第6話 衝突
二週間で、六つの組織を潰した。
麻薬。人身売買。武器密輸。賭博。恐喝。売春。
バンコクの裏社会は震え上がっていた。
だが、別の場所でも怒りが渦巻いていた。
---
朝。十時。
捜査本部のビル。
柏木はオフィスでコーヒーを飲んでいた。紅色のベストにシャツ。ネクタイはまだ締めている。作戦は夜だ。
ニコライが向かいに座っている。チャコールグレーのスーツに黒のタートルネック。無精髭が少し伸びていた。モスクワの冬を思わせる重厚なスタイルだ。
アレクセイはソファで医療器具の点検をしていた。ダークオリーブのジャケットにポケットの多いベスト。白いシャツの袖を捲り上げている。義足は隠していない。実用性重視。戦場の軍医がそのまま民間に来たような格好だった。
ファリダーはデスクで書類を整理していた。ネイビーのパンツスーツに、タイシルクのブラウス。深い紫に金の刺繍が入っている。髪は後ろで束ねている。唯一のタイ人として、誇りを見せていた。
ジョンソンとマルティネスは会議室で地図を広げていた。
ジョンソンは黒のスリーピーススーツ。白いシャツに黒のネクタイ。左手に金の腕時計が光っている。アメリカの刑事ドラマに出てきそうな正統派スタイルだ。白い顎髭が貫禄を添えていた。
マルティネスはブラウンの革ジャケットに黒のスラックス。中はヘンリーネックのシャツ。首にシルバーのクロスネックレスが揺れている。チームで一番ラフな格好だが、動きやすさを重視している。
サラは窓際で電話をしていた。黒のパンツスーツ。シャープなシルエット。白いシャツの第一ボタンを開けている。金髪は肩で切り揃えられていた。チェンマイにいた頃より手入れされている。
二週間で、全員に個性が出てきた。
柏木の紅色のベストに引っ張られて、最初は全員が黒いスーツだった。だが慣れてきた。自分のスタイルを見つけ始めた。
それでいい。
柏木はそう思っていた。
---
外で車の音がした。
複数。エンジンを切る音。扉を閉める音。
足音が近づいてくる。複数の足音。
柏木はコーヒーカップを置いた。
玄関のドアが蹴り開けられた。
---
男たちが入ってきた。
十人以上いた。全員が警察の制服を着ている。バンコク警察だ。
先頭に立っていたのは、五十代の男だった。大佐の階級章をつけている。顔が赤い。怒っている。
「お前たちか!」
男が叫んだ。
柏木は立ち上がった。
「誰だ」
「バンコク警察のソムチャイ大佐だ!」
「用件は」
「用件だと? ふざけるな!」
ソムチャイは柏木に詰め寄った。
「お前たちは何者だ! バンコクで何をしている!」
柏木は動かなかった。
「答えろ!」
「対犯罪組織捜査班だ」
「聞いたことがない!」
「聞いたことがないのは、お前の問題だ」
ソムチャイの顔がさらに赤くなった。
---
ニコライが立ち上がった。ジョンソンとマルティネスも会議室から出てきた。
警察官たちが銃に手をかけた。
「動くな!」
ソムチャイが叫んだ。
柏木は片手を上げた。仲間を止める合図だ。
「落ち着け」
「落ち着けだと? お前たちが我々の管轄で勝手に動き回っているんだ! 六つの組織を潰した! 逮捕者は百人以上! 我々には何の連絡もなかった!」
「連絡する義務はない」
「何だと」
「俺たちは独立した部隊だ。バンコク警察の指揮下にはない」
「嘘をつくな! そんな部隊は存在しない!」
ソムチャイは一歩近づいた。
「お前たち、汚職政治家の回し者だろう! ライバル組織を潰して、自分たちの縄張りを広げているんだ!」
「違う」
「違わない! 証拠がある!」
「証拠」
「お前たちが潰した組織のボスは、全員が政敵だった! ソムサックはパイブーン派だ! チャイヨンはスラチャイ派だ! 全員が同じ派閥だ!」
柏木は黙った。
「答えられないだろう! お前たちは別の派閥に雇われた傭兵だ! 政治の道具だ!」
---
サラが前に出た。
「待って」
「何だ、お前は」
「元米軍CIDよ。犯罪捜査のプロ」
「アメリカ人が何の関係がある」
「関係がある。あなたの言っていることは、論理的に成り立たない」
「何だと」
サラは腕を組んだ。
「もし私たちが特定の派閥の回し者なら、なぜ六つも組織を潰す必要があるの? 一つか二つ潰せば十分でしょう。縄張りを広げるなら、全部潰す必要はない」
「それは——」
「それに、私たちは押収した麻薬や金を一銭も持っていない。全部王宮警察に引き渡している。傭兵なら、報酬を受け取るはず」
ソムチャイは言葉に詰まった。
サラが続けた。
「あなたが怒っている本当の理由は、別にあるんじゃない?」
「何が言いたい」
