幕間 暗闘
バンコク。政府庁舎。
会議室には、二十人以上の人間が集まっていた。
軍の将官。警察の幹部。国会議員。官僚。
そして、王宮警察からウィチャイ大佐とチャイロン少佐。
空気は重かった。
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議長席に座っているのは、プラソン・チャルーンポン。
国家安全保障会議の副議長。六十代。白髪。痩せた体。目だけが鋭い。
「本日の議題は、王宮警察特別捜査班の活動についてだ」
プラソンの声は冷たかった。
「活動報告を求める」
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ウィチャイ大佐が立ち上がった。
「報告します。特別捜査班は、過去三ヶ月で二十三の犯罪組織を制圧しました。逮捕者は千二百人以上。押収した麻薬は、末端価格で八百億バーツ相当。押収した武器は五百丁以上。押収した現金は十五億バーツ」
資料を配った。
「死者は敵側で四十七人。味方の死者はゼロ。負傷者は軽傷のみです」
「......」
会議室が静まり返った。
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プラソンが口を開いた。
「素晴らしい成果だ」
「ありがとうございます」
「だが、問題がある」
「問題、ですか」
「そうだ。多くの問題が」
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一人の男が手を挙げた。
陸軍のピチット中将。五十代。太った体。汗をかいている。
「発言を許可する」
「ありがとうございます。ウィチャイ大佐に質問がある」
「どうぞ」
「特別捜査班の活動は、軍との調整なしに行われている。これは問題ではないか」
ウィチャイは表情を変えなかった。
「調整の必要はありません。我々は王宮警察の管轄で活動しています」
「だが、国境地帯での作戦は、軍の管轄だ」
「国境を越えてはいません」
「国境から五キロの地点で作戦を行った。これは事実上、軍の管轄区域だ」
「法的には、警察の管轄です」
「法的には。だが、実際には」
「実際にも、警察の管轄です」
ピチット中将の顔が赤くなった。
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別の男が手を挙げた。
警察のソムチャイ大佐。以前、柏木班の拠点に乗り込んできた男だ。
「発言を許可する」
「特別捜査班は、バンコク警察との連携を拒否している。これは問題ではないか」
ウィチャイが答えた。
「連携を拒否したことはありません。情報共有の必要がなかっただけです」
「情報共有の必要がない? 我々は同じ警察だ」
「王宮警察と一般警察は、指揮系統が異なります」
「だから連携しなくていいと?」
「連携が必要な場合は、連携します。今回は必要ありませんでした」
ソムチャイの顔が歪んだ。
「傲慢だな」
「事実を述べているだけです」
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国会議員の一人が手を挙げた。
タナコーン・シリワット。与党の重鎮。七十代。
「発言を許可する」
「ウィチャイ大佐。特別捜査班の活動は、政府の方針に沿っているのか」
「沿っています」
「どの方針だ」
「犯罪撲滅です」
「犯罪撲滅は結構だ。だが、方法が問題だ」
「方法に問題があるとは思いません」
「重武装の部隊が、民間地域で銃撃戦を行っている。これは問題ではないのか」
「作戦は、民間人の被害を最小限にするよう計画されています。実際、民間人の死傷者はゼロです」
「今のところは。だが、いつか事故が起きる」
「起こさないよう、最善を尽くしています」
「最善を尽くしても、事故は起きる」
「では、何もしない方がいいと?」
「そうは言っていない」
「では、何を言いたいのですか」
タナコーンは黙った。
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プラソンが割って入った。
「ウィチャイ大佐。質問を変える」
「どうぞ」
「特別捜査班の予算は、誰が承認している」
「私が承認しています」
「あなた一人で?」
「はい」
「監査は」
「王宮警察の内部監査を受けています」
「外部監査は」
「受けていません」
「なぜ」
「必要がないからです」
「必要がない?」
「特別捜査班は、御方の直轄です。外部監査の対象ではありません」
会議室がざわついた。
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プラソンの目が細くなった。
「御方の名を出せば、何でも許されると思っているのか」
「思っていません。事実を述べているだけです」
「事実?」
「特別捜査班の設立は、御方の意思によるものです。これは事実です」
「だが、運営は御方が直接行っているわけではない」
「そうです。運営は私が行っています」
「つまり、あなたが全権を握っている」
「そうなります」
「それは、危険ではないか」
「危険とは」
「権力の集中だ。監視がない。チェック機能がない。暴走する可能性がある」
「暴走はしていません」
「今のところは」
「今後もしません」
「どうやって保証する」
「私の人格で」
「人格で?」
「そうです」
プラソンは少し笑った。冷たい笑いだった。
「人格で保証する、か。それは、独裁者の言い分だな」
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会議室の空気が変わった。
ウィチャイは表情を変えなかった。
「独裁者とは、自分の利益のために権力を使う人間のことです」
「そうだ」
「私は、自分の利益のために権力を使っていません」
「では、何のために」
「国民のためです」
「国民のため、か。それも独裁者の常套句だ」
「言葉が同じでも、行動が違います」
「行動?」
「私は、犯罪者を捕まえています。麻薬を押収しています。人身売買を止めています。これが、独裁者の行動ですか」
