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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか!  作者: Operator3118
第7章 再起
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第9話 乱戦


 広間に全員が突入した。

 突撃隊。対策局捜査官。総勢二十九名。

 対するテロリストは五十人以上。全員が自動小銃を持っている。

 だが、それだけじゃなかった。

 動きが違う。構えが違う。目が違う。

 こいつら全員、訓練を受けている。それも、並の訓練じゃない。

 王宮に突入するような作戦を実行できる連中だ。当然、全員がエース級だ。

 ジョンソンが叫んだ。

 「散開! 懐に入れ! 撃たせるな!」

 全員が走った。

 瀧本は一人目に飛びかかった。

 銃身を掴む。男が抵抗した。普通なら、ここで銃を奪える。だが奪えなかった。男の腕力が強い。

 膝を腹に入れた。男が屈まない。腹筋が硬い。効いていない。

 男が頭突きを放ってきた。瀧本の額に直撃。視界が白くなった。

 よろめいた瞬間、男が銃床を振り下ろしてきた。肩に直撃。激痛。左腕が痺れた。

 瀧本は歯を食いしばって蹴りを放った。男の膝に入った。ようやく男がよろめいた。その隙に肘を顎に叩き込む。倒れた。

 一人倒すのに、これだけかかった。

 振り向くと、二人目が銃を構えていた。

 撃たれた。左肩に激痛。

 倒れなかった。走った。男の懐に入り、肘を叩き込んだ。男が崩れる。

 だが左腕がもう動かない。

 広間は地獄だった。

 ジョンソンが三人を相手にしていた。サモ・ハン直伝の重い拳。だが相手も強い。一人を殴り倒しても、別の一人が蹴りを放ってくる。ジョンソンの顔面に入った。よろめいた隙に、背後から銃床が振り下ろされた。背中に直撃。ジョンソンが膝をついた。

 立ち上がろうとした。別の男が蹴りを放った。脇腹に入った。ジョンソンが倒れた。

 それでもジョンソンは男の足を掴み、引き倒し、マウントを取って殴った。男が動かなくなった。だがジョンソンも立ち上がれない。脇腹を押さえている。肋骨が折れている。

 ニコライがスコット・アドキンス直伝の蹴りを放った。一人の顔面に直撃。男が吹っ飛んだ。

 だが二人目が銃を構えた。撃たれた。右足に激痛。ニコライが倒れた。

 床に転がりながら、近づいてきた男の足を払った。男が倒れる。ニコライは這うように男の上に乗り、首を絞めた。

 別の男が蹴りを放ってきた。ニコライの背中に直撃。呼吸が止まった。それでも手を離さなかった。男が動かなくなるまで絞め続けた。

 だがニコライはもう動けない。右足は血まみれ。動脈に当たっている。止血しなければ死ぬ。

 陳志明が詠春拳の連打を繰り出していた。ドニー・イェン直伝。だが相手も強い。連打を捌かれた。カウンターの肘が顔面に入った。陳志明がよろめいた。

 別の男が銃を構えた。撃たれた。右腕に激痛。血が飛んだ。

 片腕で戦うしかない。左拳だけで連打を繰り出した。一人を倒した。だが二人目の蹴りが腹に入った。陳志明が屈んだ。後頭部に肘が落ちてきた。床に倒れた。

 意識が遠のきかけた。それでも立ち上がろうとした。男が銃床を振り下ろしてきた。背中に直撃。陳志明は動けなくなった。

 マルティネスが暴れていた。マイケル・ジェイ・ホワイト直伝の総合格闘技。だが相手も強い。五人を相手に、殴り、蹴り、投げ、締める。一人を倒す。二人を倒す。だが三人目の蹴りが膝に入った。よろめいた。四人目がナイフを振るった。

 脇腹を切り裂かれた。深い。内臓に届いている。

 「くそがあああ!」

 マルティネスは叫びながら、ナイフを持った男の腕を掴み、へし折った。そのまま男を投げ、別の男にぶつけた。

 だが血が止まらない。視界がぼやける。膝をついた。

 サラがミリョク・ヤン直伝のシラットで戦っていた。流れるような動き。三人を倒した。だが四人目が強かった。サラの肘を捌き、カウンターの膝を入れてきた。腹に直撃。息が詰まった。

