幕間 反響
報道は世界を巡った。
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アメリカ。
CNNが特集を組んだ。
「タイの犯罪組織を壊滅させる精鋭部隊。その中心に、元米軍兵士がいる」
画面にジョンソンの顔が映った。
「マーカス・ジョンソン。元米陸軍CID。タイで犯罪と戦うアメリカの英雄」
コメンテーターが興奮気味に語った。
「素晴らしい。アメリカ人が世界で正義を貫いている。これこそアメリカの精神だ」
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SNSは爆発した。
「#ThaiCrimeFighters」がトレンド入り。
「ジョンソンはリアルなアクションヒーロー」
「アメリカ人であることが誇らしい」
「彼らに寄付できないのか」
「映画化希望」
ハリウッドのプロデューサーが、権利の問い合わせを始めた。
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ワシントンでも話題になった。
上院議員の一人がツイートした。
「元米軍兵士が、タイで犯罪と戦っている。政府は彼らを支援すべきだ」
別の議員が反応した。
「同意する。彼らはアメリカの誇りだ」
国務省は公式コメントを避けた。だが、内部では好意的な反応が広がっていた。
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ロシア。
国営テレビが報道した。
「ロシア人がタイで活躍。犯罪組織を壊滅させる英雄たち」
画面には、ニコライとアレクセイの写真が映った。
名前は伏せられていた。だが、「ロシア人」であることは強調された。
「彼らは、祖国で培った技術を活かし、世界の平和に貢献している」
キャスターが誇らしげに語った。
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ウクライナ戦争のニュースは、この日だけ減った。
視聴者の目が、タイに向いていた。
プーチン政権にとって、都合のいい話題だった。
「ロシア人は世界で活躍している」
「我々の技術は世界一だ」
そういうナラティブを広めることができた。
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SNSでは、ロシア人たちが盛り上がっていた。
「ロシア人が犯罪と戦っている。誇らしい」
「西側メディアは、こういうニュースを報じない」
「ロシア人は世界中で尊敬されている」
戦争の現実から、目を逸らすことができた。
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タイ。
国内メディアは、大々的に報道した。
「王宮警察特別捜査班。タイを守る英雄たち」
ファリダーの顔が、テレビに何度も映った。
「若き女性警官。犯罪者に立ち向かう勇気」
国民は熱狂した。
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動画サイトでは、ある映像が拡散していた。
誰かが撮影した、作戦中の映像。
ターク県の作戦。遠くの山から撮影されたものだった。
ヘリが接近する。M134が火を噴く。監視塔が崩れる。
車両が突入する。GAU-19が壁を吹き飛ばす。
煙が上がる。銃声が響く。
「すげえ......」
コメント欄が埋め尽くされた。
「映画じゃん」
「本物の戦争だ」
「タイにこんな部隊がいたのか」
「最強すぎる」
再生回数は、三日で一千万回を超えた。
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バンコクの街では、特別捜査班のグッズが売られ始めた。
非公式のTシャツ。マグカップ。ステッカー。
「CRIME FIGHTERS」と書かれたロゴ。
若者たちが、それを身につけて歩いていた。
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タイ政府は、公式には沈黙していた。
だが、内部では認識が変わり始めていた。
「国民は、特別捜査班を支持している」
「彼らを攻撃すれば、政府への支持が下がる」
「慎重に対応する必要がある」
汚職勢力は、動きにくくなった。
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そして、日本。
大炎上していた。
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最初に火をつけたのは、週刊誌だった。
「衝撃! 元自衛官がタイで『戦争』」
「柏木勇気(38)。元自衛隊特殊作戦群。タイで武装集団を率いる」
写真は不鮮明だった。だが、「日本人がいる」という情報だけで十分だった。
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テレビのワイドショーが取り上げた。
「日本人が、外国で戦争をしている。これは許されることなのでしょうか」
コメンテーターが眉をひそめた。
「元自衛官ということは、日本の税金で訓練を受けた人間ですよね。その技術を、外国で使っている。これは問題ではないでしょうか」
別のコメンテーターが頷いた。
「法的にも問題があります。私戦予備罪に該当する可能性があります」
「日本人として、恥ずかしいです」
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SNSは燃え上がった。
「日本人が人殺しをしている」
「元自衛官が犯罪者になった」
「政府は何をしている」
「即刻辞めさせろ」
「日本の恥」
「戦争反対」
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野党の議員が国会で質問した。
「元自衛官が、タイで武装活動を行っているという報道があります。政府は把握しているのですか」
防衛大臣が答弁した。
「個人の活動については、コメントを差し控えます」
「コメントを差し控える? 日本人が外国で戦争をしているんですよ!」
「当該人物は、既に自衛隊を退職しています。現在の活動について、政府は関知していません」
「関知していない? それで済むと思っているんですか!」
議場が騒然となった。
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元自衛官のコメンテーターがテレビに出た。
「柏木という人物は、特殊作戦群にいました。優秀な隊員でした」
「なぜ辞めたんですか」
「訓練中の事故で、片目を失ったと聞いています」
「事故......」
「その後、民間企業に転職しましたが、うまくいかなかったようです」
「つまり、落ちこぼれということですか」
「そうは言っていませんが......」
「元自衛官が、外国で傭兵になる。これは、自衛隊の教育に問題があるのではないでしょうか」
「それは......」
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ネット掲示板では、柏木の過去が掘り起こされていた。
「特殊作戦群にいたらしい」
