幕間 広報
バンコク。首相官邸。
緊急閣議が開かれていた。
「何を考えているんだ!」
外務大臣が叫んだ。
「ミャンマー軍の将校を逮捕した! 隣国の軍人だぞ!」
「元将校です。現役ではありません」
王宮警察の代表が答えた。
「元だろうが現役だろうが関係ない! ミャンマー政府が抗議してきている!」
「抗議は想定内です」
「想定内だと!?」
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首相が手を挙げた。
「静かに」
閣議室が静まった。
「王宮警察に聞く。今回の逮捕は、事前に政府と調整したのか」
「していません」
「なぜだ」
「調整している時間がありませんでした」
「時間がない?」
「情報が漏れる可能性があったからです」
首相の目が細くなった。
「情報が漏れる。誰から」
「政府内部からです」
閣議室がざわついた。
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「我々を疑っているのか」
外務大臣が言った。
「疑っているわけではありません。可能性を排除しただけです」
「同じことだ」
「違います」
「どう違う」
「我々は、結果を出しました。二百人以上の犯罪者を逮捕し、二百億バーツの麻薬を押収しました。これが事実です」
「事実だとしても、外交問題になっている」
「外交問題は、外務省が処理してください。我々は犯罪を取り締まります」
外務大臣の顔が真っ赤になった。
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首相が再び手を挙げた。
「この件は、後で個別に協議する。今日の議題は、今後の対応だ」
「今後の対応?」
「王宮警察は、特別捜査班の存在を公表すると聞いている」
「はい。公表します」
「理由は」
「国民に知らせるためです。我々が何をしているか。何のために戦っているか」
「それは政府の判断ではないのか」
「御方の判断です」
閣議室が静まり返った。
御方。
その言葉の前には、誰も逆らえなかった。
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同じ頃。
チェンマイ。柏木班の拠点。
夜。二十二時。
柏木の携帯電話が鳴った。
大佐からだった。
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「報告は聞いた。よくやった」
「ありがとうございます」
「だが、政府は大騒ぎだ」
「聞いています」
「聞いているなら、次の指示も分かるな」
「何ですか」
「公表する。特別捜査班の存在を」
「公表......」
「そうだ。記者会見を開く。テレビカメラの前で、お前たちの戦果を発表する」
「俺たちが出るんですか」
「代表者が出る。全員ではない」
「代表者」
「そうだ。広報に使う。一番のイケメンと美女を決めておけ」
柏木は少し黙った。
「......イケメンと美女」
「そうだ。見栄えが大事だ。国民に好印象を与える必要がある」
「俺は」
「お前は駄目だ」
「なぜですか」
「強面すぎる。片目で、サングラスで、紅色のシュマグ。テレビに映したら、犯罪者にしか見えない」
「......」
「異論は認めない。他の人間を選べ」
「了解しました」
電話が切れた。
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柏木は全員を集めた。
会議室。深夜。
十五人が集まった。
「大佐から指示があった」
「何ですか」
「特別捜査班の存在を公表する。記者会見に代表者を出す」
「代表者?」
「イケメンと美女を一人ずつ選べ、だそうだ」
沈黙。
そして、騒ぎが始まった。
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「俺だな」
マルティネスが言った。
「お前?」
「そうだ。ラテン系はテレビ映えする」
「根拠がない」
「根拠はある。俺の顔を見ろ」
「見た。普通だ」
「普通じゃない。情熱的だ」
「情熱的と普通は両立する」
「......」
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ジョンソンが言った。
「俺だろう」
「お前?」
「紳士的な黒人は希少価値がある。テレビ受けする」
「お前、五十代だろう」
「四十代後半だ」
「同じようなものだ」
「違う。四十代と五十代は全く違う」
「どう違う」
「......気持ちの問題だ」
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ニコライが言った。
「俺はどうだ」
「お前は......」
全員が黙った。
「何だ」
「威圧的すぎる」
「威圧的?」
「百九十センチ超えで、金髪で、無精髭で、ロシア人。テレビに映したら、悪役にしか見えない」
「悪役じゃない。ヒーローだ」
「見た目の話をしている」
「......」
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ヨナタンは無表情だった。
「俺は興味がない」
「お前は......そうだな。無表情すぎる」
「無表情が悪いのか」
「テレビでは悪い。笑顔が必要だ」
「笑えない」
「分かっている」
