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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第2章 捜査班
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幕間 言語

チェンマイ。柏木班の拠点。


 通信室。


 川島とカルロスが無線機の前に座っていた。


 二人とも、頭を抱えていた。


---


 「もう一回言ってくれ」


 川島が無線に向かって言った。


 タイ語の返答が返ってきた。


 長い。速い。声調が上下する。


 川島は何も分からなかった。


 「......カルロス、聞き取れたか」


 「無理だ。俺はスペイン語とポルトガル語と英語しか分からない」


 「俺は日本語と英語だけだ」


 「タイ語は」


 「三ヶ月勉強した。だが、全然分からない」


 「俺も二ヶ月やった。同じだ」


---


 問題は単純だった。


 柏木班の通信士は二人とも外国人。


 タイ語が話せない。


 だが、現地の警察や軍との連絡は、タイ語で行われる。


 ファリダーが通訳をすることもあるが、彼女は作戦中は前線にいる。


 通信室には、タイ語を話せる人間がいない。


---


 「ファリダーを呼ぶか」


 「作戦の打ち合わせ中だ」


 「ラッタナーは」


 「経理の仕事中だ」


 「誰かタイ語が分かる人間は」


 「いない」


 「......」


---


 無線から、また声が聞こえた。


 タイ語。速い。


 川島は必死にメモを取ろうとした。


 「クラップ......ティー......マイ......」


 「何だ、それは」


 「分からない。音だけ拾った」


 「意味は」


 「分からない」


 「......」


---


 川島はタイ語の辞書を開いた。


 「クラップ......これは丁寧語だ。『です』みたいな意味」


 「それは分かる。俺でも知っている」


 「ティー......『場所』か『〜番目』か......」


 「どっちだ」


 「文脈による」


 「文脈が分からないんだ」


 「だから分からないんだ」


 「......」


---


 カルロスが無線を取った。


 「こちらチェンマイ特別捜査班。英語で話せますか。リピート。英語で話せますか」


 返答。タイ語。


 「......何て言っている」


 「分からない」


 「英語で話せるかどうかも分からないのか」


 「分からない」


 カルロスは無線を置いた。


 「駄目だ。向こうは英語が通じない」


---


 三十分後。


 ファリダーが通信室に来た。


 「何かあったんですか」


 「助けてくれ」


 川島が言った。


 「何を」


 「タイ語が分からない」


 「......また?」


 「また」


 ファリダーはため息をついた。


---


 無線の録音を聞いた。


 「これは......メーホンソンの県警からですね」


 「何て言っている」


 「『明日の作戦について確認したい。集合時間と場所を教えてくれ』」


 「それだけか」


 「それだけです」


 「三十分かけて、それが分からなかったのか、俺たちは」


 「......そうですね」


 川島とカルロスは机に突っ伏した。


---


 「タイ語、難しすぎる」


 カルロスが呟いた。


 「同感だ」


 川島が答えた。


 ファリダーが聞いた。


 「どこが難しいですか」


 「全部だ」


 「全部?」


 「まず、声調が分からない」


 川島が説明した。


 「タイ語は声調言語だろう。同じ音でも、上がったり下がったりで意味が変わる」


 「はい。五つの声調があります」


 「五つ?」


 「はい。平声、低声、下声、高声、上声」


 「......日本語には声調がない。英語にもない。スペイン語にもない」


 カルロスが付け加えた。


 「だから、聞き分けられない」


 「練習すれば」


 「三ヶ月練習した」


 「まだ足りないですね」


 「何年かかるんだ」


 「人によります」


 「......」


---


 「それと、文字が読めない」


 川島が続けた。


 「タイ文字ですか」


 「そうだ。あれは何だ。曲線だらけで、どこで区切るかも分からない」


 「スペースがないんですよね」


 カルロスが言った。


 「はい。タイ語は単語の間にスペースを入れません」


 「なぜ」


 「そういう言語だからです」


 「不便じゃないのか」


 「タイ人には不便じゃないです」


 「俺たちには不便だ」


 「......そうですね」


---


 「あと、母音が多すぎる」


 カルロスが言った。


 「三十二個あるんだろう」


 「正確には、短母音と長母音を合わせて、二十を超えます」


 「スペイン語は五個だぞ」


 「日本語も五個だ」


 「タイ語は多すぎる」


 「......」