 よろめいた隙に、別の男がナイフを振るった。サラの腕を切り裂いた。深い。骨が見えている。

 サラは悲鳴を上げなかった。切られた腕を無視して、男の顎に肘を叩き込んだ。男が倒れた。

 だがサラも膝をついた。腕から血が流れ続けている。

 ンゴマとアブドゥルが十人以上に囲まれていた。

 ンゴマの顔面に拳が入った。鼻が折れた。血が噴き出した。それでも殴り返した。男が倒れた。だが別の男の蹴りが膝に入った。関節が悲鳴を上げた。ンゴマが倒れた。

 アブドゥルがンゴマを庇おうとした。背後から銃床が振り下ろされた。後頭部に直撃。アブドゥルが崩れ落ちた。意識がない。

 ンゴマは這うように男に組み付いた。首を絞めた。別の男が蹴ってきた。肋骨に入った。折れた。肺に刺さった。それでも離さなかった。男が動かなくなるまで。

 ンゴマはそのまま動かなくなった。呼吸が止まりかけている。

 瀧本とヨナタンが駆けつけた。

 ヨナタンがナイフを投げた。一人の肩に刺さった。クラヴマガ。だが男は倒れなかった。ナイフを抜いて、投げ返してきた。ヨナタンの腹に刺さった。

 「ぐ……っ」

 ヨナタンが膝をついた。腹からナイフが生えている。

 瀧本が男に飛びかかった。肘を叩き込んだ。男が崩れた。

 振り向くと、ヨナタンが倒れていた。腹から血が流れている。

 広間の奥で、テロリストの一団が階段を駆け上がっていった。十五人ほど。

 「止めろ!」

 ジョンソンが叫んだ。だがジョンソンは立てない。肋骨が折れている。

 ニコライは足を撃たれて動けない。

 陳志明は背中を打たれて倒れている。

 マルティネスは脇腹を切られて血まみれだ。

 サラは腕を切られて血が止まらない。

 ンゴマは呼吸が止まりかけている。アブドゥルは意識がない。ヨナタンは腹にナイフが刺さっている。

 立っているのは、瀧本だけだった。

 左肩を撃たれている。左腕が動かない。頭から血が流れている。全身が痛い。

 それでも、追うしかない。

 「俺が行く」

 瀧本は走った。

 階段を駆け上がった。

 待ち構えていた男に飛びかかった。銃を払い、肘を叩き込んだ。男が崩れた。

 二人目が蹴りを放ってきた。強い。ブロックした右腕が痺れた。片腕で戦うしかない。

 膝蹴りを放った。腹に入った。男が屈んだ。肘を落とした。倒れた。

 三人目、四人目が同時に来た。

 一人の銃を掴み、引き寄せた。もう一人に男をぶつけた。二人がもつれた。そこに蹴りを放った。二人とも階段を転げ落ちた。

 五人目が銃を構えた。撃たれた。右腿に激痛。

 倒れなかった。走った。男の懐に入り、頭突きを叩き込んだ。男が崩れた。

 まだ十人いる。

 サラが追いついてきた。腕から血を流しながら。

 「一人で行くな」

 「お前、その腕で」

 「まだ動ける」

 二人で階段を駆け上がった。

 二階の廊下で、乱戦になった。

 瀧本とサラで十人を相手にした。

 狭い廊下。だが敵も強い。一人を倒す間に、別の一人が殴りかかってくる。

 瀧本の顔面に拳が入った。よろめいた。蹴りが腹に入った。屈んだ。後頭部に肘が落ちてきた。床に手をついた。

 サラが男を蹴り飛ばした。だがサラも限界だった。腕から血が流れ続けている。顔が青い。

 それでも戦った。

 一人、また一人と倒していく。

 残り五人になった時、マルティネスが追いついてきた。脇腹を押さえながら。血が滴っている。

 「まだ……戦える……」

 三人で五人を倒した。

 全員が限界だった。

 廊下の奥に、扉があった。

 蹴破った。

 中にテロリストが五人。部屋の奥に金庫がある。

 そして、その中央に、男が立っていた。

 他の四人とは、格が違う。

 大きい。瀧本より頭一つ高い。百九十センチは超えている。体重は百キロ近いだろう。だが脂肪ではない。全身が筋肉の鎧で覆われている。

