第27話 風向き
三日が過ぎた。
柏木たちはシェルターにいた。動けなかった。
救出した被害者二十三人の聞き取りは終わった。全員がリクルート拠点の内部構造を証言した。だが本拠点の場所を知る者はいなかった。「メコン川を渡った」という情報だけ。ラオスのどこかは分からない。
拘束した組織の人間九人。プラチャーが取り調べている。だが口が固い。サーンの報復を恐れている。
柏木は毎日、庭で煙草を吸っていた。
ニコライが隣に来た。
「動かないのか」
「動けない」
「なぜだ」
「大義がない」
ニコライは黙った。
「国境を越えれば犯罪者になる。スッティンのNGOも、プラチャーもチャイロンも、俺たちを守れなくなる」
「分かっている」
「分かっているなら聞くな」
ニコライは少し笑った。
「お前でも手詰まりになることがあるんだな」
「当たり前だ。俺は神じゃない」
煙草の煙が、夜の空に消えていった。
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四日目の朝。
状況が変わった。
スッティンが食堂に飛び込んできた。手にスマートフォンを持っている。
「柏木、見ろ」
画面を見せた。日本のニュースサイトだった。
見出しが目に入った。
『登録支援機関代表を逮捕 特殊詐欺に外国人労働者を送り込んだ疑い』
柏木は画面を奪い取った。
記事を読んだ。
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概要はこうだった。
グローバルキャリア株式会社。登録支援機関として特定技能外国人の支援業務を行っていた企業。代表取締役の山本誠が逮捕された。
容疑は組織犯罪処罰法違反。海外の特殊詐欺グループに日本人を送り込み、その見返りとして金銭を受け取っていた疑い。
発覚のきっかけは、先月逮捕された同社社員・佐藤隆の供述。佐藤は取り調べで全てを話した。会社ぐるみの犯行だったと。
グローバルキャリアは子会社を設立し、ベトナム人グループの構成員に在留資格を発行していた。その人間たちが日本国内でリクルート活動を行い、若者を騙して海外に送り込んでいた。
送り先はカンボジアとラオス。タイ国境近くの施設。
被害者は推定で五十人以上。動いた金は億単位。
警察庁は外務省と連携し、タイ政府およびラオス政府に捜査協力を要請した。
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柏木は記事を読み終えた。
「山本が逮捕された」
スッティンが頷いた。
「お前の古巣だな」
「そうだ」
「知っていたのか」
「知らなかった。だが、驚かない」
柏木はスマートフォンをスッティンに返した。
「俺が辞めた後、会社は傾いていた。クライアントが離れた。俺が不正を摘発しすぎたからだ。企業からすれば、俺は厄介者だった」
「お前がいなくなって、歯止めがなくなった」
「そうだ」
柏木は窓の外を見た。
「佐藤は末端だった。上が腐っていた」
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その日の午後。
チャイロン少佐から連絡があった。
スッティンのシェルターに来るという。
一時間後、少佐が到着した。制服姿だった。後ろに部下が二人ついている。
「柏木」
「少佐」
二人は向かい合った。
「日本政府から正式な要請が来た」
「捜査協力か」
「そうだ。タイ国家警察が動く。国境警備隊も出る。ラオス政府にも要請が行っている」
「ラオスは応じるのか」
「分からない。だがタイ側は動く。国境付近の施設を特定し、強制捜査を行う」
柏木は少し考えた。
「俺に何の用だ」
チャイロンは柏木を見た。
「現地コンサルタントとして参加しないか」
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柏木は黙った。
「日本人被害者がいる。五十人以上だ。彼らを保護するには、日本語が話せる人間が必要だ」
「通訳を雇えばいい」
「通訳では足りない。被害者は騙されて連れてこられた人間だ。警戒している。信用しない」
「俺なら信用するのか」
「お前は元支援機関の人間だ。被害者の心理を理解している。交渉ができる」
柏木は煙草を取り出した。火をつけた。
「本音を言え」
チャイロンは少し間を置いた。
「サーン・トンカムがいる」
「知っている」
「奴を捕まえたい。だが正規の部隊だけでは難しい。サーンは逃げる。今まで何度も逃げてきた」
「俺に捕まえろと言っているのか」
「お前なら捕まえられる。一度やっただろう」
柏木は煙草を吸った。
「条件がある」
「言え」
「ニコライも参加させろ」
チャイロンは柏木の後ろを見た。ニコライが立っていた。腕を組んでいる。
「……あのロシア人か」
「元ロシア軍だ。使える」
「身元が不確かだ」
「俺が保証する」
チャイロンは少し考えた。
「分かった。お前の責任で連れていけ」
柏木は頷いた。
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その夜、作戦会議が行われた。
チャイロン少佐が指揮を執る。参加者はタイ国境警備隊の隊員十二名。プラチャー刑事とその部下三名。柏木とニコライ。
「目標はメコン川東岸の施設だ」
チャイロンが地図を広げた。
「ラオス領内だが、実質的には無法地帯だ。ラオス政府の統制が及んでいない」
「越境するのか」
プラチャーが聞いた。
「しない。タイ側から圧力をかける。施設の周囲を封鎖し、逃げ道を塞ぐ」
「ラオス側に逃げられたら」
「ラオス政府に通報する。あとは向こうの問題だ」
柏木は地図を見た。
「この施設の位置は確定しているのか」
「ほぼ確定している。衛星画像で特定した。日本政府から提供された情報だ」
「内部の人数は」
「不明だ。だが、リクルート拠点より大きい。建物が五棟ある」
「武装は」
「自動小銃は確実にある。それ以上は分からない」
柏木は頷いた。
「突入はいつだ」
「明後日の夜。準備が整い次第だ」
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会議が終わった。
柏木とニコライは外に出た。
「政府が動くと話が早いな」
ニコライが言った。
「そうだ」
「お前の古巣が潰れたおかげだ」
「皮肉だな」
「皮肉か?」
「俺が守ろうとしたものが、俺が辞めた後に腐った。その腐敗が発覚して、俺が動ける状況になった」
ニコライは少し考えた。
「お前のせいじゃない」
「分かっている」
「本当に分かっているか」
「分かっている」
柏木は煙草に火をつけた。
「だが、終わらせる責任はある」
「責任か」
「俺がいた場所だ。俺が知っている人間がやったことだ。無関係じゃない」
ニコライは黙った。
「サーンを捕まえる。今度こそ逃がさない」
柏木は煙を吐いた。
夜空に煙が消えていく。
明後日の夜。
すべてが終わる。




