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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第2章 捜査班
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幕間 暗闘

バンコク。政府庁舎。


 会議室には、二十人以上の人間が集まっていた。


 軍の将官。警察の幹部。国会議員。官僚。


 そして、王宮警察からウィチャイ大佐とチャイロン少佐。


 空気は重かった。


---


 議長席に座っているのは、プラソン・チャルーンポン。


 国家安全保障会議の副議長。六十代。白髪。痩せた体。目だけが鋭い。


 「本日の議題は、王宮警察特別捜査班の活動についてだ」


 プラソンの声は冷たかった。


 「活動報告を求める」


---


 ウィチャイ大佐が立ち上がった。


 「報告します。特別捜査班は、過去三ヶ月で二十三の犯罪組織を制圧しました。逮捕者は千二百人以上。押収した麻薬は、末端価格で八百億バーツ相当。押収した武器は五百丁以上。押収した現金は十五億バーツ」


 資料を配った。


 「死者は敵側で四十七人。味方の死者はゼロ。負傷者は軽傷のみです」


 「......」


 会議室が静まり返った。


---


 プラソンが口を開いた。


 「素晴らしい成果だ」


 「ありがとうございます」


 「だが、問題がある」


 「問題、ですか」


 「そうだ。多くの問題が」


---


 一人の男が手を挙げた。


 陸軍のピチット中将。五十代。太った体。汗をかいている。


 「発言を許可する」


 「ありがとうございます。ウィチャイ大佐に質問がある」


 「どうぞ」


 「特別捜査班の活動は、軍との調整なしに行われている。これは問題ではないか」


 ウィチャイは表情を変えなかった。


 「調整の必要はありません。我々は王宮警察の管轄で活動しています」


 「だが、国境地帯での作戦は、軍の管轄だ」


 「国境を越えてはいません」


 「国境から五キロの地点で作戦を行った。これは事実上、軍の管轄区域だ」


 「法的には、警察の管轄です」


 「法的には。だが、実際には」


 「実際にも、警察の管轄です」


 ピチット中将の顔が赤くなった。


---


 別の男が手を挙げた。


 警察のソムチャイ大佐。以前、柏木班の拠点に乗り込んできた男だ。


 「発言を許可する」


 「特別捜査班は、バンコク警察との連携を拒否している。これは問題ではないか」


 ウィチャイが答えた。


 「連携を拒否したことはありません。情報共有の必要がなかっただけです」


 「情報共有の必要がない? 我々は同じ警察だ」


 「王宮警察と一般警察は、指揮系統が異なります」


 「だから連携しなくていいと?」


 「連携が必要な場合は、連携します。今回は必要ありませんでした」


 ソムチャイの顔が歪んだ。


 「傲慢だな」


 「事実を述べているだけです」


---


 国会議員の一人が手を挙げた。


 タナコーン・シリワット。与党の重鎮。七十代。


 「発言を許可する」


 「ウィチャイ大佐。特別捜査班の活動は、政府の方針に沿っているのか」


 「沿っています」


 「どの方針だ」


 「犯罪撲滅です」


 「犯罪撲滅は結構だ。だが、方法が問題だ」


 「方法に問題があるとは思いません」


 「重武装の部隊が、民間地域で銃撃戦を行っている。これは問題ではないのか」


 「作戦は、民間人の被害を最小限にするよう計画されています。実際、民間人の死傷者はゼロです」


 「今のところは。だが、いつか事故が起きる」


 「起こさないよう、最善を尽くしています」


 「最善を尽くしても、事故は起きる」


 「では、何もしない方がいいと?」


 「そうは言っていない」


 「では、何を言いたいのですか」


 タナコーンは黙った。


---


 プラソンが割って入った。


 「ウィチャイ大佐。質問を変える」


 「どうぞ」


 「特別捜査班の予算は、誰が承認している」


 「私が承認しています」


 「あなた一人で?」


 「はい」


 「監査は」


 「王宮警察の内部監査を受けています」


 「外部監査は」


 「受けていません」


 「なぜ」


 「必要がないからです」


 「必要がない?」


 「特別捜査班は、御方の直轄です。外部監査の対象ではありません」


 会議室がざわついた。


---


 プラソンの目が細くなった。


 「御方の名を出せば、何でも許されると思っているのか」


 「思っていません。事実を述べているだけです」


 「事実?」


 「特別捜査班の設立は、御方の意思によるものです。これは事実です」


 「だが、運営は御方が直接行っているわけではない」


 「そうです。運営は私が行っています」


 「つまり、あなたが全権を握っている」


 「そうなります」


 「それは、危険ではないか」


 「危険とは」


 「権力の集中だ。監視がない。チェック機能がない。暴走する可能性がある」


 「暴走はしていません」


 「今のところは」


 「今後もしません」


 「どうやって保証する」


 「私の人格で」


 「人格で?」


 「そうです」


 プラソンは少し笑った。冷たい笑いだった。


 「人格で保証する、か。それは、独裁者の言い分だな」


---


 会議室の空気が変わった。


 ウィチャイは表情を変えなかった。


 「独裁者とは、自分の利益のために権力を使う人間のことです」


 「そうだ」


 「私は、自分の利益のために権力を使っていません」


 「では、何のために」


 「国民のためです」


 「国民のため、か。それも独裁者の常套句だ」


 「言葉が同じでも、行動が違います」


