第10話 錬成
チェンマイ郊外。
王宮警察が用意した訓練施設。元は陸軍の演習場だった場所だ。
十五人が集まっていた。
一ヶ月の訓練が始まる。
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初日。
柏木は全員を射撃場に集めた。
「まず、武装を決める」
テーブルの上に、様々な銃が並んでいた。予算が下りた。各自に合った武器を選べるようになった。
「基本装備はHK416。タイ軍の制式小銃だ。だが、強制はしない。使い慣れた銃があるなら、それを使え」
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一人ずつ、武器を選んでいった。
ニコライはAK-103を手に取った。
「これがいい」
「ロシア製か」
「慣れている。二十年使ってきた」
「弾薬の互換性は」
「7.62ミリ。敵もAKを使っている。弾は現地調達できる」
柏木は頷いた。
「いいだろう」
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ジョンソンはHK416を選んだ。
「これで十分だ」
サイドアームを見た。
「SIG P226はあるか」
「ある」
「これにする。米軍で使い慣れた」
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マルティネスもHK416。
「俺も同じだ」
サイドアームはグロック19。
「コンパクトで使いやすい」
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サラはHK416のコンパクトモデルを選んだ。
「私は体が小さいから、これがいい」
サイドアームはグロック19。
「同じ理由で」
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ファリダーはHK416。
「タイ軍と同じ銃なら、訓練も受けやすい」
サイドアームはSIG P320。
「警察学校で使っていました」
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川島はHK416を手に取った。
「自衛隊では89式でしたが、これも悪くない」
サイドアームはグロック17。
「シンプルなのが好きです」
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ヨナタンは別の銃を見ていた。
「タボールはあるか」
「イスラエル製か。ある」
IWI Tavorを手に取った。ブルパップ式のアサルトライフル。
「これがいい。モサドで使っていた」
サイドアームはJericho 941。
「これもイスラエル製だ」
ニコライが言った。
「お前、イスラエルが嫌いなんじゃなかったのか」
「国は嫌いだ。銃は好きだ」
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マリーはテーブルの端を見た。
「狙撃銃は」
柏木は別のケースを開けた。
Accuracy International AXMC。.338ラプアマグナム弾。
マリーは銃を手に取った。スコープを覗いた。
「いい銃だ」
「八百メートルで外さないと言ったな」
「言った」
「証明しろ」
マリーは少し笑った。
「いいだろう」
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支援要員にも武器を配った。
イーゴリとダニエルにはグロック19。パイロットと整備士は自衛用で十分だ。
エイブラハムにはMP5とグロック17。運転手は車内での戦闘もあり得る。サブマシンガンが適切だ。
カルロスにはグロック19。通信士は両手が塞がることが多い。軽い拳銃がいい。
ナターシャとラッタナーには、グロック26。コンパクトな拳銃。使う機会はないかもしれないが、念のため。
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アレクセイはグロック19を受け取った。
「俺は医者だ。撃つより治す方が得意だ」
「それでも持っておけ」
「分かっている」
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柏木はベレッタM92FSをホルスターから抜いた。
「俺はこれだけだ」
「ライフルは持たないのか」
ジョンソンが聞いた。
「持たない」
「なぜだ」
「必要ない。近距離で戦う。敵の武器を奪う。それが俺のやり方だ」
マリーが言った。
「狂っているな」
「よく言われる」
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射撃訓練が始まった。
まず、全員が基本的な射撃能力を確認された。
ジョンソン、マルティネス、川島は正確だった。軍人としての訓練が生きている。
ニコライは速かった。照準は少し荒いが、連射の速度が異常だ。
サラは安定していた。一発一発が正確に中心を捉える。
ファリダーは少し緊張していた。警察学校以来の実弾射撃だ。だが、基礎はできている。
ヨナタンは無表情で撃った。全弾が中心に集まっていた。元モサドは伊達じゃない。
マリーの番が来た。
八百メートル先の標的。
一発。
命中。
二発目。
命中。
三発目。
命中。
ジョンソンが口笛を吹いた。
「本物だな」
「言っただろう」
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支援要員も射撃訓練を受けた。
イーゴリは意外と上手かった。
「パイロットも射撃訓練はあるんだ」
ダニエルは普通だった。
「整備士だからな。撃つより直す方が得意だ」
エイブラハムは荒かった。
「トラックの運転手だぞ。銃は専門外だ」
「だから訓練する」
柏木が言った。
カルロスは正確だった。
「メキシコ軍でも撃っていたからな」
ナターシャとラッタナーは、基礎から教える必要があった。
「握り方はこうだ」
サラが二人に教えた。
「引き金は、ゆっくり引く。一気に引かない」
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二日目。
近接戦闘訓練。
柏木が教官になった。
「CARシステムを教える」
全員が集まった。
「これは近接戦闘向けの射撃スタイルだ。銃を体の中心に引き付ける。腕を伸ばして狙うんじゃない。体ごと目標に向ける」
柏木は実演した。
構える。体の軸を標的に向ける。撃つ。
五メートル先の標的に命中。
「遠距離には向かない。だが、五メートル以内なら、これが最速だ」
ジョンソンが試した。
「難しいな」
「慣れだ。体に染み込ませろ」
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午後。
