第4話 掃討
ウィチャイ大佐から連絡があったのは、チーム編成が完了した翌日だった。
電話は三十秒で終わった。
「準備はできたか」
「できた」
「では始めろ。バンコクからだ」
「了解した。方針は」
「派手にやれ」
「派手に」
「そうだ。見せしめが必要だ。犯罪組織に恐怖を与えろ。この街で悪事を働けば、どうなるか思い知らせろ」
「軍や警察との調整は」
「必要ない。お前たちは独立した部隊だ。誰にも遠慮するな」
「分かった」
「期待している」
電話が切れた。
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会議室。
七人全員が集まっていた。
「大佐から指令が来た」
柏木が言った。
全員が黙って聞いている。
「バンコクから始める。犯罪組織を一掃する。方針は『派手にやれ』。以上だ」
ジョンソンが笑った。
「シンプルだな」
「シンプルだ」
「具体的な目標は」
「これから決める。サラ、リストを」
サラがテーブルに書類を広げた。
「ファリダーと一緒にまとめた。バンコクで活動している犯罪組織のリストよ」
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リストには十二の組織が載っていた。
人身売買。麻薬密売。武器密輸。特殊詐欺。賭博。売春。恐喝。誘拐。
「全部潰すのか」
マルティネスが聞いた。
「全部だ。だが、順番がある」
柏木はリストを指差した。
「一番上。クロントイの麻薬組織。ここから始める」
「なぜここだ」
「三つ理由がある。一つ、規模が中程度。大きすぎず小さすぎない。最初の標的として適切だ。二つ、他の組織との繋がりが薄い。潰しても連鎖反応が起きにくい。三つ、被害者が多い。麻薬中毒で死んだ人間が、この一年で五十人以上いる」
ニコライが頷いた。
「最初に成功例を作る。それを見せしめにして、他の組織を萎縮させる」
「そうだ」
サラが付け加えた。
「この組織のボスはソムサック・ウォン。四十代。元警官よ。十年前に汚職で免職されて、その後犯罪組織を作った」
「元警官か」
「警察内部に繋がりがある。だから今まで野放しにされてきた」
ファリダーが言った。
「私の同僚にも、ソムサックから金をもらっている人間がいます。何人かは知っています」
「名前は」
「言えません。証拠がないので」
「証拠は後で集める。今は作戦に集中しろ」
「分かりました」
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「拠点は」
アレクセイが聞いた。
「クロントイ港の近く。倉庫を改装した建物。三階建て」
サラが地図を広げた。
「ここよ。周囲は廃墟が多い。住民は少ない」
「銃声が響いても問題ないということか」
「そういうこと」
ジョンソンが地図を見た。
「警備は」
「常時五人から十人。ボスがいる時は増える」
「武装は」
「拳銃が確認されている。自動小銃があるかどうかは不明」
「内部構造は」
「分からない。潜入した情報提供者がいない」
マルティネスが言った。
「つまり、入ってみないと分からない」
「そうなる」
「いつものことだな」
マルティネスは笑った。
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「作戦を説明する」
柏木が立ち上がった。
「突入班は三人。俺、ニコライ、ジョンソン。正面から入る」
「正面から?」
ファリダーが聞いた。
「そうだ。派手にやれと言われた。隠れる必要はない」
「危険じゃないですか」
「危険だ。だが、それでいい」
ニコライが言った。
「派手にやるというのは、そういう意味だ。敵に恐怖を与える。圧倒的な力で制圧する。逃げる暇も、抵抗する暇も与えない」
柏木が続けた。
「マルティネスとサラは裏口を押さえろ。逃げる奴を捕まえる」
「了解」
「アレクセイは車で待機。負傷者が出たら対応しろ」
「分かった」
「ファリダーは王宮警察との連絡役だ。制圧が終わったら、ナロンを呼べ。逮捕と証拠の押収は王宮警察がやる」
「分かりました」
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「装備を確認する」