 顔に三本の傷がある。左の眉から頬まで、斜めに走っている。古い傷だ。刃物でつけられたものだ。

 目が死んでいる。感情がない。殺意すらない。ただ、仕事をしに来た。そういう目だ。

 構えに無駄がない。重心が低い。両手を前に出し、組みに来る構え。サンボだ。ロシアの格闘技。関節技と投げを主体とする。

 瀧本は男を見た。背筋が凍った。

 こいつは、今まで戦った誰とも違う。

 「スペツナズか」

 男が口を開いた。低い声。アクセントのある英語。

 「ヴィクトル・ザハロフ。元スペツナズ・アルファ」

 アルファ。ロシア連邦保安庁の対テロ特殊部隊。世界最強の特殊部隊の一つ。

 「お前は」

 「瀧本勝幸。元白バイ」

 「白バイ?」

 ヴィクトルの眉がわずかに動いた。嘲笑ではない。困惑だ。

 「交通警察が、なぜここにいる」

 「長い話だ」

 「聞く時間はない」

 ヴィクトルが構えた。

 瀧本も構えた。左腕は動かない。右腿を撃たれている。片足で立っているのがやっとだ。

 「サラ、マルティネス、金庫を守れ」

 「瀧本、お前一人で——」

 「俺がやる」

 瀧本はヴィクトルに向かって走った。

 ヴィクトルが動いた。

 速くない。だが、間合いが読めない。

 瀧本は蹴りを放った。ヴィクトルが半歩下がった。届かない。

 距離を詰めようとした。ヴィクトルが踏み込んできた。瀧本の蹴り足を掴んだ。

 「クソっ——」

 引かれた。バランスを崩した。

 ヴィクトルが体を回転させた。瀧本の体が宙を舞った。投げられた。床に叩きつけられた。

 息が止まった。背中に激痛。肺から空気が全部抜けた。

 立ち上がろうとした。ヴィクトルが上から落ちてきた。膝が腹に入った。内臓が潰れそうだった。口から血が出た。

 ヴィクトルが腕を取った。関節を極めようとしている。肩が外れる。折れる。

 瀧本は必死で体をひねった。腕を引き抜いた。だがヴィクトルはすぐに次の技に移った。首を絞めてきた。腕が首に巻きついた。鉄の万力だ。

 視界が暗くなりかけた。

 「く……そ……がっ……!」

 瀧本は肘を後ろに突いた。ヴィクトルの腹に入った。力が一瞬緩んだ。その隙に逃げた。

 這うように距離を取った。立ち上がった。息が荒い。心臓が爆発しそうだ。

 ヴィクトルも立ち上がった。涼しい顔をしている。息一つ乱れていない。

 「お前の動き、読みやすい」

 「……」

 「ムエタイとシラットの混合。攻撃的だが、防御が甘い。組まれたら終わる」

 全部見抜かれている。一分も戦っていないのに。

 「何人殺した。そのスタイルで」

 「数えてない」

 「嘘だな。顔を見れば分かる。素人の延長だ。実戦経験が浅い」

 ヴィクトルが一歩前に出た。

 「俺は三百人以上殺した。チェチェン。シリア。ウクライナ。お前が何十人殺そうと、俺には勝てない」

 瀧本は歯を食いしばった。

 「テメェなんぞに……!」

 瀧本は走った。

 ヴィクトルが構えた。組みに来ると読んでいる。

 瀧本は組まなかった。

 フェイント。蹴りを出すふりをして、膝を入れた。ヴィクトルの腹に入った。ヴィクトルが少し屈んだ。

 効いた。

 続けて肘を振り上げた。ヴィクトルの顎を狙った。

 一瞬——トニー・ジャーの姿が重なった。

 肘がヴィクトルの顎を捉えた。

 ヴィクトルの頭が揺れた。よろめいた。

 「この……っ!」

 だがヴィクトルは倒れなかった。腕を掴んできた。また投げられる。

 瀧本は体を回転させた。腕を引き抜きながら、肘を側頭部に叩き込んだ。

 一瞬——イコ・ウワイスの姿が重なった。

 シラットの肘が、ヴィクトルのこめかみに入った。

 ヴィクトルがよろめいた。

 効いている。