「行動の正しさは、方法を正当化しない」
「では、どんな方法なら正当化されるのですか」
「議会の承認を得た方法だ」
「議会の承認を得るまでに、何人が麻薬で死にますか。何人が人身売買されますか」
「それは」
「私は、一人でも多くの人を救いたい。そのために、迅速に動いています」
「迅速さが、法を無視していい理由にはならない」
「法は無視していません」
「では、なぜ我々に報告しない」
「報告の義務がないからです」
「義務がなければ、報告しなくていいのか」
「そうです」
「それが傲慢だと言っているんだ」
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チャイロン少佐が口を開いた。
「失礼します。一つ、質問があります」
プラソンが眉をひそめた。
「何だ」
「この会議の目的は何ですか」
「目的?」
「はい。我々の活動を検証するためですか。それとも、止めるためですか」
会議室が静まり返った。
「......何が言いたい」
「言葉通りです。この会議の真の目的を知りたい」
「真の目的だと?」
「はい。ここにいる方々の中に、我々が捕まえた犯罪組織と繋がりがある人はいませんか」
空気が凍った。
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ピチット中将が立ち上がった。
「侮辱だ!」
「侮辱ではありません。質問です」
「我々が犯罪者と繋がっていると言うのか!」
「言っていません。質問しているだけです」
「同じことだ!」
ソムチャイ大佐も立ち上がった。
「王宮警察は、我々を犯罪者扱いするのか!」
「犯罪者扱いはしていません。ただ、事実を確認したいだけです」
「何の事実だ!」
「我々が捕まえた犯罪組織の中に、軍や警察や政治家に金を払っていた組織があります。その記録が、押収した書類の中にあります」
会議室が騒然となった。
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チャイロンは続けた。
「名前を挙げましょうか」
「やめろ!」
ピチット中将が叫んだ。
「なぜですか。事実を明らかにすることが、この会議の目的ではないのですか」
「それは......」
「それとも、事実を隠すことが目的ですか」
「黙れ!」
「黙りません。我々は、国民のために働いています。邪魔をしないでいただきたい」
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プラソンが手を挙げた。
「静かに」
会議室が静まった。
「チャイロン少佐。あなたの言いたいことは分かった」
「分かっていただけましたか」
「分かった。だが、この場でそれを議論することはできない」
「なぜですか」
「証拠がないからだ」
「証拠ならあります」
「法廷で使える証拠か」
「......」
「押収した書類だけでは、証拠として不十分だ。裏付けが必要だ」
「裏付けは取れます。時間があれば」
「時間をかけている間に、証拠は消える」
「では、どうすればいいのですか」
「それは、あなたたちの問題だ」
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プラソンは立ち上がった。
「本日の会議は、これで終了とする」
「結論は」
ウィチャイが聞いた。
「結論は、保留だ。特別捜査班の活動は、継続を認める。ただし、今後は定期的に報告を行うこと」
「誰に報告するのですか」
「私にだ」
「......分かりました」
「それと、国境地帯での作戦は、事前に軍と調整すること」
「......」
「これは命令だ」
「......了解しました」
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会議は終わった。
だが、何も解決していなかった。
王宮警察は、手足を縛られた。
汚職勢力は、生き延びた。
そして、本当の戦いは、これから始まる。
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廊下。
ウィチャイとチャイロンが歩いていた。
「少佐。やりすぎた」
「申し訳ありません」
「だが、悪くはなかった」
「は?」
「彼らの反応を見ることができた。誰が黒に近いか、分かった」
「ピチット中将とソムチャイ大佐は、確実に繋がっていますね」
「そうだ。タナコーン議員も怪しい」
「プラソン副議長は」
「分からない。だが、彼は中立ではない。誰かの側についている」
「誰の側ですか」
「まだ分からない。だが、我々の味方ではない」
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ウィチャイは窓の外を見た。
バンコクの街並み。
「柏木班の活動を続けさせる。だが、慎重にやる必要がある」
「妨害が入りますね」
「入る。情報が漏れる可能性もある」
「どうしますか」
「やり方を変える。次の作戦からは、直前まで詳細を伏せる」
「軍との調整は」
「形だけやる。だが、本当の情報は渡さない」
「バレたら」
「バレる前に終わらせる」
チャイロンは頷いた。
「柏木に伝えます」
「頼む。それと、もう一つ」
「何ですか」
「彼らは、柏木班を潰しにくる」
「潰す?」
「そうだ。今日の会議は、その布石だ。次は、もっと直接的な手を打ってくる」
「どんな手ですか」
「分からない。だが、備えておけ」
「了解しました」
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王宮警察本部に戻った。
ウィチャイは執務室で一人になった。
窓の外を見た。
夕日が沈んでいく。
「火力は正義だ」
呟いた。
だが、火力だけでは勝てない戦いがある。
政治という名の戦場。
そこでは、銃は役に立たない。
「柏木に、全てを託すわけにはいかない」
ウィチャイは決意した。
自分も、戦わなければならない。
この腐った政治の世界で。