「あなたの部下の中に、潰された組織から金をもらっていた人間がいる。その収入が絶たれた。だから怒っている」
ソムチャイの顔が引きつった。
「侮辱か」
「事実よ」
---
緊張が高まった。
警察官たちが銃を抜こうとした。
その時、玄関に別の車が停まる音がした。
足音。
ナロンが入ってきた。後ろにウィチャイ大佐がいた。
全員が動きを止めた。
---
ウィチャイ大佐は、ソムチャイを見た。
表情がない。だが、目は冷たかった。
「ソムチャイ大佐」
「ウィチャイ大佐......」
ソムチャイの声が小さくなった。
「何をしている」
「この者たちは——」
「この者たちは、私の部下だ」
沈黙が落ちた。
「私の指揮下で動いている。王宮警察の正式な部隊だ」
「王宮警察......」
「そうだ。お前に報告する義務はない」
ソムチャイの顔から血の気が引いた。
王宮警察。その意味を理解した。
御方の意思だ。
逆らえない。
---
「し、しかし——」
「しかしも何もない」
ウィチャイは一歩前に出た。
「お前は今、王宮警察の施設に無断で侵入した。扉を蹴り破った。武器を構えた。これは重大な違反だ」
「私は——」
「言い訳は聞かない」
ウィチャイはソムチャイの目を見た。
「お前の部下の中に、犯罪組織から金を受け取っている者がいる。リストは既に作成されている」
ソムチャイの顔が青ざめた。
「今すぐ帰れ。そして、二度とここに来るな。次に来たら、お前も逮捕する」
「......」
「聞こえなかったか」
「......聞こえました」
ソムチャイは部下を見た。
「撤収だ」
警察官たちが動き始めた。銃を収めて、外に出ていく。
ソムチャイは最後に柏木を見た。
「覚えておけ」
柏木は答えなかった。
ソムチャイは出ていった。
---
静かになった。
ウィチャイ大佐が柏木を見た。
「怪我は」
「ない」
「そうか」
「......助かった」
「助けたわけではない。来る予定だった。ソムチャイが先に来ただけだ」
「何の用だ」
「新しい指令がある」
ウィチャイは封筒を差し出した。
柏木は受け取った。
「バンコクの掃討は順調だ。だが、予定を変更する」
「変更」
「チェンマイに行け」
柏木は封筒を見た。
「チェンマイで何がある」
「麻薬の製造拠点だ。ゴールデン・トライアングルからの流通ルートがある。そこを潰せ」
「バンコクはどうする」
「残りの組織は、王宮警察が処理する。お前たちは、より大きな標的に向かえ」
柏木は頷いた。
「分かった」
---
ウィチャイとナロンが去った後、全員が集まった。
「チェンマイか」
ジョンソンが言った。
「ゴールデン・トライアングルの入り口だ」
サラが付け加えた。
「規模が違う。バンコクの組織とは比べ物にならない」
マルティネスが腕を組んだ。
「面白くなってきた」
ニコライが言った。
「面白いかどうかは分からない。危険なのは確かだ」
アレクセイが言った。
ファリダーが聞いた。
「私たちだけで対処できるんですか」
「できる」
柏木が答えた。
「根拠は」
「俺たちは二週間で六つの組織を潰した。誰も死んでいない。チームとして機能している」
「それは——」
「自信を持て。お前たちは強い」
柏木は全員を見渡した。
「チェンマイに行く。準備しろ。二日後に出発だ」
「了解」
全員が答えた。
---
夜。
柏木は屋上で煙草を吸っていた。
サラが来た。
「考え事?」
「少し」
「ソムチャイのこと?」
「違う。あいつはどうでもいい」
「じゃあ何?」
柏木は煙を吐いた。
「俺たちは目立ちすぎている」
「仕方ないでしょう。派手にやれと言われたんだから」
「派手にやった結果、敵が増えた」
「敵?」
「犯罪組織だけじゃない。警察の中にも敵がいる。政治家の中にも」
サラは頷いた。
「汚職ネットワークね」
「そうだ。俺たちが組織を潰すたびに、誰かの収入が消える。それを恨む人間がいる」
「気にするの?」
「気にしない。だが、警戒はする」
柏木は煙草を灰皿に押し付けた。
「チェンマイでは、もっと大きな敵と戦うことになる。バンコクの比じゃない」
「分かっている」
「分かっているなら、いい」
サラは空を見上げた。
「私、ここに来てよかった」
「なぜだ」
「やっと、正しいことをしている気がするから」
柏木はサラを見た。
「お前は最初から正しいことをしていた」
「そうかしら」
「そうだ。CIDを辞めさせられたのは、お前が正しかったからだ。間違っていたのは、上の連中だ」
サラは少し笑った。
「あなたに言われると、信じられる気がする」
「信じろ」
「信じるわ」
二人は黙って、バンコクの夜景を見た。
二日後、チェンマイに向かう。
新しい戦いが始まる。