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川島が言った。
「僕はどうですか」
「お前は......」
全員が川島を見た。
「普通だな」
「普通......」
「普通が悪いわけじゃない。だが、インパクトがない」
「インパクト......」
「テレビには、インパクトが必要だ」
「......そうですか」
川島は少し落ち込んだ。
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プラウィットが言った。
「僕は、タイ人なので、親しみやすいかもしれません」
「それはある」
「タイ人がタイの犯罪を取り締まる。分かりやすい」
「だが、お前は戦闘要員じゃない」
「通訳です」
「通訳がテレビに出ても、インパクトがない」
「......そうですね」
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イーゴリが言った。
「パイロットはどうだ。パイロットはかっこいいだろう」
「パイロットはかっこいい。だが、お前の顔は」
「俺の顔がどうした」
「疲れている」
「......それは認める」
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ダニエルが言った。
「俺は最初から候補外だろうな」
「なぜ」
「整備士だ。油まみれの男がテレビに出ても」
「確かに」
「だろう」
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エイブラハムは興味なさそうだった。
「俺は出たくない」
「なぜ」
「面倒だから」
「......」
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カルロスが言った。
「俺は駄目だ」
「なぜ」
「カルテルに顔を知られたくない」
「......それは確かに問題だな」
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柏木が口を開いた。
「男はマルティネスかジョンソンだな」
「二人に絞るのか」
「他に候補がいない」
「プラウィットは」
「戦闘要員じゃないと、説得力がない」
「じゃあ、どっちだ」
柏木はマルティネスとジョンソンを見た。
「......ジョンソン」
「俺か」
「お前の方が落ち着いている。マルティネスは喋りすぎる」
「喋りすぎない」
「喋りすぎる。今も喋っている」
「......」
「ジョンソン、頼む」
「了解した」
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「次は女だ」
柏木が言った。
女性陣が顔を見合わせた。
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サラが言った。
「私は......向いていないと思う」
「なぜ」
「怖いと言われる」
「怖くないだろう」
「怖いらしい。元CIDだから」
「......」
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マリーは無表情だった。
「私は論外だ」
「なぜ」
「狙撃手だ。顔を出したくない」
「それは......確かに」
「次」
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ナターシャが言った。
「私は事務官よ。戦闘要員じゃない」
「それを言ったら、ファリダーもラッタナーも」
「ファリダーは警察官でしょう。ラッタナーは......」
全員がラッタナーを見た。
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ラッタナーは慌てた。
「わ、私ですか」
「お前はタイ人で、若くて、親しみやすい」
「でも、私は戦闘に参加していません」
「後方支援も重要だ」
「でも......」
「テレビ映えする」
「そうでしょうか......」
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ファリダーが言った。
「私は、人前で話すのが苦手です」
「苦手でも、できるだろう」
「緊張して、何も言えなくなるかもしれません」
「練習すればいい」
「練習しても......」
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柏木は女性陣を見渡した。
サラ。怖いと言われる。
マリー。顔を出したくない。
ナターシャ。戦闘要員じゃない。
ファリダー。人前で話すのが苦手。
ラッタナー。戦闘に参加していない。
「......難しいな」
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サラが言った。
「ファリダーがいいと思う」
「私ですか」
「あなたは警察官よ。タイの警察官が、タイの犯罪と戦っている。ストーリーとして分かりやすい」
「でも......」
「それに、若くて可愛い。テレビ映えする」
「可愛い......」
ファリダーの顔が赤くなった。
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ナターシャが同意した。
「私もファリダーがいいと思う」
ラッタナーも頷いた。
