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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第2章 捜査班
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幕間 隻眼

訓練最終日の夜。


 柏木が先に部屋に戻った後、川島の周りに人が集まった。


 ニコライ、ジョンソン、サラ、マルティネス、ヨナタン、マリー。


 戦闘要員たちだ。


 少し離れた場所で、ファリダーも聞いていた。


 「お前、隊長と一緒だったんだろう」


 ニコライが聞いた。


 「隊長?」


 「柏木だ。自衛隊で」


 「ああ......はい。特殊作戦群で、小隊長の下にいました」


 「あいつの目のこと、知っているか」


 川島は少し黙った。


 「......知っています」


 「教えてくれ」


---


 川島は周囲を見回した。


 柏木はいない。他の支援要員も、別の場所で飲んでいる。


 「......隊長には、内緒にしてください」


 「分かった」


 「話したことがバレたら、俺は殺されます」


 「大げさだな」


 「大げさじゃないです。本当に」


 川島は深呼吸した。


 「隊長の目は、訓練事故で失ったことになっています」


 「なっている?」


 「公式にはそうなっています。でも、違う」


---


 全員が黙って聞いていた。


 「二〇二二年。ウクライナで紛争が始まった直後のことです」


 ジョンソンが眉をひそめた。


 「ウクライナ?」


 「はい。俺たちは......非公式に投入されていました」


 「非公式」


 「そうです。日本政府は関与を否定しています。今でも。永遠に」


 サラが言った。


 「特殊作戦群が、ウクライナに」


 「はい。柏木小隊だけです。他の部隊は知りません」


 「任務は」


 「民間人の避難誘導の支援。表向きは『人道支援の技術協力』でした」


---


 川島は続けた。


 「紛争勃発直後。一番激しい時期でした。東部戦線。毎日、砲撃がありました」


 ニコライが口を挟んだ。


 「俺も知っている。あの頃は地獄だった」


 「ニコライさんは」


 「俺はロシア軍にいた。別の場所だったが......同じ戦争だ」


 アレクセイも近づいてきていた。


 「俺もだ。前線で医療をやっていた」


 川島は頷いた。


 「だから分かると思います。あの頃の東部戦線が、どれだけ酷かったか」


---


 「俺たちは、村の避難を支援していました」


 川島は続けた。


 「小さな村です。人口は三百人くらい。お年寄りと子供が多かった。若い男は、みんな前線に行っていたから」


 「避難は成功したのか」


 「途中までは。でも、予想外のことが起きた」


 「何が」


 「北朝鮮と中国の混成部隊が来たんです」


 全員が黙った。


 「混成部隊?」


 ジョンソンが聞いた。


 「そうです。北朝鮮の兵士と、中国の『志願兵』。表向きはロシアの傭兵部隊ということになっていましたが、装備も言葉も違った」


 ヨナタンが言った。


 「......その情報は、西側には伝わっていなかった」


 「伝わっていないはずです。日本政府が握り潰したから」


---


 「彼らは村を包囲しました」


 川島の声が低くなった。


 「避難のバスは二台。でも、村人は百人以上残っていた。時間が足りなかった」


 「どうした」


 「隊長が決断しました。『俺たちが時間を稼ぐ。その間に、全員を避難させろ』と」


 「防衛戦か」


 「はい。柏木小隊、十二人で。敵は五十人以上いました」


---


 マリーが聞いた。


 「勝算はあったのか」


 「なかったです。でも、やるしかなかった」


 「なぜ」


 「隊長が言ったんです。『見ていられないから、守る。それだけだ』と」


 サラが小さく息を吐いた。


 「......あの人らしいわね」


 「はい。隊長は、昔からそうでした」


---


 「戦闘は六時間続きました」


 川島は目を閉じた。


 「俺たちは村の入り口に陣地を作って、敵を足止めしました。隊長は一番前にいました。いつも」


 「一番前に」


 「はい。『指揮官が前に出なければ、部下はついてこない』。それが隊長の信念でした」


 ニコライが呟いた。


 「馬鹿だな」


 「馬鹿です。でも、その馬鹿のおかげで、俺たちは戦えた」


---


 「三時間目くらいでした」


 川島の声が震えた。


 「敵が迫撃砲を持ち出してきた。陣地の近くに着弾して、破片が飛んできた」


 「......」