「訓練事故で片目を失った」
「除隊後は、外国人労働者の支援機関にいた」
「退職勧告を受けて辞めた」
「つまり、クビになった」
「どこにも居場所がなくて、外国で傭兵になったんだな」
「惨めな人生だな」
「自業自得」
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擁護する声も、少数だがあった。
「犯罪者と戦っているんだろ? 悪いことじゃないじゃん」
「タイでは英雄扱いされているらしい」
「日本人が活躍しているのに、なんで叩くんだ」
だが、そういう声は、すぐに埋もれた。
「犯罪者と戦う方法が間違っている」
「暴力で解決するのは野蛮」
「日本人として恥ずかしい」
「戦争反対」
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柏木の母親の家に、マスコミが押しかけた。
「息子さんがタイで活動していることを知っていましたか」
母親は何も答えなかった。
ドアを閉めた。
それでも、マスコミは帰らなかった。
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チェンマイ。
柏木は、日本のニュースを見ていた。
画面には、自分の名前が映っている。
「元自衛官が犯罪者に」
「日本の恥」
「即刻辞めさせろ」
柏木は、煙草に火をつけた。
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サラが隣に来た。
「見ているの」
「ああ」
「......ひどいわね」
「いつものことだ」
「いつものこと?」
「日本は、こういう国だ。出る杭は打たれる。正しいことをしても、叩かれる」
「......」
「だから、俺は日本を出た」
柏木は煙草を吸った。
「俺は、日本人を恨んでいない。だが、日本という国は......合わなかった」
「合わなかった」
「ああ。同調圧力。空気を読め。和を乱すな。そういう国だ」
「......」
「俺は、正しいと思うことをした。ベトナム人労働者を助けた。犯罪組織と戦った。人を守った」
「それは、正しいことよ」
「日本では、正しいことをしても報われない。むしろ、叩かれる」
「......」
「だから、ここにいる。タイでは、正しいことが報われる」
柏木はテレビを消した。
「日本のことは、もう気にしない。俺は、タイ人だ」
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ニコライが入ってきた。
「ロシアでも報道されている」
「知っている」
「俺たちは英雄扱いだ。プーチンに利用されているがな」
「利用されても構わない」
「構わないのか」
「ああ。俺たちがやっていることは変わらない。犯罪者を捕まえる。人を守る。それだけだ」
「......そうだな」
ニコライは頷いた。
「日本の反応は、ひどいな」
「ひどい」
「お前は、怒らないのか」
「怒らない」
「なぜだ」
「予想通りだからだ」
「予想通り......」
「日本人が日本人を叩く。いつものことだ。俺は、もう日本人じゃない」
ニコライは柏木を見た。
「お前は、強いな」
「強くない。諦めただけだ」
「諦めた?」
「日本を変えることを、諦めた。だから、ここにいる」
「......」
「ここでは、俺のやることに意味がある。それで十分だ」
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川島が入ってきた。
顔色が悪かった。
「隊長」
「どうした」
「日本の家族から、連絡がありました」
「......」
「『お前は何をしているんだ』と。『日本の恥だ』と」
川島の声が震えていた。
「俺は......正しいことをしていると思っていました。でも、家族にまで......」
「......」
「俺は、間違っているんでしょうか」
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柏木は川島の肩に手を置いた。
「間違っていない」
「でも......」
「お前は、正しいことをしている。人を守っている。犯罪者を捕まえている。それは、間違いじゃない」
「でも、家族が......」
「家族は、遠くにいる。何が起きているか、分からない。だから、怖いんだ」
「怖い......」
「ああ。分からないものは、怖い。だから、叩く」
「......」
「お前は、自分が正しいと思うことをしろ。それだけだ」
川島は俯いていた。
「......はい」
「俺たちは、仲間だ。家族が何を言っても、俺たちは仲間だ」
「......はい」
川島は少し、顔を上げた。
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ファリダーが入ってきた。
「柏木さん」
「何だ」
「タイのSNSを見てください」
「何がある」
「応援メッセージが、たくさん来ています」
ファリダーはスマートフォンを見せた。
「『ありがとう』『タイを守ってくれてありがとう』『あなたたちは英雄です』」
「......」
「日本は叩いているかもしれません。でも、タイは違います。タイ人は、感謝しています」
柏木は画面を見た。
タイ語のメッセージが、無数に並んでいた。
「......そうか」
「はい。だから、気にしないでください。日本のことは」
「気にしていない」
「嘘です」
「......」
「柏木さんは、強がっています。でも、傷ついているはずです」
柏木は何も言わなかった。
「私たちは、柏木さんの味方です。全員が」
「......ありがとう」
「いいえ。当然のことです」
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夜。
柏木は屋上にいた。
煙草を吸っていた。
日本のことを、考えていた。
母親のことを、考えていた。
もう何年も、連絡を取っていない。
マスコミに囲まれているだろう。
迷惑をかけている。
「......すまない」
呟いた。
誰にも聞こえなかった。
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サラが来た。
「まだ起きているの」
「ああ」
「眠れない?」
「少し」
サラは隣に立った。
「日本のこと、考えている?」
「......少し」
「母親のこと?」
「......」
「連絡、取らないの」
「取れない」
「なぜ」
「何を言えばいいか、分からない」
「......」
「俺は、日本を捨てた。母親を、捨てた。今さら、何を言えばいい」
「捨てたんじゃない。離れただけよ」
「同じことだ」
「違う」
サラは柏木を見た。
「あなたは、正しいことをしている。それを、伝えればいい」
「伝えても、分かってもらえない」
「分かってもらえなくても、伝えることに意味がある」
「......」
「考えておいて」
サラは去っていった。
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柏木は、空を見上げた。
星が見える。
日本でも、同じ星が見えているだろうか。
母親は、今、何をしているだろうか。
「......」
柏木は煙草を消した。
部屋に戻った。
眠れない夜が、続いた。




