表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第2章 捜査班
34/130

第3話 再会

バンコク。スクンビット通り。


 退役軍人が集まるバーがあった。「ザ・ベテラン」という名前だった。看板には星条旗とビールジョッキが描かれている。


 昼下がり。客は少なかった。


 柏木、ニコライ、アレクセイ。三人でカウンターに座った。


 バーテンダーは六十代の白人男性だった。右腕に海兵隊のタトゥーがある。


 「何にする」


 「ビール。三つ」


 柏木が言った。


 バーテンダーはビールを三つ出した。


 「日本人か」


 「そうだ」


 「珍しいな。ここに来る日本人は少ない」


 「人を探している」


 「誰だ」


 「元CIDの人間。三人いる。ジョンソン、マルティネス、サラ」


 バーテンダーの手が止まった。


---


 「なぜ探している」


 「仕事の話だ」


 「どんな仕事だ」


 「言えない」


 バーテンダーは柏木を見た。それからニコライを見た。アレクセイを見た。


 「お前たち、何者だ」


 「元軍人だ。三人とも」


 「どこの軍だ」


 「俺は日本。この二人はロシア」


 「ロシア?」


 バーテンダーの目が鋭くなった。


 「前線を離れた人間だ。今はタイにいる」


 ニコライが言った。


 「脱走兵か」


 「そう呼ぶなら、そうだ」


 バーテンダーは少し考えた。


 「......ジョンソンなら知っている」


 「ここに来るのか」


 「来る。週に一度くらい」


 「今日は」


 「来るかもしれない。夕方になれば」


 「待つ」


 柏木はビールを飲んだ。


---


 三時間待った。


 夕方になって、客が増え始めた。


 ドアが開いた。


 大男が入ってきた。黒人。百九十センチ近い。肩幅が広い。頭は坊主。顎に白い髭が生えている。


 十二年前より老けていた。だが、目は変わっていない。


 ジョンソンだった。


 柏木は立ち上がった。


 「ジョンソン」


 男が柏木を見た。


 しばらく沈黙があった。


 「......カシワギ?」


 「覚えていたか」


 「忘れるわけがない。沖縄の訓練だろう。お前、片目を失ったのか」


 「そうだ」


 「何があった」


 「長い話だ」


 ジョンソンは柏木の隣に座った。


 「話せ。時間はある」


---


 柏木は簡潔に説明した。


 訓練事故。除隊。登録支援機関。タイへの移住。NGO。犯罪組織との戦い。そして今の仕事。


 ジョンソンは黙って聞いていた。


 「......お前らしいな」


 「何がだ」


 「正義のために戦っている。サラが言った通りだ」


 「サラを覚えているか」


 「覚えている。マルティネスもな」


 「二人は今どこにいる」


 ジョンソンは少し間を置いた。


 「お前、二人を探しているのか」


 「三人ともだ。お前も含めて」


 「何のために」


 「仕事の話がある」


 「どんな仕事だ」


 柏木はジョンソンを見た。


 「タイ政府の対犯罪組織捜査班だ。人身売買、特殊詐欺、麻薬、武器密輸。全部を潰す」


 「政府の仕事か」


 「そうだ。だが、表には出ない。裏の仕事だ」


 「金は」


 「安い」


 「危険は」


 「高い」


 ジョンソンは笑った。


 「正直だな」


 「嘘をついても意味がない」


 「それで、俺たちに何を求めている」


 「戦闘員だ。信頼できる人間が必要だ。金で動かない人間。正義のために戦える人間」


 「俺たちがそうだと」


 「そうだ」


 ジョンソンはビールを注文した。一口飲んだ。


 「......マルティネスはバンコクにいる。俺と同じだ」


 「退役したのか」


 「二年前にな。アフガンで足を撃たれた。完治したが、前線には戻れなくなった」


 「今は何をしている」


 「セキュリティ会社で働いている。だが、つまらないと言っていた」


 「サラは」


 ジョンソンは少し黙った。


 「サラは......複雑だ」