柏木は武器庫に向かった。全員がついてきた。
「突入班はHK416を使う。サプレッサーは付けない」
「付けないのか」
ジョンソンが聞いた。
「派手にやる。銃声を響かせろ。近隣の組織にも聞こえるくらいに」
「見せしめか」
「そうだ」
柏木はベレッタM92FSをホルスターから抜いた。確認して、また収めた。
「俺はこれを使う」
「ライフルじゃなくていいのか」
「近距離なら、これで十分だ」
ニコライが言った。
「CARシステムか」
「そうだ」
「俺も見てみたい。お前の戦い方を」
ジョンソンが興味深そうに言った。
「見せてやる。現場でな」
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夜。二十二時。
クロントイ。
三台の車が倉庫の前に停まった。
柏木、ニコライ、ジョンソンが降りた。
柏木はいつもの格好だった。黒のスーツに紅色のベスト。ネクタイは外している。動く時は邪魔だ。オールバックの髪。サングラス。ショルダーホルスターはベストの外側に剥き出し。ベレッタが収まっている。隠す気がない。
ニコライとジョンソンは黒いスーツ姿だった。柏木に合わせて、自然とそうなった。スーツの下に防弾ベストを着込んでいる。HK416を構えている。
倉庫の前に男が二人立っていた。見張りだ。
男たちが三人に気づいた。
「おい、誰だ!」
タイ語で叫んでいる。
柏木は歩き続けた。
「止まれ!」
男の一人が拳銃を抜いた。
柏木は止まらなかった。
距離が縮まる。十五メートル。十メートル。
男が発砲した。
弾は柏木の横を抜けた。
柏木は走り出した。
五メートル。
ベレッタを抜いた。体の中心に引き付ける。体ごと目標に向ける。
銃声。
男の肩に当たり、倒れた。
もう一人が逃げようとした。
ニコライのHK416が火を噴いた。男の足に当たり、転倒した。
「確保しろ」
柏木が言った。
ジョンソンが二人を拘束した。
「中に入る」
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倉庫の扉を蹴り破った。
中は広かった。棚が並んでいる。麻薬の匂いがする。
奥から声が聞こえた。銃声を聞いて騒いでいる。
「来るぞ」
ニコライが言った。
三人の男が奥から走ってきた。全員が銃を持っている。
柏木は前に出た。
ジョンソンとニコライが左右に散った。
三方向からの射撃。
柏木は体を低くしながら前進した。撃ちながら進む。体の軸で狙う。一発、二発、三発。
一人が倒れた。
残りの二人がジョンソンとニコライに撃たれて倒れた。
三秒。
「階段だ」
柏木が先頭で階段を上がった。
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二階。
廊下に男が二人。AKを持っている。
距離、十二メートル。
柏木は止まらなかった。
AKが火を噴いた。弾が柏木の周囲を飛び交う。
柏木は走りながら撃った。一人の腹に当たった。
もう一人が銃を向け直す。
柏木は距離を詰めた。五メートル。
AKの銃身を左手で掴み、上に逸らす。右手のベレッタを男の胸に押し当てる。
銃声。
男が崩れた。
柏木はAKを奪った。マガジンを確認する。半分残っている。
「ボスは三階だ」
ニコライが言った。
「行く」
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三階。
扉が一つだけあった。
柏木は扉の横に立った。ニコライが反対側。ジョンソンが後ろ。
「三、二、一」
ジョンソンが扉を蹴り破った。
部屋の中にソムサックがいた。
デスクの後ろに座っている。手に拳銃を持っていた。
周囲に男が三人。全員が銃を構えている。
「動くな」
ソムサックが言った。
「お前が動くな」
柏木が答えた。
「何者だ。警察か」
「警察じゃない」
「じゃあ何だ」
「お前を捕まえに来た」
ソムサックは笑った。
「三人で? 俺には部下が——」
「部下は全員倒した」
ソムサックの顔が強張った。
「嘘だ」
「嘘じゃない。下を見てこい」
柏木は動かなかった。
