第23話 偵察
翌朝、六時。
シェルターの食堂で朝食を取った。カオトム。米の粥だ。ノックが作ってくれた。
ニコライは三杯食べた。
「よく食うな」
柏木が言った。
「体が大きいからな」
「それにしても多い」
「ロシアの朝食はもっと重い。これは軽い」
アレクセイが言った。
「タイの朝食に慣れろ」
「慣れる前に痩せる」
「痩せた方がいい。動きやすくなる」
「これ以上痩せたら、ただの棒だ」
「棒でいい」
「よくない」
柏木は二人の会話を聞き流しながら、粥を食べた。
ファリダーは黙って食べていた。昨日より静かだった。
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朝食の後、スッティンが柏木を呼んだ。
「ニコライの銃が手に入った」
「早いな」
「チャイロン少佐じゃない。別のルートだ」
「別のルート」
「軍の横流し品だ。プラチャーの知り合いが持っていた」
スッティンは布袋をテーブルに置いた。
柏木が開けた。
グロック17が入っていた。
オーストリア製。9ミリパラベラム。マガジン装弾数十七発。ポリマーフレーム。軽い。
柏木はスライドを引いた。動きは滑らかだった。整備されている。
「弾は」
「五十発。これが限界だった」
「マガジンは」
「二本」
柏木は頷いた。
「十分だ」
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ニコライを呼んだ。
グロックを渡した。ニコライは手に取って、重さを確認した。
「グロック17か」
「知っているか」
「知っている。悪くない銃だ」
スライドを引いた。薬室を確認した。マガジンを抜いた。また装填した。一連の動作に無駄がなかった。
「どこで手に入れた」
「軍の横流し品だ」
「横流しか」
ニコライは少し笑った。
「どこの国でも同じだな。軍の物資は流れる」
「ロシアもか」
「ロシアは特にひどい。戦車まで流れる」
「戦車は要らない」
「要らないな」
ニコライはグロックをベルトに挟んだ。上着で隠した。
「弾は五十発だ。補充は難しい」
「分かった。大事に使う」
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八時。
ペットの車で出発した。
運転はペット。助手席にスッティン。後部座席に柏木、アレクセイ、ニコライ。ファリダーは別の車で後を追う形になった。警察車両で一緒に動くわけにはいかない。
市街地を抜けて、北へ向かった。
道が狭くなっていく。舗装が荒れてくる。農地が広がり、集落が点在する。
一時間ほど走った。
ペットが車を止めた。
「ここから先は車で行けない」
スッティンが言った。
「歩くのか」
「二キロほどだ」
全員が降りた。ファリダーも後から合流した。
「ここからは静かに動く。見張りがいる可能性がある」
柏木が言った。
全員が頷いた。
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農道を歩いた。
両側に田んぼが広がっている。乾季で水は抜けていた。土が乾いて、ひび割れている。
三十分ほど歩いた。
スッティンが立ち止まった。
「あの丘の向こうだ」
小さな丘があった。木が生えている。
「丘の上から見えるか」
「見える。だが長居はできない。見張りに気づかれる」
柏木は丘を見た。
「俺とニコライで行く。他は待機だ」
「私も行きます」
ファリダーが言った。
柏木はファリダーを見た。
「なぜだ」
「警察として、現場を確認する必要があります」
「足手まといになる」
「なりません」
柏木は少し考えた。
「……いい。ただし俺の指示に従え。勝手に動くな」
「分かりました」
ファリダーの声は静かだった。昨日のような張り合う調子がなかった。
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三人で丘を登った。
木の陰に隠れながら、慎重に進んだ。
頂上に近づいた。柏木が手で止まれの合図を出した。
腹這いになった。三人で並んで、丘の向こうを覗いた。
五百メートルほど先に、廃工場があった。
建物が三棟。スッティンの情報通りだ。周囲を鉄条網が囲んでいる。高さは二メートルほど。有刺鉄線が巻かれている。
監視塔が二つ。正門の両側に立っている。塔の上に人影が見えた。
「見張りは二人」
柏木が呟いた。
「正門に一人。もう一人は塔の上」
ニコライが言った。
「武装は」
「塔の上の男はライフルを持っている。AKだろう」
柏木は双眼鏡を目に当てた。スッティンから借りたものだ。
正門を見た。鉄製の門扉。車一台が通れる幅。門の横に小屋がある。見張りの詰め所だろう。
建物を見た。一番大きい棟は二階建て。窓がいくつかある。窓には格子がはまっている。
「あれが本棟だ」
柏木が言った。
「被害者はあの中か」
ニコライが聞いた。
「おそらく。窓に格子がある。逃げられないようにしている」
ファリダーが双眼鏡を借りた。
しばらく見ていた。
「裏口があります」
「どこだ」
「右側の棟の裏。小さな扉が見えます」
柏木は双眼鏡を受け取って、確認した。
確かに扉があった。人一人が通れる程度の大きさだ。
