第5話 日常
昼下がり。
本部の食堂。
瀧本、マルティネス、ヨナタンの三人が、テーブルを囲んでいた。
瀧本の前には山盛りのカオマンガイ。マルティネスはトムヤムクン。ヨナタンはガパオライス。三人とも、黙々と食べている。
「なあ」瀧本が口を開いた。
「何だ」マルティネスが答えた。
「俺たち、半年前と比べてどのくらい強くなったと思う」
「知らん。計ったことがない」
「計れよ」
「どうやって」
「……確かに」
会話が途切れた。また黙々と食べる。
ヨナタンが、ふと顔を上げた。「お前、最近よく喋るな」
「俺?」瀧本は箸を止めた。「前から喋ってただろ」
「違う。前はもっと……何というか……」
「何だよ」
「うるさかった」
「褒めてんのか貶してんのか分かんねえよ」
「褒めてない」
マルティネスが笑った。低い、腹の底から出るような笑い。「お前ら、相変わらずだな」
「相変わらずって何だよ」
「仲がいい」
「仲良くねえよ」瀧本とヨナタンが同時に言った。
マルティネスはまた笑った。
食堂の入り口から、ダニエルが入ってきた。作業着姿。手が油で汚れている。
「おう、ダニエル」瀧本が声をかけた。「飯か」
「ああ」ダニエルは三人のテーブルの近くに座った。「腹減った」
「車、直ったのか」
「直った。ハンヴィーの足回り、全部やり直した」ダニエルは疲れた顔をしていた。「あれ、相当無茶な使い方されてたな。サスペンションがイカれてた」
「誰だよ、無茶な使い方したの」
「お前だ」
「……あー」
瀧本は目を逸らした。半年前、結婚式襲撃の後、ハンヴィーでビルに突っ込んだのは自分だった。
「まあ、直ったからいいけど」ダニエルはカオパットを注文した。「次からは、もう少し丁寧に乗ってくれ」
「善処する」
「善処じゃなくて、約束しろ」
「……善処する」
ダニエルは諦めたように溜息をついた。
エイブラハムも食堂に入ってきた。こちらも作業着。ダニエルの隣に座った。
「お、エイブラハム」マルティネスが声をかけた。「久しぶりだな」
「久しぶりじゃない。昨日も会った」
「そうだっけ」
「俺が運転した車に乗ってただろ」
「あー、そうだったか」
エイブラハムは呆れた顔をした。「お前、俺のこと空気だと思ってるだろ」
「思ってねえよ」
「思ってる。絶対思ってる」
瀧本が横から口を出した。「エイブラハム、気にすんな。マルティネスは俺のことも空気だと思ってるから」
「思ってねえよ」マルティネスが言った。
「思ってる。絶対思ってる」
「お前らの会話、ループしてるぞ」ヨナタンが冷静に指摘した。
テーブルに笑いが起きた。小さな、だが温かい笑い。
食事が進む。
ダニエルが瀧本に聞いた。「そういえば、バイクはどうなった」
「まだ届かない。あと二週間くらいって言われた」
「BMW、また同じやつ?」
「同じやつ。R1250 GS Adventure。白」
「お前、あれ何台目だ」
「……数えてない」
「数えろよ」
「数えたくない」
エイブラハムが言った。「俺が整備した車も、お前に乗られると寿命が縮む」
「人聞きの悪いこと言うなよ」
「事実だ」
「事実だけど」
ダニエルとエイブラハムが顔を見合わせた。「開き直った」「開き直ったな」
食堂の奥から、ナターシャとラッタナーが出てきた。昼食を終えたらしい。トレイを片付けている。
ナターシャが瀧本たちのテーブルに気づいた。「あら、皆さんお揃いで」
「おう、ナターシャ」瀧本が手を挙げた。「経理の仕事、忙しいか」
「忙しいわよ」ナターシャは溜息をついた。「組織再編で、人員の配置転換があったでしょう。給与体系も全部見直し。書類の山よ」
「大変だな」
「大変よ。特に、あなたの医療費の処理が」
「……すまん」
「半年で何回入院したか、覚えてる?」
「……覚えてない」
「六回よ。六回」
マルティネスが吹き出した。「六回は多いな」
「お前も四回だ」ナターシャが冷たく言った。
マルティネスは黙った。
ラッタナーが横から言った。「私、医療費の請求書を整理してるんですけど、瀧本さんとマルティネスさんの分だけで、他の全員の合計より多いんですよ」
「……」
「……」
二人は目を逸らした。
ヨナタンが静かに言った。「俺は入院してない」
「あなたは別の意味で大変なの」ナターシャが言った。「装備の消耗が激しいのよ。ナイフだけで今年何本替えた?」
「……十二本」
「十二本よ。一ヶ月に一本のペース」
「使い捨てだから」
「使い捨てにしては高いのよ」
ヨナタンも黙った。
ダニエルとエイブラハムが顔を見合わせた。「俺たち、まともな方だな」「まともだな」
食事が終わった。
瀧本たちがトレイを片付けていると、プラウィットが食堂に入ってきた。
「あ、瀧本さん」プラウィットが近づいてきた。「局長が呼んでます」
「俺を?」
「はい。三人とも、だそうです」
瀧本、マルティネス、ヨナタンは顔を見合わせた。
「何だろうな」マルティネスが言った。
「分からん」瀧本が答えた。
「また何かやらかしたか?」ヨナタンが聞いた。
「やらかしてねえよ」
「やらかしてないか?」
「……たぶん」
プラウィットは苦笑した。「詳しいことは聞いてません。でも、怒ってる感じではなかったですよ」
「ならいいけど」
三人は食堂を出た。
廊下を歩く。
瀧本が隣のマルティネスに聞いた。「なあ、お前、最近どうだ」
「どうって、何が」
「体調とか。傷とか」
マルティネスは少し黙った。それから、言った。「まあまあだ。胸の傷は、もう痛まない。でも、たまに夢を見る」
「夢?」
「柏木の夢だ。あいつが俺を撃つ夢。目が覚めると、胸が痛い。傷じゃなくて、何か別のところが」
瀧本は頷いた。「俺もだ。柏木を撃つ夢を見る」
ヨナタンが言った。「俺は、マリーの夢を見る。あいつが瀧本を撃つところ。何度も、何度も」
三人は黙った。
しばらく歩いてから、瀧本が言った。「まあ、しょうがねえよな」
「しょうがない」
「しょうがない」
「時間が解決する、とか言うけど」マルティネスが言った。「解決するのかな」
「分からん」瀧本は肩をすくめた。「でも、今日飯食って、明日も飯食って、そうやって生きてれば、いつか楽になるんじゃねえの」
「楽観的だな」
「楽観的じゃねえよ。ただ、他にやりようがねえだけだ」
マルティネスは少し笑った。「お前らしいな」
「らしいって何だよ」
「死なない男らしい」
「こんなんで死んでたまるかボケェ、だろ」
マルティネスも言った。「こんなんで死んでたまるかボケェ」
ヨナタンは黙って聞いていた。それから、小さく言った。「俺もそれ、言っていいか」
「いいよ」
「こんなんで……死んでたまるかボケェ」
「棒読みだな」
「慣れてない」
「練習しろ」
「……こんなんで死んでたまるかボケェ」
「まだ棒読み」
「うるさい」
三人は笑った。廊下に笑い声が響いた。
壊れた日常。失った仲間。消えない傷。
それでも、彼らは歩いていた。前に向かって。
局長室の前に着いた。
瀧本がドアをノックした。




