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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第7章 再起
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第4話 再編


 バンコク。首相官邸。会議室。

 局長ウィチャイは、十二人の男たちと向き合っていた。首相、副首相、国防大臣、内務大臣、法務大臣、与党幹事長、野党党首、陸軍司令官、海軍司令官、空軍司令官、警察庁長官、そして国王陛下の側近。タイの権力者が一堂に会していた。

 議題は一つ。王室犯罪対策局・特殊強襲部隊の処遇について。

 最初に口を開いたのは、野党党首だった。七十代の老人。白髪に深い皺。だが、目は鷹のように鋭い。

 「解散すべきだ」

 声は静かだったが、会議室の空気が張り詰めた。

 「突撃隊は反乱を起こした。元総隊長が部下を殺し、国外に逃亡しようとした。こんな組織を存続させる理由がどこにある」

 与党幹事長が反論した。「しかし、反乱を鎮圧したのも突撃隊です。瀧本隊員が柏木を射殺した」

 「だから何だ」野党党首は一蹴した。「内輪揉めを内輪で解決しただけだ。そもそも、あんな危険な男を総隊長に据えていたこと自体が問題ではないか」

 内務大臣が割って入った。「解散は現実的ではありません。突撃隊の戦果を無視することはできない。麻薬組織の壊滅、人身売買の摘発、汚職政治家の逮捕。彼らがいなければ、タイの治安は今よりはるかに悪化していた」

 「戦果があれば何をしても許されるのか」

 「そうは言っていない。だが解散は——」

 「縮小だ」

 首相の声が、静かに響いた。全員が口を閉じた。

 「解散はしない。だが、縮小する。これが落とし所だ」

 野党党首が眉をひそめた。「縮小とは、具体的に何を指す」

 「人員を削減する。現在の三分の一以下に。大規模な部隊ではなく、少数精鋭の特殊チームとして再編する」

 首相は淡々と続けた。「これなら、突撃隊の機能は維持できる。同時に、反乱のような事態が再発するリスクも減らせる」

 陸軍司令官が発言した。「装備はどうする。ヘリや車両、重火器を民間組織が持つのは危険だ」

 「返還させる。必要な時は、軍から借用する形にする」

 「それなら許容範囲だ」

 警察庁長官が手を挙げた。「削減された人員は、どうなりますか」

 「王室犯罪対策局の捜査官として配置転換する。戦闘部隊ではなく、捜査部門に」

 野党党首はまだ不満そうだった。「縮小だけで十分なのか。責任者の処分はどうする」

 「柏木は死んだ。反乱に加担した隊員は逮捕され、裁判を待っている。これ以上何を求める」

 「局長の責任だ。部下の反乱を防げなかった責任がある」

 会議室が静まり返った。全員の視線が局長ウィチャイに集まった。

 局長はゆっくりと立ち上がった。

 「責任は取る」

 野党党首の目が光った。「辞任するのか」

 「いいや」

 局長は微笑んだ。穏やかな、しかし底の見えない笑み。

 「責任の取り方は、辞任だけではない。私は突撃隊を再建する。反乱を起こさない、より強固な組織として。それが私の責任の取り方だ」

 野党党首の顔が歪んだ。「詭弁だ。そんな——」

 「よろしい」

 静かな声が会議室に響いた。国王陛下の側近だった。初めて口を開いた。

 「陛下は、局長の続投を望んでおられる」

 全員が凍りついた。

 「突撃隊の縮小はやむを得ない。だが、局長の更迭は認めない。これが陛下のご意向だ」

 野党党首は何か言おうとした。だが、言葉が出なかった。国王の意向に逆らうことは、誰にもできない。

 首相が頷いた。「では、そのように。突撃隊は縮小。局長は続投。装備は軍に返還。人員は対策局に配置転換。これで決定とする」

 異論は出なかった。

 会議が終わった。

 廊下を歩く局長に、陸軍司令官が声をかけた。

 「局長、一つ聞きたいことがある」

 「どうぞ」

 司令官は周囲に人がいないことを確認してから、声を低くした。

 「あなたは、本当に突撃隊を縮小するつもりなのか」

 局長は足を止めた。「もちろんだ。三分の一以下に縮小する。約束通り」

 司令官は局長の目を見た。「だが、対策局の捜査官として配置転換される人員は、全員が元戦闘要員だ」

 「そうだ」

 「彼らは、必要があれば、いつでも戦闘に復帰できる」

 局長は何も答えなかった。ただ、微笑んでいた。

 「突撃隊は縮小した。だが、対策局の戦力は増強された。違うか」

 沈黙が答えだった。

 司令官は溜息をついた。「やはり、そういうことか。あなたは恐ろしい男だ」

 「褒め言葉として受け取っておく」

 「褒めていない」

 「司令官」局長は司令官の肩に手を置いた。「私はタイを守りたいだけだ。そのためには戦力が必要だ。政治家たちは反乱を恐れている。だから縮小を求めた。その恐れは理解できる」

