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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか!  作者: Operator3118
第7章 再起
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第6話 電車


 新しいバイクが届いたのは、三日前のことだった。

 BMW R1250 GS Adventure。白塗装。前のと同じモデル。瀧本は納車されたその日に三時間走り込んで、癖を確認した。エンジンの吹け上がり、ブレーキの効き、コーナリングの感触。前のやつより少しだけハンドルが軽い気がしたが、誤差の範囲だ。

 「大事に乗れよ」とダニエルが言った。

 「善処する」と瀧本は答えた。

 「善処じゃなくて約束しろ」

 「善処する」

 ダニエルは諦めた顔をした。

 三日後。その会話を思い出しながら、瀧本はバンコクの道を走っていた。時速百四十キロ。サイレンを鳴らしながら、車の間を縫っていく。右目だけで前方を見る。左目は動かない。半年前に失った視界には、もう慣れた。

 十五分前、本部に緊急通報が入った。

 BTSスクンビット線。アソーク駅を出発した電車が乗っ取られた。武装した男たちが乗客を人質に取り、運転士を脅して電車を走らせている。乗客は推定二百名以上。犯人の数は不明。要求も不明。

 警察が動いている。軍も動いている。だが電車は止まらない。次の駅で止まるかと思ったら、通過した。その次も通過した。どこに向かっているのか分からない。

 局長から通信が入った。

 「瀧本、お前が一番近い。現場に急行しろ」

 「電車にどうやって乗るんですか」

 「考えろ」

 「了解」

 考えた。答えは一つしかなかった。

 BTSの高架が見えてきた。バンコクの空を横切る灰色のコンクリート。その上を電車が走っている。

 瀧本は道路から高架の下に入り、並走できるルートを探した。スクンビット通り。片側三車線。渋滞している。だが歩道がある。

 歩道に乗り上げた。歩行者が悲鳴を上げて避ける。申し訳ないと思いながら、アクセルを開けた。時速八十キロ。歩道としては異常な速度だ。だが電車に追いつくにはこれでも遅い。

 前方に陸橋が見えた。高架と道路が交差する地点。高さは合っていない。高架の方が高い。だが陸橋の最高点から跳べば、届くかもしれない。

 届かないかもしれない。

 考えている暇はなかった。

 瀧本は陸橋に向かってバイクを走らせた。

 陸橋の上り坂。加速する。時速百二十キロ。百三十キロ。百四十キロ。

 頂点が近づく。

 電車が見えた。高架の上を走っている。こちらに向かってくる。タイミングは一度きり。

 瀧本はハンドルを切り、縁石を踏み台にした。バイクが跳んだ。

 一瞬、空中に浮いた。バンコクの空が見えた。青かった。

 電車の屋根が迫ってくる。届く。届くが、このままだとバイクごと激突する。

 瀧本はバイクを蹴って体を離した。バイクは電車の屋根に激突して火花を散らしながら滑っていき、反対側に落ちて消えた。瀧本は屋根に着地し、転がり、何かに掴まった。エアコンの室外機だった。

