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Operation:Thailand  作者: Operator3118
第2章 捜査班
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第8話 叱責

バンコク。王宮警察本部。


 柏木は大佐の執務室に呼び出された。


 一人で入った。


 ウィチャイ大佐がデスクの後ろに座っていた。表情がない。だが、空気が違った。重い。


 「座れ」


 柏木は座った。


 大佐は書類を見ていた。しばらく沈黙が続いた。


 やがて、大佐が顔を上げた。


 「お前は馬鹿か」


---


 柏木は黙っていた。


 「答えろ」


 「......何のことでしょうか」


 「何のことか分からないのか。本当に分からないのか」


 大佐は書類をテーブルに叩きつけた。


 「この写真を見ろ」


 写真だった。チェンマイの作戦の時のものだ。柏木が建物に突入する瞬間。


 黒のスーツ。紅色のベスト。ショルダーホルスターが剥き出し。


 「この格好で、ゴールデン・トライアングルに突っ込んだのか」


 「......はい」


 「スーツで。ベストで。防弾装備もなしに」


 「防弾ベストは着ていました。スーツの下に」


 「スーツの下の防弾ベストで、AKの7.62ミリ弾が止まると思っているのか」


 柏木は答えなかった。


 「止まらない。貫通する。お前は死ぬ」


 大佐は立ち上がった。


 「チェンマイの敵はAKを持っていた。次はもっと重武装になる。RPGが来るかもしれない。機関銃が来るかもしれない。お前のスーツは、それを止められるのか」


 「......止められません」


 「なら、なぜ着替えない」


---


 大佐の声が大きくなった。


 「お前は優秀だ。認めている。だが、死んだら意味がない」


 「......」


 「お前が死んだら、チームは崩壊する。お前のチームは、お前を中心に動いている。お前がいなくなれば、全員がバラバラになる」


 「そんなことは——」


 「ある。お前は分かっていないだけだ」


 大佐は柏木の前に立った。


 「いい加減、戦闘服と防護装備を着ろ」


 「......」


 「これは命令だ。脅しではない。本気で言っている」


 大佐の目は冷たかった。だが、その奥に何かがあった。怒りだけではない。


 心配。


 柏木はそれに気づいた。


 「......了解しました」


 「本当に了解したのか」


 「しました」


 「次にスーツで戦場に出たら、俺がお前を撃つ」


 「......」


 「冗談じゃない。本気だ」


 柏木は頷いた。


 「了解しました。戦闘装備を用意します」


---


 大佐は少し落ち着いた。椅子に戻った。


 「装備の話だけじゃない」


 「他にも何か」


 「ある。座れ」


 柏木は座り直した。


 「お前たちの活動範囲が広がる。チェンマイだけでは足りない。ゴールデン・トライアングル全域をカバーする必要がある」


 「地上車両では限界があります」


 「分かっている。だからヘリを回す」


 柏木の目が少し大きくなった。


 「ヘリ」


 「UH-1だ。古いが、まだ飛べる。山岳地帯での運用には十分だ」


 「......ありがとうございます」


 「礼を言うのは早い」


 大佐の目が鋭くなった。


 「パイロットと整備要員は、自前で用意しろ」


---


 柏木は黙った。


 「聞こえなかったか」


 「聞こえました。パイロットと整備要員を、自前で用意しろと」


 「そうだ」


 「......理由を聞いてもいいですか」


 「破壊工作を阻止するためだ」


 「破壊工作」


 「ゴールデン・トライアングルの組織は、金を持っている。我々の中にも、買収されている人間がいる可能性がある」


 「王宮警察の中に」


 「可能性の話だ。だが、ゼロではない」


 大佐は続けた。


 「ヘリが飛行中に故障したら、お前たちは死ぬ。整備不良で墜落したら、お前たちは死ぬ。パイロットが裏切って敵地に着陸したら、お前たちは死ぬ」


 「......」


 「だから、信頼できる人間を使え。お前が選んだ人間を。お前が責任を持てる人間を」


 柏木は理解した。


 「班の人員は、全員俺が揃えろということですか」


 「そういうことだ」


---


 「まだある」


 大佐は別の書類を取り出した。


 「お前たちのチームは、現在七人だ。全員が外国人。タイ国籍を持っているのは、お前だけだ」


 「そうです」


 「これは問題だ」


 「問題ですか」


 「王宮警察の正式な部隊として活動している。だが、メンバーの大半が外国籍。これでは対外的に説明がつかない」