 「だから表向きは縮小した」

 「そうだ」

 「実質は——」

 「何も変わらない。いや、むしろ強くなる」

 司令官は首を振った。「陛下は、このことをご存知なのか」

 局長の目が一瞬だけ鋭くなった。「陛下は、全てをご存知だ。陛下はタイを守ることを望んでおられる。そのために必要なことを、私は実行しているだけだ」

 司令官は黙った。これ以上何を言っても無駄だと悟った。

 「……ヘリが必要な時は、言ってくれ」

 局長はにっこりと笑った。「ありがとう。頼りにしている」

 首相官邸を出て、車に乗り込んだ。運転席にはハーパーがいた。

 「どうでしたか」

 「予定通りだ」

 「縮小が決定した?」

 「ああ。三分の一以下に」

 ハーパーはバックミラー越しに局長を見た。「……笑ってますね」

 局長は窓の外を見ていた。バンコクの街並みが流れていく。

 「笑っているか?」

 「笑ってます。とても楽しそうに」

 「そうか」

 局長は煙草に火をつけた。煙を吐き出しながら言った。

 「ハーパー、人員の再配置を始めろ」

 「了解。突撃隊に残す人員は決まっていますか」

 「ああ。十一人だ」

 局長は名前を挙げた。「瀧本。ジョンソン。ニコライ。マルティネス。サラ。アレクセイ。ヨナタン。ジェームズ。陳志明。ファリダー。ナリン」

 「ファリダーとナリンは元反乱者ですが」

 「王の恩赦を受けた。王の命令で突撃隊に残す」

 「……なるほど」

 「残りは対策局の捜査官だ。いつでも戦闘に復帰できるよう、訓練は継続させろ」

 「了解」

 車はバンコクの道を走り続けた。

 「局長」ハーパーがまた声をかけた。「パイロットはどうしますか。イーゴリが死んでゼロです」

 局長は煙草を吸った。「軍から借りる。必要な時だけ」

 「自前で雇わないのですか」

 「雇わない。ヘリを持たない部隊がパイロットを雇う理由がない。政治家どもに突っ込まれる」

 「……なるほど」

 「表向きは、突撃隊は縮小した。ヘリも持たない。パイロットもいない。武装も最小限。小さな特殊チームに過ぎない」

 局長は煙を吐いた。

 「だが、必要な時には——」

 「軍のヘリが飛び、対策局の捜査官が銃を取る」

 「そういうことだ」

 ハーパーは小さく笑った。「局長は本当に腹黒いですね」

 「褒め言葉として受け取っておく」

 「褒めてます」

 窓の外では夕日が沈んでいた。オレンジ色の光がバンコクの街を染めていた。

 新しい突撃隊が、生まれようとしていた。

 翌日。

 突撃隊本部。講堂。

 全隊員が集められていた。元メンバー、新隊員、支援班。総勢三十名以上が、椅子に座っている。

 壇上に局長が立った。

 空気が張り詰めている。全員が何かを察していた。会議の結果がどうなったか。噂は既に広まっている。

 「単刀直入に言う」

 局長の声が講堂に響いた。

 「突撃隊は、縮小される」

 ざわめきが起きた。予想はしていた。だが、実際に言葉として聞くと、衝撃は違った。

 「人員は三分の一以下になる。十一人だ。残りは、王室犯罪対策局の捜査官として配置転換される」

 ざわめきが大きくなった。

 「名前を読み上げる。呼ばれた者が、突撃隊に残る」

 局長は紙を見た。

 「瀧本勝幸。マーカス・ジョンソン。ニコライ・ヴォロノフ。ルイス・マルティネス。サラ・コールマン。アレクセイ・ヴォロノフ。ヨナタン・レヴィ。ジェームズ・ウィルソン。陳志明。ファリダー・チャンチャイ。ナリン・チャットウィット」

 十一人の名前。

 それ以外の者は、呼ばれなかった。

 沈黙が落ちた。

 そして、爆発した。

 「ふざけるな!」

 最初に立ち上がったのは、ンゴマだった。コンゴ出身。元傭兵。突撃隊に入るために、全てを捨ててタイに来た男。

 「俺は人を守るためにここに来た! 捜査官だと? 書類仕事で誰が守れる!」

 「ンゴマ、落ち着け」ニコライが言った。

 「落ち着けるか!」ンゴマは椅子を蹴った。「俺はコンゴを捨てた。家族を捨てた。金も、名前も、過去も、全部捨てた。タイ国籍を取った。何のためだと思ってる。守るためだ! 目の前で苦しんでいる人間を、この手で守るためだ!」