 だがヴィクトルはすぐに体勢を立て直した。目が変わった。死んでいた目に、光が灯った。獣の目だ。

 「……いいだろう」

 声が低くなった。

 「少しは楽しめそうだ」

 ヴィクトルが踏み込んできた。

 速い。さっきの三倍は速い。

 拳が飛んできた。ブロックした。衝撃で体が吹っ飛んだ。壁に叩きつけられた。背骨が軋んだ。

 「がっ——」

 立ち上がろうとした。ヴィクトルが迫ってきた。蹴りが腹に入った。息が止まった。膝が顔面に入った。鼻が折れた。血が噴き出した。

 床に倒れた。

 視界が赤い。血が目に入っている。

 ヴィクトルが見下ろしていた。

 「終わりだ」

 サラが飛び込んできた。

 シラットの肘がヴィクトルの側頭部を狙った。

 一瞬——ヤヤン・ルヒアンの姿が重なった。

 ヴィクトルが腕でブロックした。サラの肘を掴み、引き、投げた。サラが壁に叩きつけられた。ずり落ちた。動かない。

 「サラ!」

 マルティネスが突っ込んできた。拳を振り回した。

 一瞬——マイケル・ジェイ・ホワイトの姿が重なった。

 ヴィクトルが躱した。カウンターの膝がマルティネスの脇腹に入った。切られた傷口に直撃。血が飛び散った。マルティネスが悲鳴を上げた。崩れ落ちた。動かない。

 二人とも倒れた。

 十秒かかっていない。

 瀧本は床に手をついた。

 血が滴っている。自分の血だ。

 立ち上がろうとした。足が震えている。腕が震えている。視界がぼやけている。

 それでも、立ち上がった。

 「……舐めんな」

 「なぜ立つ」

 ヴィクトルが首を傾げた。本当に分からないという顔だ。

 「もう限界だろう。片腕は動かない。片足は撃たれている。鼻は折れている。内臓も損傷している。立っているのが奇跡だ」

 「うるせえ……」

 「降伏すれば、殺さない。任務は金庫の中身だ。お前たちではない」

 「うるせえって……言ってんだろ……」

 瀧本は構えた。片腕。片足。立っているのがやっと。

 ヴィクトルが一歩近づいた。

 「なぜ戦う。何のために」

 「……」

 「金か。名誉か。国か」

 「違う」

 「なら何だ」

 瀧本の脳裏に、声が聞こえた。

 スヨンの声だった。

 結婚式の朝。白いドレスを着て、笑っていた。

 『守って』

 あの日、守れなかった。

 目の前で撃たれた。腕の中で死んだ。

 もう二度と、あんな思いはしない。

 させない。

 「約束だ」

 「約束?」

 「テメェには……分からねえよ」

 瀧本は拳を握った。

 「こんなんで……死んでたまるか……ボケェッ!」

 ヴィクトルが踏み込んできた。

 組みに来る。分かっている。組まれたら終わる。

 だが、躱せない。体が動かない。

 組まれた。ヴィクトルの腕が首に巻きついた。

 終わる。

 ヴィクトルが体を回転させた。投げようとしている。

 その時、床から手が伸びた。

 サラだった。意識を取り戻していた。血まみれの顔。だが目は生きている。

 サラの手が、ヴィクトルの足首を掴んだ。

 「今……っ!」

 ヴィクトルのバランスが崩れた。一瞬。ほんの一瞬。

 瀧本は首に巻きついた腕を振りほどいた。体をひねった。

 距離が開いた。

 一歩。それだけの距離。

 だが、それで十分だった。

 瀧本は跳んだ。

 右足で床を蹴った。撃たれた足が悲鳴を上げた。構わない。痛みなんか、どうでもいい。

 体が浮いた。

 回転した。

 一瞬——ヴァン・ダムの姿が重なった。

 あの日の訓練。何百回も蹴った。何百回も失敗した。

 『いつか使う機会がある』

 今だ。

 今しかない。

 540度。一回転半。

 全身の筋肉が軋んだ。骨が悲鳴を上げた。

 関係ない。

 踵がヴィクトルの側頭部に向かっていく。

 ヴィクトルの目が見開かれた。初めて、驚きの表情を見せた。