模擬戦闘訓練。
二チームに分かれて、建物の中で戦う。
Aチーム:柏木、ニコライ、ジョンソン、川島。
Bチーム:マルティネス、サラ、ヨナタン、ファリダー。
ペイント弾を使う。
結果。
Aチームの勝利。だが、僅差だった。
「Bチームも悪くない」
柏木が言った。
「ヨナタンの動きが読めなかった」
ニコライが認めた。
「モサドの訓練は、お前たちとは違う」
ヨナタンが答えた。
「どう違う」
「教えない」
「......」
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三日目。
通信訓練。
川島とカルロスが中心になった。
「無線の使い方を教える」
全員にイヤピースとマイクが配られた。
「戦闘中は、短く話せ。『敵、三人、右側』。それだけでいい。長い説明は要らない」
「了解」
「コールサインを決める。柏木さんは『リーダー』。ニコライは『ベア』。ジョンソンは『イーグル』......」
ニコライが口を挟んだ。
「なぜ俺がベアなんだ」
「ロシア人だから」
「安直だな」
「分かりやすい方がいい」
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一週間が過ぎた。
チームは少しずつまとまり始めていた。
だが、問題もあった。
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夜。
食堂でトラブルが起きた。
ニコライとヨナタンが睨み合っていた。
「お前、何を言った」
ニコライの声が低い。
「事実を言っただけだ。ロシア軍はウクライナで虐殺をした」
「俺はその軍を抜けた」
「抜けても、過去は消えない」
「お前に何が分かる」
「分かる。俺もイスラエルを出た。同じだ」
「同じじゃない」
二人の間に緊張が走った。
柏木が間に入った。
「やめろ」
「柏木——」
「やめろと言った」
柏木は二人を見た。
「お前たちの過去は、俺には関係ない。ここでは、全員が同じチームだ。過去の国籍も、過去の所属も、関係ない」
「......」
「それが嫌なら、出ていけ。二人とも」
沈黙があった。
ニコライが先に引いた。
「......分かった」
ヨナタンも頷いた。
「分かった」
「握手しろ」
二人は渋々、手を握った。
「これで終わりだ。二度と蒸し返すな」
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別の夜。
マリーが一人で射撃場にいた。
夜間射撃の練習をしている。
柏木が近づいた。
「眠れないのか」
「眠れない」
「理由は」
「ない。いつもそうだ」
柏木は隣に立った。
「外人部隊では、何があった」
「......色々だ」
「話したくないか」
「話したくない」
「分かった」
柏木は煙草を取り出した。
「お前は、なぜここに来た」
「言っただろう。面白そうだったから」
「それだけか」
「......」
マリーは銃を下ろした。
「外人部隊を辞めてから、居場所がなかった」
「......」
「フランスには戻れない。家族とは縁を切った。友人もいない」
「ここには」
「分からない。でも、お前たちは......悪くない」
柏木は煙草を吸った。
「俺も同じだった」
「何が」
「日本を出た時、どこにも居場所がなかった。ここに来て、初めて見つけた」
マリーは柏木を見た。
「お前は、いい指揮官だな」
「そうか」
「そうだ。部下のことを見ている」
「当然だ」
「当然じゃない。外人部隊の指揮官は、部下を駒としか見ていなかった」
「俺は違う」
「分かっている。だから、ここにいる」
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二週間が過ぎた。
チームはまとまってきた。
模擬戦闘の結果が良くなった。通信のミスが減った。連携がスムーズになった。
ニコライとヨナタンは、まだぎこちないが、戦闘中は完璧に連携した。
「個人的な感情と、仕事は別だ」
ヨナタンが言った。
「同感だ」
ニコライが答えた。
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三週間目。
ヘリとの連携訓練。
イーゴリがUH-1を操縦した。
「久しぶりだな、この感覚」
「大丈夫か」
ダニエルが聞いた。
「大丈夫だ。体が覚えている」
ヘリが離陸した。
戦闘要員が乗り込んで、降下訓練を行った。
ロープを使って、素早く地上に降りる。
「速度を上げろ。敵に狙われる時間を減らせ」
柏木が指示した。
何度も繰り返した。
夕方には、全員が十秒以内に降下できるようになった。
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四週間目。
総合演習。
模擬的な麻薬製造拠点を作り、全員で突入訓練を行った。
ヘリで接近。降下。突入。制圧。撤収。
すべてを通しで行う。
結果。
成功。
死者役はゼロ。負傷者役は二人。許容範囲内だ。
「よくやった」
柏木が言った。
「これで実戦に出られるか」
ジョンソンが聞いた。
「出られる」
「次の標的は」
「決まっている。ゴールデン・トライアングルの中心部。ミャンマー国境近くの製造拠点だ」
「規模は」
「今までで最大。構成員は百人以上」
沈黙があった。
「百人か」
ニコライが呟いた。
「俺たちは十五人だ」
「問題あるか」
「ない」
ニコライは笑った。
「面白くなってきた」
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訓練最終日の夜。
全員が食堂に集まった。
酒が出た。訓練中は禁止されていたが、今日だけは特別だ。
「乾杯しよう」
ジョンソンが言った。
「何に」
「チームに。俺たちに」
十五人がグラスを掲げた。
「チームに」
声が重なった。
柏木は少し離れた場所で、水を飲んでいた。酒は飲まない。
サラが近づいてきた。
「一人で何をしているの」
「見ている」
「何を」
「チームを」
サラは全員を見た。
日本人。ロシア人。アメリカ人。イスラエル人。フランス人。メキシコ人。タイ人。
バラバラの過去を持つ人間たちが、笑い合っている。
「一ヶ月前は、他人だったのにね」
「今は違う」
「違うわね」
柏木は煙草に火をつけた。
「明日から、本番だ」
「怖い?」
「怖くない」
「嘘でしょう」
「嘘じゃない。このチームなら、やれる」
サラは柏木を見た。
「あなた、変わったわね」
「また言うのか」
「何度でも言うわ。最初に会った時より、ずっと人間らしくなった」
「......」
「いいことよ」
サラは微笑んで、全員の輪に戻っていった。
柏木は一人で、煙草を吸った。
明日から、本番だ。
ゴールデン・トライアングル。
百人以上の敵。
十五人で挑む。
勝てる。
そう確信していた。