 「隊長は、一番被弾しました。体中に破片を受けた。左目にも」


 全員が黙っていた。


 「でも、隊長は倒れなかった。血だらけのまま、撃ち続けた。『まだ避難が終わっていない。まだ動ける』って」


 「......」


 「俺は隊長の横で、通信を続けていました。避難バスの状況を確認しながら。隊長は片目になっても、照準を外さなかった」


 マリーが言った。


 「......片目で」


 「はい。片目で、撃ち続けた。三時間」


---


 「最後のバスが出発した時、俺たちは撤退しました」


 川島は続けた。


 「死者は三人。重傷者は四人。隊長を含めて」


 「村人は」


 「全員、避難できました。三百二十七人。一人も死なせなかった」


 ジョンソンが深く息を吐いた。


 「......成功したのか」


 「避難は成功しました。でも」


---


 「帰国後、隊長は処分を受けました」


 川島の声が苦くなった。


 「処分?」


 「降格処分です。一等陸尉から、三等陸尉に。二階級降格」


 「なぜだ。任務は成功したんだろう」


 「任務自体が『存在しなかった』ことになったからです」


 全員が黙った。


 「日本政府は、ウクライナへの派兵を認めていない。だから、俺たちの作戦も存在しない。存在しない作戦で怪我をしたら、それは『訓練事故』になる」


 「馬鹿な」


 「馬鹿です。でも、それが日本という国です」


---


 「隊長は、何も言いませんでした」


 川島は続けた。


 「処分を受け入れて、黙っていた。抗議もしなかった。理由を聞いたら、こう言いました」


 「何と」


 「『俺は正しいことをした。それで十分だ』と」


 サラが目を伏せた。


 「......」


 「でも、二階級降格は重すぎた。特殊作戦群には残れなくなった。隊長は自衛隊を辞めました。三十五歳の時です」


---


 長い沈黙があった。


 ニコライが口を開いた。


 「......あいつは、俺たちの敵だった」


 「何ですか」


 「ウクライナで。俺はロシア軍にいた。あいつは日本軍。敵同士だった」


 「......」


 「だが、あいつは民間人を守っていた。俺たちは......民間人を殺していた」


 アレクセイが言った。


 「俺も同じだ。あの戦争で、俺たちは間違った側にいた」


 ニコライは川島を見た。


 「あいつが何者か、分かった気がする」


 「分かりましたか」


 「ああ。あいつは本物だ。口だけじゃない。体を張って、守るべきものを守る。そういう人間だ」


---


 ヨナタンが言った。


 「俺は、そういう人間についていく」


 「お前が言うと重いな」


 マルティネスが言った。


 「重くない。事実だ」


 マリーが立ち上がった。


 「私も同じよ。あの人の下でなら、死んでもいい」


 「死ぬな」


 ジョンソンが言った。


 「あいつは、部下を死なせたくないと思っている。だから、死ぬな。生きて帰れ」


 「......分かった」


---


 川島は全員を見渡した。


 「隊長は、自分のことを話しません。聞いても答えない。だから、俺が話しました」


 「なぜ話した」


 「皆さんに、知っておいてほしかったからです。俺たちが誰についていくのか」


 ニコライが頷いた。


 「感謝する」


 「いえ。でも、本当に内緒にしてください。隊長に知られたら——」


 「知られない。約束する」


 全員が頷いた。


---


 ファリダーは黙って聞いていた。


 最初に柏木と会った時から、疑っていた。この男は普通の元自衛隊じゃない。動きが違う。目が違う。


 単独でサーン・トンカムを捕らえた夜。あの時、確信に近いものがあった。だが証拠はなかった。


 今、すべてが繋がった。


 特殊作戦群。突入班指揮官。一等陸尉。


 柏木勇気は、日本の特殊部隊を率いていた男だった。


 ファリダーは自分の手を見た。少し震えていた。


 私は、そんな人間と一緒に戦っている。


 怖くはなかった。むしろ、誇らしかった。


---


 サラが窓の外を見た。


 夜空に星が見える。


 「明日から、本番ね」


 「そうだ」


 「あの人についていけば、勝てる気がする」


 「勝てる」


 ニコライが言った。


 「あいつは、民間人三百人を守るために、目を失った。俺たちを見捨てるわけがない」


 「......そうね」


 「だから、俺たちも、あいつを見捨てない。それだけだ」


 全員が頷いた。


 夜が更けていく。


 明日から、本当の戦いが始まる。


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