第26話 リクルート
夜明け前。
警察が現場を封鎖していた。
プラチャー刑事が指揮を執っている。部下が五人。ウドンターニー署からの応援だ。チャイロン少佐の姿はなかった。
拘束した組織の人間は九人。負傷者三人は病院に搬送された。死者はいない。
被害者二十三人は、スッティンのシェルターに移送された。ノックが対応している。
柏木は廃工場の前で煙草を吸っていた。
プラチャーが近づいてきた。
「お前の仕業か」
「そうだ」
「二人で」
「そうだ」
プラチャーは柏木を見た。それからニコライを見た。
「……化け物だな」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてない」
プラチャーは煙草を取り出した。柏木のライターで火をつけた。
「問題がある」
「何だ」
「サーン・トンカムがいない」
柏木は黙った。
「拘束した九人の中に、サーンはいなかった。お前が撃った連中の中にもいない」
「ここにいると思っていたのか」
「可能性はあった。だが、いなかった」
柏木は煙草を吸った。
サーンがいない。つまり、ここは末端の拠点だ。サーン本人は別の場所にいる。
「もう一つ問題がある」
プラチャーが言った。
「何だ」
「日本人がいない」
---
柏木はプラチャーを見た。
「日本人」
「そうだ。ここは日本向けの特殊詐欺拠点だと聞いていた。日本語が話せる人間を集めていると」
「スッティンからの情報だ」
「その通りだ。だが、日本人がいない。被害者二十三人の中にも、組織の人間の中にも」
柏木は考えた。
日本向けの特殊詐欺。日本語が話せる人間を集めている。だが日本人がいない。
「ここは本拠点じゃない」
柏木が言った。
「何」
「詐欺の拠点は別にある。ここは別の目的で使われている」
「別の目的」
「分からない。だが、詐欺拠点なら電話機がある。パソコンがある。マニュアルがある。そういうものを見たか」
プラチャーは首を振った。
「見ていない。まだ現場検証の途中だ」
「ファリダーはどこだ」
「中で検証している」
柏木は煙草を捨て、建物に向かった。
---
本棟の一階。
ファリダーが部屋を調べていた。懐中電灯を手に、棚の中を確認している。
「何か見つかったか」
柏木が聞いた。
ファリダーは振り返った。
「電話機がありません」
「パソコンは」
「一台だけ。でも詐欺用じゃない。監視カメラの映像を確認するためのものです」
「マニュアルは」
「ありません。詐欺のスクリプトも、顧客リストも、何もない」
柏木は部屋を見回した。
テーブルがある。椅子が並んでいる。壁にはホワイトボード。何か書いてあったが、消されている。
「ここは詐欺拠点じゃない」
ファリダーが言った。
「分かっている」
「じゃあ何なんですか」
柏木はホワイトボードに近づいた。消し跡がある。指でなぞった。
うっすらと文字が見える。タイ語とベトナム語。数字。日付。
「リクルート」
柏木が言った。
「リクルート?」
「ここはリクルート拠点だ。人を集める場所。詐欺をやる場所じゃない」
---
ファリダーが近づいてきた。
「どういうことですか」
「被害者二十三人を思い出せ。タイ人、ラオス人、ベトナム人。全員が若い。全員が日本語を少し話せる」
「そうでした。何人かに聞きました。日本に行ったことがある人もいた」
「元技能実習生か」
「そうです。帰国した後、仕事がなくて困っていたところを勧誘されたと」
柏木は頷いた。
「それがリクルートだ。日本語が少し話せる人間を集める。騙して連れてくる」
「連れてきて、どうするんですか」
「詐欺拠点に送る。本物の詐欺拠点に」
ファリダーは黙った。
柏木は続けた。
「日本向けの特殊詐欺には、日本人が必要だ。電話をかけるのは日本人。騙すのも日本人。だが日本人だけでは運営できない」
「なぜですか」
「逃げるからだ」
---
柏木は窓の方を見た。外はまだ暗い。
「日本人を騙して連れてくる。パスポートを取り上げる。逃げられない場所に閉じ込める。そこで詐欺電話をかけさせる」
「それは分かります」
「だが日本人は抵抗する。逃げようとする。見張りが必要だ」
「見張りも日本人にすればいいんじゃ」
「日本人同士だと結託する。外国人の見張りが必要だ。だが言葉が通じないと管理できない」
ファリダーの目が少し大きくなった。
「だから日本語が話せる外国人を集める」
「そうだ」
柏木は振り返った。
「若い女は慰安要員だ。日本人の男たちの面倒を見させる。ストレスを発散させて、従順にさせる」
「……」
「男は見張り要員だ。日本語が通じることで、日本人の不安を低減させる。脱走を阻止する。反抗を防ぐ」
ファリダーは何も言わなかった。
「よく考えられたシステムだ」
柏木が言った。
「日本人に特化している。日本人の心理を理解している。日本人がどうすれば従順になるか、分かっている」
---
柏木の脳裏に、一人の男の顔がよぎった。
佐藤隆。
グローバルキャリアの担当者。柏木の後任。日本で逮捕された男。
佐藤はボドイと繋がっていた。在留資格を操作して、ベトナム人を追い詰めていた。追い詰めた先に、タイ行きの選択肢を用意していた。
日本国内でリクルートしていたのは、佐藤だった。
だが佐藤は逮捕された。ルートは潰れたはずだ。
なのに、ここにはまだ被害者がいた。二十三人。最近連れてこられた者もいた。
つまり、佐藤だけじゃない。
日本国内に、別のリクルーターがいる。
「柏木さん」
ファリダーの声で我に返った。
「何だ」
「考え込んでました。何か思い当たることが」
柏木は少し黙った。
「日本で逮捕した男がいる。登録支援機関の担当者だ。そいつがリクルートに関わっていた」
「その人がここにも」
「いや、逮捕されている。だが、そいつだけじゃない可能性がある」
「別のリクルーターがいる」
「そうだ。日本国内に。まだ動いている」
ファリダーは柏木を見た。
「日本に戻るんですか」
柏木は答えなかった。
窓の外が少し明るくなり始めていた。夜明けが近い。
---
建物の外に出た。
ニコライとアレクセイが待っていた。
「何か分かったか」
ニコライが聞いた。
「ここは詐欺拠点じゃない。リクルート拠点だ」
「リクルート」
「人を集める場所だ。集めた人間を、本物の詐欺拠点に送る」
「本物の詐欺拠点はどこにある」
「分からない。だが、ここじゃない」
アレクセイが言った。
「サーンはそっちにいるのか」
「おそらく」
「場所は」
「分からない。拘束した連中から聞き出すしかない」
プラチャーが近づいてきた。
「一人が喋り始めた」
「何と言っている」
「ラオスだ。詐欺拠点はラオスにあると」
柏木は黙った。
ラオス。国境を越えている。タイ警察の管轄外だ。
「メコン川の向こうか」
「そうだ。ノーンカーイから川を渡った先。ラオス側に拠点がある」
「サーンはそこにいるのか」
「分からない。だが、日本人はそこにいると言っている」
柏木は空を見上げた。
夜明けの光が、東の空を染め始めていた。
サーン・トンカム。
まだ終わっていない。




