼の解任を議論することは、余の意思に反する」
「この件について、これ以上の議論は不要である」
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沈黙が落ちた。
誰も、何も言えなかった。
陛下の言葉は、絶対だった。
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高官が続けた。
「さらに、陛下からお言葉があります」
全員が息を呑んだ。
「『柏木勇気と、その部隊員たちは、タイのために戦っている。彼らを守ることは、タイを守ることである。余は、彼らを信頼している。諸君も、信頼せよ』」
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プラソンの顔から、血の気が引いた。
ピチット中将は、目を伏せていた。
ソムチャイ大佐は、汗をかいていた。
タナコーン議員は、震えていた。
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高官が一礼した。
「以上です」
そして、閣議室を出ていった。
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長い沈黙の後、首相が口を開いた。
「......本日の議題は、取り下げとします」
「賛成の方は」
誰も手を挙げなかった。
「全会一致で、取り下げとします」
閣議は、そこで終わった。
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廊下。
プラソンは、壁にもたれていた。
「まさか......陛下が動くとは」
タナコーン議員が青い顔で言った。
「終わりだ。我々は、陛下に逆らおうとした」
「逆らったわけではない。知らなかっただけだ」
「同じことだ。陛下の意思に反した。これは......」
「黙れ」
プラソンが言った。
「まだ終わっていない。方法を変えるだけだ」
「方法を変える?」
「陛下に逆らえないなら、別の方法で潰す」
「別の方法......」
「考える。時間はある」
プラソンは歩き去った。
だが、その足取りは重かった。
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王宮警察本部。
ウィチャイ大佐は、執務室で一人だった。
窓の外を見ていた。
「陛下......」
呟いた。
陛下は、見ていた。
すべてを、見ていた。
そして、必要な時に、動いた。
「ありがたいことだ」
ウィチャイは、深く頭を下げた。
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チェンマイ。
柏木は、大佐からの電話を受けていた。
「閣議で、お前の解任が提案された」
「......」
「だが、陛下が動いた。解任は取り下げられた」
「陛下が」
「そうだ。お前を信任すると、明言された」
「......」
「お前は、守られている。陛下に」
柏木は、何も言えなかった。
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「お前に、伝言がある」
「伝言?」
「陛下からだ」
「陛下から......俺に」
「そうだ。非公式だが」
大佐は、少し間を置いた。
「『期待している。タイのために、戦い続けよ』」
「......」
「それだけだ」
電話が切れた。
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柏木は、電話を握ったまま、動けなかった。
陛下。
タイ国王。
この国の頂点にいる方が、俺を信頼していると言った。
期待していると言った。
「......」
柏木は、窓の外を見た。
タイの空。
青い空。
日本では、叩かれている。
犯罪者扱いされている。
だが、ここでは。
この国では。
王に、信頼されている。
「......ありがたいことだ」
柏木は、小さく呟いた。
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サラが入ってきた。
「何かあったの。顔色が変わっている」
「......陛下から、言葉をいただいた」
「陛下? タイ国王から?」
「ああ」
「何と」
「『期待している。タイのために、戦い続けよ』と」
サラは、目を見開いた。
「それは......すごいことよ」
「ああ」
「あなた、王に認められたの」
「そうらしい」
「......」
サラは、柏木の顔を見た。
柏木の目が、少しだけ潤んでいた。
「泣いているの」
「泣いていない」
「泣いている」
「......少しだけ」
柏木は、顔を背けた。
「俺は、日本で報われなかった。正しいことをしても、叩かれた。誰にも認められなかった」
「......」
「でも、ここでは。この国では。王が、俺を認めてくれた」
「......」
「嬉しいんだ。ただ、嬉しい」
サラは、何も言わなかった。
ただ、柏木の隣に立っていた。
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夜。
全員が集まった。
柏木が、陛下の言葉を伝えた。
「『期待している。タイのために、戦い続けよ』」
沈黙が落ちた。
そして、ニコライが口を開いた。
「俺たちは、王に認められた」
「ああ」
「なら、応えるしかないな」
「ああ」
ジョンソンが言った。
「アメリカでは、大統領に認められることが最高の名誉だ。タイでは、王だろう」
「そうだな」
「俺たちは、最高の名誉を得た」
マルティネスが胸のクロスを握った。
「神に感謝だ」
ヨナタンは無表情だったが、目に光があった。
「やるべきことは、変わらない」
川島が言った。
「隊長。俺たちは、隊長についていきます」
「ああ」
ファリダーが言った。
「タイ人として、誇りに思います。柏木さんと一緒に戦えることを」
「......ありがとう」
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柏木は、全員を見渡した。
十五人。
様々な国から来た、様々な過去を持つ人間たち。
だが、今は一つのチームだ。
王に認められた、一つのチームだ。
「明日から、また戦う」
「了解」
「陛下の期待に、応える」
「了解」
「タイのために」
「タイのために」
十五人の声が、重なった。