---


 「複雑とは」


 「CIDを辞めた。五年前だ」


 「なぜ」


 「上と揉めた。汚職の捜査をしていて、上層部の人間に行き当たった。だが、上から圧力がかかった。捜査を中止しろと」


 「サラは従わなかった」


 「従わなかった。だから辞めさせられた。名目上は自主退職だが、実質は追い出しだ」


 柏木は黙った。


 サラらしい、と思った。


 「今はどこにいる」


 「チェンマイだ。NGOで働いている。人身売買の被害者を支援する仕事だ」


 「連絡は取れるか」


 「取れる。だが......」


 「何だ」


 「サラは荒れている。CIDを辞めてから、ずっとだ。正義を貫いて、報われなかった。それで心が折れかけている」


 柏木は窓の外を見た。


 「俺と同じだな」


 「何?」


 「俺も同じだった。日本で正義を貫いて、報われなかった。会社を追い出されて、金もなくて、どうしようもなくなった」


 「それでタイに来たのか」


 「そうだ。ここで、報われた」


 ジョンソンは柏木を見た。


 「......サラにも、そういう場所が必要だと思うか」


 「分からない。だが、会って話したい」


 「分かった。連絡してみる」


---


 翌日。


 マルティネスがバーに来た。


 四十代前半。ヒスパニック系。髪は短く刈り込んでいる。体は引き締まっている。右足を少し引きずっていた。


 「カシワギか。覚えているぞ」


 「俺も覚えている」


 「お前、片目になったな」


 「そうだ」


 「俺は片足だ」


 「聞いた」


 マルティネスは笑った。


 「お互い、傷だらけだな」


 「傷があっても戦える」


 「そうだな。戦える」


 マルティネスはジョンソンの隣に座った。


 「仕事の話があると聞いた」


 「ある」


 「聞かせてくれ」


 柏木は説明した。マルティネスは黙って聞いていた。


 「......面白そうだな」


 「面白いかどうかは分からない。危険なのは確かだ」


 「危険は嫌いじゃない」


 「金は安い」


 「金はどうでもいい。今の仕事は金はいいが、退屈で死にそうだ」


 「それで」


 「俺は乗る」


 マルティネスは即答した。


 ジョンソンが言った。


 「俺もだ」


 柏木は二人を見た。


 「理由を聞いていいか」


 「理由?」


 「なぜ乗る」


 ジョンソンが答えた。


 「お前だからだ」


 「俺」


 「沖縄の訓練で分かった。お前は本物だ。金で動かない。信念がある。そういう人間の下で働きたい」


 マルティネスが頷いた。


 「同感だ。今の仕事は金持ちの護衛だ。悪い奴を守る仕事だ。うんざりしていた」


 「悪い奴を守る」


 「そうだ。タイの金持ちには、ろくな奴がいない。犯罪で稼いだ金で、俺たちを雇っている」


 柏木は黙った。


 「お前の仕事は違う。悪い奴を捕まえる仕事だ。俺はそっちがいい」


 マルティネスはビールを飲んだ。


 「あとは、サラだな」


---


 三日後。


 チェンマイ行きの飛行機に乗った。


 柏木一人だった。ニコライとアレクセイはバンコクに残った。


 チェンマイ空港に着いたのは午後だった。


 タクシーで市内に向かった。


 ジョンソンから聞いた住所。古いアパートの三階。


 ドアをノックした。


 返事がない。


 もう一度ノックした。


 「誰だ」


 女の声だった。英語。低い声。


 「カシワギだ。沖縄で会った」


 沈黙があった。


 ドアが開いた。


---


 サラ・コールマン。


 十二年前より痩せていた。頬がこけている。目の下に隈がある。金髪は肩まで伸びて、手入れされていない。


 だが、目は変わっていなかった。強い目。折れかけているが、まだ折れていない目。


 「カシワギ」


 「覚えているか」


 「覚えている。あなた、片目になったのね」


 「そうだ」


 「何があったの」


 「長い話だ」


 サラは少し笑った。笑うのは久しぶりだという顔だった。


 「入って。話を聞かせて」


---