 柏木は嫌な予感がした。


 「全員に、タイ国籍を取得させろ」


 「......全員にですか」


 「そうだ。ニコライ、アレクセイ、ジョンソン、マルティネス、サラ。全員だ」


 「彼らが同意するかどうか——」


 「同意させろ。お前の仕事だ」


 大佐は書類を柏木に渡した。


 「手続きは簡略化する。通常なら数年かかるが、特例で処理する。書類を揃えれば、一ヶ月で完了する」


 「一ヶ月」


 「そうだ。急げ」


---


 柏木は書類を見つめていた。


 怒られた。


 その上、無茶振りされた。


 戦闘装備を用意しろ。パイロットと整備要員を探せ。全員にタイ国籍を取らせろ。


 一人でやれと。


 「......大佐」


 「何だ」


 「これは、全部俺一人でやれと」


 「そうだ」


 「他に支援は」


 「ない」


 「予算は」


 「つける。金の問題ではない。人の問題だ」


 「人を探す時間は」


 「一ヶ月だ。チェンマイでの作戦は継続しろ。その間に、パイロットと整備要員を見つけろ」


 「並行してやれと」


 「そうだ」


 柏木は黙った。


 大佐は柏木を見た。


 「できないか」


 「......やります」


 「本当か」


 「やります。やるしかない」


 大佐は少しだけ表情を緩めた。ほんの少しだけ。


 「期待している」


---


 執務室を出た。


 廊下でチャイロン少佐が待っていた。


 「大佐に怒られたか」


 「怒られた」


 「予想通りだ」


 「知っていたのか」


 「知っていた。昨日の会議で、お前の装備について議論があった」


 「なぜ教えてくれなかった」


 「教えても、お前は聞かないだろう」


 柏木は黙った。


 チャイロンは少し笑った。


 「大佐は本気で心配している。お前のことを」


 「......分かった」


 「分かったなら、装備を変えろ。本当に死ぬぞ」


 「変える」


 「それと、パイロットの件」


 「何か心当たりがあるのか」


 「ない。だが、お前なら見つけるだろう」


 「楽観的だな」


 「お前を信頼しているだけだ」


 チャイロンは歩き去った。


 柏木は一人で廊下に立っていた。


---


 チェンマイに戻った。


 全員を集めた。


 「話がある」


 会議室に七人が揃った。


 柏木は説明した。戦闘装備への変更。王宮警察のパッチとタイ国旗の着用。そして、国籍変更。


 最初に反応したのはニコライだった。


 「タイ国籍を取れと」


 「そうだ」


 「俺はロシアを捨てた。もう一度国籍を変えろと言うのか」


 「そうなる」


 ニコライは黙った。


 アレクセイが言った。


 「俺も同じだ。ロシアは捨てた。だが、タイ人になるかどうかは......」


 ジョンソンが腕を組んだ。


 「俺はアメリカ人だ。生まれてからずっと。それを捨てるのは、簡単じゃない」


 マルティネスが首のクロスを触った。


 「俺も同じだ。メキシコ系アメリカ人として生きてきた。タイ人になるというのは......」


 サラは黙っていた。


---


 柏木は全員を見渡した。


 「強制はしない」


 「しないのか」


 「しない。これは各自の判断だ。国籍は、アイデンティティに関わる。簡単に決められることじゃない」


 「だが、大佐に命令されたんだろう」


 「命令された。だが、俺は強制しない」


 「お前はどうするつもりだ」


 「俺は説得する。だが、最終的な決定は各自に任せる」


 沈黙があった。


 ニコライが言った。


 「......考える時間をくれ」


 「いくらでもやる」


 「いくらでもはないだろう。期限がある」


 「一ヶ月だ」


 「一ヶ月か」


 ニコライは窓の外を見た。


 「お前は、なぜタイ国籍を取った」


 「日本に戻る理由がなかったからだ」


 「それだけか」


 「それと、ここに居場所があったから」


 「居場所か」


 「そうだ。お前たちがいる。スッティンがいる。チャイロンがいる。俺を必要としてくれる人間がいる」


 ニコライは柏木を見た。


 「......俺も同じかもしれない」


 「どういう意味だ」


 「ロシアには戻れない。戻る理由もない。ここには、お前たちがいる」


 アレクセイが頷いた。


 「俺も同じだ」


 ジョンソンが言った。


 「アメリカには家族がいる。だが、もう何年も会っていない。俺がいなくても、彼らは生きていける」


 マルティネスが付け加えた。


 「俺もだ。アメリカに残してきたものはない。ここには、仲間がいる」


 サラが初めて口を開いた。