「よく見つけた」
「……ありがとうございます」
ファリダーは小さく頷いた。
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十分ほど観察した。
見張りの動きを確認した。塔の上の男は三十分おきに周囲を見回している。正門の男は詰め所から出たり入ったりしている。
「夜の見張りは四人だとスッティンが言っていた」
柏木が言った。
「今は昼だから二人。夜になると増える」
「夜に動くのか」
ニコライが聞いた。
「そうなる。見張りは増えるが、暗闘は俺たちに有利だ」
「根拠は」
「向こうは待ちの姿勢だ。どこから来るか分からない。こっちは動く側だ。ルートを選べる」
ニコライは頷いた。
「理屈は分かる」
「だが」
「戦闘要員が少なすぎる」
柏木は黙った。
「俺とお前だけだ」
ニコライが続けた。
「アレクセイは医者だ。撃ち合いはできない。ファリダーは警察官だが、実戦経験がない。ペットは運転手。スッティンは指揮官タイプで、現場向きじゃない」
「分かっている」
「向こうは見張りだけで四人。中に何人いるか分からない。最低でも十人はいるだろう。武装している」
「分かっている」
「二人で十人以上を相手にするのか」
「そうなる」
ニコライは廃工場を見た。
「……やったことはある」
「俺もある」
「ロシア軍か」
「自衛隊だ」
「自衛隊でそんな経験があるのか」
柏木は答えなかった。
ニコライはそれ以上聞かなかった。
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丘を降りた。
全員と合流した。
「どうだった」
スッティンが聞いた。
「情報通りだ。建物三棟、鉄条網、監視塔二つ。見張りは今のところ二人。武装はAK」
「裏口は」
「あった。右側の棟の裏だ」
「ファリダーが見つけた」
ニコライが付け加えた。
スッティンはファリダーを見た。
「……そうか」
ファリダーは何も言わなかった。
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車に戻った。
帰り道、柏木は考えていた。
正面から突入するのは無理だ。監視塔からの射線がある。鉄条網を越える間に撃たれる。
裏口を使う。だが裏口にも見張りがいるかもしれない。夜の四人がどこに配置されるか、まだ分からない。
二人で突入する。ニコライと俺。
アレクセイは後方で待機。負傷者が出たら対応する。
ペットは車で待機。脱出ルートを確保する。
ファリダーは被害者の保護。中から出てきた人間を安全な場所に誘導する。
スッティンは全体の指揮。外部との連絡。
役割分担は明確だ。だが戦闘は二人でやるしかない。
もう一度偵察が必要だ。夜の配置を確認しないと、作戦が立てられない。
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シェルターに戻った。
夕食の後、柏木は一人で庭に出た。
煙草に火をつけた。
タイの夜は虫の音がうるさい。湿度が低い乾季でも、虫は鳴いている。
ニコライが来た。
「考えてるな」
「ああ」
「作戦か」
「そうだ」
ニコライは柏木の隣に立った。
「二人で十人以上。正直、厳しい」
「分かっている」
「だがやるんだな」
「やる」
「なぜだ」
柏木は煙草を吸った。
「中に人がいるからだ」
「それだけか」
「それで十分だ」
ニコライは少し笑った。
「お前、変わってるな」
「よく言われる」
「褒めてる」
「そうか」
「俺も同じだ。理屈じゃない。やるべきことがあるから、やる」
柏木はニコライを見た。
「だからチェルニヒウで腸が出ても戦ったのか」
「アレクセイから聞いたか」
「聞いた」
「あの時は死ぬと思った。だが止まれなかった」
「止まれない人間は、二種類いる」
「何だ」
「馬鹿か、正義か」
「お前はどっちだ」
「両方だ」
ニコライは声を出して笑った。
「俺もだ」
二人は黙って、夜の空を見た。
虫の音が続いていた。
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ファリダーが来た。
「柏木さん」
「……何だ」
「明日の夜、また偵察に行くんですか」
「そうだ」
「私も行っていいですか」
「なぜだ」
「昼と夜で、見張りの配置が変わるなら、両方見ておきたい」
柏木は少し考えた。
「……いい」
「ありがとうございます」
ファリダーは頭を下げた。
「一つ聞いていいですか」
「何だ」
「戦闘は、柏木さんとニコライさんの二人だけでやるんですか」
「そうだ」
「私は」
「お前の仕事は被害者の保護だ。中から出てきた人間を、安全な場所に誘導しろ。それが警察の仕事だ」
「……分かりました」
「勝手に突っ込むな。自分の役割を守れ」
「守ります」
ファリダーは頭を下げて、中に戻っていった。
ニコライが言った。
「成長したな」
「何がだ」
「昨日よりマシになってる」
「そうか」
「お前の影響だ」
「知らん」
柏木は煙草を灰皿に落とした。
新しいのに火をつけた。
明日の夜、もう一度偵察する。夜の配置を確認して、作戦を立てる。
二人で十人以上。
やるしかない。