 屋根の上で体を起こした。

 「……納車三日で大破か」

 誰に言うでもなく呟いた。ダニエルの顔が浮かんだ。怒るだろうな、と思った。

 電車は走り続けている。風が強い。立っているのがやっとだ。

 屋根の上を這うように進み、車両の連結部分を探した。見つけた。非常用のハッチがある。

 ハッチを開けて、車内に降りた。

 最後尾の車両だった。乗客が座席に座っている。全員が瀧本を見た。恐怖と困惑が混じった目。

 瀧本は人差し指を唇に当てた。静かに、という意味だ。

 乗客たちは頷いた。声を出す者はいなかった。

 前方の車両に向かって歩き始めた。

 二両目に入った瞬間、男が振り向いた。

 黒いバラクラバで顔を隠している。手にはAK-47。

 目が合った。

 男が銃を構えようとした。瀧本は三歩で距離を詰め、銃身を掴んで上に跳ね上げた。天井に向けて発砲される。乗客が悲鳴を上げた。

 瀧本は銃を持った手首を捻り、関節を極めた。男が銃を落とした。そのまま肘を顔面に叩き込む。鼻が折れる音がした。男が崩れ落ちた。

 一人目。

 銃声を聞いて、前方から二人が走ってきた。同じ格好。同じ銃。

 狭い車内だ。銃は使いにくい。分かっているのか、二人は銃を構えたまま躊躇している。乗客を撃つわけにはいかない。

 瀧本はその隙に飛び込んだ。

 一人目の銃を払い、喉に掌底を打ち込んだ。男が咳き込んで屈む。その頭を掴んで膝に叩きつけた。倒れた。

 二人目が銃を振り回してきた。銃床で殴ろうとしている。瀧本は身を沈めて躱し、足払いをかけた。男がバランスを崩す。立て直す前に、後頭部に肘を落とした。倒れた。

 三人目。

 前方の車両に進んだ。

 四人目が待ち構えていた。銃を構えている。だが瀧本は止まらなかった。

 男が撃った。瀧本は横に跳んで座席の陰に隠れた。弾が窓ガラスを砕く。風が吹き込んできた。

 座席の下から男の足が見えた。位置を把握する。

 瀧本は座席を蹴って跳び出した。男が銃口を向ける。遅い。懐に入り込み、顎に肘を打ち上げた。男の頭が跳ね上がる。意識が飛んでいる。倒れる前に銃を奪い取った。

 四人目。

 先頭車両が見えた。運転席。

 五人目が運転士にナイフを突きつけていた。

 「動くな!」

 男が叫んだ。ナイフを運転士の首に押し当てている。

 瀧本は立ち止まった。奪った銃を床に置き、両手を上げた。

 「分かった。落ち着け」

 「お前は誰だ」

 「王室犯罪対策局」

 「警察か」

 「似たようなもんだ」

 男は運転士を盾にしたまま、瀧本を睨んでいた。目が血走っている。追い詰められた人間の目だ。

 「近づくな。近づいたらこいつを殺す」

 「殺したら、お前に交渉材料がなくなる」

 「うるさい!」

 男の手が震えている。ナイフの刃が運転士の首に食い込みそうだ。

 運転士の目が瀧本を見ていた。助けてくれ、と言っている。

 瀧本は一歩踏み出した。

 「動くなと言っただろ!」

 「お前の要求は何だ」

 「黙れ!」

 「要求がないなら、交渉にならない」

 「要求は……要求は……」

 男が言い淀んだ。その一瞬、ナイフを持つ手の力が緩んだ。

 瀧本は動いた。

 半年間、世界最高の格闘家たちに叩き込まれた動き。考える前に体が反応する。三歩で距離を詰め、左手でナイフを持つ手首を掴み、右手で運転士を引き剥がした。

 男が抵抗しようとした。遅い。

 瀧本は半歩下がって軸を作り、右足を振り抜いた。

 回し蹴り。

 ヴァン・ダム直伝。

 蹴りが男のこめかみに直撃した。衝撃で男の体が横に吹っ飛び、壁に叩きつけられた。崩れ落ちた。動かない。

 五人目。

 運転士が床にへたり込んでいた。

 「大丈夫か」

 「あ、あなたは……」

 「電車を止めてくれ。ゆっくりでいい」

 運転士は震える手でブレーキを操作した。電車が減速し始めた。

 瀧本は壁に寄りかかった。息が荒い。体中が痛い。電車の屋根に着地した時に肩を打った。四人目と戦った時に脇腹を蹴られた。気づかなかったが、額から血が出ている。

 ズタボロだ。いつものことだ。

 通信機が鳴った。

 「瀧本、状況を報告しろ」

 ジョンソンの声だった。

 「制圧完了。犯人五名、全員無力化。人質に死傷者なし」

 「よくやった」

 「バイクは大破した」

 「……知ってる。ニュースでやってた」

 「ダニエルに謝っといてくれ」

 「自分で謝れ」

 「善処する」

 通信が切れかけた時、ジョンソンが言った。

 「瀧本、戻ってくるな」

 「は?」

 「サイアムで爆発があった。BTS駅だ」

 瀧本は壁から体を起こした。

 「爆発?」

 「それだけじゃない。セントラルワールドでも銃撃。政府庁舎の前で車両突入。同時多発だ」

 瀧本は窓の外を見た。バンコクの街並みが見える。平和に見える。だがどこかで煙が上がっているのだろう。

 「現場に向かう」

 「お前、さっき制圧したばかりだろう」

 「動ける」

 「動けるかどうかじゃない。お前一人で何カ所も回れるわけがない」

 「じゃあどうする」

 ジョンソンは一瞬黙った。それから言った。

 「局長が動いてる。たぶん、あれを使う」

 「あれ?」

 「対策局の捜査官だ。十八人いる」

 瀧本は理解した。

 第四章で局長が言っていた言葉を思い出した。「表向きは縮小した。だが必要な時には、軍のヘリが飛び、対策局の捜査官が銃を取る」

 その時が来た。

 「俺はどこに行けばいい」

 「サイアムだ。一番近い。増援が来るまで持ちこたえろ」

 「了解」

 電車が完全に停止した。駅ではない場所だが、ドアが開いた。乗客たちが降り始めている。泣いている人もいる。

 瀧本は降りようとして、運転士に声をかけた。

 「あんた、よく持ちこたえた」

 「あなたこそ……ありがとうございます」

 「仕事だ」

 ホームに降りた。警察が駆けつけてきている。瀧本は警察を無視して走り出した。

 サイアムまで、どのくらいだ。走れば十分。

 体が痛い。息が苦しい。でも止まれない。

 どこかで爆発音が聞こえた。


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