 瀧本は叫んだ。

 言葉にならなかった。

 「——ッッッァァァァァ!!」

 ただの咆哮だった。

 踵がヴィクトルのこめかみを捉えた。

 全体重を乗せた。全人生を乗せた。スヨンとの約束を乗せた。

 音がした。鈍い音。骨が砕ける音。

 ヴィクトルの体が横に吹っ飛んだ。壁に叩きつけられた。壁にヒビが入った。ずり落ちた。

 動かない。

 瀧本は着地に失敗した。床に崩れ落ちた。

 右足が折れている。回転の衝撃で限界を超えた。

 立てない。

 もう、立てない。

 だが——

 勝った。

 残りの四人が動こうとした。

 その時、扉が蹴破られた。

 ジョンソンが立っていた。肋骨が折れているはずだ。顔が土気色だ。それでも立っていた。

 「……遅くなった」

 ジョンソンは四人に向かって歩いた。

 四人が銃を構えた。

 ジョンソンは止まらなかった。

 撃たれた。肩に。

 止まらなかった。

 一人目の銃を払い、頭突きを叩き込んだ。崩れた。二人目の腹に膝を入れた。崩れた。三人目を掴んで投げた。四人目の顔面を殴った。

 四人とも倒れた。

 ジョンソンも倒れた。

 静寂が訪れた。

 瀧本は天井を見ていた。

 視界がぼやけている。意識が遠のきかけている。

 「……終わったか」

 声が出た。自分の声だと分からなかった。

 「終わった」

 誰かが答えた。サラの声だった。かすれている。

 「金庫は」

 「無事」

 「……そうか」

 瀧本は笑おうとした。顔が動かなかった。

 「こんなんで……死んでたまるか……」

 それだけ言って、意識が落ちた。

 救急車が到着したのは、それから十五分後だった。

 広間は地獄だった。

 倒れた突撃隊員。倒れた捜査官。倒れたテロリスト。血だまり。割れた柱。穴だらけの天井。

 救急隊員たちが駆け回っていた。

 「こっち、心肺停止!」

 ンゴマだった。肋骨が折れて、肺に刺さっていた。呼吸が止まっている。心臓も止まっている。

 救急隊員がCPRを始めた。胸骨圧迫。人工呼吸。

 「AED準備!」

 パッドを貼った。

 「クリア!」

 電気が流れた。体が跳ねた。

 心電図を見た。

 フラット。

 「もう一度! クリア!」

 体が跳ねた。

 フラット。

 「もう一度!」

 三度目。

 心電図が動いた。

 「戻った! 心拍再開!」

 だが、まだ危険だ。脳に酸素が行っていなかった時間が長い。後遺症が残るかもしれない。

 「こっちも危険! 出血多量!」

 マルティネスだった。脇腹の傷が深すぎた。内臓が損傷している。血圧が下がっている。

 「輸血! 輸血を!」

 「O型が足りない!」

 「本部に連絡! 血液を確保しろ!」

 「腹部刺創! 緊急手術が必要!」

 ヨナタンだった。ナイフが腸を傷つけていた。このままでは腹膜炎を起こす。

 「右足貫通銃創! 動脈損傷!」

 ニコライだった。止血しないと失血死する。だが、動脈の損傷が大きい。

 「これ、神経も傷ついてる可能性がある」

 「歩けるようになるか」

 「分からない。最悪の場合——」

 言葉が途切れた。

 「後頭部強打! 意識不明!」

 アブドゥルだった。瞳孔が開いている。脳震盪か、それ以上か。

 「この人、何発撃たれてるんだ!?」

 瀧本だった。左肩と右腿を撃たれ、鼻が折れ、全身打撲。

 「まだ息がある! 搬送!」

 ストレッチャーが並んだ。

 瀧本。ジョンソン。ニコライ。マルティネス。サラ。陳志明。ンゴマ。アブドゥル。ヨナタン。

 九人が担架で運ばれていった。

 残りの隊員たちも、全員が何かしら負傷していた。自力で歩ける者はほとんどいなかった。

 救急車が次々と出発していった。

 サイレンが鳴り響いた。