 ファリダーは少し困った顔をした。


 「でも、作戦では英語を使っていますよね」


 「班内ではな。だが、外部との連絡はタイ語だ」


 「それは......仕方ないですね」


 「仕方ないで済むか。通信士が通信できないんだぞ」


---


 その時、無線が鳴った。


 タイ語の声が流れてきた。


 長い。速い。声調が上下する。


 川島とカルロスは顔を見合わせた。


 ファリダーが無線を取った。


 「はい。......はい。......分かりました。伝えます」


 通話が終わった。


 「何だった」


 「チェンライの県警からです。明後日の作戦について、追加の人員を出せるそうです」


 「それを俺たちに言われても分からない」


 「......そうですね」


---


 川島が立ち上がった。


 「もう限界だ」


 「何をするんですか」


 「柏木さんに直訴する」


 「何を」


 「外部との通信を英語に統一してもらう」


 「できるんですか」


 「やるしかない」


---


 柏木の部屋。


 川島とカルロスが立っていた。


 「英語で統一?」


 「はい。外部との通信を、全部英語にしてください」


 「タイの警察が英語を話せるのか」


 「話せない人が多いです」


 「なら無理だろう」


 「無理でも、やってもらうしかありません」


 「なぜだ」


 「俺たちがタイ語を話せないからです」


 柏木は少し考えた。


 「......お前たちがタイ語を覚えればいいんじゃないか」


 「三ヶ月やりました」


 「足りないのか」


 「足りません。五つの声調が聞き分けられません」


 「俺は聞き分けられるぞ」


 「隊長は特殊です」


 「特殊か」


 「特殊です」


---


 カルロスが口を挟んだ。


 「柏木さん、何ヶ国語話せるんですか」


 「日本語、英語、タイ語。少しだけベトナム語」


 「四ヶ国語」


 「そうだ」


 「どうやって覚えたんですか」


 「必要だったから覚えた」


 「必要だから覚えられるなら、苦労しません」


 「......」


---


 柏木は煙草を取り出した。


 「分かった。大佐に相談する」


 「本当ですか」


 「本当だ。だが、期待するな。タイの警察に英語を強制するのは難しい」


 「では、どうすれば」


 「通訳を増やす」


 「通訳?」


 「タイ語と英語ができる人間を、通信室に配置する」


 「誰がいるんですか」


 「探す」


 「また『探す』ですか」


 「そうだ。この部隊は、いつも人を探している」


---


 一週間後。


 通信室に新しい人間が配置された。


 プラウィット。二十八歳。タイ人。元通訳。


 英語とタイ語が完璧に話せる。


 「よろしく」


 プラウィットが言った。


 「助かる」


 川島が言った。


 「本当に助かる」


 カルロスが言った。


---


 だが、問題は完全には解決しなかった。


 「川島さん、この通信、英語で来てますけど、訛りがひどくて分かりません」


 「どこからだ」


 「ミャンマー国境の警備隊です」


 「ミャンマー訛りの英語か」


 「はい。何を言っているか分かりません」


 「......」


 川島は頭を抱えた。


 「タイ語が分からない。ミャンマー訛りの英語も分からない。俺たちは何なら分かるんだ」


 「日本語」


 「日本語を話すタイ人はいない」


 「いませんね」


 「......」


---


 カルロスが言った。


 「いっそ、全員にスペイン語を覚えさせるか」


 「誰が覚えるんだ」


 「分からない」


 「却下だ」


 「だろうな」


---


 その夜。


 通信室で、川島とカルロスとプラウィットが残業していた。


 無線が鳴った。


 タイ語。


 プラウィットが応答した。


 「......はい。......はい。......分かりました」


 通話が終わった。


 「何だった」


 「大佐からです」


 「大佐?」


 「明日の会議に、川島さんとカルロスさんも出席してほしいそうです」


 「何の会議だ」


 「通信システムの改善について」


 「お、ついに」


 「英語を標準にする案が出ているそうです」


 「本当か」


 「本当です」


 川島とカルロスは顔を見合わせた。


 「やっと......」


 「やっとだな」


---


 翌日の会議。


 結論。


 「タイ語を基本とし、必要に応じて英語を併用する」


 何も変わらなかった。


 「......」


 川島とカルロスは無言で通信室に戻った。


 プラウィットが待っていた。


 「どうでしたか」


 「何も変わらなかった」


 「そうですか」


 「そうだ」


 「じゃあ、これからも一緒に頑張りましょう」


 「......ああ」


 通信士の戦いは、まだまだ続く。

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