幕間 隻眼
訓練最終日の夜。
柏木が先に部屋に戻った後、川島の周りに人が集まった。
ニコライ、ジョンソン、サラ、マルティネス、ヨナタン、マリー。
戦闘要員たちだ。
少し離れた場所で、ファリダーも聞いていた。
「お前、隊長と一緒だったんだろう」
ニコライが聞いた。
「隊長?」
「柏木だ。自衛隊で」
「ああ......はい。特殊作戦群で、小隊長の下にいました」
「あいつの目のこと、知っているか」
川島は少し黙った。
「......知っています」
「教えてくれ」
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川島は周囲を見回した。
柏木はいない。他の支援要員も、別の場所で飲んでいる。
「......隊長には、内緒にしてください」
「分かった」
「話したことがバレたら、俺は殺されます」
「大げさだな」
「大げさじゃないです。本当に」
川島は深呼吸した。
「隊長の目は、訓練事故で失ったことになっています」
「なっている?」
「公式にはそうなっています。でも、違う」
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全員が黙って聞いていた。
「二〇二二年。ウクライナで紛争が始まった直後のことです」
ジョンソンが眉をひそめた。
「ウクライナ?」
「はい。俺たちは......非公式に投入されていました」
「非公式」
「そうです。日本政府は関与を否定しています。今でも。永遠に」
サラが言った。
「特殊作戦群が、ウクライナに」
「はい。柏木小隊だけです。他の部隊は知りません」
「任務は」
「民間人の避難誘導の支援。表向きは『人道支援の技術協力』でした」
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川島は続けた。
「紛争勃発直後。一番激しい時期でした。東部戦線。毎日、砲撃がありました」
ニコライが口を挟んだ。
「俺も知っている。あの頃は地獄だった」
「ニコライさんは」
「俺はロシア軍にいた。別の場所だったが......同じ戦争だ」
アレクセイも近づいてきていた。
「俺もだ。前線で医療をやっていた」
川島は頷いた。
「だから分かると思います。あの頃の東部戦線が、どれだけ酷かったか」
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「俺たちは、村の避難を支援していました」
川島は続けた。
「小さな村です。人口は三百人くらい。お年寄りと子供が多かった。若い男は、みんな前線に行っていたから」
「避難は成功したのか」
「途中までは。でも、予想外のことが起きた」
「何が」
「北朝鮮と中国の混成部隊が来たんです」
全員が黙った。
「混成部隊?」
ジョンソンが聞いた。
「そうです。北朝鮮の兵士と、中国の『志願兵』。表向きはロシアの傭兵部隊ということになっていましたが、装備も言葉も違った」
ヨナタンが言った。
「......その情報は、西側には伝わっていなかった」
「伝わっていないはずです。日本政府が握り潰したから」
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「彼らは村を包囲しました」
川島の声が低くなった。
「避難のバスは二台。でも、村人は百人以上残っていた。時間が足りなかった」
「どうした」
「隊長が決断しました。『俺たちが時間を稼ぐ。その間に、全員を避難させろ』と」
「防衛戦か」
「はい。柏木小隊、十二人で。敵は五十人以上いました」
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マリーが聞いた。
「勝算はあったのか」
「なかったです。でも、やるしかなかった」
「なぜ」
「隊長が言ったんです。『見ていられないから、守る。それだけだ』と」
サラが小さく息を吐いた。
「......あの人らしいわね」
「はい。隊長は、昔からそうでした」
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「戦闘は六時間続きました」
川島は目を閉じた。
「俺たちは村の入り口に陣地を作って、敵を足止めしました。隊長は一番前にいました。いつも」
「一番前に」
「はい。『指揮官が前に出なければ、部下はついてこない』。それが隊長の信念でした」
ニコライが呟いた。
「馬鹿だな」
「馬鹿です。でも、その馬鹿のおかげで、俺たちは戦えた」
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「三時間目くらいでした」
川島の声が震えた。
「敵が迫撃砲を持ち出してきた。陣地の近くに着弾して、破片が飛んできた」
「......」
「隊長は、一番被弾しました。体中に破片を受けた。左目にも」
全員が黙っていた。