 ンゴマを乗せた救急車の中で、心臓がまた止まった。

 「心停止! CPR再開!」

 胸骨圧迫。

 「クリア!」

 AEDが作動した。

 体が跳ねた。

 フラット。

 「クリア!」

 体が跳ねた。

 心電図が動いた。

 「戻った!」

 だが、血圧が低い。意識がない。

 「病院まで持つか」

 「持たせる」

 病院に着いた時、緊急手術室が三つ同時に稼働した。

 マルティネス。ヨナタン。ンゴマ。

 三人が同時に手術を受けた。

 ンゴマは手術中に心臓が三度目の停止を起こした。蘇生した。だが、医師は首を振った。

 「危篤です。今夜が山です」

 夜が明けた。

 ンゴマは山を越えた。心臓は動いている。だが、意識が戻らない。

 マルティネスは六時間の手術を終えた。内臓の損傷を修復。輸血四リットル。命に別状なし。

 ヨナタンは四時間の手術を終えた。腸の損傷を修復。感染症のリスクがある。

 ニコライは三時間の手術を終えた。右足の動脈を修復。だが、神経が損傷していた。

 「歩行に障害が残る可能性があります」

 医師が言った。

 「どの程度」

 「分かりません。リハビリ次第です。最悪の場合、杖が必要になるかもしれません」

 ニコライは天井を見ていた。何も言わなかった。

 瀧本は二時間の手術を終えた。左肩と右腿から弾を摘出。鼻の骨を整復。全身打撲。

 目を覚ましたのは、昼過ぎだった。

 白い天井が見えた。

 体中が痛い。動かない。

 隣のベッドに誰かがいる。目を動かした。

 サラだった。腕に包帯を巻いている。点滴に繋がれている。目が合った。

 「……起きた」

 「起きた」

 「ンゴマは」

 「山を越えた。でも、まだ意識が戻らない」

 「……そうか」

 「ニコライは、足に後遺症が残るかもしれない」

 「……そうか」

 瀧本は天井を見た。

 「勝ったのか」

 「勝った。王宮を守った。書類も無事」

 「……代償は」

 「大きい」

 「ああ」

 瀧本は目を閉じた。

 「それでも……全員、生きてる」

 「生きてる」

 「それだけで……十分だ」

 局長が病院に来たのは、その日の夕方だった。

 集中治療室を回り、全員の顔を見た。

 瀧本の病室に来た時、瀧本は目を開けていた。

 「局長」

 「起きていたか」

 「起きてます」

 「報告を聞いた。よくやった」

 「全員、ボロボロです」

 「知っている」

 「ニコライは、歩けなくなるかもしれない」

 「知っている」

 「ンゴマは、まだ意識が戻らない」

 「知っている」

 局長は窓の外を見た。夕日が沈んでいく。

 「それでも、全員生きている」

 「……はい」

 「死者は、いない」

 「……はい」

 「王宮を守った。書類を守った。黒幕を全員炙り出せる」

 「……はい」

 局長は瀧本を見た。

 「代償は大きい。だが、無駄ではない」

 「……」

 「お前たちが守ったものは、これからタイを変える。汚職を根絶し、正義を取り戻す。その礎になる」

 瀧本は天井を見た。

 「それなら……良かった」

 「本当に、よくやった」

 局長は病室を出て行った。

 夜になった。

 病室は静かだった。

 瀧本は天井を見ていた。眠れなかった。

 体中が痛い。だが、痛みより、別のことを考えていた。

 ニコライのこと。ンゴマのこと。マルティネスのこと。

 全員がズタボロになった。

 それでも、誰も死ななかった。

 「こんなんで……死んでたまるか……ボケェ」

 呟いた。

 誰も聞いていなかった。

 それでいい。

 瀧本は目を閉じた。

 眠れないまま、朝を待った。


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