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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第1章 支援機関の外へ
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第16話 再会

足立区の駅前は、夜の七時でもまだ人が多かった。


 帰宅途中のサラリーマン。スーパーの袋を提げた主婦。自転車で走り抜ける学生。その流れの中に、ベトナム人の若者が一人、柱の陰に立って待っていた。


 ズン・グエン・タン。三十歳。食品加工工場の作業着の上にダウンジャケットを羽織っている。顔が細い。二年前より細くなっている。目の下に疲れが溜まっていた。


 柏木を見た瞬間、ズンの表情が動いた。安堵と、それから何か別のものが混じった顔だった。


 柏木は足を止めた。


 「久しぶりだ」


 「柏木さん」


 「さんはいらない」


 ズンは少し戸惑った顔をした。それでも頷いた。


 「柏木」


 「そうだ。飯は食ったか」


 「まだです」


 「行くぞ」


---


 駅から二分歩いたところに、ベトナム料理の小さな店があった。


 柏木が先に入った。カウンター席に二人並んで座った。店主はベトナム人の中年女性で、柏木の顔を見て一瞬動きを止めたが、すぐにメニューを差し出した。


 「フォーを二つ。あと生春巻き」


 注文してから、ズンを見た。


 「話せ」


 ズンは手を膝の上で組んだ。組んで、また解いた。


 「どこから話せばいいですか」


 「全部だ」


 ズンは頷き、話し始めた。


 工場の同僚から声をかけられたのは、柏木が退職した翌月だった。夜の仕事だと言った。詳しくは教えてくれなかったが、月に十万は稼げると言った。断った。翌月また来た。また断った。今月は三回来た。


 「名前は分かるか」


 「ホアンさんです。同じ工場にいます」


 「ホアンが直接声をかけてくるのか」


 「はい」


 「ホアンの上に誰かいるか」


 「分かりません。でも、ホアンのスマホに連絡してくる人がいます。タイ語か、ラオス語みたいな言葉を話していました」


 柏木は黙った。


 タイ語かラオス語。


 その一点が、柏木の頭の中で何かに引っかかった。今はまだ輪郭が見えない。だが引っかかった。


 フォーが来た。二人で食べ始めた。


 ズンは最初の数口を食べて、少し顔が変わった。温かいものが体に入った時の顔だ。


 「借金はいくら残っている」


 「百二十万くらいです。兄の分が七十万、自分の分が五十万」


 「利子はどの程度ついている」


 「月に三万くらい増えます」


 「手元に残るのは」


 「六千円です。今月は」


 柏木はフォーを食べながら聞いた。数字を整理した。六千円。月に三万増える利子。百二十万の元本。


 「ホアンの誘いを断り続けたら、どうなると思う」


 「怒ると思います。工場で嫌がらせをされるかもしれない」


 「されたことはあるか」


 「まだないです」


 「お前がホアンにとって必要な人間である間は、嫌がらせはしない。必要じゃなくなった時が危ない」


 ズンは箸を止めた。


 「どういう意味ですか」


 「次の獲物を見つけたら、お前は用済みになる。その時に何かしてくる可能性がある」


 「何かって」


 「在留管理局に密告するか、あるいは別の方法で追い詰める。やり方はいくつかある」


 ズンの顔から血の気が引いた。


 柏木は生春巻きを取った。


 「だから先に動く」


 「先に、というのは」


 「ホアンの上にいる人間を特定する。そこから崩す」


 「どうやって」


 「俺がやる。お前はホアンに対して今まで通り接しろ。断るのも今まで通りでいい。変に刺激するな」


 「柏木は、今は何者なんですか」


 柏木は生春巻きを半分食べて、皿に置いた。


 「お前の味方だ。それだけ知っていれば十分だ」


 ズンはしばらく柏木を見ていた。


 見た目は変わっていなかった。いや、少し変わっていた。タイに行く前より、どこか鋭くなっている。研がれたような感じがする。それが怖いのか安心なのか、ズンには判断できなかった。


 「信用していいですか」


 「お前が決めることだ」


 「今まで、柏木に騙されたことはないです」


 「これからも騙さない」


 ズンは頷いた。


---


 店を出ると、夜の足立の空気が来た。


 柏木は煙草に火をつけた。ズンはコートの前を合わせた。


 「もう一つ聞いていいですか」


 「何だ」


 「タイは、どうでしたか」


 煙草の煙が夜気に溶けていく。柏木は少しの間、何も言わなかった。


 「悪くなかった」


 「また行くんですか」


 「ほとぼりが冷めたら戻る」


 「ほとぼり」


 「向こうで少し派手なことをした」


 ズンは聞き返さなかった。柏木の言う「派手なこと」が何を意味するか、なんとなく分かる気がしたからだ。


 「気をつけてください」


 「お前もな」


 ズンは頭を下げた。それから駅の方へ歩いていった。


 柏木はその背中を見た。細くなった背中だった。


 煙草を最後まで吸って、灰皿に押しつけた。


 スマートフォンを取り出してアレクセイにメッセージを送った。


 *「終わった。ホアンという人間を調べる。タイ語かラオス語を話す人間と繋がっている」*


 返信はすぐに来た。


 *「面白い」*


 柏木はスマートフォンをポケットにしまった。


 足立の夜は、まだ続いていた。


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