 部屋は狭かった。ワンルーム。ベッドとテーブルと椅子だけ。窓から午後の光が入っている。


 サラはコーヒーを入れてくれた。


 柏木は話した。自分の過去。タイでのこと。そして、今の仕事。


 サラは黙って聞いていた。


 「......あなたも追い出されたのね」


 「そうだ」


 「私と同じ」


 「聞いた」


 「ジョンソンから?」


 「そうだ」


 サラはコーヒーを見つめた。


 「正義を貫いて、報われなかった。馬鹿みたいよね」


 「馬鹿じゃない」


 「馬鹿よ。組織で生きていくには、上に従わなければいけない。それができなかった私は、馬鹿」


 「俺も同じだった」


 「あなたは違う。ここで報われたんでしょう」


 「報われた。だから、お前にも同じ場所を提供したい」


 サラは柏木を見た。


 「仕事の話?」


 「そうだ」


 「ジョンソンとマルティネスも誘ったの?」


 「誘った。二人とも乗った」


 「......そう」


 サラは窓の外を見た。


 「私に何ができると思う?」


 「捜査だ。お前はCIDで捜査をしていた。犯罪組織を追い詰める方法を知っている」


 「知っているけど、使う場所がなかった」


 「今はある」


 「本当に?」


 「本当だ」


 柏木は煙草を取り出した。サラを見た。


 「吸っていいか」


 「いいわ」


 柏木は火をつけた。煙を吐いた。


 「お前は十二年前に言った。正義のために戦うと」


 「覚えているの」


 「覚えている。俺はあの時、答えられなかった」


 「そうだったわね」


 「今は答えられる」


 サラは柏木を見た。


 「俺も正義のために戦っている。金のためじゃない。命令のためでもない。見ていられないから、助ける。それだけだ」


 「......」


 「お前も同じだろう。だからCIDを辞めさせられた。上に従えなかったから」


 「そうね」


 「その信念を、ここで使え。俺たちと一緒に」


 サラは長い間黙っていた。


 窓の外で、鳥が鳴いていた。


 「......一つ聞いていい?」


 「何だ」


 「なぜ私なの。他にも候補はいたでしょう」


 「いなかった」


 「いなかった?」


 「金で動かない人間は滅多にいない。正義のために戦える人間はもっと少ない。お前はその両方を満たしている」


 「買いかぶりよ」


 「買いかぶりじゃない。沖縄で見た。お前は本物だった」


 サラは少し笑った。


 「あなた、変わらないわね」


 「変わった部分もある」


 「どこが」


 「人間らしくなったと言われた」


 「誰に」


 「仲間にだ」


 サラはコーヒーを飲み干した。


 立ち上がった。


 「分かった」


 「来るか」


 「行く」


 「理由は」


 「あなたが来たから」


 「それだけか」


 「それだけよ。十分でしょう」


 柏木は煙草を灰皿に押し付けた。


 「十分だ」


---


 一週間後。


 バンコク。捜査本部。


 七人が会議室に集まっていた。


 柏木。ニコライ。アレクセイ。ファリダー。ジョンソン。マルティネス。サラ。


 日本人一人。ロシア人二人。タイ人一人。アフリカ系アメリカ人一人。ヒスパニック系一人。白人アメリカ人女性一人。


 人種がバラバラだった。派閥ができる余地がない。


 柏木は全員を見渡した。


 「これで全員だ」


 「少ないな」


 ジョンソンが言った。


 「少ない。だが、質は高い」


 「自信があるのか」


 「ある。お前たち全員を知っている。信頼できる」


 マルティネスが言った。


 「俺たちも、お前を信頼している」


 「だから来た」


 サラが付け加えた。


 柏木は頷いた。


 「これから仕事の説明をする。長くなる。覚悟しておけ」


 「覚悟はできている」


 ニコライが言った。


 「俺たち全員、そのために来た」


 柏木はテーブルの上に書類を広げた。


 「では、始める」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