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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第2章 捜査班
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第2話 憲兵

翌日。


 ファリダーが被害者のリストを持ってきた。四十四人分の経歴書。


 柏木は一人ずつ目を通した。


 三時間かかった。


 結論は出た。


 「駄目だ」


 柏木はリストをテーブルに置いた。


 「駄目ですか」


 「駄目だ」


 ファリダーは少し落胆した顔をした。


 「理由を聞いてもいいですか」


 「心が折れている」


 「......」


 「全員がそうだ。犯罪組織に捕まり、抵抗できず、言いなりになった。元軍人が三人いたが、三人とも同じだ。反抗する気力を失っていた」


 ニコライが言った。


 「戦えないということか」


 「戦えない。現場に出れば、また折れる。敵を見た瞬間に動けなくなる。PTSDだ」


 アレクセイが頷いた。


 「俺も何人か診た。症状が出ている。夜中に叫ぶ。些細な音で怯える。回復には年単位の時間がかかる」


 「年単位か」


 「そうだ。しかも、回復しても戦闘員として使えるかどうかは分からない。心の傷は、体の傷より治りにくい」


 沈黙が落ちた。


---


 柏木は煙草を取り出した。火をつけた。


 「ジャック・リーチャーが歩いてたら引きずってでも連れてこい」


 全員が柏木を見た。


 「......何ですか、それ」


 ファリダーが聞いた。


 「冗談だ」


 「冗談ですか」


 「そうだ」


 ニコライが笑った。


 「お前が冗談を言うとは思わなかった」


 「俺だって言う」


 「初めて聞いた」


 「切羽詰まっているからだ」


 柏木は煙草を吸った。煙を吐いた。


 「......ジャック・リーチャーか」


 アレクセイが呟いた。


 「知っているのか」


 「小説だろう。元米軍のMPが主人公の。アメリカで人気だと聞いた」


 「MP?」


 ファリダーが聞いた。


 「ミリタリー・ポリス。憲兵だ」


 柏木は煙草を見つめていた。


 何かが頭の隅に引っかかった。


---


 「......思い当たる人間がいる」


 柏木が言った。


 全員が黙った。


 「米軍の憲兵隊だ」


 「知り合いがいるのか」


 「いた。特殊作戦群にいた頃、米軍との合同訓練があった。相手は米陸軍CIDだった」


 「CID?」


 「Criminal Investigation Division。陸軍犯罪捜査司令部。軍内部の重大犯罪を捜査する部隊だ」


 ニコライが腕を組んだ。


 「合同訓練で何をした」


 「対テロ訓練だ。人質救出のシミュレーション。俺たちが突入班、彼らが捜査班という設定だった」


 「それで」


 「......あいつらは本物だった」


 柏木は窓の外を見た。


 「ジャック・リーチャーのような連中だった。体がでかくて、頭が切れて、信念がある。金で動く人間じゃなかった」


 「今はどこにいる」


 「分からない。十年以上前の話だ。もう軍にいないかもしれない」


 アレクセイが言った。


 「連絡は取れるか」


 「取れない。連絡先を交換していない。軍の訓練だ。個人的な繋がりは作らなかった」


 「名前は覚えているか」


 柏木は少し考えた。


 「......三人いた。男が二人。女が一人」


 「女?」


 「そうだ。CIDには女性捜査官もいる。あの女は......強かった」


 ファリダーが身を乗り出した。


 「名前は」


 「男の一人はジョンソン。もう一人はマルティネス。女は......」


 柏木は眉をひそめた。


 「思い出せない。ファーストネームはサラだったと思う。ラストネームが出てこない」


---


 ニコライが言った。


 「手がかりはそれだけか」


 「それだけだ」


 「探せるか」


 「分からない。米軍のデータベースにアクセスできれば可能だが......」


 「できないだろう」


 「できない。だが、別のルートがある」


 「何だ」


 「米軍の退役軍人コミュニティだ。バンコクにもある。元米軍の人間が集まる場所がある」


 アレクセイが言った。


 「そこに行けば分かるか」


 「分からない。だが、手がかりになるかもしれない」


 柏木は煙草を灰皿に押し付けた。


 「明日、行ってみる」


 「俺も行く」


 ニコライが言った。


 「俺も」


 アレクセイが言った。


 「私も——」


 「お前は残れ」


 柏木がファリダーを見た。


 「なぜですか」


 「米軍の退役軍人コミュニティに、タイ警察の人間が来たら警戒される。お前は別の仕事をしろ」


 「何をすればいいですか」


 「プラチャーに連絡して、最新の犯罪組織情報をもらえ。リストを作っておけ」


 「分かりました」


 ファリダーは不満そうだったが、頷いた。


---


 夜。


 柏木は一人で屋上にいた。


 煙草を吸いながら、バンコクの夜景を見ていた。


 合同訓練のことを思い出していた。


 十二年前。沖縄。


 米陸軍CIDのチームが来ていた。対テロ訓練の一環だった。特殊作戦群の突入班と、CIDの捜査班が連携するという設定だった。


 三日間の訓練だった。


 最初は互いに警戒していた。言葉の壁もあった。だが、訓練が進むにつれて、壁は低くなった。


 ジョンソン。黒人の大男。声が低くて、動きが速かった。


 マルティネス。ヒスパニック系。陽気だが、目は笑っていなかった。戦場を知っている目だった。


 そして、サラ。


 金髪。百七十センチ以上あった。女だが、男と同じ訓練をこなした。射撃の腕は柏木と互角だった。


 訓練の最終日、サラが言った。


 『あなたは何のために戦うの』


 柏木は答えた。


 『命令だから』


 サラは首を振った。


 『嘘。あなたの目は、命令で動く人間の目じゃない』


 柏木は何も言えなかった。


 サラは続けた。


 『私は正義のために戦う。悪い奴を捕まえるために。あなたも同じでしょう』


 柏木は答えなかった。


 だが、サラは笑った。


 『答えなくていい。分かるから』


---


 あれから十二年。


 柏木は左目を失い、自衛隊を辞め、日本を出て、タイに来た。


 サラは今、どこにいるのか。


 まだ軍にいるのか。退役したのか。生きているのか。


 分からない。


 だが、もし見つけられたら。


 もし、あの時の言葉が本当だったら。


 柏木は煙草を捨てた。


 「正義のために戦う、か」


 呟いた。


 明日、探しに行く。


 見つかるかどうかは分からない。だが、何もしないよりはマシだ。

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