第1話 人材難
一週間が過ぎた。
捜査本部のオフィス。会議室のテーブルを囲んで、四人が座っていた。
柏木。ニコライ。アレクセイ。そしてファリダー。
全員が黙っていた。
テーブルの上に、書類が散らばっている。履歴書。経歴書。推薦状。すべてボツになったものだ。
「どうする」
ニコライが言った。
誰も答えなかった。
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問題は単純だった。
人がいない。
採用権はある。資金もある。だが、基準を満たす人間がいない。
「もう一度確認する」
柏木が言った。
「条件は三つ。一、外国人であること。タイ人の汚職ネットワークに繋がっていないこと。二、戦闘経験があること。素人は使えない。三、金で動かないこと。正義のために戦える人間であること」
「三番目が無理だ」
アレクセイが言った。
「なぜだ」
「そんな人間は滅多にいないからだ。いても、すでにどこかで働いている。NGOか、国連か、別の政府機関か」
「引き抜けないのか」
「引き抜けるような条件を出せない。うちは給料が安い」
ファリダーが口を挟んだ。
「給料の問題ですか」
「給料だけじゃない。安定性だ。うちは新設の部隊で、いつ潰れるか分からない。問題が起これば切り捨てられる。そんな場所に来る奴は、よほどの物好きか、他に行き場がない人間だ」
「アレクセイさんとニコライさんは来ましたよね」
「俺たちは特殊だ」
ニコライが言った。
「どう特殊なんですか」
「柏木がいたからだ」
ファリダーは柏木を見た。
柏木は黙っていた。
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この一週間で、三十人以上の候補者を検討した。
バンコクの外国人コミュニティ。元軍人。元警察官。元傭兵。セキュリティ会社の社員。
全員がボツだった。
理由は様々だ。
「金次第で寝返る」「過去に犯罪歴がある」「酒癖が悪い」「精神的に不安定」「単純に能力が足りない」
一番多かったのは、「金で動く」だった。
当たり前だ。金で動かない人間が、わざわざ危険な仕事を引き受けるわけがない。引き受けるのは、金が目的か、他に理由がある人間だけだ。
他に理由がある人間。
それが柏木であり、ニコライであり、アレクセイだった。
だが、そういう人間は滅多にいない。
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「俺の知り合いを当たってみた」
ニコライが言った。
「結果は」
「駄目だ。バンコクのロシア人コミュニティには、元軍人が何人かいる。だが、ほとんどが金目当てだ。傭兵仕事を探している連中だ」
「使えないのか」
「使えない。金で雇えば、金で裏切る。そういう人間は信用できない」
アレクセイが付け加えた。
「俺も当たった。前線で一緒だった人間に連絡を取った」
「何人いる」
「三人。だが、一人はドイツにいる。一人はカナダにいる。最後の一人は......死んだ」
「死んだ」
「先月だ。持病が悪化したらしい」
沈黙が落ちた。
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ファリダーが言った。
「警察学校の同期はどうですか」
「お前の同期か」
「はい。外国人じゃないですけど、信頼できる人間はいます」
「外国人じゃないと駄目だ」
「なぜですか」
「タイ人は汚職ネットワークに繋がっている可能性がある。本人が清廉でも、親戚や友人が組織と繋がっていれば、情報が漏れる」
「私は大丈夫ですか」
「お前は少佐が保証した。それに、お前の家族は調べた。問題ない」
「調べたんですか」
「当然だ」
ファリダーは少し不満そうな顔をした。だが、何も言わなかった。
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柏木は煙草を取り出した。火をつけた。
「選択肢を整理する」
全員が柏木を見た。
「一つ目。このまま四人で動く。人数は少ないが、信頼できる。小規模な作戦なら対応できる」
「大規模な作戦は」
「無理だ。限界がある」
「二つ目は」
「基準を下げる。金で動く人間でも、管理できれば使う。だがリスクは上がる」
「三つ目は」
「待つ。適任者が現れるまで、情報収集に専念する。実働は最小限にする」
ニコライが言った。
「どれも微妙だな」
「微妙だ」
「お前はどうしたい」
柏木は煙草を吸った。煙を吐いた。
「......分からない」
珍しい言葉だった。柏木が「分からない」と言うのは。
アレクセイが言った。
「考え方を変えた方がいいかもしれない」
「どういう意味だ」
「俺たちみたいな人間を探すんじゃなく、俺たちみたいな人間を作る」
「作る?」
「訓練だ。素質のある人間を見つけて、育てる」
「時間がかかる」
「かかる。だが、外から連れてくるより確実だ」
柏木は少し考えた。
「素質のある人間をどうやって見つける」
「それが問題だ」
また沈黙が落ちた。
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ファリダーが何か言いかけた。だが、止まった。
「何だ」
柏木が聞いた。
「いえ......馬鹿な考えかもしれないので」
「言え」
「救出した被害者の中に、使える人間がいるかもしれません」
全員がファリダーを見た。
「被害者」
「はい。リクルート拠点で保護した二十三人。本拠点で保護した二十一人。合計四十四人の外国人がいます」
「被害者を兵士にするのか」
「全員じゃないです。でも、中には元軍人もいました。見張り役をやらされていた男たちの中に」
柏木は黙った。
ソムチャイのことを思い出した。日本人に幼馴染を犯されて、日本人を憎むようになった男。
被害者だが、見張り役として組織に加担していた。
使えるか。
使えるとしたら、どう使う。
「......」
柏木は煙草を灰皿に押し付けた。
「リストを出せ。保護した外国人全員の経歴を」
「分かりました」
ファリダーが立ち上がった。
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ファリダーが部屋を出た後、ニコライが言った。
「被害者をリクルートするのか」
「可能性の一つだ」
「賭けだな」
「賭けでも、選択肢がないよりはマシだ」
アレクセイが言った。
「被害者は心に傷を負っている。使い物になるかどうか分からない」
「分からない。だから調べる」
「調べて、使えそうな人間がいたら」
「会う。話す。それから決める」
ニコライは腕を組んだ。
「お前らしくないな」
「何がだ」
「慎重だ。いつもはもっと早く決める」
柏木は新しい煙草に火をつけた。
「人の命がかかっている。慎重になって悪いことはない」
「人の命は、いつもかかっていただろう」
「今回は違う。俺の部下になる人間だ。俺の判断で死ぬかもしれない人間だ」
ニコライは黙った。
アレクセイが言った。
「責任を感じているのか」
「感じている」
「お前は変わったな」
「そうか」
「タイに来た頃より、人間らしくなった」
柏木は答えなかった。
窓の外を見た。バンコクの街並み。高層ビル。渋滞。喧騒。
この街のどこかに、適任者がいるはずだ。
見つける。
必ず見つける。




