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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第2章 捜査班
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幕間 経費

チェンマイ。柏木班の拠点。


 事務室。


 ナターシャとラッタナーが机に向かっていた。


 二人の前に、書類の山が積まれている。


 領収書。請求書。申請書。報告書。


 「......また却下された」


 ナターシャが電話を切った。


 「何がですか」


 「トイレットペーパー」


 「トイレットペーパー?」


 「そう。三十ロール。四百五十バーツ。却下」


 「なぜ」


 「『特別予算の対象外』だそうよ」


 ラッタナーは首を傾げた。


 「ミニガンの弾薬は通るのに?」


 「通る」


 「GAU-19の弾薬は?」


 「通る」


 「トイレットペーパーは?」


 「通らない」


 「......おかしくないですか」


 「おかしい。だから戦っている」


---


 王宮警察の予算システムは複雑だった。


 特別作戦用の予算と、通常運営用の予算が別々に管理されている。


 武器、弾薬、車両、通信機器。これらは特別予算から出る。大佐の一声で通る。


 だが、日用品は通常予算だ。総務部の承認が必要。手続きが煩雑。時間がかかる。


 「先週申請した洗剤は」


 「まだ審査中」


 「コピー用紙は」


 「書類不備で差し戻し」


 「何が不備なんですか」


 「『使用目的が不明確』だそうよ」


 「コピー用紙の使用目的って、コピーに使う以外に何があるんですか」


 「知らないわ。総務部に聞いて」


---


 ナターシャは電話を取った。


 バンコクの総務部に繋がる。


 「もしもし。チェンマイ特別捜査班のナターシャです」


 「ああ、また君か」


 総務部の担当者の声は、明らかに面倒くさそうだった。


 「トイレットペーパーの件ですが」


 「却下した」


 「理由を教えてください」


 「特別予算の対象外だ」


 「では、通常予算から出してください」


 「通常予算は、正規の部署にしか適用されない」


 「私たちは正規の部署です」


 「君たちは『特別捜査班』だ。特別予算で運営されている」


 「特別予算は武器と弾薬だけです。日用品は含まれていません」


 「なら、自費で買え」


 「十五人分のトイレットペーパーを自費で?」


 「そうだ」


 「......」


 ナターシャは深呼吸した。


 「では、弾薬として申請したらどうなりますか」


 「何?」


 「7.62ミリ弾、千発。品目名『トイレットペーパー』」


 「ふざけているのか」


 「ふざけていません。本気です」


 電話が切れた。


---


 ラッタナーが聞いた。


 「どうでしたか」


 「駄目だった」


 「やっぱり」


 「でも、方法を思いついた」


 「何ですか」


 「大佐に直訴する」


 「大佐に?」


 「そう。大佐なら、総務部を黙らせられる」


 「......それ、越権行為じゃないですか」


 「越権行為でも、トイレットペーパーがないよりマシよ」


---


 バンコク。王宮警察本部。


 ナターシャは大佐の執務室にいた。


 「トイレットペーパー?」


 「はい」


 「それを俺に言いに来たのか」


 「はい」


 大佐は少し黙った。


 「......分かった。何とかする」


 「ありがとうございます」


 「だが、今後はこういう件で俺を呼ぶな」


 「では、どうすれば」


 「総務部を説得しろ」


 「説得できません」


 「なぜ」


 「彼らは規則しか見ていないからです」


 大佐はため息をついた。


 「......俺が総務部長に話をつける。今後は、日用品も特別予算から出せるようにする」


 「本当ですか」


 「本当だ。だが、時間がかかる」


 「どれくらい」


 「一ヶ月くらいだ」


 「一ヶ月......」


 「それまでは、自費で立て替えろ。後で精算する」


 「分かりました」


---


 チェンマイに戻った。


 「どうでしたか」


 ラッタナーが聞いた。


 「一ヶ月待てば、何とかなるそうよ」


 「一ヶ月......」


 「それまでは立て替え」


 「立て替え......」


 二人はため息をついた。


 そこに、ニコライが入ってきた。


 「これ、経費で落としてくれ」


 領収書を差し出した。


---


 ナターシャは領収書を見た。


 「......ウォッカ。十二本。三千六百バーツ」


 「そうだ」


 「なぜウォッカが経費になるんですか」


 「消毒用だ」


 「消毒用」


 「傷口の消毒に使う」


 「アルコール消毒液を買えばいいでしょう」


 「ウォッカの方が効く」


 「効きません」


 「効く。ロシアでは常識だ」


 「ここはタイです」


 「タイでも効く」


 「......」


 ナターシャは領収書を却下の山に置いた。


 「駄目です」


 「なぜ」


 「酒類は経費で落とせません」


 「消毒用だと言っている」


 「飲むでしょう」


 「......少しは飲む」


 「駄目です」


 ニコライは不満そうに出ていった。


---


 五分後。


 ジョンソンが入ってきた。


 「これ、経費で」


 領収書を差し出した。


 ラッタナーが見た。


 「......金の腕時計のバンド交換。一万二千バーツ」


 「そうだ」


 「なぜこれが経費になるんですか」


 「作戦中に切れた」


 「作戦中に」


 「そうだ。敵と格闘した時に」