 「私も同じよ。CIDを追い出されてから、アメリカに居場所はなかった。ここに来て、初めて居場所を見つけた」


---


 柏木は少し驚いていた。


 「......全員、同意するのか」


 「急がせるな。考える時間はもらう」


 ニコライが言った。


 「だが、方向性は決まった。俺はタイ国籍を取る。たぶん」


 「たぶん、か」


 「たぶんだ。まだ決めていない」


 アレクセイが笑った。


 「素直じゃないな」


 「うるさい」


 会議室の空気が少し和らいだ。


---


 「次は装備の話だ」


 柏木が言った。


 「戦闘装備に変更する。全員だ」


 「スーツは捨てるのか」


 「戦闘時は捨てる。普段は好きにしろ」


 「どんな装備になる」


 柏木は説明した。


 黒のコンバットシャツ。黒のプレートキャリア。セラミックプレート。ライフル弾対応。タクティカルパンツ。戦闘ブーツ。


 「それと、王宮警察のエンブレムパッチを着用する。タイ国旗も」


 「目立つな」


 「目立たせる。大佐の方針だ」


 ジョンソンが聞いた。


 「個性は残せるのか」


 「残せる。各自のスタイルで構わない。だが、プレートキャリアとパッチは必須だ」


---


 「俺は紅色のシュマグを巻く」


 柏木が言った。


 「シュマグ?」


 「アラブ式のスカーフだ。首に巻く。紅色なら、俺のアイデンティティが残る」


 ニコライが言った。


 「俺は黒のバラクラバを首に下げておく。使う時は被る」


 アレクセイが付け加えた。


 「俺は医療パッチをつける。赤十字。それと、ポケットが多いタクティカルベスト」


 ファリダーが言った。


 「私はタイシルクのスカーフを首に巻きます。紫に金刺繍の」


 ジョンソンが腕時計を見た。


 「俺はこの時計だけでいい。親父の形見だ」


 マルティネスが首のクロスを触った。


 「俺はこれだ。外さない」


 サラが言った。


 「私はシンプルでいいわ。でも、髪は結ぶ。邪魔だから」


---


 柏木は頷いた。


 「それでいい。各自、装備を準備しろ。一週間以内に揃える」


 「了解」


 「それと、もう一つ」


 「まだあるのか」


 「ある。ヘリが回されることになった」


 「ヘリ?」


 「UH-1だ。古いが、飛べる」


 ジョンソンが口笛を吹いた。


 「ヒューイか。懐かしいな」


 「知っているのか」


 「ベトナム戦争の象徴だ。アメリカ人なら誰でも知っている」


 マルティネスが言った。


 「パイロットは誰だ」


 「それが問題だ」


 「問題?」


 「パイロットと整備要員は、俺たちで用意しろと言われた」


 沈黙が落ちた。


 「......また無茶振りか」


 ニコライが呟いた。


 「また無茶振りだ」


 「心当たりは」


 「ない」


 「ないのか」


 「ないから困っている」


 アレクセイが言った。


 「俺の知り合いに、元ロシア空軍のパイロットがいる」


 「本当か」


 「本当だ。ウクライナで一緒だった。今はどこにいるか分からないが......連絡は取れるかもしれない」


 「整備要員は」


 「それは分からない」


 サラが言った。


 「私の元同僚に、ヘリの整備経験がある人間がいるわ。元陸軍。今は民間で働いている」


 「連絡は取れるか」


 「取れると思う。ただ、タイに来るかどうかは分からない」


 柏木は少し考えた。


 「......全員に連絡を取ってくれ。可能性がある人間には、全員だ」


 「了解」


 「一ヶ月以内に、パイロットと整備要員を確保する。それが目標だ」


---


 会議が終わった。


 柏木は一人で屋上に出た。


 煙草に火をつけた。


 チェンマイの夜空。星が見える。バンコクより空気が澄んでいる。


 怒られた。無茶振りされた。やることが山積みだ。


 だが、不思議と悪い気分ではなかった。


 仲間がいる。


 一緒に考えてくれる人間がいる。


 一人じゃない。


 ニコライが屋上に来た。


 「考え事か」


 「少し」


 「国籍の件、決めた」


 「早いな」


 「考える必要がなかった」


 「どういう意味だ」


 「俺はもうロシア人じゃない。ロシアを捨てた時に、そうなった。タイ人になるかどうかは、ただの手続きの問題だ」


 「そう思えるのか」


 「思える。お前がいるからだ」


 柏木はニコライを見た。


 「お前についていく。それだけだ」


 ニコライは少し笑った。


 「感謝しろ。俺がこんなことを言うのは、滅多にない」


 「感謝する」


 「よし」


 二人は黙って、夜空を見た。


 星が瞬いていた。

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