「私も」
マリーは無表情だった。
「異論はない」
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柏木は頷いた。
「決まりだ。ジョンソンとファリダー」
「え、私......」
「頼む」
「でも......」
「お前なら、できる」
ファリダーは柏木を見た。
柏木の目は、真剣だった。
「......分かりました。やります」
「よし」
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川島が小さく言った。
「ファリダーさん、テレビに出るんですね......」
「はい......緊張しますけど」
「僕、応援します」
「ありがとうございます」
二人の間に、何かが流れた。
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マルティネスが言った。
「俺は選ばれなかったか」
「残念だったな」
「残念だ。ラテンの魅力を見せたかった」
「次の機会があるかもしれない」
「あるといいな」
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ニコライが言った。
「俺も選ばれなかった」
「威圧的だからな」
「威圧的じゃない」
「威圧的だ」
「......次は俺が出る」
「威圧感を消せたらな」
「消せる」
「本当か」
「......たぶん」
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深夜の会議は、こうして終わった。
男はジョンソン。
女はファリダー。
記者会見は、三日後に行われる。
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翌日。
ファリダーは緊張していた。
「何を話せばいいんでしょう」
サラが言った。
「事実を話せばいい。私たちが何をしているか。なぜ戦っているか」
「でも......」
「大丈夫。あなたなら、できる」
「本当ですか」
「本当よ。自信を持って」
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ジョンソンは落ち着いていた。
「テレビは初めてじゃない」
「出たことがあるんですか」
「CIDの時に、何度か。慣れている」
「羨ましいです」
「慣れだ。回数をこなせば、誰でもできる」
「そうでしょうか」
「そうだ」
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三日後。
バンコク。王宮警察本部。
記者会見が開かれた。
テレビカメラが並んでいる。記者が五十人以上。
ジョンソンとファリダーが、壇上に立った。
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ジョンソンが最初に話した。
流暢な英語。落ち着いた声。紳士的な態度。
「我々は、タイの犯罪組織と戦っています。麻薬、人身売買、武器密輸。すべてを止めるために」
記者たちがメモを取っている。
「これまでに、二十三の組織を制圧しました。千二百人以上を逮捕しました。麻薬は八百億バーツ相当を押収しました」
どよめきが起きた。
「我々は、止まりません。タイから犯罪を一掃するまで」
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次に、ファリダーが話した。
最初は緊張していた。声が震えていた。
だが、話しているうちに、落ち着いてきた。
「私は、タイ人です。タイの警察官です」
記者たちがファリダーを見た。若い。可愛い。だが、目に力がある。
「私は、この国を守りたい。この国の人々を守りたい。だから、戦っています」
「犯罪者は、私たちを恐れています。逃げる場所はありません。私たちは、必ず捕まえます」
ファリダーの声は、もう震えていなかった。
「これが、特別捜査班です」
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記者会見は、大成功だった。
テレビで放送された。新聞に載った。SNSで拡散された。
「王宮警察の特別捜査班」「犯罪組織を壊滅させる精鋭部隊」「若き女性警官の決意」
見出しが躍った。
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チェンマイ。
柏木はテレビを見ていた。
ファリダーが映っている。堂々と話している。
「よくやった」
呟いた。
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大佐から電話が来た。
「成功だ」
「はい」
「ファリダーは良かった。ジョンソンも」
「ありがとうございます」
「これで、国民は我々の味方になった。政府も、簡単には動けなくなる」
「政治の話ですか」
「そうだ。お前は気にするな。戦いに集中しろ」
「了解しました」
「次の作戦は、一週間後だ。準備しておけ」
「了解しました」
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電話が切れた。
柏木は窓の外を見た。
チェンマイの夜空。星が見える。
政治が動いている。
だが、俺たちは止まらない。
やるべきことをやる。
それだけだ。