 「それは......消耗品として認められるかもしれませんが、一万二千バーツは高すぎます」


 「高くない。純正品だ」


 「純正品じゃなくてもいいでしょう」


 「駄目だ。親父の形見だ。安物は付けられない」


 「形見なら、自費で直してください」


 「......」


 ジョンソンは不満そうに出ていった。


---


 十分後。


 マルティネスが入ってきた。


 「これ」


 領収書を差し出した。


 「......シルバーのクロスネックレス。修理代。八百バーツ」


 「そうだ」


 「作戦中に壊れたんですか」


 「そうだ。敵の弾が当たった」


 「弾が当たった?」


 「首のネックレスに弾が当たって、チェーンが切れた」


 「......それ、ネックレスがなかったら死んでいたんじゃ」


 「そうだな。神の加護だ」


 「......」


 ラッタナーは少し考えた。


 「これは......認めます」


 「本当か」


 「作戦中の損傷ですから。でも、次からは防弾ベストの中に入れてください」


 「分かった」


---


 三十分後。


 ヨナタンが入ってきた。


 無言で領収書を置いた。


 ナターシャが見た。


 「......『品目不明』。二万バーツ」


 「そうだ」


 「品目不明って何ですか」


 「言えない」


 「言えないものを経費で落とせません」


 「必要なものだ」


 「何に必要なんですか」


 「言えない」


 「......」


 ナターシャはヨナタンを見た。


 ヨナタンは無表情だった。


 「......大佐に確認を取ります」


 「取ってくれ」


 ヨナタンは出ていった。


 ラッタナーが聞いた。


 「何だと思いますか」


 「分からない。でも、元モサドだから......聞かない方がいいかもしれない」


 「......そうですね」


---


 一時間後。


 サラが入ってきた。


 「これ、お願い」


 領収書を差し出した。


 「......シャンプー、コンディショナー、ヘアオイル。合計千二百バーツ」


 「そうよ」


 「これは......個人の日用品では」


 「違うわ。作戦用よ」


 「作戦用?」


 「髪がボサボサだと、敵に素人だと思われる。プロフェッショナルな外見を維持するのは、作戦の一部よ」


 「......」


 ナターシャは少し考えた。


 「却下です」


 「なぜ」


 「ニコライのウォッカを却下したから。公平性の問題よ」


 「ウォッカとシャンプーは違うでしょう」


 「どちらも個人消費です」


 「......」


 サラは不満そうに出ていった。


---


 その後も、領収書は続いた。


 川島。「日本食材。味噌、醤油、だしの素。合計六百バーツ」


 「これは」


 「士気の維持に必要です。日本人は味噌汁がないと戦えません」


 「却下です」


 「なぜ」


 「私はロシア人ですが、ボルシチなしでも戦えています」


 「......」


---


 イーゴリ。「サングラス。パイロット用。三千バーツ」


 「これは」


 「太陽が眩しいと操縦できない」


 「普通のサングラスじゃ駄目なんですか」


 「駄目だ。偏光レンズが必要だ」


 「......認めます。でも、壊さないでください」


 「壊さない」


---


 エイブラハム。「カーステレオ。八千バーツ」


 「これは絶対に駄目です」


 「なぜ」


 「車の装備は公費で賄われています。カーステレオを追加する必要はありません」


 「音楽がないと運転できない」


 「できます」


 「できない。眠くなる」


 「コーヒーを飲んでください」


 「......」


---


 マリー。「ギリースーツ用の植物素材。二千バーツ」


 「これは......何ですか」


 「現地の植物を使って、カモフラージュを改良する」


 「植物を買ったんですか」


 「そうだ。山で採ると時間がかかる」


 「......認めます」


---


 夕方。


 ナターシャとラッタナーは机に突っ伏していた。


 「疲れた......」


 「疲れました......」


 領収書の山は、半分も処理できていなかった。


 却下:十五件。


 保留:八件。


 承認:六件。


 「明日も続きがあるのよね」


 「あります」


 「......」


---


 そこに、柏木が入ってきた。


 「これ」


 領収書を差し出した。


 ナターシャは恐る恐る見た。


 「......煙草。十カートン。二千バーツ」


 「そうだ」


 「これは......」


 「経費で落ちないのは分かっている。自費でいい」


 「......え?」


 「自費だ。金は払う。記録だけ残してくれ」


 ナターシャは柏木を見た。


 「......ありがとうございます」


 「何がだ」


 「普通の領収書を持ってきてくれて」


 「普通?」


 「はい。ウォッカとか、金の腕時計とか、品目不明二万バーツとか、そういうのじゃなくて」


 柏木は少し考えた。


 「......誰だ、品目不明は」


 「ヨナタンさんです」


 「あいつか」


 「何だと思いますか」


 「聞かない方がいい」


 「......やっぱりそうですか」


---


 柏木は部屋を出ようとして、振り返った。


 「大変だろうが、頼む」


 「え?」


 「お前たちがいないと、この部隊は回らない。戦闘だけが仕事じゃない」


 「......」


 「感謝している」


 柏木は出ていった。


 ナターシャとラッタナーは顔を見合わせた。


 「......頑張りますか」


 「頑張りましょう」


 二人は領収書の山に向き直った。


 事務官の戦いは、まだ続く。

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