 「行動?」


 「私は、犯罪者を捕まえています。麻薬を押収しています。人身売買を止めています。これが、独裁者の行動ですか」


 「行動の正しさは、方法を正当化しない」


 「では、どんな方法なら正当化されるのですか」


 「議会の承認を得た方法だ」


 「議会の承認を得るまでに、何人が麻薬で死にますか。何人が人身売買されますか」


 「それは」


 「私は、一人でも多くの人を救いたい。そのために、迅速に動いています」


 「迅速さが、法を無視していい理由にはならない」


 「法は無視していません」


 「では、なぜ我々に報告しない」


 「報告の義務がないからです」


 「義務がなければ、報告しなくていいのか」


 「そうです」


 「それが傲慢だと言っているんだ」


---


 チャイロン少佐が口を開いた。


 「失礼します。一つ、質問があります」


 プラソンが眉をひそめた。


 「何だ」


 「この会議の目的は何ですか」


 「目的?」


 「はい。我々の活動を検証するためですか。それとも、止めるためですか」


 会議室が静まり返った。


 「......何が言いたい」


 「言葉通りです。この会議の真の目的を知りたい」


 「真の目的だと?」


 「はい。ここにいる方々の中に、我々が捕まえた犯罪組織と繋がりがある人はいませんか」


 空気が凍った。


---


 ピチット中将が立ち上がった。


 「侮辱だ!」


 「侮辱ではありません。質問です」


 「我々が犯罪者と繋がっていると言うのか!」


 「言っていません。質問しているだけです」


 「同じことだ!」


 ソムチャイ大佐も立ち上がった。


 「王宮警察は、我々を犯罪者扱いするのか!」


 「犯罪者扱いはしていません。ただ、事実を確認したいだけです」


 「何の事実だ!」


 「我々が捕まえた犯罪組織の中に、軍や警察や政治家に金を払っていた組織があります。その記録が、押収した書類の中にあります」


 会議室が騒然となった。


---


 チャイロンは続けた。


 「名前を挙げましょうか」


 「やめろ!」


 ピチット中将が叫んだ。


 「なぜですか。事実を明らかにすることが、この会議の目的ではないのですか」


 「それは......」


 「それとも、事実を隠すことが目的ですか」


 「黙れ!」


 「黙りません。我々は、国民のために働いています。邪魔をしないでいただきたい」


---


 プラソンが手を挙げた。


 「静かに」


 会議室が静まった。


 「チャイロン少佐。あなたの言いたいことは分かった」


 「分かっていただけましたか」


 「分かった。だが、この場でそれを議論することはできない」


 「なぜですか」


 「証拠がないからだ」


 「証拠ならあります」


 「法廷で使える証拠か」


 「......」


 「押収した書類だけでは、証拠として不十分だ。裏付けが必要だ」


 「裏付けは取れます。時間があれば」


 「時間をかけている間に、証拠は消える」


 「では、どうすればいいのですか」


 「それは、あなたたちの問題だ」


---


 プラソンは立ち上がった。


 「本日の会議は、これで終了とする」


 「結論は」


 ウィチャイが聞いた。


 「結論は、保留だ。特別捜査班の活動は、継続を認める。ただし、今後は定期的に報告を行うこと」


 「誰に報告するのですか」


 「私にだ」


 「......分かりました」


 「それと、国境地帯での作戦は、事前に軍と調整すること」


 「......」


 「これは命令だ」


 「......了解しました」


---


 会議は終わった。


 だが、何も解決していなかった。


 王宮警察は、手足を縛られた。


 汚職勢力は、生き延びた。


 そして、本当の戦いは、これから始まる。


---


 廊下。


 ウィチャイとチャイロンが歩いていた。


 「少佐。やりすぎた」


 「申し訳ありません」


 「だが、悪くはなかった」


 「は?」


 「彼らの反応を見ることができた。誰が黒に近いか、分かった」


 「ピチット中将とソムチャイ大佐は、確実に繋がっていますね」


 「そうだ。タナコーン議員も怪しい」


 「プラソン副議長は」


 「分からない。だが、彼は中立ではない。誰かの側についている」


 「誰の側ですか」


 「まだ分からない。だが、我々の味方ではない」


---


 ウィチャイは窓の外を見た。


 バンコクの街並み。


 「柏木班の活動を続けさせる。だが、慎重にやる必要がある」


 「妨害が入りますね」


 「入る。情報が漏れる可能性もある」


 「どうしますか」


 「やり方を変える。次の作戦からは、直前まで詳細を伏せる」


 「軍との調整は」


 「形だけやる。だが、本当の情報は渡さない」


 「バレたら」


 「バレる前に終わらせる」


 チャイロンは頷いた。


 「柏木に伝えます」


 「頼む。それと、もう一つ」


 「何ですか」


 「彼らは、柏木班を潰しにくる」


 「潰す?」


 「そうだ。今日の会議は、その布石だ。次は、もっと直接的な手を打ってくる」


 「どんな手ですか」


 「分からない。だが、備えておけ」


 「了解しました」


---


 王宮警察本部に戻った。


 ウィチャイは執務室で一人になった。


 窓の外を見た。


 夕日が沈んでいく。


 「火力は正義だ」


 呟いた。


 だが、火力だけでは勝てない戦いがある。


 政治という名の戦場。


 そこでは、銃は役に立たない。


 「柏木に、全てを託すわけにはいかない」


 ウィチャイは決意した。


 自分も、戦わなければならない。


 この腐った政治の世界で。

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