 アブドゥルも立ち上がった。エジプト出身。元軍人。

 「俺も同じだ。エジプトには帰れない。帰ったら殺される。タイが俺の国だ。突撃隊が俺の居場所だ。現場に出られなくなったら、俺に何が残る」

 ピーターも立った。ナイジェリア出身。軍医だった男。

 「俺たちは捨て駒か。使えなくなったら、ポイか。そういうことか、局長」

 講堂が騒然となった。新隊員たちも動揺している。彼らも同じだ。母国を捨て、タイ国籍を取り、突撃隊に入った。それが、入隊半年で捜査官に回される。

 「黙れ」

 局長の声は、静かだった。だが、講堂が静まった。

 「お前たちの気持ちは分かる。だが、これは政治的な決定だ。反乱が起きた。突撃隊は縮小しなければならない。そうしなければ、解散させられていた」

 「知ったことか!」ンゴマが叫んだ。「政治なんか知るか! 俺は守るためにここに来たんだ!」

 ンゴマは壇上に向かって歩き出した。目が血走っている。

 「ンゴマ、やめろ」ジョンソンが立ち上がった。

 「うるさい! お前は残る側だろう! 俺の気持ちが分かるか!」

 ンゴマは壇上に飛び乗った。局長に向かって突進した。

 局長は動かなかった。

 ンゴマの拳が局長の胸ぐらを掴んだ。

 「俺に戦わせろ! 俺から戦いを奪うな!」

 局長は、ンゴマの目を見た。動じていない。

 「殴りたいなら、殴れ」

 「……」

 「お前の怒りは正しい。俺を殴る権利がある。殴れ」

 ンゴマの拳が震えた。振り上げた。だが、振り下ろせなかった。

 「……くそ」

 ンゴマは局長を突き放した。壇上に座り込んだ。頭を抱えた。

 「くそ……くそ……」

 アブドゥルとピーターも、力が抜けたように椅子に戻った。

 講堂は静まり返っていた。

 局長は、ゆっくりと口を開いた。

 「お前たちに、本当のことを言う」

 全員が顔を上げた。

 「これは、表向きの話だ」

 「……どういう意味だ」ンゴマが顔を上げた。

 「突撃隊は縮小した。これは事実だ。だが、お前たちが対策局に行くのは、左遷ではない」

 局長は講堂を見渡した。

 「お前たちは、対策局の捜査官になる。だが、訓練は続ける。装備も維持する。いつでも戦闘に復帰できる状態を保つ」

 「それは……」

 「必要な時が来たら、お前たちは銃を取る。ヘリに乗る。戦場に行く。突撃隊の名前は使えない。だが、やることは同じだ」

 沈黙が流れた。

 「政治家どもは、突撃隊が縮小したと思っている。実際には、何も変わっていない。いや、むしろ強くなっている。対策局の捜査官として、お前たちは表立った監視から外れる。より自由に動ける」

 ンゴマが立ち上がった。「つまり……俺たちは、まだ現場に出られるのか。守れるのか」

 「守れる。守らせる。約束する」

 局長はンゴマの目を見た。

 「俺は、お前たちを捨てない。お前たちは俺の部下だ。タイを守る戦士だ。それは、肩書きが変わっても同じだ」

 ンゴマは黙った。しばらく局長を見つめていた。

 そして、深く頭を下げた。

 「……すまなかった。胸ぐら掴んで」

 「気にするな。俺も若い頃は、上官を殴ったことがある」

 「本当ですか」

 「嘘だ」

 講堂に、小さな笑いが起きた。張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。

 「もう一つ、言っておくことがある」

 局長の声が、また真剣になった。

 「突撃隊に残る十一人。お前たちは、精鋭だ。少数精鋭。一人で十人分の働きを求められる」

 瀧本が口を開いた。「俺、一人で百人分くらい働いてますけど」

 「黙れ」

 「はい」

 また笑いが起きた。今度は少し大きい。

 「チーム名は廃止する。アルファもブラボーもチャーリーも、もうない。お前たちは、一つのチームだ。突撃隊。それだけだ」

 ジョンソンが頷いた。「了解」

 ニコライも頷いた。「了解」

 他のメンバーも、次々と頷いた。

 局長は、講堂全体を見渡した。

 「最後に、一つだけ」

 全員が局長を見た。

 「お前たちは、家族だ。突撃隊に残る者も、対策局に行く者も。肩書きは違っても、同じ釜の飯を食った仲間だ。それを忘れるな」

 誰も何も言わなかった。

 だが、空気が変わっていた。さっきまでの怒りと絶望は、消えていた。

 「以上だ。解散」

 隊員たちが立ち上がった。三々五々、講堂を出ていく。

 ンゴマがアブドゥルとピーターのところに行った。何か話している。さっきまで怒りに燃えていた目が、今は落ち着いている。

 瀧本が局長のところに来た。

 「局長、さっきの『上官殴った』って話」

 「嘘だと言っただろう」

 「本当は?」

 「……三回殴った」

 「やっぱり」

 瀧本は笑った。局長も、少しだけ笑った。

 講堂から人が減っていく。

 ジョンソンが局長の隣に立った。

 「うまくやりましたね」

 「うまくやった、か」局長は煙草を取り出した。「本当のことを言っただけだ」

 「本当のこと?」

 「ああ。俺は、あいつらを捨てない。それは本当だ」

 局長は煙草に火をつけた。

 「政治家どもには嘘をついた。だが、部下には嘘をつかない。それが俺のやり方だ」

 ジョンソンは何も言わなかった。ただ、頷いた。

 窓の外では、太陽が昇り始めていた。新しい一日が始まろうとしていた。

 新しい突撃隊の、最初の日が。


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