第24話 夜の目
翌日の夜、十時。
同じ丘の上にいた。
柏木、ニコライ、ファリダー。三人で腹這いになって、廃工場を見下ろしていた。
月は出ていない。新月に近い。闘は暗かった。
「見張りが増えている」
柏木が呟いた。
双眼鏡を覗いている。暗視機能はない。だが廃工場の周囲には照明がある。正門と監視塔の周辺だけが明るく、それ以外は闇だった。
「正門に二人。監視塔に一人。あと一人はどこだ」
ニコライが言った。
「裏だ」
柏木が双眼鏡を動かした。
「裏口の近くに一人いる。煙草を吸っている」
「四人目か」
「そうだ。裏口は見張られている」
ファリダーが小声で言った。
「裏口から入るのは無理ですか」
「無理じゃない。一人だ。処理できる」
柏木は双眼鏡を下ろした。
「問題は順序だ」
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三十分ほど観察を続けた。
見張りの動きにパターンがあった。
正門の二人は交代で詰め所に入る。一人が外に立ち、一人が中で休む。三十分交代。
監視塔の男は動かない。座っている。時々立ち上がって周囲を見回すが、頻度は低い。十五分に一回程度。
裏口の男は一番緩んでいた。煙草を吸い終わると建物の壁に寄りかかって、スマートフォンをいじっている。周囲を見ていない。
「裏口の男は使える」
柏木が言った。
「使える?」
ファリダーが聞いた。
「一番緩んでいる。接近しても気づかない可能性が高い」
ニコライが頷いた。
「処理は俺がやる」
「頼む」
「殺すのか」
ファリダーの声が少し硬くなった。
柏木は答えなかった。ニコライが代わりに言った。
「必要なら殺す。必要なければ殺さない」
「必要かどうか、誰が決めるんですか」
「現場で決まる」
ファリダーは黙った。
柏木が言った。
「お前は外で待て。中には入るな」
「……分かりました」
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丘を降りた。
車に戻った。
全員が揃った。柏木、ニコライ、アレクセイ、ファリダー、ペット、スッティン。
「作戦を説明する」
柏木が言った。
全員が黙った。
「突入は明後日の夜。二十三時。月がない夜を選ぶ」
スッティンが頷いた。
「ルートは裏口からだ。正門は監視塔の射線がある。自殺行為だ」
「裏口には見張りがいた」
アレクセイが言った。
「一人だ。ニコライが処理する」
「処理の方法は」
「無力化だ。殺すかどうかは状況次第」
アレクセイは何も言わなかった。
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「役割分担を確認する」
柏木が続けた。
「突入は俺とニコライの二人だ。俺が先頭。ニコライが後方。室内は俺が掃討する。ニコライは俺の背中を守りながら、退路を確保する」
ニコライが頷いた。
「アレクセイは裏口の外で待機。負傷者が出たら対応しろ」
「分かった」
「ファリダーは被害者の保護だ。中から人が出てきたら、安全な場所に誘導しろ。パニックを抑えろ。警察官の制服が役に立つ」
「分かりました」
「ペットは車で待機。脱出ルートを確保しておけ。合図があったら裏口に車を回す」
ペットは黙って頷いた。大きな手がハンドルを握りしめていた。
「スッティンは全体の統括だ。外部との連絡。何かあったらプラチャーに連絡しろ」
「分かった」
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「建物の構造を確認する」
柏木が地面に棒で図を描いた。
「建物は三棟。一番大きいのが本棟。二階建て。被害者はここにいると推測する。窓に格子がある」
「右側の棟は」
ニコライが聞いた。
「裏口があった棟だ。おそらく倉庫か作業場。組織の人間が使っている可能性がある」
「左側は」
「不明だ。見えなかった」
「つまり、入ってみないと分からない」
「そうだ」
沈黙があった。
アレクセイが言った。
「情報が少なすぎる」
「分かっている。だがこれ以上の偵察は危険だ。見つかれば警戒される」
「見つからずに入る自信はあるか」
「ある」
柏木は即答した。
「特殊作戦群の訓練で、何度もやった」
アレクセイは黙った。それ以上は聞かなかった。