「でも、隊長は倒れなかった。血だらけのまま、撃ち続けた。『まだ避難が終わっていない。まだ動ける』って」
「......」
「俺は隊長の横で、通信を続けていました。避難バスの状況を確認しながら。隊長は片目になっても、照準を外さなかった」
マリーが言った。
「......片目で」
「はい。片目で、撃ち続けた。三時間」
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「最後のバスが出発した時、俺たちは撤退しました」
川島は続けた。
「死者は三人。重傷者は四人。隊長を含めて」
「村人は」
「全員、避難できました。三百二十七人。一人も死なせなかった」
ジョンソンが深く息を吐いた。
「......成功したのか」
「避難は成功しました。でも」
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「帰国後、隊長は処分を受けました」
川島の声が苦くなった。
「処分?」
「降格処分です。一等陸尉から、三等陸尉に。二階級降格」
「なぜだ。任務は成功したんだろう」
「任務自体が『存在しなかった』ことになったからです」
全員が黙った。
「日本政府は、ウクライナへの派兵を認めていない。だから、俺たちの作戦も存在しない。存在しない作戦で怪我をしたら、それは『訓練事故』になる」
「馬鹿な」
「馬鹿です。でも、それが日本という国です」
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「隊長は、何も言いませんでした」
川島は続けた。
「処分を受け入れて、黙っていた。抗議もしなかった。理由を聞いたら、こう言いました」
「何と」
「『俺は正しいことをした。それで十分だ』と」
サラが目を伏せた。
「......」
「でも、二階級降格は重すぎた。特殊作戦群には残れなくなった。隊長は自衛隊を辞めました。三十五歳の時です」
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長い沈黙があった。
ニコライが口を開いた。
「......あいつは、俺たちの敵だった」
「何ですか」
「ウクライナで。俺はロシア軍にいた。あいつは日本軍。敵同士だった」
「......」
「だが、あいつは民間人を守っていた。俺たちは......民間人を殺していた」
アレクセイが言った。
「俺も同じだ。あの戦争で、俺たちは間違った側にいた」
ニコライは川島を見た。
「あいつが何者か、分かった気がする」
「分かりましたか」
「ああ。あいつは本物だ。口だけじゃない。体を張って、守るべきものを守る。そういう人間だ」
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ヨナタンが言った。
「俺は、そういう人間についていく」
「お前が言うと重いな」
マルティネスが言った。
「重くない。事実だ」
マリーが立ち上がった。
「私も同じよ。あの人の下でなら、死んでもいい」
「死ぬな」
ジョンソンが言った。
「あいつは、部下を死なせたくないと思っている。だから、死ぬな。生きて帰れ」
「......分かった」
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川島は全員を見渡した。
「隊長は、自分のことを話しません。聞いても答えない。だから、俺が話しました」
「なぜ話した」
「皆さんに、知っておいてほしかったからです。俺たちが誰についていくのか」
ニコライが頷いた。
「感謝する」
「いえ。でも、本当に内緒にしてください。隊長に知られたら——」
「知られない。約束する」
全員が頷いた。
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ファリダーは黙って聞いていた。
最初に柏木と会った時から、疑っていた。この男は普通の元自衛隊じゃない。動きが違う。目が違う。
単独でサーン・トンカムを捕らえた夜。あの時、確信に近いものがあった。だが証拠はなかった。
今、すべてが繋がった。
特殊作戦群。突入班指揮官。一等陸尉。
柏木勇気は、日本の特殊部隊を率いていた男だった。
ファリダーは自分の手を見た。少し震えていた。
私は、そんな人間と一緒に戦っている。
怖くはなかった。むしろ、誇らしかった。
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サラが窓の外を見た。
夜空に星が見える。
「明日から、本番ね」
「そうだ」
「あの人についていけば、勝てる気がする」
「勝てる」
ニコライが言った。
「あいつは、民間人三百人を守るために、目を失った。俺たちを見捨てるわけがない」
「......そうね」
「だから、俺たちも、あいつを見捨てない。それだけだ」
全員が頷いた。
夜が更けていく。
明日から、本当の戦いが始まる。