ソムサックは部下の一人に目配せした。男が部屋を出ようとした。
「行かせない」
ニコライのHK416が男の足を撃った。男が倒れた。
残りの二人が銃を向けた。
ジョンソンが先に撃った。一人の腕に当たり、銃が落ちた。
最後の一人が発砲した。弾は柏木の横を抜けた。
柏木は前に出た。AKを投げた。男の顔面に当たる。怯んだ隙に距離を詰める。
ベレッタを男のこめかみに当てた。
「終わりだ」
男は銃を落とした。
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ソムサックだけが残った。
拳銃を持ったまま、デスクの後ろに立っている。
「撃てば、お前も死ぬ」
柏木が言った。
「脅しか」
「事実だ」
ソムサックの手が震えていた。
「俺を殺してどうする。俺には警察に繋がりがある。殺せば、お前たちも追われる」
「その繋がりは、もう切れている」
「何?」
「お前を守っていた警官たちは、今夜から監視下に置かれる。お前に関わった人間は全員、リストに載っている」
ソムサックの顔が青ざめた。
「嘘だ」
「試してみるか?」
柏木はベレッタを下ろさなかった。
「銃を置け。投降すれば、命は助かる」
「投降したら、どうなる」
「裁判を受ける。刑務所に入る。それだけだ」
「それだけか」
「それだけだ。だが、抵抗すれば死ぬ。選べ」
長い沈黙があった。
ソムサックの手から、銃が落ちた。
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制圧完了。
二十三時十五分。
作戦開始から一時間と少し。
組織の構成員十二人を確保。死者なし。重傷者三人。
倉庫の中から、大量の麻薬が押収された。ヘロイン、メタンフェタミン、合成麻薬。末端価格で数億バーツ相当。
王宮警察の担当官が駆けつけた。ウィチャイ大佐の部下だ。名前はナロン。三十代の男で、表情がない。
「報告を」
「制圧完了。死者なし。ボスを含む十二人を確保」
「押収物は」
「麻薬。大量だ。末端価格で数億バーツ」
ナロンは倉庫の中を見回した。
「派手にやったな」
「大佐の指示だ」
「近隣の住民から通報が殺到している。銃声がうるさいと」
「それでいい」
「それでいいのか」
「見せしめだ。バンコク中の犯罪組織に聞こえればいい」
ナロンは柏木を見た。表情は変わらない。
「大佐に報告する。後処理は我々がやる」
「頼む」
ナロンは部下に指示を出し始めた。逮捕と証拠の押収。すべて王宮警察が処理する。一般の警察は関与しない。
柏木は煙草を取り出した。火をつけた。
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翌日。
ソムサック逮捕のニュースが、バンコク中に広まった。
犯罪組織のボスが、謎の武装集団に制圧された。警察ではない。軍でもない。誰なのか分からない。
噂が広がった。
「王室の秘密部隊だ」「外国人の傭兵だ」「正体不明の処刑人だ」
どの噂も、半分は正しく、半分は間違っていた。
だが、効果は絶大だった。
バンコクの犯罪組織は、震え上がった。
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捜査本部。
七人が会議室に集まっていた。
「第一段階、成功だ」
柏木が言った。
「次はどこだ」
ジョンソンが聞いた。
「サムットプラカーンの人身売買組織。規模はソムサックより大きい」
「いつやる」
「三日後。準備ができ次第」
マルティネスが言った。
「休む暇はないのか」
「ない。勢いを止めたら意味がない。一気に畳み掛ける」
サラが頷いた。
「同感よ。犯罪組織が態勢を立て直す前に、次を潰す。恐怖を与え続ける」
ニコライが言った。
「面白くなってきた」
アレクセイが付け加えた。
「怪我人が増えそうだな」
「増える。覚悟しておけ」
ファリダーが言った。
「私にできることはありますか」
「ある。次の標的の情報を集めろ。拠点、人数、武装、警備のパターン。全部だ」
「分かりました」
柏木は全員を見渡した。
「これから忙しくなる。覚悟しておけ」
「覚悟はできている」
全員が答えた。
柏木は少しだけ笑った。
「なら、始めよう」