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「戦闘の流れを説明する」
柏木が続けた。
「まず裏口の見張りを処理する。ニコライがやる」
「方法は」
「接近して無力化だ。音を出さない」
ニコライが頷いた。
「その後、裏口から侵入。右側の棟を確認する。組織の人間がいれば排除する」
「排除というのは」
ファリダーが聞いた。
「無力化だ。撃つ場合もある」
「殺すんですか」
「向こうが撃ってきたら撃ち返す。こっちから先に殺すつもりはない」
ファリダーは少し黙った。それから頷いた。
「右側の棟を確保したら、本棟に移動する。俺が先頭で入る。廊下、部屋、一つずつクリアしていく」
「時間は」
「分からない。建物の大きさ次第だ。三十分で終わるかもしれないし、一時間かかるかもしれない」
「その間、俺は何をする」
ニコライが聞いた。
「俺の背中を守れ。後ろから来る敵を処理しろ。退路を確保しておけ」
「分かった」
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「弾の話をする」
柏木が言った。
「俺はベレッタで四十五発。ニコライはグロックで五十発。合計九十五発」
「少ないな」
アレクセイが言った。
「少ない。無駄撃ちはできない。一発一発を大事に使う」
「補充は」
「ない。撃ち尽くしたら終わりだ」
沈黙があった。
ニコライが言った。
「九十五発で十人以上を相手にする」
「そうだ」
「一人あたり十発以下か」
「計算上はそうなる」
「実際には、もっと少ない弾で済むこともある」
「どういう意味だ」
「銃を向けただけで降伏する奴もいる。全員が戦う覚悟を持っているとは限らない」
柏木は少し考えた。
「それは期待できない。最悪の状況を想定する」
「分かった」
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「最後に、撤退の条件を決める」
柏木が言った。
「撤退?」
スッティンが聞いた。
「途中で撤退する可能性がある。想定外の状況が起きた場合だ」
「どんな状況だ」
「敵の数が多すぎる場合。武装が想定以上の場合。俺かニコライが動けなくなった場合」
「その時はどうする」
「裏口から脱出する。ニコライが退路を確保しているから、そこを通って逃げる」
「被害者は」
「置いていく」
スッティンの顔が歪んだ。
「置いていくのか」
「死んだら誰も助けられない。生き残れば、もう一度やり直せる」
スッティンは黙った。
柏木は続けた。
「だが撤退は最後の手段だ。可能な限り、全員を連れ出す」
「……分かった」
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作戦会議が終わった。
全員が散っていった。
柏木は一人で残った。煙草に火をつけた。
ニコライが戻ってきた。
「一つ聞いていいか」
「何だ」
「お前の戦い方を見たことがない。CARシステムというのは、どういうものだ」
柏木は煙草を吸った。
「近接戦闘向けの射撃スタイルだ。銃を体の中心に引き付ける。腕を伸ばして狙うんじゃない。体ごと目標に向ける」
「体ごと」
「そうだ。体の軸で狙う。照準は使わない。五メートル以内なら、それで当たる」
「片目でも」
「片目でも」
ニコライは少し考えた。
「遠距離は」
「無理だ。十五メートル以上は精度が落ちる」
「じゃあ、建物の中では」
「俺の独壇場だ」
柏木は煙草を灰皿に落とした。
「廊下の幅は五メートルもない。部屋の中も同じだ。俺が前に出る。お前は後ろを守れ。それだけでいい」
「分かった」
ニコライは柏木の顔を見た。
「お前、何人殺したことがある」
柏木は答えなかった。
「……聞くべきじゃなかったな」
「ああ」
「じゃあ、別の質問だ」
「何だ」
「明後日の夜、生き残れると思うか」
柏木は新しい煙草に火をつけた。
「生き残る」
「根拠は」
「死ぬわけにいかないからだ」
ニコライは少し笑った。
「それは根拠じゃない」
「十分だ」
「……そうか」
ニコライは空を見上げた。星が見えた。
「俺も同じだ。死ぬわけにいかない。理由はないが、死ぬわけにいかない」
「なら生き残れる」
「そうだな」
二人は黙って、夜の空を見た。
明後日の夜。
すべてが決まる。




